Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

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エル・プエンテ
 ひとつの大きな仕事が終わり、昨夜は遅くまで、仕事仲間のHさんと青山のスペイン料理「エル・プエンテ」で打ち上げをした。
 実は、この仕事は精神的にとても大変だったため、ふたりでその慰労会を行ったのである。
 ここのスペイン料理は、素材の味を生かした味付けがとても自然で、どのお料理も丁寧に作られていてとてもおいしい。
 野菜も多く、シェフの人柄もすばらしく、いつもスペイン好きの私の心を癒してくれる。
 Hさんとは、さまざまな仕事を一緒にしているため、話は尽きない。
 自家製のサングリアやスペイン特産の赤ワインを飲みながら、前菜盛り合わせ、野菜の煮込みラ・マンチャ風、エビやマッシュルームのアヒージョ、バレンシア風のパスタのパエーリャ、おいしいスイーツなどを次々にいただき、大変だった仕事のこと、いま取り組んでいる仕事、今後のことなどを夜遅くまで話した。
 それでもまだ話し足りず、近くのカフェに寄り、カプチーノを飲みながら話の続きをし、ようやくお開きとなった。
 先日もブログに綴ったが、いま私は仕事の面でちょっと暗いトンネルに入り込んでいる。それをHさんはじっくり聞いてくれ、解決策を考え、いろいろ提案してくれた。やはり、こういう友だちは大切である。
「シドニーの出張はひとりなので、南半球でゆっくり自分と向き合って、今後の方向性を考えてみるワ」
 こういってHさんと別れた。
 今日の写真は、前菜盛り合わせと細いパスタを使ったパエーリャ。この前菜のアボカドとお豆のサラダが絶品。自分でも作ってみたいと、じっくり味わいながら食べたが、果たしてできるかな(笑)。




 
 
| 親しき友との語らい | 11:45 | - | -
友人との仕事話
 今日は、今春レコード会社を退職したばかりの友人Fさんが西荻にきてくれ、ふたりで食事をしながら今後の仕事の話をした。
 彼は、これからフリーとして新たな道に踏み出すわけで、その件に関していろんな方向に話が広がった。
 実は、私も今後のことについていろんなことを考えている時期ゆえ、ふたりでさまざまな選択肢を視野に入れ、じっくりと話し合った。
 Fさんとは、本当に長いお付き合いである。これまで、たくさんの仕事を一緒にこなし、海外取材なども行なっている。
 それゆえ、心おきなく何でも話せる。彼も本音で話してくれるため、話はスムーズに進む。
 いまはCDの売り上げもきびしく、雑誌や新聞などの出版物もなかなかシビアなものがある。特に、音楽専門誌などの出版部数は、頭打ちの状態だ。
 こうした時世のなかで、自分たちに何ができるか、何をすべきか。ふたりであれこれ意見を出し合った。
 さて、また近いうちに会うことにし、そのときまでにFさんは自身の方向性をある程度決めるといっていた。
 何でも話せる仕事の友人は、とても大切である。近々の再会を約束し、西荻の駅まで送り、別れた。
 
 
| 親しき友との語らい | 23:58 | - | -
金子三勇士
 ピアニストの金子三勇士には、デビュー当時から取材を行い、インタビューをし、ライナーノーツやプログラム原稿などを書いてきた。
 今日は、久しぶりに彼に会い、いろんな話を聞いた。
 これは今月末の「日経新聞」の、スタインウェイのページに関するインタビューで、スタインウェイ・ピアノとの出合い、楽器の特質、楽器の選び方、作品とのかかわり、さまざまな楽器の特徴などを聞いた。
 金子三勇士は、いずれの質問にも即座に的確な答えを戻してくれる、当意即妙なタイプ。長年いろんな話を聞いているが、今回も、その思いを強くした。
 とりわけ、スタインウェイとの出合いの話が興味深かった。さらにひとつひとつ手づくりのピアノゆえ、各々の楽器を試奏すると、人間のように性別や年齢が連想できるという話もおもしろかった。
 そうした内容のエッセンスを、記事にまとめたいと思う。
 実は、今日は天王洲アイルのスタインウェイのショールームに行ったのだが、すぐ近くでデヴィッド・ボウイの大回顧展が開かれていて、海外の人も含めてたくさんの人たちでにぎわっていた。
 先日もブログに書いたが、私はデヴィッド・ボウイの長年のファン。仕事が終わってからぜひここに立ち寄りたかったが、時間がなかったため、うしろ髪を引かれる思いで断念した。
 あ〜あ、せっかく天王洲アイルまで行ったのになあ。でも、今日は仕事だから諦めましょ、と自分にいいきかせた。
 今日の写真は、3台の異なるピアノを次々に試奏する金子三勇士。濃紺のシャツ、タイ、ジャケットという、スタイリッシュな服装だった。


 
 
 
 
| 親しき友との語らい | 23:43 | - | -
小山実稚恵
 先日、小山実稚恵の自宅におじゃまし、インタビューを行った。
 小山さんとは、もう長年のお付き合いである。
 今年は、2006年から開始し、12年間で24回のリサイタルを行うシリーズ「小山実稚恵の世界」の最終年(2017年6月17日、11月25日)に当たること、アルバム・デビュー30周年記念のJ.S.バッハ「ゴルトベルク変奏曲」が5月3日にリリースされること、同時期に初めての単行本が出版されることなどを踏まえ、さまざまな角度から話を聞いた。
 このインタビューは、次号の「ハルメク」に書く予定である。
 インタビューでは、仙台出身の小山さんが、東日本大震災で人生観が変わるほどの悲しみを受け、自分に何ができるかを考え、2015年から仙台で「こどもの夢ひろば・ボレロ〜つながる・集まる・羽ばたく〜」と題する音楽活動を始めたことも伺った。
 そうした思いをどんなことばで読者に伝えるべきか、どう書いたら彼女の真意が伝わるか、それをじっくり考えたいと思っている。
 実は、小山さんの家に行くと、いつも大きな楽しみがある。昨年も写真を公開したが、彼女の愛猫のララちゃんに会えることだ。
 今回も、かわいい表情で迎えてくれた。毛並みもよく、おとなしく、インタビュー中も、目の届くところにいてくれる。
 私はインタビューを終えると、カメラマンが撮影している間、ララちゃんを追いかけ、いろんな表情を撮った。
「あらあ、伊熊さん、すっごく写真撮るの上手よねえ。私、ララのそんな表情、撮ったことないわ」
 小山さんがあまりにも感動してくれるので、写真をシェアすることになった。
 今日の写真は、小山実稚恵のひざに抱かれてポーズをとるララちゃん。小山さんは、カメラマンの要求に応えて一生懸命ララちゃんに正面を向かせようと努力していたが、なかなか真正面を向いてはくれない。



 もう1枚は、撮影に疲れて、花の陰に隠れるララちゃん。でも、私はかがみこんで撮っちゃうもんね。ちょっと伏し目がちで、とってもかわいいでしょ。


 いったい、私は何をしに行ったのか(笑)。
 
| 親しき友との語らい | 22:36 | - | -
辻井伸行
 約1カ月半前に、辻井伸行とヨーロッパ室内管弦楽団の「極上のモーツァルト」と題した日本ツアーが終わったばかりだが、いまはバッハの「イタリア協奏曲」、モーツァルトのピアノ・ソナタ第17番、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第14番「月光」と第23番「熱情」のツアーの真っただ中である。
 これは12月14日から2017年3月29日まで、間を置きながら全国で展開される。
 今日はその合間を縫って、来春の「家庭画報」の取材のため、府中の森芸術劇場どりーむホールに出かけた。
 辻井伸行はいつ会っても元気で、どんな質問に対してもことばを尽くして熱く語ってくれる。
 長年インタビューをしているためか、途中からいつも雑談になってしまい、公演で訪れた土地での食べ物の話や、指揮者の知られざる素顔や、海外でのエピソードなどに話が逸れていく。
 仕事の話よりもそういう方がおもしろいため、つい爆笑しながら対話していると、あっというまにインタビューの時間は過ぎてしまう。
 もちろん、今回のプログラムに取り上げた作品について聞いた。
 1カ月半前に話を聞いたときは、バッハを初めて演奏会に取り上げることになり、「イタリア協奏曲」だという話を聞いたばかりだったので、「あのときは、まだこれから各楽章を仕上げていくところだと話していたのに、こんなに早く本番で演奏するなんて、びっくり」というと、「そうなんですよ、早いでしょう」といって楽しそうに笑っていた。
 記事のなかでは、作品にまつわるエピソード、各々の作曲家に対する思いなどを存分に紹介したいと思う。
 今日の写真は、本番前の練習に余念がない辻井伸行。
 カメラマンの写真撮影では、即興で自作を披露していた。

| 親しき友との語らい | 22:22 | - | -
服部百音
 若きヴァイオリニスト服部百音とは、会うたびにいろんな話に花が咲く。
 今日は先日リリースされたデビュー・アルパム「ワックスマン:カルメン・ファンタジー、ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン協奏曲第1番」(エイベックス)の話を聞きに、レコード会社に出向いた。
 彼女の演奏は11歳ころから聴き続けているが、このショスタコーヴィチは、まさに成長した彼女の姿をリアルに伝えている。
 インタビューでは、ベルリンでのレコーディングの話、これまで受けてきたコンクールの話、レパートリーの話、前回のインタビュー時に話題となったヴィヴァルディ「四季」に初めて挑戦したときの話、さらに今後の抱負まで、情熱的に語ってくれた。
 なかでも、ショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第1番に対する熱い語り口が印象的だった。この作品はコンサートやコンクールでも演奏しているが、「もっともっと深く探求したい」と語気を強めた。
「本当にいろんなことが押し寄せた、大変な2016年でした。でも、多くのことを学んだ1年でもありました。その結果、前に進むしかない。いい演奏をするしかない。こう考えて、もう開き直って頑張ります!」
 会うたびに著しい成長を遂げていく服部百音だが、今日は苦しいこと、迷ったこと、悩んだこと、落ち込んだことなど、すべてを乗り越え、割り切った表情を見せる彼女に感銘を覚えた。
 本当に、今年は大変な挑戦がいろいろあった。だが、それらが彼女を大きく成長させた。若手アーティストは、こうして強くなっていく。
 来年はゆっくり自分を見つめ、じっくりレパートリーを広げ、その先の歩みを決めたいという。
 このインタビューは「CDジャーナル」に書く予定である。
 今日の写真は、キュートなレースのブラウスに身を包んだ百音ちゃん。いつもひたむきでピュアで前向きな姿勢に、心が温まる思いがする。


 
 
| 親しき友との語らい | 23:03 | - | -
斎藤雅広
 ピアニストの斎藤雅広が新譜「メランコリー」(ナミ・レコード)をリリースすることになり、その話を聞きに銀座のヤマハ・アーティスト・サロンに出かけた。
 このアルバムはプーランク「メランコリー」で幕開けし、シュット「かわいらしいエチュード作品16-1」、セヴラック「ロマンティックなワルツ」などの珍しい作品を経て、ショパンやグリーグ、ドビュッシー、シューマンなどの名曲の数々へと歩みを進め、ショパン「別れのワルツ」で終幕を迎えるという趣向だ。
 いずれも斎藤雅広ならではの磨き抜かれたテクニックに貫かれているが、けっして技巧を表面に押し出すスタイルではなく、しっとりと心に響く大人の音楽に仕上がっている。このCDのライナーノーツも担当した。
 インタビューでは、その録音の様子、各々の作品への思い、楽器との邂逅、2017年にデビュー40周年を迎えることに関してなど、あらゆる話に花が咲き、有意義なひとときを過ごすことができた。
 斎藤雅広とは、いつも話があちこちへと飛んでいき、仕事を超えておしゃべりが止まらなくなる。
 このインタビューは、「ピアノの本」、ヤマハWEB「ピアニスト・ラウンジ」に書くことになっている。
 彼は2017年7月にフランスのアルザス地方に位置するルーファック地区の「ムジカルタ」という、夏の音楽祭&講習会に招かれているという。
 これはコンサートとマスタークラスなどで構成され、世界各国から講師が集まり、講習生を指導する。
「ねえ、すばらしいところみたいだから、取材にこない? ワインもおいしいし…」
 こう誘われたが、そう簡単にいけるわけもなく、返事はできない。場所は、アルザス・ワイン街道に位置しているようだ。ムムム、残念。
 この話をしながら、銀座でランチを楽しんだ。斎藤さんは大変なグルメ。彼のいきつけという広島料理「銀座 かなわ」にいき、釜めし御膳をいただいたのだが、これがもう絶品! 
 かきが大好きな私は、ひとつずつのお料理に狂喜乱舞(笑)。
 かきの好きな方、絶対お薦め。みゆき通りと交詢社通りの間の通りにあるお店で、ビルの地下1階です。
 今日の写真は、インタビュー中の斎藤雅広。12月にはアップすると思うので、ぜひインタビュー記事を読んでくださいね。



 あとの写真は、煮物、かきフライ、釜飯など。この日の煮物はかきまんじゅう。かきフライは小ぶりでジューシーで新鮮、まいりました。土鍋で供されるかきの釜飯も、これまで食べたことのないおいしさ。







 次は、かきの大好きな友人を誘ってしまおう。もう、すぐにでもいきたい! 斎藤さん、いいお店を教えてくれてありがとう。
 
 
| 親しき友との語らい | 22:41 | - | -
女子会
 女子会ということばが流行している。
 先日、仕事の仲間3人で渋谷に集合、女子会を行った。
 ふだんから親しくしている音楽事務所のOさんとSさんと私の3人で、和食を食べながら飲んだり、目いっぱいおしゃべりしたり…。
 こういう会は、もちろん仕事の話が多いが、プライヴェートな話も盛りだくさん。同じクラシックの世界で働いているわけだから、どんな話題が出てもツーカーというところがミソ。
 みんなが仕事を終えてから19時に集まり、23時まで話していたが、それこそあっというまの4時間だった。
 すごく楽しかったため、「もっとひんぱんにやろう」という話になり、次回は私の京都の仕事部屋で京都女子会を行うことになった。
「そんなに広くないから、雑魚寝だよ」といったら、ふたりが「大丈夫、ずっとしゃべっていて、ほとんど寝ないから」「テラス広いんでしょ、私、寝袋もっていく」といわれ、大爆笑となった。
 どんな分野の仕事でも、日々ストレスはたまる。私は、こういう気心の知れた友人とおしゃべりするのが一番の特効薬だ。
 今日の写真は、渋谷の「並木橋なかむら」というお店のおいしかったお料理の一部。白菜のすり流し、大根のカニあんかけ、山芋の和風サラダなど。
 最後は私の大好きな鮭のおにぎりとお味噌汁で〆、おなかも心も大満足で家路に着いた。
 さて、明日からまた頑張るゾ。






 
| 親しき友との語らい | 22:31 | - | -
辻井伸行
 昨日は、東京オペラシティコンサートホールで、辻井伸行とヨーロッパ室内管弦楽団のコンサート「極上のモーツァルト」があり、聴きに出かけた。
 実は、女性誌の取材も兼ねていたため、リハーサルからじっくりと聴き、コンサート後にはインタビューも行った。
 このオーケストラは、指揮者を置かず、ロレンツァ・ボラーニというコンサートミストレスがリーダー&ディレクターを務めている。
 彼女はリハーサルのときも途中で演奏を止め、オーケストラのメンバーにこまやかなアドヴァイスを行い、全体をまとめていた。
 辻井伸行との共演について聞くと、「最初は彼の才能に驚いたけど、一緒に演奏していくうちにどんどん呼吸が合ってきて、いまはオーケストラのメンバ―全員がNOBUの演奏に呼応している」と語っていた。
 この夜は、まさに「極上のモーツァルト」が演奏され、鳴りやまぬ拍手に応えて辻井伸行はアンコールにショパンの第20番のノクターンを演奏した。
 このアンコールについて彼に話を聞くと、「ツアーの間、毎日アンコールを変えています」とのこと。
 オーケストラもそのアンコールを楽しみにしていて、「今日のアンコール、すごくよかったよ」とか「明日は何を弾くの?」と、楽しみにしてくれるのだそうだ。
 このインタビューは、女性誌の新しく始まる連載記事に書く予定になっている。また、その連載に関しては、詳細が決まり次第、お知らせしますね。
 
 
 
| 親しき友との語らい | 23:54 | - | -
ゴーティエ・カビュソン
 フランスのチェリスト、ゴーティエ・カピュソンは、会うたびに大きな成長を遂げていて、驚きとともにたくましさも感じる。
 今日はとてもタイトなスケジュールのなか、快くインタビューに応じてくれた。
 つい先ごろリリースされた新譜は、「ベートーヴェン:チェロ・ソナタ全集&変奏曲集」(ワーナー)。
 10代前半から少しずつ親しんできた作品で、いつか最高のパートナー(ピアニスト)に出会ったら、録音したいと願っていた作品だという。
「ようやく、“いまだ”と思って録音に取り組んだんです。フランク・ブラレイとは、長年にわたる友人であり、音楽仲間。彼のベートーヴェンはすばらしいし、ぜひこの大きなプロジェクトで一緒に演奏したかった」
 ゴーティエには、ナントや東京で何度もインタビューを行っているが、いつもものすごく効率よく、ことばを尽くしていろんなことを話してくれる。
 演奏同様、その語りは情熱的で前向きで、人を引き付ける。
 このベートーヴェンは、まさにいまのゴーティエの心身の充実を物語っている演奏。ブラレイとともにベートーヴェンの内奥に迫り、チェロとピアノが丁々発止の音の対話を繰り広げている。
「確かにベートーヴェンのチェロ・ソナタ全曲録音は大きな意味合いをもつと思うけど、ごく自然な気持ちで作品と対峙することができた。とても静かで美しい環境のなか、集中して演奏することができたんだ」
 この録音は、ドイツ南部のアルプス山麓にあるエルマウ城のコンサートホールで行われている。ここはホテルも併設しているため、「疲れてくると、フランクと15分寝てまたやろうかという感じで、リラックスして行うことができた」そうだ。
 確かに、この録音は緊張感あふれるなかに、どこかのびやかで開放的な空気がただよっている。録音場所というのは、アーティストにとって大きな意味をもつのだろう。
 このインタビューは、「日経新聞」と私のHP「音楽を語ろうよ」に書くことになっている。「音楽を語ろうよ」の第1回は兄のルノー・カピュソンだったから、兄弟で登場することになる。
 今日の写真は、インタビュー後のゴーティエ。いつも飾らず自然体。声も大きく、明快な語り口で、会う人に元気を分けてくれる。


 
| 親しき友との語らい | 22:36 | - | -
京都で親友と食事を
 ようやくこの週末、京都で少しゆっくりできると思っていたところ、松本に住んでいる親友のTちゃんが、同じ時期に京都に旅していることがわかった。
「うわあ、偶然。ぜひ会おうよ!」
 Tちゃんとご主人は、伊藤若冲の追っかけ(?)だそうで、各地で若冲の作品を見ているそうだ。今回も、京都でこれまで見ていない作品に出合うという。
 早速、29日のお昼にホテルグランヴィアの最上階にあるイタリアン「ラ・リサータ」に集合。ランチを楽しんだ。
 みんなでわいわい近況報告や仕事の話をしていると、あっというまに時間が過ぎてしまう。
 ふたりは、私のブログをいつも読んでくれるため、私の仕事のことは細かいことまで話さなくても、すべてお見通し。
 ご夫妻は、毎年1回は京都にきているそうで、次回はみんなで敷居の高い懐石料理に繰り出そうという話になった。
「ロサンゼルスやウィーンに出張して、疲れたでしょう。とにかくからだには気をつけてよ」
 Tちゃんにこういわれ、ごもっともという感じ。彼女もこの夏、体調を崩したそうで、「なにはなくても健康が大事」という話になった。
 今日の写真は、スタイリッシュでおいしかったランチ。前菜、パスタ、お肉料理、デザート。
 実は、ここはピアニストの斎藤雅広さんから教えてもらったお店。「あそこ、おいしいよ」といわれていたため、今回初めて訪れた。
 以前は、駅に直結しているためこのホテルをよく利用していたが、部屋ができてからはすっかり足が遠のいていた。
 それゆえ、今回は初めてレストランを訪ねたわけだが、とても人気のあるお店で、予約を取るのも四苦八苦の状態。京都は本当にどこも混んでいるよねえ。
 でも、松本と東京に住んでいる私たちが、京都で会う。
「これまた、粋だよねえ」
 食後、駅でまたまた立ち話。話は尽きませんでした。







| 親しき友との語らい | 21:51 | - | -
吉川隆弘
 昨夜は、ミラノ在住のピアニスト、吉川隆弘とマネージャーのYさんと3人で、白金台のレストランで夜中の3時まで飲み、食べ、おしゃべりに興じた。
 夜7時半に開始したこの食事会、彼の来春リリース予定の新譜のリストのライナーノーツを書くため、最初は簡単なインタビューから入った。
 30分ほど話を聞いたところで、もうテレコは止めてフリートークとなった。
 それから夜中まで、ひとときもおしゃべりが止むことなく続き、おいしいお料理とワインをいただきながら、気がつけば夜中の3時。
 吉川さんの行きつけのお店とあって、「何時までいても大丈夫」ということだったが、それにしても、長居をしてしまった。
 あわててタクシーを呼んでもらって、帰宅。
 今日はお昼から1本インタビューがあり、その後、女性誌の来年からの連載の打ち合わせを行い、夕方東京駅に駆け込んで京都にやってきた。
 いつもながらバタバタのスケジュールだったが、久しぶりに京都の空気を吸って、なにはともあれほっとひと息。
 今日の写真は、かなり飲んだあとの吉川さん。ほろ酔い加減で、いい気持ちという感じの表情だ。
 彼のインタビュー記事は、リスト・アルバムのライナーノーツのほか、私のHPの「音楽を語ろうよ」に登場してもらう予定になっている。
 このリスト、ライヴ収録時のリサイタルを聴いているから、演奏はよくわかっているつもりだが、やはり録音の音源が出来上がってくるのが待ち遠しい。
 もう1枚の写真は、絶品だった「生ウニのフラン」。こういうの、作ってみたいなあと思って、じっくり味わった。でも、このレヴェルに達するのは、かなり難しそう(笑)。



| 親しき友との語らい | 23:44 | - | -
アリス=紗良・オット
 長年、いろんな話を聞いているアーティストとのインタビューは、常に新たなことが飛び出してきて、楽しいひとときとなる。
 毎年、海外の実力のある指揮者、オーケストラ、そして国際舞台で活躍するソリストを迎えて開催される「東芝グランドコンサート」の2017年は、3月7日から15日まで全国6公演が予定されている。
 今回は、NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団(ハンブルク北ドイツ放送交響楽団)と、いま勢いに乗っている指揮者、クシシュトフ・ウルバンスキが来日。そのソリストのひとりとして、アリス=紗良・オットが参加することになった。
 昨日は、そのアリスにインタビュー。
 彼女はベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番を演奏することになっているため、その作品との出合い、各楽章の解釈、何度も演奏しているこのコンチェルトについて、どう表現が深まってきたかなど、さまざまなことを聞いた。
 アリスはウルバンスキとはかなり親しく、すでにこのコンチェルトで共演もしていて、日本で一緒に演奏できるのが待ち遠しいと語った。
 彼女は、前回のインタビューのときも、「いまの年齢は新人でもないし、中堅でもなく、いろんな意味でとても難しい時期」と話していたが、今回もその悩みはさらに深まっていると複雑な表情を見せた。
 以前は「自分のアイデンティティを探すのがとても困難で、私は音楽によってそれを見出すことができた」と語っていたが、現在はまた別の問題に直面しているようだ。
 しかし、仕事面では世界中から演奏のオファーがひっきりなしに入る人気ピアニストに成長、数年前はあまりにも多くのコンサートが入って「もっと練習する時間を確保しなくちゃ」といっていたが、いまは年間60公演に絞っているそうだ。
 さらに、今年は夏に2カ月間しっかりバカンスを取り、久しぶりにリフレッシュしたと笑顔を見せた。2年前にベルリンのなかで引っ越しをし、現在の建物はベランダが広いため、そこで朝のエスプレッソを飲みながら本を読むのが一番楽しい時間だそうだ。
 このベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番に関しては、来日プログラム他に書くことになっている。
 今日の写真は、インタビューを終えて、「リラックスしてね」という私の要求に応えた1枚。大好きなあぐらのスタイルだ。


 
| 親しき友との語らい | 23:07 | - | -
モディリアーニ弦楽四重奏団+アダム・ラルーム
 新たな才能に出会う喜びは、何ものにも代えがたい。
 今日は、王子ホールにモディリアーニ弦楽四重奏団の「シューマン・プロジェクト1842」のコンサートを聴きに行った。
 昨年、モディリアーニ弦楽四重奏団が来日した折に、第2ヴァイオリンのロイック・リョーに今回のプログラムについてインタビューしたことはブログにも綴ったが、実は今回第1ヴァイオリンのフィリップ・ベルナールが肩のコンディション不良で来日できず、代わって元イザイ弦楽四重奏団の第1ヴァイオリニストを長年務めたギョーム・シュートルが参加した。
 今回のオール・シューマン・プログラムは、9月22日と23日の2日間に渡り、今日は弦楽四重奏曲第3番とピアノ五重奏曲が組まれていた。
 モディリアーニ弦楽四重奏団は、もう10年間に渡って東京やナントで聴き続けているため、彼らの奏法、解釈、表現は十分に知っているわけだが、いつものみずみずしく前向きな音楽にプラスして、今日のシューマンに関しては、とても成熟した味わいを醸し出していることに気づいた。
 これは、ベテランのギョーム・シュートルが加わったことも関係あるかもしれない。
 ただし、昨年はチェロのフランソワ・キエフェルが怪我のために来日できず、今回もまたフルメンバーでの演奏を聴くことはできなかった。とても残念である。
 しかし、ひとつ大きな発見があった。それが、冒頭に記した、新たな才能に出会う喜びである。ピアノ五重奏曲でピアノを担当した若きフランスのピアニスト、アダム・ラルームの演奏は、非常に情感豊かで響きが温かく、カルテットとの合わせに心血を注いでおり、明快なタッチと柔軟性に富む表現に心が引き付けられた。
 彼は2009年のクララ・ハスキル国際ピアノ・コンクールの覇者。現在は各地の音楽祭から引っ張りだこのようだ。
 クララ・ハスキル・コンクールの歴代の優勝者を見てみると、クリストフ・エッシェンバッハ、リチャード・グード、ミシェル・ダルベルト、ティル・フェルナー、河村尚子、マーティン・ヘルムヘンら、みなテクニック優先ではなく、非常に表現力に満ちた美しい演奏をするピアニストばかりである。
 アダム・ラルームも、今日はシューマンを聴いたわけだが、詩的で抒情的で美しいタッチを備えたピアニストだった。
 こういう人はぜひソロを聴いてみたい。どこかで招聘してくれないだろうか。
 終演後、モディリアーニのメンバーと再会を喜び、フィリップの肩の調子を聞いてみたが、まだ治療中のようだった。
 フランソワの怪我はもう問題ないようで、「その後、怪我は大丈夫?」と尋ねたら、「パーフェクトだよ」と明るい答えが戻ってきた。
 今日の写真は、ギョームにも加わってもらい、いつもの仲のよさそうなメンバーのワンショット。左からギョーム、ロイック、フランソワ、アダム、ローラン。
 次回は、ぜひ4人とも体調を整えて万全の態勢で来日してほしい。
 実は、コンサートに出かける前は時差と疲れでのどをやられ、咳が止まらなくて困ったなあと思っていたのだが、すばらしく集中力と推進力に富んだ、深い思考に根差したシューマンを全身に浴び、一気に体調がよくなった。
 これが「音楽の力」というものだろうか。眠気でもやもやしていた頭がクリアになり、からだも元気になった。
 彼らのおかげである。5人に感謝、感謝。そしてシューマンにも、「ありがとう!」


| 親しき友との語らい | 22:40 | - | -
ニューピオーネ
 私を「生涯3人の親友のひとり」と呼んでくれる友人のKさんは、今回の出張で日本に帰国する日を見計らってメールを送ってくれた。
 日本は台風が近づいているから気をつけてね、と書いてあった。
 無事に帰国し、すぐにお礼のメールを返信したら、今度はおいしいニューピオーネを届けてくれた。
 これはいつもKさんがこの季節になると送ってくれるもので、超がつくジューシーさと新鮮さと密度の濃さで、本当に感動してしまう。
 そのおいしさったらない。
 もう届いた瞬間から、すぐに食べたくなる引力の強さを備えた代物である。
 帰国した直後から、たまっていた原稿に追われている私は、このニューピオーネに大いに助けられている。ひと粒口にしただけで、スーッと疲れが飛んでいく感じがするのである。
 このひと粒に込められた力は、いったい何なのだろうか。おそらく、ぶどうの底力とともに、Kさんの思いやりが伝わってくるからに違いない。
 今日は、来日プログラムのアーティストの原稿と、今回の取材に関するこれからの打ち合わせに使用する記事を仕上げた。
 途中でフワーッと眠気が襲ってきて、まだ時差ボケを引きずっていることに気づいたが、途中で原稿をやめるわけにはいかない。
 ほらほら、ニューピオーネの出番だよ、というわけで、またひと粒パクリ。
 すばらしいよねえ、黄金のフルーツだワ。
 今日の写真は、私のいま一番のお助けマン、ニューピオーネくん。時差ボケよ、飛んで行けーっ。しゃっきりさせてくれーっ。

| 親しき友との語らい | 23:18 | - | -
てんぷらの会
 井の頭線の浜田山駅に、おいしいてんぷら屋さんがある。
 今日は浜田山に住む友人のKさんのお声掛けで、ピアニストの小林愛実、Kさんの友人のSさんと私の4人がこのてんぷらの名店「藤吉」に集まり、食事とおしゃべりを楽しんだ。
 Kさんに案内され、以前もこのお店にきたことがあるが、旬の材料をふんだんに使ったてんぷらは、どれもすこぶる美味。
 話が弾んでいると、絶妙のタイミングでいろんな揚げたてのてんぷらが少しずつ間を置いてお皿に供される。
 愛実さんと私は、ひとつのてんぷらがくるとすぐにパクついてしまい、ふたりで「なんだか意地汚いねえ」と笑った。
 KさんとSさんは、昨年のチャイコフスキー・コンクールやショパン・コンクールを聴きにいっていて、そこで知り合った仲だそうだが、ふたりは今後も国際コンクールを積極的に聴きにいくそうだ。
 みんな本当にエネルギッシュですごいなあ。
 愛実さんには今後の勉強と活動のことを聞き、現在直面している問題などにも触れた。
 こうして音楽にまつわる話で花が咲き、時間はあっという間に過ぎていく。
 今日の写真は、コースの最後に出された「天茶」。てんぷらの〆に出されるお茶づけで、小エビのてんぷらのかき揚げがお茶づけに見事にマッチ。もうすでにおなかがいっぱいだったが、天茶の誘惑には勝てなかった。
 そして最後のデザートは、生姜のシャーベット。すっきりしゃっきり、ピリッとした辛さがほどよく効いて、これまた絶品でした。
 さて、おいしい天ぷらをいただいてエネルギーをチャージしたし、明日からまた目いっぱい仕事をしなくっちゃ。
 
| 親しき友との語らい | 23:46 | - | -
快気祝い
 最近、私の仕事仲間が大きな病気で倒れるケースが相次いでいる。
 今春、親しいOさんが入院し、その後、仕事に復帰したわけだが、なかなか快気祝いができなかった。
 昨日は、OさんとKさんと私の仲良しトリオが池袋の和食屋さんに集まり、快気祝いを行った。
 もちろん、Oさんの体調や、食欲、お酒の飲み方などが気になるため、Kさんと私はメニューの選び方にも気を遣ったが、一応なんでも食べられるということで、ホッと胸をなでおろした。
 Oさんは以前とあまり変わらず、よく食べ、よく飲み、よくしゃべっていたので、Kさんと私は次第に快気祝いということを忘れ、自分たちの仕事のことを話し始め、お互いに近況報告をし、5時間半にわたって盛り上がり、「閉店ですが…」とお店の人にいわれるまで居座っていた。
 いつものことだが、この3人(女ふたり、男ひとり)が集まると、いつまでも話は尽きない。
 でも、お互いに健康に注意しようね、ということで解散となった。
 ストレス解消というのは、とても大切なことで、人それぞれ発散の仕方が異なると思うが、私はこういう歯に衣着せぬおしゃべりに興じる仲間と話すことが、一番いい方法となる。
 人間関係のストレス、仕事のストレスは日々生じてくるもので、ひとつの問題が解決したと思っても、すぐに次なる問題が起こる。それをひとつずつクリアし、前向きに対処しようと考えるわけだが、これがなかなか難しい。
 OさんもKさんも、いろんな問題を抱えている。それをすべてぶっちゃけて話すことにより、少しだけ胸のなかが軽くなる。
 昨日は、ふたりからいい助言をもらい、さて今日は問題を解決するゾと意気込んでいたら、またまた新たな問題が目の前に高い頂となって現れた。
 仕事をするということは、こうした問題に対応できるタフさが必要で、特に私のようにフリーで仕事をしている場合は、すべてひとりで対処しなければならない。
 でも、話を聞いてくれ、親身になって考えてくれる仲間がいると、救われる気分になる。さて、また難題と取り組みますか…。
 
| 親しき友との語らい | 22:41 | - | -
カフェ・ラントマン
 昨夜は、親しい仕事仲間のYさんと、青山の大好きなお店、カフェ・ラントマンでお食事&おしゃべり会を楽しんだ。
 彼女とはさまざまな形で仕事を組んでいるが、いつもとても前向きで真摯で、一緒に話していてとても楽しい。
 昨日は18時に集まり、閉店の23時まで、5時間も話し込んでしまった。
 このお店は、以前もブログで紹介したが、落ち着いて話せるし、ワインもお料理もとてもおいしい。
 Yさんとは、今後のそれぞれの仕事についてあれこれ意見を出し合い、いい意味で協力体制を取っていこうということになった。
 昨日は次の単行本に関し、午後一番で音楽事務所に関係者が集合し、あらゆる面での打ち合わせを行った。
 いまはアーティストへの取材の真っただ中で、これをなんとか7月中に終わらせ、8月末には約9万字をすべて入稿しなければならない。
 いつもながら、「なんでこうなるの?」と思うほど、タイトなスケジュールである。
 執筆期間が1カ月あるといっても、連載やレギュラーの仕事があり、ライナーノーツや特集記事、インタビューなども入っている。というわけで、それらをどうこなして、単行本の時間を捻出するかが鍵となる。
 いろいろ考えていると心臓がバクバクしてくるので、こういうときは深く考えないようにする。
「なんとかなるでしょ」という心境だ。ほとんどやけっぱちかもしれない(笑)。
 こういう時期に、今日は午後から長野に出かけ、リハーサルに参加し、明日は長野市芸術館で講義。夜遅く戻る。
 明日は11時にホテルのチェックアウトを済ませると、16時からのコンサートまで5時間も空いてしまう。
「観光でもしていたら」
 みんなに話すと、かならずこういわれるが、私はいまそれどころではない。
 長野市芸術館の担当者にひと部屋ミーティングルームを確保してもらって、テープ起こしや資料の読み込みをすることにした。
 というわけで、これから荷作りをし、ベートーヴェン講座の最終的な準備と、もっていく資料を詰めなければならない。
 それでは、講義にいってきま〜す。新たなホールがどんな感じか、また報告します。
 今日の写真は、ディナーコースの前菜サラダ。この後、スープ、メイン料理、デザート、飲み物が続き、ウィーンのワインも一緒にいただいた。
 写真の奥の方に見えるのが、ウィーンの名物ツェンメル。このパンは大好きで、これを食べるだけでウィーンへと心は飛んでいく。ウィーンのツェンメルはもう少し硬めのハード系だが、このお店のツェンメルは少しやわらかめ。ほんわかあったかくて、とてもおいしい。


 


 
| 親しき友との語らい | 11:32 | - | -
牛田智大
 牛田智大に会うと、そのつど身長が伸び、声が低くなり、2012年のデビュー時から取材を続けている私は、年月の経つ早さを思い知らされることになる。
 今日も、久しぶりに会ったら、もう174センチ、55キロくらいの青年の体格に成長していた。
 もう高校2年生である。大きくなったよねえ、なんて親戚の伯母さんのような感覚を抱いてしまった(笑)。
 さて、仕事、仕事と。
 9月14日には7枚目のアルバムをリリースする予定で、チャイコフスキーのバレエ「くるみ割り人形」から「間奏曲」(ミハイル・プレトニョフ編)、「花のワルツ」(ヴャチェスラフ・グリャズノフ編)、「瞑想曲」、「夜想曲」、グリンカの「ひばり」(ミリイ・バラキレフ編)、ムソルグスキーの「展覧会の絵」(ヴラディーミル・ホロヴィッツ編)というプログラムである。
 その録音の様子、選曲に関して、現在のロシア人の教授たちによるレッスンの内容、近況などを聞いたが、特に「展覧会の絵」に自身で編曲を加えたことに関し、雄弁に語った。
 いま、ロシア人の先生たちは、作品の構成、作曲家の意図などを非常にこまかく分析して教えてくれるそうで、「それがたまらなく楽しい」そうだ。
 この新譜に関しては、ライナーノーツも執筆することになっているため、こまかく先生たちの教授法について聞いたが、実に楽しそうに、レッスンの内容を語ってくれた。
 ロシアのピアニストたちは、ピアノのみならず作曲、編曲、指揮など幅広く手がける人が多く、それらの活動をごく自然に行っているという。牛田智大も、そうした視野の広い音楽家になりたいと願っているようだ。
 会うたびに、話の内容も深くなり、作品論などもことばを尽くして話すようになってきた。
 まだ録音の編集が終わらないため、音を聴くことはできないが、このアルバムは非常に楽しみである。
 今日の写真は、すっかり大人っぽくなった牛田くん。手が大きいよねえ。顔が小さくスリムゆえ、そんなに大きく見えないけど、まだまだ伸びる感じ。新譜の音にも、伸び盛りゆえの熱き音楽がめいっぱい詰まっているに違いない。



 
| 親しき友との語らい | 00:00 | - | -
五嶋龍
 五嶋龍は、会うたびに身体つきが変っていく。
 今日は、久しぶりに会ったら、また以前よりも腕やももが太く、体型が変っていた。
「玄米食中心の食事に変えたんですよ」
 糖分も制限し、栄養をしっかり考え、体力をつける食事を心がけているという。
 五嶋龍はコンサート、テレビ出演、空手、練習と、まさに「時間がたりない」という生活を続けるなかで、いかにしたら体力をつけられるか、集中力をもってステージに臨めるかを考え、食事を変えることに行きついたのだそうだ。
 今日のインタビューは、「家庭画報」のかなり先の号の掲載で、2017年3月21日に東京芸術劇場で行われるエリアフ・インバル指揮ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団との共演についての話題がメイン。このコンサートでは、五嶋龍が初めてメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲を演奏することになっている。
 このコンサートに関しては、2016年8月に詳細が発表される。
 そのメンデルスゾーンのコンチェルトに関すること、学生時代の思い出、最近手がけていること、「題名のない音楽会」の司会について、趣味や近況などを聞き、とりわけ食事を変えた話が一番盛り上がった。
 今日は時間に制限があったため、メインの話題の後に食の話が出たのだが、五嶋龍は「この話、もっとゆっくり話したいんですよ。いろいろ詳しく話さないと理解してもらえないので。本当にじっくり考えて実践しているんですよ」と、口調は熱くなるばかり。
 だが、次の予定が入っているそうで、彼は後ろ髪を引かれるような表情をして、インタビューの部屋をあとにした。
 次に会ったら、また食事療法の話に花が咲きそうだ。
 食事を変えたら、ここ2年ほど集中力と持続力が増したそうで、もっと極めたいといっていた。う〜ん、かなり熱が入っているなあ(笑)。
 来春のメンデルスゾーンは、気合の入った演奏になるに違いない。
 今日の写真は、雑誌のグラビア撮影があったため、スーツ姿だが、この後すぐに着替え、Tシャツ、半ズボン、スニーカーにリュックといういでたちに変身。まあ、腕とももが太いこと。これも食事によるものかしら、それともジム通い?


 
| 親しき友との語らい | 22:57 | - | -
神尾真由子
 月日が経つのは本当に速い。
 先日、神尾真由子にインタビューをしたとき、このことをつくづく思い知らされた。
 彼女がまだ学生のころからインタビューを続けてきたが、チューリッヒで海外録音をしたときには現地に赴き、取材記事とライナーノーツを担当した。
「あれ、何年前でしたっけ?」と、私。
「2008年です。もう8年も前ですよ」と、彼女。
 そうか、8年ねえ。もちろん、その後も神尾真由子の演奏は聴き続け、チューリッヒからニューヨークに移った後も、話を聞いてきた。
 そして、彼女の人生は大きな変化を見せる。
 ミロスラフ・クルティシェフとの結婚、息子の誕生。現在は、サンクトペテルブルクと日本を行ったり来たりしながら、演奏活動と家庭生活の両立に尽力。「あっというまに時間が過ぎる」とのこと。
 今回のインタビューは、ヤマハのWEB「音楽ジャーナリスト&ライターの眼」に書く予定にしている。
 神尾真由子はいま、日本とアメリカでの演奏が多く、クルティシェフはロシアとフランスでの活動が多いそうだ。
 ふたりはチャイコフスキー・コンクール後から長年に渡ってコンビを組んできたが、10月から11月にかけて、日本各地でデュオ・リサイタルを行う。
 プログラムはブラームスのヴァイオリン・ソナタ第1番、第2番、第3番というAプロと、ベートーヴェン、ブラームスにショスタコーヴィチ、プロコフィエフ、ラフマニノフ、チャイコフスキーなどのロシア作品を組み合わせたBプロの2種が用意されている。
「ふたりとも、ずっとブラームスのソナタを弾きたいと思っていたんです。彼が特に切望していて…」
 神尾真由子は、あまり雄弁な方ではない。逆に、クルティシェフはものすごくよくしゃべり、プログラムなどにもこだわり、一家言をもっている。
「性格はまるで違いますね」
 それが両者を惹きつけたのかもしれない。この作品に関しては、記事でじっくり触れたいと思う。
 彼女は、「まず時間の確保。毎日、いかに練習する時間を見つけるかを考えています。最低、3時間は通して練習したいので」
 公私ともに忙しい昨今だが、不思議に彼女は落ち着いた雰囲気を醸し出していた。
 いつも会うごとに髪型が変わり、カラーも異なっていたが、今回は黒髪のまま。
「もう染めないの?」と聞くと、「時間がないんですよ。実は、私、美容院に行くのが嫌いで」とのこと。
 それからテレコを止めて、しばし仕事以外の話を。彼女は美容院に行くと、仕事のことや私生活や、いろいろ聞かれるから嫌なのだという。
「仕事は何をしているんですかから始まって、今日は仕事ないんですか、どんな仕事ですかとか、いろいろ聞かれて面倒。だから、なんにもしていないんです〜とか答えちゃう。ああ、面倒くさい」
 これを聞いて、私は神尾真由子の性格は根本的に変わっていないと感じ、妙に安心した。
 そのシニカルな受け答え、なんだかなつかしい(笑)。年月が経ったことをいっぺんに忘れてしまった。
 彼女は、早い話、人と話すのがそんなに得意じゃないんだよね。私は美容院であれこれ話すのって、仕事を忘れられるひとときだから楽しいけど、人によってこんなにも違うのね。
 今日の写真は、一見すると落ち着いた表情に変わった神尾真由子。でも、個性的な性格は変わっていないんだよねえ。
 秋のデュオ・リサイタルが待ち遠しい! 演奏は、どんな変貌を遂げているだろうか。
 なお、最新録音は、2014年リリースの「愛のあいさつ&夢のあとに 神尾真由子ヴァイオリン・アンコール集」(ソニー)。


 
| 親しき友との語らい | 23:31 | - | -
樫本大進
 昨日はベルリン・フィルの来日公演で日本に帰国している樫本大進を囲み、ANAインターコンチネンタルホテル東京で記者懇親会が行われた。
 今回のベルリン・フィルは、5月11日から15日まで5日間サントリーホールでベートーヴェン・ツィクルスを行ったが、それを成功裡に終え、彼は次なる室内楽へと目を向けている。
 5月30日には東京オペラシティコンサートホールで、樫本大進、小菅優、クラウディオ・ボルケスのトリオの演奏が控えているからだ。
 ここでもプログラムは、ベートーヴェン。ピアノ三重奏曲第3番、第6番、第7番「大公」が組まれている。
「本当に今年はベートーヴェンを演奏する機会に恵まれ、作曲家に近づくことができます。交響曲、ピアノ三重奏曲、そして秋にはヴァイオリン協奏曲を演奏する予定になっていますから」
 大進がこう語るのは、11月27日に横浜みなとみらいホール大ホールで、パーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団との共演による演奏である。
「パーヴォとはベルリンで何度も会い、食事もしているのに、コンチェルトの共演は今回が初めてなんですよ」
 大進いわく、パーヴォ・ヤルヴィはとても優しい温かな性格の持ち主で、会った人をみな自然にその魅力で包み込んでしまうという。
「ですから一緒に演奏しようね、と何度も話していたのに、なぜか実現せず、このドイツ・カンマーフィルとのベートーヴェンが初共演になるわけです。今年はぼくにとってベートーヴェン・イヤーになっているため、この共演ではぜひベートーヴェンのコンチェルトを演奏したいと思ったのです」
 彼は10年前から赤穂と姫路でル・ポン国際音楽祭を開催しているが、10周年を記念して初めて東京公演を行うことになった。
 音楽祭は10月8日から始まり、17日の最終日にサントリーホールで「東京特別公演」が開かれる。
 ル・ポン音楽祭の大きな特色は、ふだんあまり演奏される機会に恵まれないが、とてもすばらしい作品だと大進が考えてプログラムに載せる作品が多く登場すること。もちろん有名な作品も組まれているが、友情出演で各地から集まってくる名演奏家たちが、そうした作品で名妓を披露する。
 その音楽家たちはノーギャラでの出演だそうだ。それゆえ、チケットは1000円程度の安価に抑えられている。
「でも、その土地ならではのおいしい食べ物が毎日供されるし、お城で演奏したり、ふだんなかなか共演できない演奏家と一緒に演奏できるため、みんな好意的に参加してくれます」
 これはひとえに大進の人柄によるのだろう。
 彼はエマニュエル・パユ、ポール・メイエ、エリック・ル・サージュが主宰している南仏のサロン・ド・プロヴァンス音楽祭に初めて参加したときに、手作りのあったかい雰囲気を備えた上質な音楽祭の雰囲気に魅せられ、自分でもこういう音楽祭ができたらいいなと憧れを抱いてきた。
 今回、東京公演の最後に演奏されるブラームスのセレナーデ第1番は、初めてその音楽祭に参加したときに演奏した思い出の作品。もちろんパユ、メイエ、ル・サージュも今回のル・ポンには参加する予定だ。ちなみに、ル・ポンとは、フランス語で架け橋を意味している。
 デビュー当時から大進を応援し続けているが、本当に年々ビッグになっていく。でも、素顔はまったく変わらず、自然体。
 今日の写真は、左が姫路市東京事務所の阪口昌弘氏、中央は樫本大進、右が公益財団法人赤穂市文化とみどり財団理事長の岡島三郎氏。



 
 
 
| 親しき友との語らい | 22:49 | - | -
伊藤恵
 ピアニストの伊藤恵とは、先日以来「仕事抜きで食事しようね」と話していて、今夜ようやく実現することになった。
 レコード会社のMさん、音楽事務所のHさんも参加することになり、4人で吉祥寺のカフェロシアにいった。
 ここはオーナーシェフのSさんがとても親切で、しかもお料理とお酒がとびきりのおいしさ。
 3人が「おいしいねえ」「これまで食べたことのない味」「見た目は味が濃いのかなと思ったけど、すごく食べやすくていくらでも入る」と大絶賛。
 グルジア(ジョージア)ワインも好評で、話が弾む弾む。他のお客さんがみんな帰ってしまうまで話し込んでしまった。
 もう次回の食事会の話まで進み、「次はぜひ、西荻のオーガニックレストランで」という希望が出ている。
 実は、みんなでワイワイおしゃべりしながら食べまくっていたら、写真を撮るのをすっかり忘れてしまった。
 伊藤恵さんに「今日はいいんじゃない」といわれ、まあお料理もすべてたいらげたあとだったし、まあ、いいか、ということに。
 というわけで、仕事抜きといいながらしっかり仕事がらみの話に花が咲き、私の近況なども話し、駅に着いてからもまだ立ち話をし、ようやく別れた。
 さて、次はいつ会えるかな…。
 
| 親しき友との語らい | 23:54 | - | -
斎藤雅広
 昨日は、親しいピアニストの斎藤雅広さんと、神楽坂の和食屋さんで食事とおしゃべりを楽しんだ。
 斎藤さんに会うのは、本当に久しぶり。会おう会おうといっていながら、長い時間が経ってしまった。
 このお店は斎藤さんの行きつけとのことで、福井の海と山の幸をすばらしくおいしいお料理に仕上げ、美しい盛り付けで楽しませてくれる。
 地酒もあり、私は最初から熱燗をいただいてしまった。
 斎藤さんは、「杉並公会堂・華麗なるピアノ3重弾!」と題する新譜をリリースする(5月25日 ナミ・レコード)。これは杉並公会堂開館10周年記念盤で、ホールのスタインウェイ、ベーゼンドルファー、ベヒシュタインの3台のピアノを使用して、斎藤雅広&フレンズが3重弾きするというもの。2015年4月13日から15日にかけて録音セッションで収録された。
 このライナーノーツの一部を担当したため、事前に音源を聴かせてもらったが、近藤嘉宏、熊本マリ、松本和将、三舩優子、関本昌平、須藤千晴、高橋多佳子、富永愛子という個性的なピアニストが録音に参加。ベルリオーズ、シャブリエ、リストからカルロス・ジョビン、J.ウィリアムスまで多彩な作品を嬉々として演奏している。
 斎藤さんとのおしゃべりは、いつも笑いっぱなしだ。昨夜も彼の武勇伝を聞いていたら、あまりにおかしくて、涙が出てしまったくらい。
 お互いの仕事の話、近況、友人たちの話までさまざまな話題が出て、深夜までお酒、食事、話を楽しんだ。
 それにしても、福井の食材の奥深いこと。前菜のおさしみやお作りから焼鯖寿司、豆腐の味噌漬け、へしこ、らっきょう、おろしそば、ごまプリンまで、それぞれうなってしまうくらい見事なお料理だった。
 彼とは長いおつきあいだが、いつも「ここだけの話ね」という話がいくつか出てくる。絶対に他言しないという信頼感がないと、こういう話はできないものだ。
 彼は2017年、デビュー40周年を迎えるという。それに向けて、今年はいろんなことを考えているようだ。録音にも積極的に関わっていく様子、たのもしい限りである。
 今日の写真は、元気なエンターテイナー、斎藤雅広さん。そして美味なるお料理の数々。和食好きの女友だちをぜひ誘いたい、と思う素敵なお店だった。








 
 
 
 
| 親しき友との語らい | 22:27 | - | -
HPのアイディア
 昨日は、ホールの要職に就いているSさんと、「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」の仕事をメインにしているTさんと、食事をしながらいろんな話をした。
 彼らは、私がHPの更新がなかなか思うようにできないこと、時間がなくていろんなことに着手できないこと、バナーに関すること、ページビューを増やすためにはいかなることが必要か、今後の展開についてなどの悩みに関し、さまざまな面で一緒に考えてくれ、有益なアイディアを出してくれた。
 やはりひとりであれこれ考えていると、どうしても堂々巡りになってしまい、突破口が見つからなくなってしまう。
 こういうときに、彼らのように客観的に考えてくれる人がいると、自分のなかでもやもやとしていた考えが、少しずつ形になってくる。
 Sさんとも、ホールの情報告知において、どんな方法がもっとも有効かをじっくり話し合い、お互いのプラスになることをしていこうと話し合った。
 ところが、Tさんから、また爆弾発言があった。
 私に単行本を1冊書いてほしいというのである。
「エーッ、いまようやく1冊の初校が出てきて、てんやわんやになっている上に、次のアーティストの本もこれから取材を始めて今年の暮れに出版しなくてはならないから、無理よ」
 こういったのだが、その本は来春の「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」開催までに出版したいのだという。
 逆算すると、来年の1月末ころにはすべての原稿を入稿しなければならない。
 いったい今年はどうなっているのだろう。
 少し時期がずれればいいのに、3冊も重なるなんて、どうしたらいいのだろう。
 その話もあり、結局レストランの閉店時間まで、3人であれこれ話し合った。
 というわけで、またまた時間のやりくりをしなければならなくなった。
 だが、みんなで、「まずは健康だよね。からだに気をつけなくちゃ」ということで意見が一致し、「また会おうね〜」といいながら、解散となった。
 さて、目の前にやることが山積みである。
 とにかく、ひとつずつ対処していかなければ…。

 
| 親しき友との語らい | 11:44 | - | -
モディリアーニ弦楽四重奏団
 フランスの超多忙な若手カルテット、モディリアーニ弦楽四重奏団には、ナントや東京で何度かインタビューをしているが、昨年11月の来日時には、第2ヴァイオリンのロイック・リョーに話を聞くことができた。
 これは「王子ホールマガジン」のインタビューで、今年の9月22日と23日に同ホールで開催される「モディリアーニ弦楽四重奏団withアダム・ラルーム〜シューマン・プロジェクト1842〜」に関して聞くというものである。
 ロイック・リョーはとてもフランクで、どんな質問にも明快な答えを戻してくれる。
 このシューマン・プロジェクトは彼らの長年の夢だったそうで、弦楽四重奏曲第1番と第2番、ピアノ四重奏曲作品47が1日目、弦楽四重奏曲第3番とピアノ五重奏曲作品44番が2日目に組まれている。ピアノは彼らの友人で、いま注目されているアダム・ラルームが担当する。
 この「王子ホールマガジン」は同ホールの会員に配られる冊子だが、ホールのロビーに置いてあるため、自由に入手することができる。
 最初、インタビューを引き受けたときは、2〜3ページの掲載かなと思ったのだが、出来上がってみると、巻頭カラー8ページ、さらに王子ホールの担当者が私にインタビューするというページが2ページあり、なんと計10ページの特集になっている。
 いやあ、驚きました。
 モディリアーニ弦楽四重奏団は、ロイックをはじめ、みんなとても明るく、学生時代の延長のように仲がよく、ズバズバ物をいう。全員が率直で隠しごとはせず、「いい音楽を作り出す」ために常に前向きだ。
 このロイックのインタビューも実に楽しく、彼の本音も聞くこどができた。
 ところが、彼はインタビューが終わると「いろんなこと話せて楽しかったよ。じゃあね、また〜」とにこやかに手を振りながら部屋を出ていこうとした。
 ふと見ると、椅子の下にヴァイオリンのケースが置いてある。
「ロイック、ヴァイオリン、ヴァイオリン!」というと、「ウワーッ、どうしよう。何よりも大切なものを忘れちゃった。頼むから、楽器を忘れたなんて、書かないでよ」
 へへっ、書いちゃったもんね(笑)。
 モディリアーニ弦楽四重奏団は、全員がシューマン好きだそうだが、弦楽器奏者がシューマンが好きというと、変わっていると見られるそうだ。
 シューマンはピアノ作品を数多く書いたが、弦楽器用の作品は少ない。だからこそ、彼らはシューマンの貴重な作品を魂を込めて演奏したいと願っているとのこと。
 ロイックは、各々の作品に関しても雄弁に語ってくれた。
 いま、勢いのあるカルテットとして、世界中から引っ張りだこのモディリアーニ弦楽四重奏団。9月には、シューマンで彼らの底力に触れたい。
 今日の写真は、「王子ホールマガジン」の表紙。右端がロイック・リョー。


| 親しき友との語らい | 22:28 | - | -
辻井伸行×三浦文彰 究極の協奏曲コンサート
 実力と人気を兼ね備えた若手演奏家、辻井伸行と三浦文彰のソロとコンチェルトのコンサートが、2月16日から28日まで全国で10公演組まれている。
 題して「辻井伸行×三浦文彰 究極の協奏曲コンサート」。
 昨日は、Bunkamuraオーチャードホールに東京公演の2日目の演奏を聴きにいった。
 前半は、三浦文彰のマスネ「タイスの瞑想曲」とチャイコフスキー「ヴァイオリン協奏曲ニ長調」。後半は、辻井伸行のラフマニノフ・プロで、「前奏曲作品32-12」と「パガニーニの主題による狂詩曲作品43-第18変奏」とピアノ協奏曲第3番。共演はクリストファー・ウォーレン=グリーン指揮読売日本交響楽団である。
 三浦文彰は1748年製J.B.Guadagniniを情感豊かにたっぷりとうたわせ、特有の柔軟性に満ちた美音を披露した。
 彼はチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲をこれまで数えきれないほど演奏している。以前、インタビューでは、この作品についてこう語っていた。
「チャイコフスキーのこの曲は昔からもっとも好きなコンチェルトで、14歳ころから始めました。ぼくはピンカス・ズーカーマンとはすごく仲がよく、彼からいろんなことを学んでいます。公私ともども、あらゆることを相談し、もう養子になったような気分ですね(笑)。ピンカスからは、このコンチェルトをオーケストラとのアンサンブルを大切に、室内楽のように演奏するようにというアドヴァイスを受けています。チャイコフスキーは、ぼくにとって一番弾き心地がいいというコンチェルトなんですよ」
 みずみずしくのびやかな彼のヴァイオリンは、オーケストラと濃密な対話を繰り広げ、第1楽章はロシアの広大な大地を思わせる雄大さを表現。第2楽章はロシアの抒情美を紡ぎ出し、第3楽章ではロシアの民族舞踊を思わせる急速なリズムが爽快感を醸し出した。
 私は以前にも書いたが、「タイスの瞑想曲」を聴くと、マキシム・ヴェンゲーロフの本を書くためにイスラエルの彼の家に10日間ホームステイしたときのことを思い出す。撮影のためにヴェンゲーロフが弾いてくれた「タイスの瞑想曲」は、野太く情熱的で官能性にあふれていた。この曲を聴くと、瞬時にあのときのことが脳裏に蘇ってきて、感慨に浸ることになる。
 後半は、辻井伸行の独壇場。彼はラフマニノフをこよなく愛し、手の内に入れ、演奏するたびに新たな表現を加えている。
 とりわけ、ピアノ協奏曲第3番のクライマックスに突き進んでいくところが手に汗握る迫力だった。
 鳴りやまぬ拍手に応えて、アンコールにはふたりが登場。ガーシュウィンの「プレリュード第3番」が始まった。ノリがよく、リズミカルで、しかも両者の特質が明確に表れている。
 終演後、楽屋で三浦文彰がいった。
「このガーシュウィン、次第に合うようになってきたんですよ。今日は合っていましたか? ああ、よかった」
 辻井伸行も、大好きなラフマニノフを存分に演奏でき、喜びの表情をのぞかせていた。
 ぐんぐん空に向かって伸び行く才能に触れると、疲れが吹き飛び、エネルギーをチャージすることができる。
 今日の写真は、終演後のそれぞれの表情。この共演、各地ともに完売だ。また、スケジュールが合ったら、ぜひ共演してほしい。アンコールももっと聴きたいし(笑)。



| 親しき友との語らい | 21:34 | - | -
金子三勇士
 デビュー当時から応援しているピアニストの金子三勇士が、ユニバーサル移籍第1弾として、「ラ・カンバネラ〜革命のピアニズム」を3月30日にリリースすることになった。
 今日は、「CDジャーナル」のインタビューでレコード会社に出向き、久しぶりにいろんな話を聞いた。
 金子三勇士は、日本人の父親とハンガリーの母親のもとに生まれ、幼いころはハンガリーで勉強している。そのころの話はとても興味深く、いつか彼から聞いたすべてを記事で紹介したいと思っている。
 今日は新譜にまつわる話を中心に聞いたわけだが、2016年1月に軽井沢の大賀ホールで録音したため、収録時には雪が降っていたそうで、ハンガリーを思い出しながら演奏したという。
 これはリスト没後130周年記念の録音にあたり、リスト弾きとしての金子三勇士ならではの選曲となっている。リストの「ハンガリー狂詩曲第2番」「愛の夢」「ラ・カンバネラ」が選ばれた。
 他の曲は、モーツァルトの「キラキラ星変奏曲」、ショパンの「革命のエチュード」「幻想即興曲」、ベートーヴェンの「月光ソナタ」、ドビュッシーの「月の光」が収録されている。
 長年いろんな話を聞いてきたが、彼は常に真摯で率直で、好感がもてるタイプ。人に好かれるというのは、こういう性格の人を指すのだろう。だからこそ、聴衆のみならずコンサートの主催者や関係者にも好かれ、仕事が目白押しだ。
 それゆえ、現在は日本での仕事が多く、ハンガリーのリスト音楽院でのリストの研究に時間が割けないのが悩みだという。
 モーツァルトやベートーヴェンの楽譜の研究は多くの人が行っているが、リストに関しては、あまり行われていない。それをハンガリーの血を受け継ぐ彼は、ぜひライフワークにしたいようだ。この話になると、使命感を感じているようだった。
 新譜のライナーノーツも担当したため、この録音は私にとっても大切な意味合いをもつ。ぜひ、新たな門出を迎え、大きく飛翔してほしい。
 今日の写真はインタビュー後のにこやかな表情。髪が少し伸びたためか、以前とはちょっと顔つきが変って見えた。
「でも、これ以上は伸ばしませんよ」とのことだった。
 髪がふわふわして、多いよね。ゆるやかなウェーブになっているからパーマをかけなくていいし、ホント、うらやましくなっちゃう(笑)。


 
 
 
 
| 親しき友との語らい | 23:52 | - | -
小山実稚恵
 小山実稚恵のインタビューは、自宅で行われることが多い。
 以前から、彼女が飼っている猫と仲良くしていたのだが、いや、仲良くしてもらっていたといった方がいいかもしれないが、その3代目に会うことができた。
 名前はララ。クララ・ハスキルやクララ・シューマンが名前の素になっているとか。
 アメリカンショートヘアの4歳の雌。目が大きく、とても人なつこくて美人である。
 私は動物の写真を撮るのが好きなのだが、猫も犬もじっとしていてくれないし、こちらが写真を撮ろうとすると、プイッと横を向いてしまうことが多い。
 ところが、ララちゃんは、最初はあちこち向いて慣れない様子だったが、私が話しかけながら撮り続け、「ハーイ、ララちゃん、目線ちょうだいね」といったら、ピッとこっちを向いてポーズをとってくれた。
 その写真を見て、小山実稚恵は「エーッ、すご〜い。しっかりカメラ目線」といって大笑いし、「この子、伊熊さんのブログに載るの?」と大騒ぎ。
 そうなんです、ララちゃんは今日のブログに出演です。
 この後、インタビューに入り、彼女が3月末から4月にかけてトヨタ・マスター・プレイヤーズ,ウィーンとの共演により、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」を演奏する話を聞いた。
 このインタビューは次号の「ぶらあぼ」に掲載されることになっている。
 話は、「皇帝」との出会い、この名手ぞろいのオーケストラのこと、ベートーヴェンにまつわる思い出、さらに近況から昔話まで広がり、時間をオーバーして話し込んでしまった。
 その間、ララちゃんは取材陣のまわりをぐるぐる散歩していて、みんなになでられていた。
 毛並みがとてもよく、人見知りはまったくせず、愛らしくておとなしい。
 昔の猫の思い出話も飛び出し、私も以前の猫ちゃんたちを思い出した。ルービンとマルコだ。
 やはり猫好き同志というのは、話が弾むのだろうか。小山実稚恵と猫の話をしていると、時間がたつのを忘れる。久しぶりにやわらかい猫の毛を触り、いつまでもなでていたくなった。
「伊熊さん、やっぱり猫好きなのね。ララが喜んでいるもの」
 こういわれ、去りがたくなったが、仕事できているんだよねと考え直し、うしろ髪を引かれる思いでララと別れた。
 今日の写真は、目線バッチリのララちゃんと、インタビュー中の小山さん。猫好きの人が、「あらあ、かわいい」と、ララちゃんを見て目を細める姿が想像できる。
 なんだか、今日はインタビューより猫話がメインになってしまった(笑)。



| 親しき友との語らい | 00:01 | - | -
樫本大進&コンスタンチン・リフシッツ
 昨夜は、東京オペラシティコンサートホールに樫本大進とコンスタンチン・リフシッツのデュオ・リサイタルを聴きにいった。
 ふたりは2010年12月、出会いから10数年を経て念願のベートーヴェン・チクルスを開始し、全曲録音も行っている(ワーナー)。
 そのときのベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全曲演奏は、いまだ心に焼き付いているほど両者の息がピタリと合い、しかも即興性に満ちたものだったが、今回は第7番が冒頭に置かれた。
 あのチクルスから数年が経過し、大進はベルリン・フィルのコンサートマスターとして、またソリストとして、日本での音楽祭の主催者としてさらなる進化を遂げ、コンスタンチンはロンドンの王立音楽アカデミーのフェロー(研究職)、ルツェルン音楽大学の教授を務めながらソリストとしてさらに深化している。
 私は、演奏家というのはステージに登場したときからその音楽が始まっていると思うのだが、昨日の大進はドスドスと力強い足音を立てて現れた。一方、コンスタンチンは、ほとんど足音がせず、静かに流れるように登場する。
 ところが、デュオが始まると、コンスタンチンのピアノはベートーヴェンの作品の奥深く迫りながら、エネルギッシュで、感情をリアルに表現するような存在感のあるピアノを披露。
 一方、大進のヴァイオリンは、あくまでも繊細でのびやかで歌心たっぷり。コンスタンチンの打鍵の深いがっしりしたピアノにおおらかな歌を乗せていく。
 このふたりの個性の違い、音楽のコントラストが刺激的なベートーヴェンを生み出した。
 とりわけ、終楽章のフィナーレに突っ走っていくふたつの楽器の濃密な音の対話が、両者の共演の歴史を物語っているようだった。
 次いで、ブラームスのヴァイオリン・ソナタ第2番が演奏されたが、こちらは作曲者の当時の心情を映し出すような、恋心と自然の美しさが横溢。これを聴き、次はこのふたりのブラームス・チクルスを聴きたくなった。
 後半は、大進が「コンスタンチンの狂気を表すような天才的なピアノと合わせるのが楽しみ」と語っていたプロコフィエフのヴァイオリン・ソナタ第1番が演奏された。
 まさに、ロシア・ピアニズムの神髄を表現するコンスタンチンのアグレッシブで壮大なピアノと、大進の瞑想的で幻想性にあふれた美音が和し、プロコフィエフがスターリン政権下で苦労して作り上げた名曲が朗々とホール全体に響き渡った。
 このソナタは、ダヴィド・オイストラフとレフ・オボーリンという、歴史に名を残すロシアの名手によって初演されている。初演から70年、その間にどれだけのヴァイオリニストとピアニストによって演奏されてきたのだろう。
 作品のもつ永劫の歴史に思いを馳せながら聴いた。
 終演後、楽屋でふたりに会うと、いつもながらの汗びっしょりの笑顔で迎えてくれた。
 大きな作品を演奏した後は、本当にいい表情をしている。
 私が「大進の足音がすごくて、ああ、貫禄出たなあと思ったわよ」というと、ギャハーっと笑い、「演奏も貫禄が出るといいんだけどね」といっていた。
 今日の写真は、安堵の表情を浮かべるふたり。23日には、紀尾井ホールでコンスタンチンのリサイタルが予定されている。
 ラフマニノフの「24の前奏曲(全曲)」というプログラムだ。ラフマニノフの傑作にどう対峙するか、興味は尽きない。




 
 
 
 
| 親しき友との語らい | 11:15 | - | -
諏訪内晶子
「音楽家はタフでないと続けられない」ということばは、よくアーティストから聞く。
 昨日、諏訪内晶子にインタビューで会ったとき、つくづくこのことを痛感した。
 彼女は先週パリで新譜の録音を行い、土日でその編集作業をし、今週の月曜日に飛行機に乗って日本に帰国、その翌日、つまり昨日インタビューを受けたのである。
「今回もまた、いろんなことがあってね。すごく大変だったけど、出来上がった録音は、納得のいく音楽になっていたわ」
 新譜は「フランク&R.シュトラウス:ヴァイオリン・ソナタ他」で、共演のピアニストはエンリコ・バーチェ。
 そのバーチェとの録音の様子が非常におもしろく、あまりにも雄弁なバーチェの話を聞き続け、とても大変だったそうだ。
 彼は録音中まったく食べない、飲まない、延々と音楽の話を続け、卓越したピアノを弾き続ける。
「バーチェさんのR.シュトラウスはすばらしいの。以前、彼の演奏を聴いて、シュトラウスを録音するんだったら、絶対彼と組みたいと思ったわけ。でも、おしゃべりがすごく長くてねえ…」
 もう済んだことだから、と笑いながら話していたが、おしゃべりはかなり長かったようだ。
 だが、私たちは出来上がった演奏を聴くわけだから、その裏にどんな苦労があったか、どんなドラマがあったのかは、知る由もない 
 しかし、諏訪内晶子は、そんなハードなレコーディングを終えてすぐに帰国し、時差ボケも疲れもまったく見せず、インタビューの間中にこやかな笑顔で話し続ける。
 う〜ん、やはり音楽家はタフでないと続けられないのねえ。
 このインタビューは、「CDジャーナル」に書く予定になっている。
 こうした取材をいくつか受け、彼女は今週だけ日本にいて、すぐにまたパリへと発つ予定だ。
 この新譜は4月6日リリース予定(ユニバーサル)。4月にはエンリコ・バーチェとの日本ツアーが組まれていてこのフランクとグリーグのソナタ第3番を演奏。5月にはテミルカーノフ指揮サンクトペテルブルク交響楽団とチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を、9月にはストラディヴァリウス・コンサートに出演、11月にはブロムシュテット指揮バンベルク交響楽団との共演でベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲を演奏する予定である。
 今日の写真は、インタビュー中のワンショット。本当に、まったく疲れが見られない。すごいよね。
 


| 親しき友との語らい | 23:16 | - | -
仕事仲間との新年会
 私が西荻に引っ越してから、仕事仲間や友人が、食事会や飲み会に西荻にきてくれることが多い。
 今日も仕事仲間のIさんとHさんとの新年会があり、3人が西荻に集合。
 気楽に韓国家庭料理を楽しめるお店に行き、焼肉やキムチ、チャプチェ、石焼きビビンバ丼、チヂミなどを目いっぱい頼み、ガンガン食べまくった。
 実は、この会は昨年の暮れに忘年会として行う予定だったが、私がどうしても都合がつかず、延ばしてもらったものである。
 みんなそれぞれ近況を報告し合い、仕事関係の話が次々に出て、留まるところを知らない。
 その間、飲んだり食べたり休む間もむない。
 ようやく閉店間際にお開きとなり、「また、近いうちにやろうね」ということで別れた。
 帰りは、多分ものすごく冷えていたと思うが、韓国料理をたくさん食べたからか、からだが温かくなっていて、ちっとも寒さを感じなかった。
 ワーワー、いいたいことをいって盛り上がったせいか、心もすっきり。
 やっぱり、仕事のストレスは、おしゃべりして食べて飲んで発散する。これに限りますね(笑)。
 
| 親しき友との語らい | 23:42 | - | -
仲道郁代
 仲道郁代は、デビュー前のコンクールを受けていたころから取材を続けているピアニストである。
「本当に長いおつきあいですよね」
 今日は、彼女の自宅で新譜に関するインタビューがあり、開口一番こういわれた。
「そう、これまでいろんなお話を聞いてきたので、今日は重複しないようにしますね」
 私もこういって、いざインタビュー開始。
 新譜は、「ショパン:ワルツ集」(ソニー)で、19世紀のプレイエル(1842年製)と21世紀のスタインウェイ(2013年製)という2つの楽器でワルツ17曲を収録したもの。
 きっかけは2007年に彼女がプレイエルのピアノに触れたことに端を発する。
 ショパンが実際に弾いていた時代の楽器の音を体感し、さまざまな面でショパンの作品に近づいていくようになり、研究を重ねていく。
 そしていま、満を持してワルツを録音することになった。
 今日は、楽器のこと、ワルツに関すること、ショパンに対する思いなど雄弁に語ってくれ、この録音への熱い思いがその口調から伝わってきた。
 今日のインタビューは、次号の「CDジャーナル」に書くことになっている。
 仲道郁代に会うのは、「家庭画報」2015年新年号のベートーヴェン特集でインタビューしたとき以来である。
「あのときのボンは楽しかったですねえ。でも、もうすごく前のような気がする」
 こういわれ、私も月日の経つ速さを実感した。
 思えば、仲道郁代がジュネーヴやエリザベート国際コンクールを受けていたころから演奏を聴き続けている。
 いま、このショパンを聴き、鍛え抜かれ、成熟した演奏に感慨を新たにする。
 今日の写真は、インタビュー後のワンショット。美しいグリーンの洋服が、ひと足早く春の訪れを伝えるかのようだった。


 
 
 
 
| 親しき友との語らい | 21:41 | - | -
ジャパン・アーツ新年会
 今日は恒例のジャパン・アーツ新年会がANAインターコンチネンタルホテルで行われた。  
 こうした会では、ふだんあまりゆっくり話すことができない仕事仲間と出会い、いろんな話をすることができる。
 もちろん、所属アーティストとも会って近況を聞くこともできる。
 ジャパン・アーツは今年創立40周年を迎えるという。それを記念し、さまざまなコンサート、オペラなどが予定されている。
 今日は会場で久しぶりに洋菓子研究家の今田美奈子先生にお会いし、しばし歓談することができた。
 以前も書いたが、私は姉と一緒に、今田先生が青山のヨックモックで開催していた洋菓子講座に1年間通ったことがある。
 この講座はすぐになくなってしまったため、先生も非常になつかしいという。
 しばし、その話に花が咲き、今年の活動をお聞きしたら、いろんなニュースを送ってくれることになった。
 飛び入りで参加していたクリスティアン・ツィメルマンとチョ・ソンジンにも会うことができた。
 仕事仲間とは、ぜひWEBの仕事で組もうという話もでき、有意義なひとときとなった。
 今日の写真は、ツィメルマンとチョ・ソンジン、いつも元気なヴァイオリニストの大谷康子、チェンバロ、オルガン、ピアノ、指揮と幅広い活動をしている鈴木優人、今田美奈子先生。








 

 
| 親しき友との語らい | 22:59 | - | -
友人の仕事
 私の親しい友人のUさんは、とても仕事熱心で、常に直球勝負の人である。
 彼女とは仕事でストレスがたまったとき、お互いに胸の内を明かすことができる間柄で、性格もよくわかりあっている。
 そんな彼女が、いま人間関係で問題を抱え、袋小路に入ってしまったような状態になっていると聞き、私の考えを思いっきりぶちまけた。
 自分がストレスにさらされて迷いに入っているときは、どうにも動きがとれなくなるものだが、友人の悩みを聞くと、途端に解決策が思い浮かぶものだ。
 客観的に考えられるというか、大胆になれるというか、すべてがクリアに見えてくるのである。
 Uさんは真っ正直な性格で、ひたむきで真面目。仕事に対する熱意は人一倍強く、常に前向きである。
 私も4月生まれの牡羊座だが、彼女も同じ。だから猪突猛進の性格がよくわかる。
 こういう性格の人間は、一生懸命やっているときは自分が正しいと信じているから、他のことが考えられない。Uさんも、自分の常識が正しいと信じているため、その常識が通用しない人とのつきあいとなると、イライラが募り、いくら話しても通じないため、ストレスだらけになってしまう。
 本当に、よくわかるんだよね。そういう状況。
 でも、話を聞いて「私だったら、こういう変化球でいく」「そこまで一生懸命やったら遠慮することはない」「自分の信じた道をいくだけ」「発想の転換をしてみた方がいい」などと、具体的なアドヴァイスをしてみた。
 すると今日、彼女は昨日までのもやもやが嘘のように消え、すっきりした気分で目覚め、仕事に対する姿勢も変わり、意欲が出てきたという。
 ああ、よかった。私でも、少しは役に立つのね。
 仕事をしていると、ストレスにさらされるのは日常茶飯事。それをうまくかわし、乗り越えていかなければならない。
 要は、いい仕事をするためには心身が健康でないとダメだから。
 男性はお酒をグビーっとあおると、ストレス発散になるのだろうが、女性はやはり本当にわかりあえる友人とおしゃべりすることが一番の特効薬だと思う。
 Uさん、頑張ってね。私もまたSOSを出すときがあるだろうから、そのときはアドヴァイスをお願いしま〜す。もつべきものは「友」だから。
| 親しき友との語らい | 22:28 | - | -
小林愛実
 昨日は、小林愛実と食事会&おしゃべり会をし、久しぶりにいろんな話をした。
 私の友人も誘い、女3人で吉祥寺のカフェロシアで6時間もおしゃべりをしてしまった。
 愛実さんはショパン・コンクールのことについて淡々と話していたが、このコンクールに何度も取材に出かけている私は、彼女がいかに大変だったかが手に取るようにわかる。
 もう結果については吹っ切れたようで、次なる演奏会に向けて気持ちを切り替えているようだった。これが若さというものなのだろう。
 ても、ショパン・コンクールは、やはり若手ピアニストに大きな影響を与え、今後のことを考えさせ、そして大きな収穫となったようだ。
「本当に参加してよかった。ショパンとこんなに長い時間ずっと向き合ったことはなかったので、すごく勉強になりました」
 今後は、よりレパートリーを広げ、古典派を深く勉強していきたいという。そして、とりわけシューベルトに目が向いているそうだ。
 彼女と話していると、話が止まらない。いろいろ情報交換もできる。
 14歳のころから知っているため、一気に大人になった感じがするが、やはり単身アメリカに渡り、いろんな意味で鍛えられたことがその成長の理由だろう。
 本当に強く、たくましくなった。あまり小さなことにこだわらず、あっけらかんとしているのも魅力だ。今後はより大きく、広い世界にはばたいてほしいと願う。
 今日の写真は、大人っぼい表情を見せる小林愛実。
 もう1枚は、私が大好きなカフェロシアのピロシキ。小ぶりで、油で揚げていないため、いくつも食べられる感じ。




 
 
 
 
 
 
| 親しき友との語らい | 21:32 | - | -
ショパン・コンクールの資料
 先日、親友のKさんがショパン国際ピアノ・コンクールから帰国し、お土産話を聞いた。
 彼女は、今回第1次予選から本選、ガラコンサートまですべてを聴き、お土産にプログラムと連日リリースされるコンクールのNEWSをもってきてくれた。
 このプログラムと資料を見ていると、各国から参加した若手ピアニストたちの様子がいろいろわかり、とても参考になる。
 こうした資料は、いまの世界のピアニストの動向が理解できるとともに、彼らが選曲する作品の傾向もわかり、師事している先生の名前も知ることができ、さらに各地に住んでいるアジア系のピアニストが多く参加していることもわかる。
 実際、今回の優勝者&入賞者は、圧倒的にアジア系のピアニストで占められ、ピアノ界の現状がリアルに伝わってくる。
 5年前にコンクールを聴きにいったときも、さまざまな本や楽譜や資料を手に入れたが、こういう資料は本当に仕事上大切な物である。
 Kさん、ありがとう。ずっと大切にします。
 今日の写真は、そのプログラムとデイリーニュース。これらを見ていると、現地の空気が伝わってくるんだよね。
 あの独特の緊迫感に満ちた雰囲気、ひとりひとりの演奏に一喜一憂する刺激的な時間、自分の支持するピアニストの演奏にハラハラドキドキする日々。まさにコンクールとは、そうした日常から離脱した、特別な感情を抱くことができるところ。審査発表の瞬間も、みんなが息を殺し、固唾をのんでピアニストの名前が呼ばれるのを待つ。
 そして、優勝者や入賞者の歓喜の声がとどろくのを聞く一方、入賞を逃した人たちが悔し涙を流している姿を間近に見ると、いつも複雑な思いを抱く。
 今日は、「日経新聞」の連載の締め切りがあり、ショパン国際ピアノ・コンクールと優勝者のチョ・ソンジンについて書いた。
 書きながら、会場のワルシャワのフィルハーモニーホールが脳裏に浮かんできた。あの場所は、本当に特別な場所である。

| 親しき友との語らい | 20:53 | - | -
小林愛実
 今日(実際には昨日)は、東京オペラシティにダニール・トリフォノフのリサイタルを聴きにいった。
 明日(実際には今日)はトリフォノフのインタビューが入っているため、そこでリサイタルの様子もきちんと書きたいと思う。
 実は、このコンサート会場で、小林愛実に会った。本当に久しぶりだったため、ふたりで駆け寄ってハグしてしまった。
 ショパン・コンクールのことを聞くと、「結果がわかったときは、本当に死にそうだったけど、もういまは元気になりました」とのこと。
 ああ、よかった。彼女は持ち前の前向きな姿勢で、いろいろ話してくれた。
 もっと詳細を聞きたいし、留学の話も聞きたい。しばらくは日本にいるということで、「今度、一緒にごはん食べようね〜」といって別れた。
 今日の写真は、私に「久しぶりに会えてうれしい!」といって、にこやかな笑顔を見せてくれた彼女。
 しばらく会わないうちに、すっかり大人っぽくなった。ショパン・コンクールの結果はショックだったそうだが、コンクールに参加してよかったといっていた。
 そうそう、その意気。このコンクールは、次なるステップに向かうための糧と考えればいいのよ。
 今日は親友のKさんがショパン・コンクールから帰国し、コンクールのプログラムやデイリーニュースをお土産に持ってきてくれたため、それを見ながらリサイタル終演後にお茶を飲みながら彼女からさまざまな話を聞いた。
 まさに、ショパン・コンクール一色の日となった感じだ。前回のコンクール時のトリフォノフの演奏も思い出したし…。


 
 
 
| 親しき友との語らい | 01:16 | - | -
ユッセン兄弟
 オランダのピアニストの兄弟、ルーカスとアルトゥールのユッセン兄弟が2年ぶりに来日。今日は、「レコード芸術」のインタビューのため、すみだトリフォニーホールに出向き、リハーサルの合間を縫って話を聞いた。
 彼らは2013年5月に初来日、そのときは初めて会ったとは思えぬほど意気投合し、話がはずんだものだ。
 それを覚えていてくれ、今日もさまざまな話題に花が咲いた。
 ふたりの新譜は、「モーツァルト:2台のための協奏曲集」(ユニバーサル)。モーツァルトの3(2)台のための協奏曲ヘ長調(第7番)K242(作曲者自身による2台ピアノ版)、2台のピアノのための協奏曲変ホ長調(第10番)K365、4手のためのソナタ ニ長調k381というプログラム。91歳になるサー・ネヴィル・マリナー指揮アカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズとの共演である。
 まず、この偉大な指揮者との共演についてルーカスとアルトゥールが我先にと話し始め、それからモーツァルトの難しさについて、録音に対する十分な準備について、さらにこれまで師事したさまざまなピアニストについて、いろんな指揮者との共演で学ぶことなど、幅広い話を聞くことができた。
 この新譜は2年前よりも成長し、自信に満ち、自分たちの目指す方向をしっかり見据えた演奏で、初のコンチェルトのレコーディングで心が高揚している様子が見てとれ、その思いが音に緊迫感と推進力と嬉々とした表情を与えている。
 明日24日(土)は、18時からすみだトリフォニーホールでコンサートが開かれ、ベートーヴェンの「4手のためのピアノ・ソナタ」、ショバンの「幻想ポロネーズ」(ソロ)、ラヴェルの「ラ・ヴァルス(2台ピアノ版)」他が予定されている。
 今日の写真は、インタビュー後のワンショット。手前が弟のアルトゥール、後方が兄のルーカス。いつ会っても、本当に気持ちよく話ができるナイスガイのふたりだ。


 
 
 
| 親しき友との語らい | 21:53 | - | -
ストレスとの戦い
 どんな仕事にも人間関係のストレスはつきものだが、私も最近はさまざまなストレスにさらされ、夜も眠れない日が続いた。
 ところが、もつべきものは「友」で、親しいOさんが私のフィジカルとメンタルを心配し、会いにきてくれた。
 そこで家の近くのカフェで思いッきり胸の内を話し、彼女の忌憚のない意見を聞き、ふたりでなんとかいい方向に向かうよう、意見を出し合った。
 正直になんでも話せる友というのは、本当にありがたい。隠すことなく、気負わず、気取らず、自然体でいられるから。
 Oさんも、実は大変なストレスを抱えていることがわかった。今度は、私が彼女の聞き役に回る番だ。
 いま直面している問題がすべて解決したわけではないが、いいたいことをいったら、だいぶ心が軽くなった。Oさんのおかげである。
 しかし、仕事をしていると、次々に問題が起きる。ひとつ山を乗り越えたと思ったら、次の山が目の前にそびえていることが多い。またこれも乗り越えなくてはならないわけだ。
 でも、わかってくれる人に話すと、スーッと胸のなかが風通しがよくなッた感じがして、前に進む勇気が湧いてくる。
 さて、元気を出して、またまた次なる山に挑戦しましょうか。これって、ものすごくエネルギーのいることなんだけどね。
| 親しき友との語らい | 21:58 | - | -
辻井伸行
 先日、またまた辻井伸行に話を聞いた。「家庭画報」に掲載されるインタビュー記事である。
 私が「辻井さん、毎度!」といってあいさつをすると、辻井さんも「ああ、伊熊さん、毎度、毎度!」といって、大笑い。インタビューは、なごやかな雰囲気で始まった。
 これはショパンに関するインタビューで、彼のショパンに対する思い、作品について、ショパン国際ピアノ・コンクールに参加したときの思い出、ジェラゾヴァヴォーラの生家やマヨルカ島を訪ねたときの印象、幼いころのショパンとのかかわりなど、多岐に渡る内容を聞いた。
 辻井伸行は、2016年1月6日から3月30日まで、全国17箇所で「ショパン・リサイタル」と題した演奏会を予定している。プログラムは3つのワルツ作品34、12のエチュード作品10、4つのバラードである。
 さらに、10月21日には、ショパンのピアノ・ソナタ第2番、第3番を収録した新譜をリリースしたばかり。このCDのライナーノーツを書いたため、そのときに少しソナタに関する話は聞いていたが、今回はより詳しく2作品について聞くことができた。
 これまでさまざまな作曲家の作品について話を聞いているが、やはり辻井伸行にとって、ショパンは特別な存在のようだ。ショパンの話になると、話が止まらないという感じで、熱く語ってくれる。
「ショパンは体調がすぐれなくても、どんな苦難に遭遇しても、ひたすらすばらしい作品を書き続けた。その強さに魅了されます。ぼくもそんな生き方をしたい。いい曲も書きたいし…」
 こう語る彼は、ショパンの気高く美しく繊細な作品の奥に宿る、一本芯の通った強さに憧れているようだ。
 今日の写真は、インタビュー後のおだやかな表情。
 彼とはいつも食べ物の話で盛り上がるのだが、今回は、ニューヨークの巨大なオムレツをぺロッとたいらげ、ウエイターに仰天されたという話がおもしろかった。このオムレツは卵10個以上使っているとも思える大きさで、アメリカ人でもほとんどの人がフーフーいって残すくらいだという。それを残さずきれいに食べたので、お皿を下げに来たウエイターに「この坊や、全部食べたの?」と驚かれたそうだ。
「その英語、ぼく、わかるですよ。失礼ですよね」といって憤慨している表情を見て、私は思いッきり笑ってしまった。
 その食欲、すべて演奏のエネルギーになるんだろうな。


   
| 親しき友との語らい | 22:33 | - | -
服部百音
 1999年生まれの若きヴァイオリニスト服部百音が、2016年1月17日に紀尾井ホールでヴィヴァルディの「四季」を演奏する(午後2時開演)。
 東京ヴィヴァルディ合奏団のニューイヤーコンサートのゲストとしてヴァイオリン独奏を務めるもので、マルチェルロやラヴァニーノ、フレッチャーの作品が組まれたプログラムの最後を飾るのが「四季」である。
 この初めての大役に挑む服部百音に、インタビューを行った。
「いま必死で練習しています。すばらしい作品ですので演奏するのが楽しみですが、東京ヴィヴァルディ合奏団の方たちとのコミュニケーションがうまくとれるか、それが一番心配ですね」
 ただし、そこは若さと根性のある彼女のこと。本番に強い精神性の持ち主だから、果敢に新たな試みに挑戦して、いつもながらのスピード感あふれる躍動感に満ちた演奏を聴かせてくれるに違いない。
 彼女は現在、東京音楽大学付属高等学校特別奨学生だが、スイスのザハール・ブロン・アカデミーにも在籍。これからまたブロンのもとで勉強するためにスイスに行くそうだが、今回は「四季」をみっちり練習してくるという。
 このインタビューは、次号の「ぶらあぼ」に書く予定になっている。
 いつもは、コンサートを聴き、終演後に楽屋でいろんな話をすることが多かったが、今回はインタビューということで、1時間じっくり話を聞くことができた。「四季」に関しては、4つの季節を弾き分けることに主眼を置いているようだ。
 若い女性らしく、ステージ衣裳にも気を遣っていて、「何色にしたら、いいかなあ。情熱的な夏の楽章に合わせると赤だけど、冬の凍るような寒さを表現するとしたら白になってしまうし…」と悩んでいた。
 もう来年の国際コンクールの準備も進めていて、ブロンのレッスンではいろんな作品を学んでくるという。
 いつも服部百音に会うと、ひたむきにヴァイオリンと対峙している姿に感動を覚える。きっと、みずみずしく勢いに満ちた「四季」が生まれるに違いない。
 今日の写真は、インタビュー中のワンショット。昔から知っているためか、写真を撮ろうとすると、舌を出してふざけてみたり、しかめっ面をしたり…。でも、そういう写真は、関係者から「ノー!」と即座にいわれてパス。真面目な表情の1枚がOKとなりました、残念(笑)。



 
| 親しき友との語らい | 21:13 | - | -
フジコ・ヘミング
 今日は、久しぶりにフジコ・ヘミングに会って、3時間ほど話をした。
 フジコさんに会うのは、本当に久しぶりで、2013年2月にパリでリサイタルを聴いて以来のことになる。
 いま、彼女は演奏会のスケジュールがぎっしり。日本公演も数多いが、ヨーロッパでも各地でコンサートを行っている。
「今度、ブラジルや南米各地に弾きに行くのよ。私は南米の人たちが大好きなの。みんな本当に陽気で、屈託がない。幸せそうな顔をしているでしょ」
 フジコさんはアメリカにも拠点があるから、南米ツアーは、アメリカから出かけて行くことになる。
 近況を聞いたり、今後のスケジュールを聞いたりしたが、ほとんど自由に話していて、とても元気そうだった。
「私ね、お医者さんがいうには、血液がとても若いんですって。ベジタリアンだから、野菜をたくさん食べているでしょう。それがいいのね」
 最近撮った写真もたくさんもってきてくれ、「これ、あなたに全部あげるワ」と、写真とDVDとCDももらってしまった。
 フジコさんとは、いつもFAXのやりとりをしている。東京から、パリから、彼女はよくFAXを送ってくれる。もちろん、そういうときの内容は記事にできるものではなく、プライヴェートな内容だが、特有の踊るような文字が印象だ。
「次は12月に帰国したときに会いましょうね」
 このことばを残して、彼女はバイバイと手を振った。
 今日の写真は、おいしそうに紫煙をくゆらすフジコさん。彼女、本当にタバコが似合うよねえ。

| 親しき友との語らい | 23:06 | - | -
辻井伸行
 辻井伸行は、コンサートのたびに異なるコンチェルトを披露する。
 今日は、サントリーホールで「《自作&クラシック》オーケストラ・コンサート」と題する演奏会が開かれ、前半は自作品を田中祐子指揮オーケストラ・アンサンブル金沢と共演し、オーケストラ・バージョンで演奏した。
 後半はガーシュウィンの「パリのアメリカ人」(室内オーケストラ版)から始まり、いよいよ辻井伸行がソロを務めるガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」が登場した。
 彼はいかにも楽しそうに、ジャジーなリズムに乗り、オーケストラとの音の対話を濃密な形にしていく。
 つい最近、ラフマニノフやプロコフィエフのコンチェルトを聴いたばかりだったのに、今度はガーシュウィンだ。本当にそのレパートリーの広さには感服してしまう。 
 終演後、11月末から12月にかけて行われるワレリー・ゲルギエフ指揮ミュンヘン・フィルとの共演による、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」のプログラム原稿のためのインタビューがあり、楽屋に向かった。
 私は「皇帝」の第2楽章をこよなく愛しているため、その話題で盛り上がり、彼もあの美しい緩徐楽章には深く魅せられていると話していた。
 デビュー当初の話からクライバーンの思い出、ゲルギエフとの初共演、ドイツで初めてベートーヴェンの「ハンマークラヴィーア・ソナタ」を弾いたときの緊張感、これからの夢までいろんな話を聞くことができ、11月29日と12月1日のサントリーホールでの演奏が楽しみになった。なお、このツアーは大阪、名古屋、仙台公演も組まれている。
 今日の写真は、インタビュー後の写真撮影の横でチラッと1枚撮ったもの。彼は写真撮影は苦手なようで、インタビュー中はとても嬉々とした表情を見せていたのに、撮影となったら下を向いていることが多かった。本来は、とてもシャイな性格なのである。
 でも、コンサート直後なのに、疲れも見せずにインタビューに応じてくれた。辻井さん、ありがとう。「皇帝」、期待していますよ!


 

 
| 親しき友との語らい | 22:15 | - | -
アリス=紗良・オット
 今日は、久しぶりにアリス=紗良・オットに会い、いろんな話を聞いた。
 彼女は11月にアンドレス・オロスコ=エストラーダ指揮フランクフルト放送交響楽団の来日ツアーのソリストとして、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番を演奏することになっている。
 まず、その話から始め、チャイコフスキーのコンチェルトについてあらゆる質問をし、それに対し、さまざまな答えを戻してくれた。
 それを来日プログラムの原稿や、その他の記事でも展開することにしている。
 アリスに会うといつもそうだが、いまどんな生活をしているか、世界を回っているなかでどんなことに遭遇しているか、現在の考え方や将来についてなど、あらゆる方向に話が広がっていく。インタビューということを離れ、本音で話してくれるため、とても自然な形で話ができる。
 もうベルリンに住んで4年になるそうで、とても住みやすいという。音楽仲間や友人を家に招いて食事を作りながらいろんな話をするのが、一番のリラックスタイムになっているようだ。
 彼女にはデビュー当初から話を聞き、演奏も聴き続けているのだが、今日のインタビューのなかで再三再四こんなことばを口にしたのにはびっくり。
「もう若くないんですよ。10代の若い子たちがどんどん出てきているし、そういう人たちを見ると、ああ、自分もずいぶん年をとったなあと思って…」
 エーッ、アリスが若くないなんていうとは。彼女もキャリアを着実に重ね、成長したということなのだろうが、そのことばを何度もいうのには驚いた。
 アーティストは、デビュー当時は若い若いといわれるが、彼女のように国際舞台で華々しい活躍を続けていると濃密な時間を過ごし、人生経験が豊富になるため、新人が出てきたときに、自分はもうかなり先輩になったと感じるのだろう。
 それに加え、アリスはこれから先の20年後、30年後のことをよく考えるようになったという。そのためにいま自分が何をすべきかを自問自答しているのだそうだ。
 チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番は、17歳のときに初めて日本でオーケストラと共演したコンチェルト。もう70回ほど弾いているが、いつも異なる指揮者&オーケストラとの共演により新たな発見があるという。
 今日の写真は、髪を切ってからようやくカットが落ち着いたというお気に入りのヘアスタイルになったアリス。スカーフもおしゃれだ。
 最新録音はグリーグにフォーカスしたアルバムで、「グリーグの珍しい作品も入れたんですよ」といっていた(ユニバーサル)。リリースが待ち遠しい。
 私は2007年にグリーグの家を訪れて本を書いたため、今度その本をプレゼントすることを約束した。「日本語だけど、読めるよね」と聞いたら、「だいたい、大丈夫よ」といってケラケラ笑っていた。


 
| 親しき友との語らい | 22:10 | - | -
服部百音
 服部百音の演奏を聴くのは、何度目だろう。
 そのつど、高く天空に飛翔していくような、才能が大きく開花していくような、フレッシュな演奏の瞬間に立ち会える気持ちがする。
 今日は、東京芸術劇場で行われた下野竜也指揮読響サマーフェスティバル3大協奏曲のコンサートを聴きにいった。
 前半は、服部百音がソリストを務めるメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲と、デンマーク出身のチェリスト、アンドレアス・ブランテリドのドヴォルザークのチェロ協奏曲、そして後半が韓国出身のHJリムによるチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番というプログラム。
 服部百音は、現在東京音大付属高校特別特待奨学生で、海外では名教師として知られるザハール・ブロンに師事している。
 今日のメンデルスゾーンは、やはり高校生になったからか、ずいぶん大人の音楽になった気がする。このコンチェルトはかなり弾き込んでいるため、自分の「声」でうたっている。しかし、彼女はいつもそうだが、本番になるとひたすらアップテンポになり、第3楽章はどうなるのだろうとハラハラするほど、飛ばしていた。
 楽屋で会ったときにそう話すと、「やっぱりそうなっちゃったか」と苦笑していた。リハーサルのときは、もう少しゆったりと弾いていたらしい。
 でも、これが服部百音の勢いに満ちた音楽の源でもあるわけだから、けっして悪いことではない。一気に突っ走っていく、それが彼女の大きな特徴なのである。
 今日は、いまのレッスンの様子、先生や友人たちとのかかわり、レーピンやヴェンゲーロフから受けたレッスンのことなど、短時間ながらいろんな話をしてくれた。
 海外では、やはりいろいろ苦労もあり、「社会勉強しているわねえ」といったら、「そうなんですよ、いろんなこと、学んでいます」と笑っていた。
 会うたびに成長していく若手アーティストは、その進化が著しい。次回はどんな演奏を聴かせてくれるだろうかと、心躍る思いがする。
 今日の写真は、楽屋でのひとこま。実は、とんでもなくふざけた表情をしている写真が1枚撮れたのだが、関係者から「それはマズイ。載せないでください」と釘を刺され、あえなくボツ。百音ちゃんは、「あ〜あ、残念」と落胆顔。
 演奏は真摯で集中力に富み、作品の内奥に一気に入っていくものだが、素顔はとってもジョーク好き。それとも、私が撮るときだけ、そういう表情をしているのかな。というわけで、今日の写真は、真面目な1枚となった。


 
| 親しき友との語らい | 22:35 | - | -
おしゃべり会
 どんなに忙しくても、気心の知れた友人とのおしゃべりは欠かせない。
 今日は、親しいレコード会社のOさんと、お互いの仕事の合間を縫って渋谷で落ち合い、2時間しゃべりまくった。
 とにかくいま一番の関心事をダーッと話し、ワーッと意見をいい、それから次々に話題を変えていく。
 このスピード感とタイミングがふたりとも絶妙で、息がピッタリ。
 話が終わった時点で、気持ちはかなりリフレッシュ。
「また、暑気払いでビールでも飲もうね〜」
 こういって、渋谷の駅であっさり別れ、お互いにまた仕事モードに。
 仕事をするということは、どんな仕事でも人間関係に問題を抱えることになり、悩みも増え、日々ストレスがたまっていく。
 それをリフレッシュするためには、わかりあえる友とのおしゃべりが一番だ。
 Oさんとは頻繁に会っているため、最初から説明しなくてもわかってもらえるから話がスムーズに進む。もちろん、メールでも電話でも話すが、やはり実際に会って話すのが一番いい。
 以前、彼女と電話で話していて、気が付いたら7時間ということがあった。ふたりともビックリ。あわてて電話を切って、ふたりともトイレに駆け込んだという、いまでは笑い話のようなことがあった。
 さて、おしゃべりして気が晴れたところで、きちんと仕事モードに戻さなくちゃね。でも、よく今日は2時間で済んだものだ(笑)。
 
 
 
| 親しき友との語らい | 22:53 | - | -
三浦文彰
 メンデルスゾーンとチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲は、2大ヴァイオリン協奏曲として、「メン・チャイ」という愛称で親しまれている。
 その名曲の録音に、若きヴァイオリニスト、三浦文彰が挑戦した。この6月にベルリンのテルデックス・スタジオでハンヌ・リントゥ指揮ベルリン・ドイツ交響楽団との共演によって行われたもので、9月16日にリリース予定だ(エイベックス)。
 先日、帰国したばかりの三浦文彰にインタビューを行った。彼は録音を終えて、南の島でバカンスを楽しんだようで、かなりこんがりと日焼けしていた。
「砂浜で寝ころんでいたら気持ちがよくて、つい水着のポケットにスマホを入れているのを忘れて、そのまま泳いじゃったんです。気が付いたときはすでに遅し。いま修復してもらっているんですが、ホント大変なんですよ」
 こういいながら、それでも日焼けした顔は笑っていた。
 録音はとてもスムーズにいったそうで、指揮者、オーケストラともにすばらしかったという。事前に、ピンカス・ズーカーマンに電話していろいろアドヴァイスしてもらったとか。
「もう、ぼくはピンカスの養子のような状態になっているんです」
 ズーカーマンは三浦文彰の才能を非常に高く評価し、大切に思っているのだろう。何でも詳しく教えてくれるそうだ。
 この録音のCDRを聴かせてもらったが、非常にのびやかで推進力に満ち、自信がみなぎる演奏になっている。彼はこの両作品をすでに世界各地で何度もいろんな指揮者、オーケストラと共演し、もっとも多く演奏しているコンチェルトだというから、演奏の完成度が高いのも当然だ。
「録音は、すっごく楽しかったですよ」
 こう明るくいいきることができるのも、若さの特権だろうか。現在、22歳。難関といわれるハノーファー国際コンクールで優勝の栄冠に輝いたのが16歳のとき。あれから一気に世界の舞台へと駆け上がり、現在はウィーンでさらなる研鑽を積んでいる。
 三浦文彰にはデビュー当初から話を聞いているが、いつもとても素直で自然で明るい。共演者に好かれるだろうな、と思わせる。だが、当時から顔つきは大きく変わった。目の表情が鋭くなり、プロフェッショナルな眼光になった。
 このインタビューは、「CDジャーナル」に書く予定になっている。
 今日の写真は、大人っぽい表情になった三浦文彰。2016年2月には、「辻井伸行×三浦文彰 究極の協奏曲コンサート2016」と題された演奏会が組まれ、日本各地でメンデルスゾーンとチャイコフスキーのコンチェルトが演奏される。さらにこのふたつのコンチェルトが磨かれるに違いない。


 
 
| 親しき友との語らい | 22:39 | - | -
ケマル・ゲキチ
 クロアチア出身で、現在はアメリカ在住のピアニスト、ケマル・ゲキチとは長年にわたって交流を深めている。
 彼は現在フロリダに居を構え、フロリダ国際大学の教授を務め、武蔵野音楽大学の音楽学部の教員としても後進の指導にあたっている。
 この夏は、約1カ月ほど日本に滞在し、各地でコンサートやマスタークラスなどを行い、多忙な日々を過ごしていた。
 もう今週の日曜日には帰国するため、今日はレコード会社のFさんと3人で和食を食べにいった。
 ゲキチはショパンやリストなどのロマン派の作品を得意としているが、最近はドイツ各地でリストとJ.S.バッハの作品を組んだプログラムでリサイタルをしているそうで、バッハの「平均律クラヴィーア曲集」を取り上げる機会が増えているという。
 すでに何度も来日し、かなり長期間にわたって滞在しているためか、和食に非常に詳しく、何でも口にする。ただし、最初のころはお刺身やお寿司など、ナマのお魚はまったくダメだったそうだ。それがいまではかなり舌が肥えている。
 今日は3人がそれぞれの近況を報告しあい、仕事の状況や今後の予定なども話題にのぼった。何でも気楽に話せるところが、長年のつきあいゆえだろうか。
 彼は「もったいない」という日本語を知っていて、ちょっとだれかが何かを残すと、「もったいない」を連発。私は、ごはん粒をひと粒残らず食べるはめになった。冷酒も最後の一滴まで飲まされたし(笑)。
 今日の写真は食事をしながら、いろんな話に花を咲かせているケマル。私はいつも一発撮りなのだが、よく人に写真をほめられる。
「Yoshiko、きみ、すっごく写真うまいねえ。職業まちがったんじゃない」
 ケマルにもこういわれた。
 ご本人が気に入ったという写真、いかがでしょうか。

 
 
 
| 親しき友との語らい | 23:35 | - | -
親しき編集者
 先日、レコード会社にアーティストのインタビューにいった帰り、エレベーターで階下に降りようとしたとき、ある階で扉が開いた途端、私は「エーッ」と声を上げてしまった。
 そこには、「ぴあ」で長年連載をしていた時期に担当してくれた編集者のNさんが立っていたのである。
 彼女も「アラーッ」と、一瞬信じられないという顔をした。
 エレベーターが1台違ったら、この出会いはない。Nさんは、前のエレベーターがいっぱいだったため、乗り過ごし、待っていたら私の乗ったエレベーターが来たのだという。
「奇遇だよねえ」
「お久しぶり〜」
 そんなこんなで、ふたりで遅めのランチに出かけた。
 お互いの近況報告をしながら、「会えてよかった」と何度もいいあった。
 というのは、昨年末から今年初頭にかけて、Nさんとは何度もメールをやりとりし、西荻で食事をしようと話していたからだ。ふたりの自宅が近いからである。しかし、なかなかスケジュールが合わず、のびのびになっていて、こんな時期になってしまった。
「じゃ、今度こそ、食事会しよう」
 そう約束して別れた。
 Nさんとは最初からなぜかウマが合い、性格はまったく違うのだが、いつも仕事を離れていろんな話をした。
 一緒に国立競技場にサッカー観戦にいったこともある。かなり前のことで、彼女が前園真聖、私が川口能活を応援していたころだ。
 私たち書き手は、いろんな編集者とつきあうが、プライヴェートな話までするという人はなかなかいない。Nさんは、その意味で貴重な存在だ。
 私は、彼女とぜひ西荻でいきたいお店がある。Nさんが、おそらくとても気に入ってくれると思うからである。近いうちに実現したいものだ。せっかくエレベーターがとりもってくれたわけだから(笑)。
 
| 親しき友との語らい | 18:09 | - | -
樫本大進
 先日、音楽事務所からの依頼で樫本大進にマスターインタビューを行った。
 久しぶりに会う大進はとても元気そうで、公私ともに充実した日々を送っている感じが生き生きとした表情に現れていた。
 ベルリン・フィルの次期音楽監督にキリル・ペトレンコが決定したことから始まり、自身が開催している秋の「赤穂・姫路国際音楽祭」、2016年2月に予定されているコンスタンチン・リフシッツとのデュオ・リサイタル、同年5月の小菅優(ピアノ)とクラウディオ・ボルケス(チェロ)とのトリオ・ツアー、同年10月の「赤穂・姫路国際音楽祭」の東京公演まで、多岐に渡ることを聞いた。
 大進には長年話を聞いているため、いつも本題から逸れて話題が脱線してしまう。私はペトレンコのことを聞きたかったので、その話題から入ったが、やはり決定するまでに長い時間を要し、楽員みんなが活発な意見を出し合うため、大変だったそうだ。 
 そこから話はいろんな枝葉に分かれ、さまざまなことに飛び散り、大幅に時間を過ぎてしまった。
 大進は8月に父親になる予定だが、いま彼の周囲はベビーブームだそうで、父親になった人、これからなる人が集まっては子育て談義に花が咲いているという。
 大進に話を聞くと、いつも彼の気取らず気負わず自然体の姿勢にある種の感動を覚える。ベルリン・フィルの要職に就いても、デビュー当初とまったく変わらないフランクな話し方、おおらかな性格、明るい笑顔で、周囲をなごませる。
 エマニュエル・パユやエリック・ル・サージュに聞くと、「20歳のころから何ひとつ変わらない。演奏は当初から輝かしい才能を発揮したものだったけど、それに甘んじることなく、いまでも必死に練習している姿勢に感服するね」とのこと。
 このインタビューはマスターインタビューゆえ、いろんなところに順次書いていくことになる。
 今日の写真は、にこやかに談笑する大進。
 今回の帰国は、明日のマイケル・フランシス指揮NHK交響楽団との共演によるブラームスの「ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲」(チェロはクラウディオ・ボルケス)の演奏のためである。

| 親しき友との語らい | 22:17 | - | -
藤井一家との交流
 フルートの藤井香織とのおつきあいは、彼女がCDデビューしたころから始まり、以来ずっと続いている。
 彼女は現在ニューヨーク在住ゆえ、あまり会えなくなってしまったが、昨夏リリースの「Voyage(ヴォヤージュ)」(コジマ録音)のライナーノーツを書いたことで、またおつきあいが復活した。
 そこへ今度は父親であるクラリネットの藤井一男の新譜、「祈りの時(仮題)」(コジマ録音)のライナーを担当することになり、おつきあいが広がった。両CDともに、ピアノは香織の姉である裕子が担当している。
 今日は、古民家を改造しておいしい和食を提供している西荻のRe-gendoに、藤井一家がきてくれ、食事会を行った。
 なんでも、ここは母親であり、ピアニストである藤井祥子の非常に親しくしているお店であり、なんと今日は月曜日なので定休日なのだが、特別に開けてくれた。私たちの貸し切りである。なんという贅沢…。
 まず、食事が始まる前に、私は一男と裕子のご両人に録音のこと、プログラムの構成、このアルバムのコンセプトなどをインタビューし、ライナーノーツの準備に取りかかった。
 いろんな話を聞くことができ、藤井一男の録音に賭ける熱い思いも聞くことができたため、あとは雑談をしながら楽しい食事会となった。
 藤井香織は長年のお付き合いがあるのだが、父親、母親、姉の3人に会ったのは、今日が初めて。ところが、最初からなんだか親戚づきあいのような雰囲気になり、お互いのプライヴェートなことまでガンガン話題にのぼり、次第にファミリーのような空気が生まれた。
 3時間半におよぶ食事会は、和気あいあいの雰囲気のなかで終わり、次は香織の帰国を待って、秋にみんなで再会する約束をした。
 音楽一家というのは多く見てきたが、本当に藤井一家はおだやかで陽気で楽しい家族である。姉妹も仲がいいし、うらやましい限りだ。
 このアルバムは、今秋リリースされる予定。心からの音楽に対する深い思いが投影された演奏で、「アメージング・グレイス」「カッチーニのアヴェ・マリア」「ハナミズキ」「主よ、人の望みの喜びよ」などの名曲が16曲収録されている。
 今日の写真は、左から藤井一男、裕子、祥子。なんだか初めて会った気がせず、長年の友人か親戚のような思いを抱いた。なんとも不思議な出会いである。

| 親しき友との語らい | 23:13 | - | -
すばらしいスタッフ
 今日は、デザイン事務所でHPのリニューアルの打ち合わせがあった。
 集まったメンバーは、デザイン事務所のM社長とデザイナーのSさん、営業を担当してくれるNさん、翻訳と通訳を担当してくれるEさんと私の5人。
 2時間に渡り、リニューアルの具体的な内容、方法、今後の展開などをじっくり話し合い、各々の担当の確認をした。
 私がHPを立ち上げたのは2011年。この5年間にWEBの世界は大きな変貌を遂げ、スマホも現れ、WEBの記事展開もそれに合わせた変化を余儀なくされている。
 ミーティングのなかで、WEBに関した専門語が出てくるたびに、私は質問して理解をしていかなくてはならず、本当に時代に即したことをしなくてはならないのは大変なことだと痛感した。
 それでも、スタッフのみなさんがとても親密的で温かく、前向きに対処してくれるため、つくづくいい仕事仲間に恵まれたと幸せな気持ちになった。
 やはり、仕事というのは、人間関係がもっとも大切である。気の合う人たちと仕事をすると、エネルギーが全開になるが、合わない人と組むと、それは辛い時間になってしまう。
 これからデザイン事務所の方たちがさまざまな面で仕事を進めてくれ、すべてが終わるのが10月末ころになりそうだ。そこから新たなHPがスタートを切る。
 その間、私がやるべきことをきちんとこなさなければならない。
 なにはともあれ、今日から具体的な動きがスタートした。大海原に漕ぎ出したような気分、といったらちょっとオーバーかな(笑)。
| 親しき友との語らい | 23:44 | - | -
ルノー・カピュソン
 ルノー・カピュソンは、私が大好きなヴァイオリニストのひとりである。彼の流麗で透明感のある情感豊かな音色は非常に印象的で、すぐにカピュソンの音とわかる強い個性に彩られている。
 今日はNHK交響楽団の定期公演にソリストとして出演、ラロのスペイン交響曲ニ短調を演奏した。指揮は、近年注目を浴びているフランスのステファヌ・ドゥネーヴである。
 ラロのスペイン交響曲は、あまり演奏される機会に恵まれていないが、5楽章構成の聴きごたえのある作品。スペイン色濃厚で、ハバネラのリズムやボレロのリズムが随所に含まれ、甘美で民族色あふれる旋律が全編を覆っている。
 カピュソンは、冒頭からオーケストラと完全に融合する妙技を示し、躍動するリズム、豊かな歌心を備えた主題などを美しく自然に弾き進めた。
 その音楽からはスペインの歌が聴こえ、乾いた空気がただよい、作品の流れを重視した美しい演奏が聴き手を異国の地へといざなった。
 終演後、宿泊先のホテルでインタビューを行った。
 実は、私のHPは2011年に開始したのだが、5年目になり、大幅なリニューアルを考えている。昨年7月からさまざまな仕事関係の人に会って相談し、助言や提言をもらい、ようやく大体の骨子が固まってきたところである。
 インタビューページやCD&DVDの紹介ページを新たに加え、情報も選びながら入れ、ひとりでも多くの人にクラシックを聴いてもらえるような、興味深いサイトにしたいと思っている。
 まず0号を立ち上げ、それをいろんな人に見てもらい、さらにコンテンツを吟味し、内容を検討したいと考えているのである。
 その0号のインタビューのトップバッターが、ルノー・カピュソンである。これまで何度かインタビューを行ってきたが、そうした内容を含めてカピュソンの魅力を伝えるページにしたいと思っている。
 その話をすると、「おお、すばらしい、ありがとう!」と、満面の笑みをたたえ、インタビューは楽しい雰囲気のなか、スムーズに進んだ。
 今日写真は、たくさん撮ったなかの1枚。これからインタビューページの写真は、たくさん撮らなければならない。でも、カメラマンのようにいろんな機材をもっているわけではないし、照明器具もなく、インタビュー終了後の瞬間の勝負なので、条件はきびしい。
 今日はレストランの一番端の席を用意してもらったのだが、照明が落としてあり、ちょっと暗い感じになってしまった。0号では、もっといろんな表情の写真を公開します。お楽しみに〜。



 
| 親しき友との語らい | 21:53 | - | -
伊藤恵
 いま書店に並んでいる「レコード芸術」6月号の「先取り! 最新盤レヴュー」というページに、伊藤恵のシューベルト「ピアノ・ソナタ第18番《幻想》、第21番」(フォンテック)の記事を書いた。
 その最後のところで、「長年の研鑽の集大成か、またはこれが新たな道程への始まりか…」と綴っている。
 実は、今日、今度はその「レコード芸術」のインタビュー・ページの仕事で、音楽事務所に出向いた。
 すると、伊藤恵は第一声で、「伊熊さんのあの最後の文章、すごく心に響きました」といった。それからというもの、いつもながらのあちこちに話題が飛んでいく、ふたりの対話が始まった。
 彼女とは、感性が似ているのか、趣味が似ているのか、本や映画やさまざまな話題が尽きることはない。何かひとつの話題が出ると、一気にふたりで話がブワーッと、拡散していくのである。
 きっと編集担当のHさんも、カメラマンのAさんもびっくりしたに違いない。
「こりゃ、とんでもないふたりの会話だ。どこまで飛んでいくのだろう」と。
 ただし、私たちふたりはいつものことなので、あるところに飛んで、またそこからどこかに飛び、戻ってこなくてもまったく平気で話は続く。
 もちろん、新譜のシューベルトのことはきっちり聞きましたよ、仕事ですからね(笑)。
 伊藤恵は、今後少し精神的な休みを取り、次なる地平へと目を向けているようだ。とはいえ、次々に演奏が入り、実際はゆっくりサバティカルを取ることはできないという。
 今後の展望を聞いているうちに、またまた話が飛び、彼女の目は輝きを増してきた。というのは、自分がどう生きるか、という話に移ったからだ。
 こういう話は、とめどなくなってしまう。私もそういう話が好きなので、舌がなめらかになるし…。
 今日の写真は、カメラマンの撮影の合間にちらっと撮った1枚。
 恵さん、またゆっくりいろんなお話、しましょうね。大丈夫ですよ、「レコ芸」の記事はしっかり書きますからね、ご安心くださいませ。


 
| 親しき友との語らい | 22:00 | - | -
仕事仲間
 いろんな仕事仲間がいるが、お互いに心から信頼し、仕事の仕方に共感し、しかも一緒に仕事をしたいと思う人はそう多くはない。
 昨日は、その意味で大切な仕事仲間のひとり、Eさんと吉祥寺のカフェロシアで食事をしながらさまざまな話をした。
 おいしいロシア料理をいただき、グルジアワインを飲みながらプライベートなことも話しているうちに、彼女とは多くの共通点があることに気づいた。
「どうしてこんなにいろいろ共通項があるのかしら」
 夜も更けるにつれ、ふたりでその部分に驚き、より会話が弾んだ。
 そして、何か一緒に仕事ができないかという話になり、新しいことをやりたいという気持ちで一致。もうひとり、私の親しい友人Uさんを加え、3人で新たな仕事をしようということで盛り上がった。
 早速、Uさんに電話。
「いまねえ、Eさんとこれこれこういう話になっていて、あなたに参加してほしいと思っているのよ」
 こういうと、いつも前向きでやる気満々のUさんは、「これからタクシー飛ばして、そっちに行くわ」という。
「いやいや、もう遅いし、もっとEさんと話を詰めてから、また連絡するから」
 ひとまずこういって電話を切った。
 でも、それからまたEさんと話し続け、結局カフェロシアの最後のお客となり、12時をまわってから解散となった。
 今日もふたりとその新しい仕事の件でメールと電話のやりとりが続き、3人ともテンションが上がりっぱなし。でも、仕事を始めるには経費の問題もあり、いろいろ考えなくてはならないことが山積みだ。
 しかし、女3人で前向きに突っ走れば、なんとかなる。私はこう考えている。
 これからしばらく、3人の情報交換が続きそうだ。
 今日の写真は、先日食べられなかったカフェロシアのペリメニ。




 その前に、とっても豪華な前菜が運ばれてきた。キャッホーッ、これで一気に元気になるよねえ。グルジアワイン(いまはジョージアワイン)も、すばらしい味と香りだったし…。おいしい食事は頭の活性化につながるようだワ(笑)。



| 親しき友との語らい | 22:48 | - | -
「日経新聞」の親睦会
 今日は、「日経新聞」のマンスリー・ミュージック・サロンの関係者が集まって、麻布十番の中華の人気店で親睦会が行われた。
 10人以上が円卓を囲み、10年続いている連載ページの祝賀会のような形になった。
 最初からクラシック・ページを担当している私は、もう10年も続いているのかと、またまた月日の経つ早さを思い知らされた。
 この間、新聞社の担当者や書き手のメンバーが多少変わったものの、ほとんど同じ顔触れである。
 会が進むにつれ、みんなほろ酔い気分になり、見ればテーブルの上には紹興酒の空瓶がズラリ。
 紹興酒をグラスになみなみとついで、表面張力だといって飲んでいる人がとてもおもしろく、写真を撮ったが、帰宅してからよく見るとあまりにも酔っぱらったスゴイ顔をしているため、ブログにアップするのは控えることにした。
 おふたりさん、せっかくポーズとってくれたのに、ごめんなさいね(笑)。
 お開きになった後、これから二次会に繰り出すといって、大半のメンバーは移動したが、私とバレエのページを担当しているMさんは、明日の仕事を考えて帰ることにした。きっと、あの調子では、あと3時間くらい飲んでいるんじゃないかな。
 この新聞のページの関係者は、みんないい人ばかり。仕事がとても楽しくできる。もっともっと長く続いてほしいと願っている。
 このお店の中華料理は本格的な食材を使った味わいで、薬膳のようなスープもあった。最後に出てきたのが、中国の真黒なお醤油を使って作るという炒飯。初めて食べる味で、とても香ばしくておいしかった。今日は、酔っ払いの写真は外し、この炒飯の写真で〆。




 
| 親しき友との語らい | 23:26 | - | -
ミッシャ・マイスキー
 5月のミッシャ・マイスキーは大忙しである。
 6日に宮崎国際音楽祭の「マイスキー・スペシャル〜親子で奏でるハーモニー」に出演し、ヴァイオリニストの息子サーシャ、ピアニストの娘リリーと共演。13日には別府アルゲリッチ音楽祭の「ベスト・オブ・ベストシリーズVol.3 アルゲリッチ&マイスキー 室内楽コンサート」に出演し、すぐにまた宮崎に戻り、15日には「饗宴」〜20周年記念ガラ・コンサートに参加した。
「本当に、今回は行ったり来たりで、大変だった。でも、リリーやサーシャと共演できたし、マルタとはいつもながらの熱い演奏ができたので、満足しているよ」
 宮崎国際音楽祭のリハーサルの合間を縫って、話を聞くことができた。
 つい先ごろ、現在の奥さまとの間に女の子が生まれ、4人の子どもたちの父親となったため、その話題になると相好を崩す。
「以前の結婚のときのふたり、リリーとサーシャを合わせると、6人の子持ちになったんだ。この数はすごいでしょう。私が数にこだわるのは知っているよね。なんと、バッハの無伴奏ソナタの6曲になったわけだよ」
 ここで大爆笑。
 マイスキーは、最近チェロ・ケースにそのバッハの「無伴奏チェロ組曲」をプリントし、それを大切に持ち歩いている。
「これまでもソロ、コンチェルト、室内楽と幅広く演奏してきたけど、最近は家族でトリオを演奏する機会が増えたので、そのレパートリーを広げようと思っている。レコーディングに関しては、いままで家族ひとりひとりに録音を捧げてきたけど、新たな子が誕生したから、いま彼女に何の音楽を捧げようかと考えているところなんだ」
 マイスキーに会うと、最近はパソコンに入っている子どもたちの写真を見せてくれる時間が長く、ほとんどインタビューにならない。
 でも、昔から彼のことを知っているため、こんなに明るく幸せそうな表情になったマイスキーを見て、感慨ひとしおだ。
 今回のガラ・コンサートでは、ベートーヴェンのヴァイオリンとチェロのための三重協奏曲 ハ長調 作品56より第1楽章だったが、演奏はいつもながらの集中力に富む、ほの暗い情熱をただよわせるものだった。
 今日の写真は、バッハの作品がプリントされたケースとチェロを抱えたマイスキー。
「髪がちょっと変だねえ」
 こういいながら、3度も写真を撮り直し、ようやくOKが出た1枚。でも、撮り直した写真は、どれも同じような髪型に見えたんだけどなあ。本人だけが、こだわっているのよね(笑)。

| 親しき友との語らい | 22:17 | - | -
五嶋龍
 五嶋龍の演奏は、12歳のときにカザルスホールで2週間に渡ってリサイタルを行ったときから聴き続けている。
 取材やインタビューもずっと行い、さまざまな記事を書いてきた。
 今日は、次号の「CDジャーナル」のインタビューで、レコード会社に行った。すると、久しぶりに会った龍くんは、ジムで鍛えたようなマッチョなからだに変身していたのである。
「えーっ、すごいからだしているわねえ。運動しているの?」
「ええ、ジムに通っていろいろやっているんですよ」
 笑いながら答える彼は、特に腕の太さがハンパではない。それから新譜のベートーヴェンの「クロイツェル・ソナタ」とフランクのソナタ(ユニバーサル)の話題に移ったが、以前とは別人のようなからだつきで、エネルギッシュに話す。
 このCDはライナーを書いたため、何度も録音を聴いている。それゆえ、ベートーヴェンの作品から作曲家に関することまで、さまざまな質問を投げかけた。その詳細を記事に綴ろうと思う。
 次なる録音はチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲。いま勢いに乗るコロンビア出身の指揮者、アンドレス・オロスコ=エストラーダと彼が音楽監督を務めるフランクフルト放送交響楽団との共演で、6月にドイツでレコーディングするそうだ。
 この指揮者&オーケストラとは、11月17日にサントリーホールで共演することが決まっている。曲目はもちろんチャイコフスキーのコンチェルト。この曲はとにかく「出だしが勝負だ」と語っていた。
 デビュー当初から取材を続けていると、そのアーティストのさまざまな変遷を目にすることができるが、五嶋龍も会うたびにいろんな側面を見せてくれる。彼はクラシックの演奏家らしからぬ一面もあり、とにかく好奇心が強く、音楽以外のさまざまなことに興味を抱く。
 今日の写真は、アスリートのような鍛えたからだになった龍くん。すごいよねえ、この筋肉。私はテニスのラファエル・ナダルの腕を思い出してしまった(笑)。

| 親しき友との語らい | 21:36 | - | -
牛田智大
 若いアーティストがデビューし、少年から青年に変わっていくとき、その成長の速さに驚かされる。
 牛田智大も、デビュー時は小学生だった。それが中学生になり、いまや高校生だ。
 声変わりし、「伊熊さん、ご無沙汰しています、こんにちは」と低い声であいさつされると、ヒェー、別人だワ〜という感じ。
 今日インタビューで会ったら、またまた大きくなっていて、もう170センチを超えたとか。伸び盛りだからあたりまえだけど、成長著しい。
 今日のインタビューは次号の「ぶらあぼ」に掲載される予定だ。
 次なるコンサートは7月7日(火)、文京シビックホールでミハイル・プレトニョフ指揮ロシア・ナショナル管弦楽団との共演により、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番を演奏することになっている。
 今日はその話を中心に、6月にリリース予定の新譜のこと、いま師事しているロシアの先生の教え方、プレトニョフから学んだことなどを聞くことができた。
 特にマエストロ・プレトニョフにまつわる話がとても興味深く、牛田智大はロシアのピアニストであり指揮者である彼から、非常に多くのことを得ているようだ。それが今回のチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番の演奏に生かされるに違いない。
 今日、改めて驚いたのは、手がとても大きくなったこと。以前は9度がぎりぎり届くくらいだったのが、いまは10度が楽々届くようだ。それにより、チャイコフスキーの冒頭の連打も自然に演奏できるようになったと喜んでいた。
 今日の写真は、インタビュー後の牛田くん。身長は伸びても、声が低くなっても、顔の表情はあまり変わらない。なんだかホッとしたりして(笑)。


 
| 親しき友との語らい | 22:11 | - | -
木之下晃さん
 音楽写真家の木之下晃さんが、去る1月12日に亡くなり、今日はブルーローズ(サントリー小ホール)で「お別れの会」が催された。
 木之下さんには、単行本の写真をお借りするなど、とてもお世話になった。特に印象に残っているのは、彼の「声」。特有の声質の持ち主で、思ったことははっきり口にし、いろんなことを話してくれた。
 もっとも鮮明に覚えているのは、私が独立したときにいってくれたこと。
「人とつるんじゃいけないよ。アンタのよさが失われるから」
 当時、私は独立したてで、さまざまな問題を抱え、それにどう対処していいか日々悩んでいた。仕事先で会った木之下さんは、いつも私をはげましてくれ、印象に残ることばをかけてくれた。いまでも、そのことばは私の胸の奥にずっと残っていて、守らなげばならないミッションのように思える。
 木之下さんは、こういうことを話すとき、けっしてやさしく話すタイプではなく、ちょっぴりコワモテ。私はいつも木之下さんに特有の声で話しかけられると、背筋がピシッとする気持ちになったものだ。
「お別れの会」の最後に奥さまの登茂枝さんにごあいさつをしたとき、「人とつるむな」といわれたことを話すと、彼女はこういった。
「ごめんなさいね、勝手なことばかりいって。そんなこといったら、あなたが孤独な立場になってしまうかもしれないじゃない。思いついたことをすぐ口にする人だったものだから、気にしないでね」
 いえいえ、私はこの木之下さんのことばをとても大切に胸にしまい、大きな指針を得たと思っているんですよ。
 今日は木之下さんの次女で、ラジオの仕事をされているという貴子さんが司会をし、とても立派に大役をこなしていた。
 会は、小山実稚恵が演奏するショパンの作品で開幕し、関係者のお別れのことばがあり、木之下さんの仕事ぶりを伝える映像が流され、ホールでの会はひとまず幕を閉じた。次いでサントリーホールのロビーで歓談となり、360人という大勢の人々がそれぞれの形で木之下さんの思い出話に花を咲かせた。
 帰り際、紙袋をいただいたが、そのなかにはこの日のために編集したという「音楽写真家 木之下晃 たいせつな出会い」と題された冊子が入っていた。
 ヘルベルト・フォン・カラヤン、レナード・バーンスタイン、小澤征爾、マリア・カラス、ロリン・マゼール、ウラディーミル・ホロヴィッツをはじめとする世界の巨匠たちを撮り続けた木之下さんの写真と文(中日新聞・東京新聞夕刊での連載)が掲載されたものだった。
 木之下さん、すばらしい写真を残してくれてありがとうございます。ひたむきに仕事をされる姿を見て、いつも勇気をもらっていました。
 いまは先に天国に旅だった巨匠たちに再会し、またまた驚異的な集中力を発揮してシャッターを押しているかもしれませんね。
 デジカメの時代になってもフィルムにこだわり、モノクロの写真で自身の美学を貫いた木之下さん。その写真は「音楽が聴こえる」と称されているが、私は「演奏が見える」感じがする。アーティストが演奏している姿が鮮明に浮き上がってくるようで、想像力を喚起されるのである。ずっと写真をながめていると、その奥から音が立ちのぼってきて、演奏姿が見える感覚にとらわれる。
 木之下さんは「自身の作品を後世に残したい」という夢を抱き、木之下晃アーカイヴスを作り上げた。今後は、これがいい形で引き継がれ、より発展していくことを願ってやまない。
 今日の写真は、ブルーローズのステージに飾られた白い花々と、スクリーンに映し出された木之下さんの生き生きと仕事をする姿。
 もう1枚は、「たいせつな出会い」と題された木之下さんの冊子。




 
 
| 親しき友との語らい | 21:15 | - | -
おしゃべり会
 昨日は、恒例のおしゃべり会をした。
 レコード会社のOさん、Kさんと私の3人で定期的に集まり、近況報告や情報交換、そしてありったけおしゃべりをする会である。
 新宿のおそば屋さん+居酒屋+ちょっとこだわりのメニューをそろえたお店に集まり、顔をそろえた直後からしゃべりっぱなし。
 食事もお酒もとてもおいしく、あっというまに時間が過ぎ、カフェに繰り出してまた続きを。
 こういう会は、本当にストレス発散になり、気持ちが軽くなる。
 お互いに、仕事の立場や内容や人間関係など、すべてがわかっているから、話はツーカーだ。
 昨日はタクシーに乗らず、電車がまだ動いている時間に解散となった。
 ただし、中央線は1時近くでもものすごく混んでいて、金曜日の夜ということもあり、朝のラッシュ並みの混み具合、まったく動きが取れないような状況だった。
 みんな深夜まで遊んでいるのね。あっ、仕事で遅くなった人もいるか。自分が遊んでいたからか、みんなほろ酔い加減に見えてしまった(笑)。
 
| 親しき友との語らい | 20:31 | - | -
舘野泉
 今日は、東京オペラシティコンサートホールで13時30分から舘野泉「奇跡の左手」と題したリサイタルが行われた。
 舘野泉とは、「ショパン」時代からの長いおつきあい。以前、私が仕事の人間関係で非常に落ち込んでいたとき、たまたまある雑誌の対談相手に私を指名してくれ、おだやかな表情で話をしてくれるのを聞き、悩みがスーッと消えていくような感覚にとらわれた。
 舘野泉と話すと、いつも心が自然に落ち着き、本来の自分を取り戻すことができる。もちろん、演奏も同様で、今日の左手の演奏も、胸の奥に深く浸透してくるピアノだった。
 舘野泉が脳出血に倒れたのは2002年1月。右半身不随となるが、不屈の精神で2年後に「左手のピアニスト」として復帰した。その後、世界各地の作曲家から左手のための作品が数多く寄せられ、委嘱作品も増え、各地で初演を行ってきた。
 舘野泉は、「左手だけの演奏でもなにひとつ不自由はない。要は音楽そのものを弾いているのだから」と語る。病の暗い闇のなかから希望の世界へと導いてくれたのは、音楽だからと。
 いまは、左手のための委嘱作品を充実させることを第一の目的とした「左手の文庫(募金)」を設立。これは文化・社会貢献を担い、将来は舘野泉の意思により、ハンデをもつ音楽家の支援に役立てることを目指している。
 今日は、リサイタルの後、16時すぎからこの文庫に関する記者会見が行われた。
 舘野泉のために書かれた作品(2004〜2014)は66作品にのぼり、助成作品は36作品になるという。ピアノ・ソロ、3手連弾作品、ピアノとヴァイオリン作品、ピアノとチェロ作品、ピアノとクラリネット作品、そのほかの室内楽、ピアノとオーケストラ作品、編曲作品が含まれる。
 現在78歳だが、2016年には80歳記念としてのコンサートが組まれ、そこでは4曲のピアノ協奏曲が演奏される予定。
 池辺晋一郎の「西風に寄せて」、ヒンデミットの「ピアノとオーケストラのための音楽」日本初演、ウィーン・フィルのヴァイオリニストで作曲家のルネ・シュタールのピアノ協奏曲、そしてラヴェルの「左手のための協奏曲」というラインナップだ。
 今後もスケジュールはいっぱいで、練習しなくてはならない作品が山積みとのこと。しかし、そういう話をするときも、ゆったりペースでおだやかで自然体。あくまでも自分のスタイルを崩さない。
 
 この「左手の文庫(募金)」は、だれでも募金活動に参加できる。
口座名:左手の文庫募金 代表 舘野泉
銀行:三菱東京UFJ銀行
支店名:渋谷明治通支店 口座種別:普通
口座番号:3440111

事務局 ジャパン・アーツ内 03-3797-7698

 今日の写真は、記者会見の席上での舘野泉。楽譜をたくさん抱えている。多くの聴き手の心を癒し、勇気を与え、前に進力を与えてくれるそのピアニズム。隣は作曲家の吉松隆。今日のリサイタルのアンコールには吉松隆編曲によるカッチーニの「アヴェ・マリア」が演奏され、会場の涙を誘った。
 シューベルトの「アヴェ・マリア」とシベリウスの「フィンランディア」の吉松隆編曲版もあるそうだが、この2曲は館野泉自身が弾いていて泣けてしまうため、まだ演奏できないという。だが、もうすぐステージに登場するだろうとのこと。私たちは、それが演奏されたとき、涙をこらえることはできるのだろうか…。





 
| 親しき友との語らい | 22:50 | - | -
雑誌の打ち合わせ
 以前、ある雑誌で編集を担当していた人が、会社を退社し、フリーのエディター兼ライターとして活動するようになった。
 今日、その彼と西荻窪で雑誌の打ち合わせをした。彼は荻窪に住んでいるからだ。
 Kさんとは何度も仕事を組み、いつもいろんな話をしてきた。私がその雑誌にクラシック以外の記事(サッカーのロベルト・バッジョについて)を書いたこともある。
 いまは、女性誌の仕事をメインにしているそうで、ふたりでクラシックの企画をいろいろ出し合い、話し込んだ。
 来週、編集長との打ち合わせがあるそうだ。なんとか、いい形でページが取れるといいな。
 いまは、女性誌など一般誌でクラシックのページを確保するのが至難の業だ。どんなに偉大なアーティストや実力派、または輝かしい新人などのインタビューを提案しても、担当者があまり興味を示してくれない。とても残念である。
 それでも、私はめげずに自分の紹介したい人、情報を発信すべき人、演奏を聴いてもらいたい人をプッシュし、前向きに対処していく。
 だが、本当にクラシックのアーティストを取り上げてもらうのは難しい。いつもどうしたら興味をもってもらえるか、頭を悩ませている。
 Kさんの話は、そんな私に大きな勇気を与えてくれた。すぐにページが取れなくても、いまに可能になるのでは、と希望をもたせてくれる。それまで、企画をどんどん出し続けようっと。
 
 

 
| 親しき友との語らい | 22:50 | - | -
伊藤恵
 ピアニストの伊藤恵と話すと、いつもいろんな方面に話題が広がり、インタビューということを忘れて、時間が過ぎても話し込んでしまう。
 今日は「CDジャーナル」のインタビューで、銀座の音楽事務所に出かけた。
 彼女に会うのは、久しぶり。最初は5月13日にリリースされる「シューベルト ピアノ作品集6」(フォンテック)と、4月29日に紀尾井ホールで行われる「新・春をはこぶコンサート 8年連続コンサート」の最終回(シューベルトのピアノ・ソナタ第19番、第20番、第21番)の話を聞いていたのだが、やがてそれがさまざまな方向に飛び火していき、ミュンヘン留学時代に聴いた偉大な音楽家たちの演奏からシューマンやシューベルトの作曲家への熱き思い、現代のピアニストたちの話、そして趣味の映画から読書までとめどなく広がり、あっというまに時間が過ぎてしまった。
 伊藤恵はいま哲学の本を読んでいるといい、その本に私も興味を抱き、さらに雑誌の編集担当のIさんも読書家ゆえ、またまた各地のこだわり書店の話まで拡散(笑)。
 だが、私はいつも伊藤恵の話を聞くたびに、真摯に作品と対峙している姿勢に感銘を受ける。彼女はそれがごく自然で、いかにも勉強していますという様子は見られない。本当にその作品が好きで好きでたまらない、という感じがひしひしと伝わってくるのである。
 こういう人が演奏するピアノは、聴き手をその作品の奥へと自然にいざなうもの。彼女はいまシューベルトに真っ向から向き合っているが、長年シューベルトは封印していた。ザルツブルク留学時代にザルツブルク音楽祭で聴いた、アルフレート・ブレンデルのシューベルト最晩年の第19番から第21番のピアノ・ソナタの演奏に大きな衝撃を受け、命を削るようなその演奏に涙が止まらなかったという。そのシューベルトを聴き、自分はなんて甘かったのだろうかと考え、長年シューベルトを弾くことはできなかった。
「ようやく8年前に封印を解いたのですが、弾けば弾くほど奥が深く、生涯学び続けなくては、と思います」
 こうした話が次々に現れ、本当に内容の濃いインタビューとなった。もちろん書店の話などにも広がったが、基本は音楽の話から逸れていない。
 今日の写真は、インタビュー後の1枚。シューベルトの新譜もリサイタルも、本当に楽しみだ。
「私も命を削るような演奏をしたい」
 最後にこう語った彼女の表情が忘れられない。


 
| 親しき友との語らい | 22:46 | - | -
ミッシャ・マイスキー
 ミッシャ・マイスキーによるJ.S.バッハの「無伴奏チェロ組曲」は、これまで何度も聴いてきた。
 だが、今日の東京文化会館小ホールでの「プラチナ・シリーズ 巨匠マイスキーの無伴奏」は、特別な演奏だった。
 親密的で響きのよい小ホールに、マイスキーの深々とした肉厚なチェロの音色が朗々と響いていく。第1番、第4番、第5番というプログラムで、いずれも心に染み入る音楽だったが、とりわけ第5番が厳粛で繊細で優美、しかも豊かな歌が全編を彩っていた。
 今回のリサイタルは、東京文化会館の冊子「音脈」と演奏会チラシの原稿を書いたため、早くから公演を知っていて、非常に楽しみにしていた。
 この空間で聴くバッハは、本当に贅沢な音楽だ。いつもはもっと大きなホールゆえ、チェロの音が拡散してしまうことが多い。しかし、このホールでは弓のきしむ音や弦のこすれる音まですべてリアルに聴こえてくる。それゆえ、新たなバッハを発見する、えもいわれぬ喜びに満ちたひとときとなった。
 マイスキーは、この作品に関し、いつもこう語っている。
「年齢を経るごとに、私の演奏は若くなっていく気がします。バッハの無伴奏も、若いころは生真面目で一生懸命に演奏していて、多分に堅い感じでしたが、2度目の録音のころから自由で自然な演奏ができるようになりました。いまはもう、演奏するたびにより大きな自由が得られるようになっています」
 まさに、いずれの作品も装飾音が自由自在に加えられ、テンポも生き生きとした速さを保ち、その奥に演奏する楽しさが見え隠れしている。
 終演後、楽屋を訪ねると、パソコンに入っている子どもの写真をたくさん見せてくれた。
 マイスキーは、いまの奥さまとの間に3人の子どもがいるが、もうすぐ4人目の子どもが生まれる予定だ。
 彼は苦難の人生を経験し、当初はそれが演奏に全面的に反映していたが、いまは幸福な人生を歩んでいる。子どもの写真を満面の笑みをたたえながら見せてくれるその表情を見ながら、私は本当によかったと心から思った。
 マイスキーの本を書いたころは、彼が人生の闇を語るその辛そうな表情に、ここでインタビューをやめようかとも思った。いまのおだやかな表情は、想像ができないほどだった。
 彼はいう。
「私の人生は極端なんですよ。すごくいいか、すごく悪いか。いまはすべてを受け入れ、子どもたちの幸せを願っています」
 今日の写真はにこやかな笑みを見せるマイスキー。彼のタブレットには3人の子どもたちの写真が刻印されている。もうすぐ、ひとり付け加えた写真に変えなくちゃね(笑)。



| 親しき友との語らい | 21:40 | - | -
音楽事務所の新年会
 今日は音楽事務所、ジャパン・アーツの新年会がANAインターコンチネンタルホテルで行われ、出席した。
 毎年、この新年会ではさまざまなアーティストに会って話すことができ、また、ふだん同じクラシック界で仕事をしている仲間とも会うことができる。
 今日は所属アーティストが多く参加していたため、いろんな人に会って近況を聞いたり、今年の予定を伺うことがてきた。
 デビュー当初からずっと応援し続けているアーティストも多く、そういう人が活躍している姿を見るのは本当にうれしい。
 途中、指揮者のジャナンドレア・ノセダとピアニストのアレクサンダー・ロマノフスキーが、今夜行われるNHK交響楽団とのリハーサルを終えて、急きょ飛び入り。新年のメッセージを語るひとこまも。
 こういう会に参加すると、ふだんはゆっくり話せない人ともおしゃべりをすることができ、新たなニュースを聞くことができる。
 今日の写真は、ずらりと並んだアーティストたち。ひとりひとりの今年の活動内容が発表された。もう1枚は、ノセダ(右)とロマノフスキー。ふたりとも、リハーサル後のラフな服装だったが、「カッコいい!」という声が多く聞かれた。





| 親しき友との語らい | 22:48 | - | -
親友の死
 私を親友のひとり、と呼んでくれるKさんが、最近長年の親友を病気で亡くした。今日は、そのKさんと西荻でランチをしながら、彼女の話を聞いた。
 その友人とは中学時代からの友人で、急逝したため、まだ死を受け入れられないといっていた。
 実は、私も20年以上前に大学時代の一番の親友を失っている。彼女とはまったく性格も好みも違っていたが、なぜか入学したときからウマが合い、一緒にいろんなことをした。
 しかし、卒業後に病気になり、教職に就いていたが辞めざるをえなくなって、長年病気と闘っていた。
 そして、まだまだやりたいことがたくさんあったのに、天に召されてしまった。
 最後の最後まで病院にお見舞いにいったが、正直にいうと、弱っていく姿を見るのはつらかった。
「よし子さん、私の分まで生きてね。そしていい仕事をしてね。私、ずっと応援しているから」
 こういってくれたことばが、いまでも忘れられない。
 親しい友人を失うのは、本当につらいことである。Kさんも、その友人とは70年以上のつきあいだそうだ。さぞ、たくさんの思い出があるに違いない。
 今日は、Kさんと西荻の古民家を改造して和食を提供しているお店でゆっくりランチをした。写真は、窓の外に干し柿があったので、なんだか心が和んでパチリ。
 Kさん、元気を出してね。そのお友だちも、きっとすばらしい友人を得たことを感謝していると思いますよ。そういう大切な友人は、心のなかにずっと生き続けているから大丈夫。
 実は、私の友人は埼玉県の広い畑に囲まれた家に住んでいた。お母さんがとても料理上手で、いつも春になると、ヨモギを摘んで草もちを作っていた。その草もちのおいしいことといったら…。あんこが入っているものではなく、きなこをまぶして食べるスタイルだった。
 毎年、おすそわけをいただき、楽しみにしていた。私の姉がこの草もちにハマり、「ねえ、今年もYちゃんのお母さんの草もちもらえる?」と聞いたものだ。
 いまではなつかしい思い出である。


 
 
 
| 親しき友との語らい | 22:41 | - | -
辻井伸行
 辻井伸行と話すのは、本当に楽しい。
 今日は、サントリーホールでコンサート終了後、インタビューを行った。
 プログラムはチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番。下野竜也指揮東京都交響楽団との共演で、長大な第1楽章からエネルギー全開、オーケストラとの雄弁な対話を聴かせた。
 第2楽章はチャイコフスキーならではの抒情的で美しい歌心あふれる旋律が特徴。辻井はゆったりとしたテンポで朗々とフランス民謡から取られた主題をうたわせた。
 第3楽章はスラヴ風の主題が登場するロシア的な楽章で、ここでは素朴で土の香りのするような音色を響かせ、フィナーレに近づくにつれ、荒々しさみなぎる音楽と化していった。
 終演後、楽屋でUCカードの会報誌「てんとう虫」の取材を行った。
 コンサート後にあいさつをすることは多かったが、インタビューは久しぶりだったため、それを伝えると、「伊熊さん、元日のテレビありがとうございました。いろんなことをたくさん話してくれて…」といわれてしまった。
 いえいえ、こちらこそ、といいながらすぐにインタビューに入った。
 彼は最近アシュケナージ、ゲルギエフ、ペトレンコをはじめとする多くの著名な指揮者と共演を重ねている。その指揮者の話から始まり、ショパン・コンクールやヴァン・クライバーン・コンクールの思い出、ショパンゆかりの地を訪ねたときの話、ロシア作品に関すること、ベートーヴェンのピアノ・ソナタについて、そしてこれからの夢など、多岐に渡ることを話してくれた。
 辻井伸行は、私の質問に対して、いつも嬉々とした表情をもって一生懸命話してくれる。その純粋で一途で飾らない語り口に、私はつい涙がこぼれそうになり、それをこらえるのに必死だ。
 でも、彼は楽しそうにユーモアを交えながらひたむきに話し、私は徐々に早口になり、それにつられて彼もどんどんしゃべる。
 写真撮影もあったため、できる限り密度濃い内容を聞き、短時間でインタビューを終わらせるようにした。
 今年のスケジュールを見せてもらったが、長期的な日本ツアーもあり、海外公演も多く組まれ、辻井伸行にとって超多忙な年となりそうだ。
 今年は、1月1日に放映された辻井伸行のテレビ番組にちょこっと出演したり、今年初めてのインタビューが彼だったことを考えると、私にとっても辻井イヤーになりそうだ。
 今日の写真は、インタビュー後のワンショット。撮影用にセッティングされていたところで、私もさっと撮らせてもらった。こういうセットって、照明がすばらしく、すごくプロっぽく撮れるんだよね。
 でも、インタビューのときは表情豊かに楽しそうに話していたが、写真撮影になったら、ちょっと緊張気味だった。


 
 
| 親しき友との語らい | 22:22 | - | -
小菅優
 ピアニストの小菅優が、2010年10月から東京・紀尾井ホールと大阪・いずみホールで開催してきたベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲演奏会シリーズ全8回が、ついに2015年3月19日(大阪)、3月21日(東京)に最終回を迎える。
 今日はその話を聞きに音楽事務所に出かけ、小菅優にじっくりとインタビューを行った。
 彼女にはもう数えきれないほどインタビューをし、ナントの「ラ・フォル・ジュルネ」の演奏なども聴いているが、いつも大きな感動を得る。
 このシリーズの始まりのころも抱負を聞いたが、あれからもう4年も経つとは、本当にときが経つのは早いものだと思う。
 小菅優は、最終回にピアノ・ソナタ第30番、第31番、第32番を予定している。今日はその後期の3曲について、思いっきり胸の内を明かしてくれるよう、インタビューを進めていった。
 もちろん前回の「ハンマークラヴィア・ソナタ」について、なぜこの作品が「エベレストのような高い頂」なのか。さらに大好きだという作品10の3(第7番)の第2楽章の奥深さなどに関しても、雄弁に語ってくれた。
 このインタビューは来月発売の「音楽の友」に掲載されることになっている。この号には以前インタビューしたピョートル・アンデルシェフスキのインタビュー記事も予定されている。
 小菅優は、会うたびに、演奏を聴くたびに、話を聞くたびに、大きな成長を遂げていくことがひしひしと伝わる。その飛翔はゆるやかではなく、一気に力強く上昇していく感じで、たのもしい限りだ。
 ベートーヴェンのピアノ・ソナタは、演奏家に雄弁な語りを促す作品のようだ。これまでもこの作品に関しては、さまざまなピアニストに話を聞いてきたが、みんな滝から水が一気に流れ落ちるように、話し出す。
 小菅優は、このシリーズを行うことで、ベートーヴェンの感情、思考、人間性、人生などにより近づき、作品の内奥に迫ることができたそうだ。
 これは同時に録音も行われていて、2015年3月11日には第4巻「超越」がリリースされ、その後、最終の第5巻の録音が行われる(ソニー)。
 なお、小菅優はこのシリーズにより、平成25年度(第64回)芸術選奨音楽部門・文部科学大臣新人賞を受賞している。
 今後は、ベートーヴェンの生誕250年(2020年)に向け、ベートーヴェンの室内楽、歌曲をなどピアノ曲全曲演奏に挑戦したいと意欲を示した。
 聴き手に深い思考を促す小菅優のベートーヴェン、来春の演奏が楽しみだ。
 今日の写真は、インタビュー時の彼女と、2015年3月21日の公演チラシ。




 
| 親しき友との語らい | 22:39 | - | -
ダン・タイ・ソン
 先日、ジャン=フィリップ・コラールの演奏するショパンのノクターン作品9-2を聴いて目からウロコという思いを抱いたばかりだが、昨夜もまた同様の思いに駆られた。
 紀尾井ホールで行われたダン・タイ・ソンのリサイタルは、プロコフィエフの「束の間の幻影」、シューマンの「ダヴィッド同盟舞曲集」が前半、後半はオール・ラヴェル・プロで、「高雅で感傷的なワルツ」「ソナチネ」「亡き王女のためのパヴァーヌ」「水の戯れ」、そして最後に「ラ・ヴァルス」という構成。
 このリサイタルに関しては、チラシとプログラムの原稿を書いたため、今回の選曲はだいぶ前から知っていて、意欲的な構成に胸が高鳴ったものだ。
 予期通り、最初から鍛え抜かれたダン・タイ・ソンのテクニック、深々とした表現、作品の奥に潜む作曲家の意図に肉薄していく姿勢にぐんぐん引き込まれた。
 ダン・タイ・ソンはプロコフィエフのさまざまな作品を愛し、1989年にニューヨークでデビューしたときもプロコフィエフを演奏し、同時に演奏したショパンよりも批評家がプロコフィエフの方を高く評価したため、それを非常に喜んでいた。
 今回の来日公演のプログラムは、幻想的で夢見るような曲想と個性的な舞曲のリズムに彩られる一方、各作曲家が新機軸を打ち立てた作品という共通項が存在する。
 ダン・タイ・ソンも、まさにこの夜、新機軸を示した。エレガントで柔軟性に富み、語りかけるようにピアノをしっとりとうたわせる術にさらに磨きがかかり、巨匠へと歩みを進めている感を強くした。
 胸に迫りくる演奏は、最後に頂点に達した。
 鳴り止まぬ拍手に応えてそっと弾き出したのは、みんなのお待ちかねであるショパン。ノクターンの作品37-1である。
 ピアノが打楽器的要素をもつ楽器だということを完全に忘れさせてくれるダン・タイ・ソンのやわらかくしなやかで情感あふれる響きは、このノクターンの神髄を表し、ショパンその人が弾いているよう。私はこの主題が頭から離れなくなってしまった。
 終演後、ダン・タイ・ソンに楽屋で会い、ラヴェルが素敵だったというと、「ラヴェルは完全にからだの一部」という答えが戻ってきた。
 そのことば通り、ダン・タイ・ソンのラヴェルはリズムも旋律のうたわせ方も実にナチュラルで、作品の世界へと一気にいざなわれていく魔力に富んでいた。
 ラヴェルが大好きな私としては、後半すべてがラヴェルで構成され、大胆な和声、緻密な構成、前衛と古典が融合した曲想などにたっぷり浸ることができ、至福の時間を過ごした。
 それにしても、ダン・タイ・ソンの響きは特有だ。透明感に満ち、クリアでデリケート。その奥に自由な精神が宿り、開放感が感じられる。
 長年演奏を聴き続けているが、年々彼のピアノは開放感に満ちていく。以前はひたすら内面に向かっていた音楽が、いまは外に向かい、ときに天に飛翔していくように感じられる。
 きっと現在は心身が充実しているのだろう。
 ああ、またノクターンの旋律が蘇ってきた。すぐに録音を聴きたくなる。こりゃ、多分に中毒症状を起こしているな。何度も繰り返して聴きたくなるから(笑)。
 今日の写真は演奏を終えたばかりのダン・タイ・ソン。楽屋のライトでおでこが光ってしまった、ソンさん、ごめんね。



| 親しき友との語らい | 14:14 | - | -
末っ子トリオの会
 昨夜は、6月以来行っていなかった「末っ子トリオの会」で青山のイタリアンに出かけた。いつもの仲良しトリオの集まりだ。
 3人のスケジュールがなかなか合わずのびのびになっていたもので、私の出張もあったため、こんなに長く空いてしまった。
 お互いの近況を報告し合い、ワインを飲み、おいしい食事をいただきながらおしゃべりをしていると、これまでの疲れがスーッと消えていくような感じがする。
 いつも話題は、仕事のみならずプライヴェートの話までおよび、尽きることがない。
 やはり楽しい話よりも、人間関係の難しさや仕事のストレスなど、「ここだけの話」が多くなる。
 でも、本音で話せる友人がいるというのは、本当に幸せなことだ。みんな他言をしないとわかっているため、腹を割って話せる。
 その後、深夜まで開いている小さなカフェバーに移り、結局1時40分まで話し込み、時間に気づいてあわててタクシーに飛び乗った。これも毎度のことだ(笑)。
 こうして友人と話していると、本当にいろんな人生があり、いろんな悩みがあるものだと思う。それを聞いて相手を励まし、また励まされ、再び日常に戻っていく。
 私はようやく大きな仕事がひと段落したため、これからは延期していた友人とのおしゃべり会を徐々に行っていきたいと思う。
 でも、いまはシーズン真っただ中ゆえ、夜はコンサートが目白押し。その合間を縫って行う飲み会は何より心が和む。
 さて、次はだれに会おうかな。
| 親しき友との語らい | 22:30 | - | -
上原彩子
 上原彩子がチャイコフスキー国際コンクールで優勝の栄冠に輝いてから、はや12年が経った。この間、彼女の人生は大きく変わり、ソリストとして活躍する一方、プライヴェートでは結婚、出産を経験。いまや3人の女の子の母親である。
 デビュー当初から取材を続けてきた私は、彼女に会うたびに、演奏を聴くたびに、ぐんぐんたくましくなっていく姿に驚かされる。
 そんな上原彩子が、7年ぶりに新譜を録音した。チャイコフスキーの「くるみ割り人形」で、プレトニョフ編と上原彩子の編曲も加えた意欲作となっている(キングレコード)。
 先日、久しぶりにインタビューを行い、録音のことから現在の心境まで、幅広い話を聞くことができた。
 以前は子育てに忙しく、ピアノの練習時間を確保するのが非常に困難だといっていたが、現在は子どもが小学校や保育園にいっている間に集中的に練習しているそうだ。
 このインタビューは、次号の「intoxicate」に書く予定である。
 デビューアルバムにチャイコフスキーを選んだ彼女は、レコード会社が変わり、新たな気持ちをもって録音に臨んだようだが、やはり大好きなチャイコフスキーを選んでいる。
 今回、上原彩子のことばでもっとも印象に残ったのが、「ある時期ものすごく練習をしたため、それがいまの自分を支えていると思う」と語ったこと。ピアニストは過酷な練習を自身に課すが、彼女もコンクール前からずっと練習に明け暮れていた。それがいま財産になっているのだろう。
 このアルバムは12月24日に発売され、2015年は年明け早々から各地でリサイタルが続く。これからはモーツァルトに目を向けているという話も飛び出し、ソロのみならずモーツァルトのヴァイオリン・ソナタも演奏したいと熱く語った。
 上原彩子というとソリストというイメージが強く、室内楽はあまり演奏しないと思われがちだが、ご本人はアンサンブルに意欲満々。
「だれか、一緒に合わせ物をしてくれないかしら」
 ぜひ、どなたか、立候補してくださいな。
 今日の写真はインタビュー前の1枚。レコード会社の屋上でパチリ。充実した表情をしているでしょう。

| 親しき友との語らい | 21:35 | - | -
三舩優子
 ピアニストの三舩優子がデビュー25周年を迎えた。
 それを記念し、2015年1月31日(土)に14時からHAKUJU HALLでリサイタルを開く。題して《組美曲(くみきょく)》。
 その話を聞くため、昨日インタビューを行った。
「いま、バッハの音楽が弾きたくてたまらないんですよ」
 今回のプログラムは、バッハ/ペトリ「羊は安らかに草を食み」から始まり、前半はバッハのパルティータ第1番、第6番でバッハをじっくりと聴かせる。後半はバッハ/ブゾーニ「シャコンヌ」で華やかに開始、次いでショスタコーヴィチの前奏曲とフーガ第5番が登場、最後はスクリャービンのピアノ・ソナタ第3番で締めくくるという趣向だ。
 彼女の口からJ.S.バッハの名前が出たのは初めてである。これまでいろんな機会に話を聞いてきたが、バッハの話題は出たことがない。
 三舩優子といえば、私の脳裏にはすぐにガーシュウィンやバーバーなどの作品が思い浮かぶ。だが、幼いころからバッハが大好きで、いまデビュー25周年を迎え、肩の力が抜け、バッハに回帰する時期だと思ったそうだ。
 このインタビューは次号の「音楽の友」に掲載される予定である。
 今回のインタビューでは、これまでの活動、いまの心境、これから取り組んでいきたいことなど多岐にわたって話がはずみ、そのなかでもっとも熱く語ってくれたのが、「ブラームスのヴァイオリン・ソナタ」をはじめとする室内楽を演奏したいという希望だった。
 ピアニストはソリストに徹するタイプ、アンサンブルを多く行うタイプなど、いろんな人がいるが、三舩優子はこれまでソロ活動が多かった。それゆえ、合わせ物はあまり行わないと思われてしまったようだ。
 しかし、ご本人はいま他の楽器と合わせることに大いなる興味を抱いている。
 12月12日(金)には、恵比寿のアートカフェフレンズで、山下洋輔との共演で知られるドラムの堀越彰と組み、バッハからヒナステラ、ピアソラまで幅広い選曲によるジャンルを超えたデュオを行う。
 三舩優子は、カメラ目線の写真が苦手だというので、今日の写真はちょっと視線をはずしてパチリ。
 それにしても、以前から取材している人に「デビュー25周年なんです」といわれると、本当に年月の経つのは早いとつくづく感じてしまう。


 

| 親しき友との語らい | 21:56 | - | -
ニコライ・ホジャイノフ
 8月22日にインタビューをしたロシアの若手ピアニスト、ニコライ・ホジャイノフの記事が、ヤマハのWEB「ピアニスト・ラウンジ」の「明日を担うピアニスト達」のコーナーにアップされた。
 ホジャイノフには来日ごとに話を聞いているが、徐々に雄弁になり、最近は作品論が多くなってきた。
 今回の内容は、自身のプログラムをどのように構成するかに焦点が当てられている。しかも、非常に熱心に語ってくれた。
 ぜひ、記事をクリックしてみてくださいな。
| 親しき友との語らい | 22:12 | - | -
海老彰子
 ピアニストの海老彰子とは、とても話が合う。
 話が合うなどといっては、本当は失礼なのかもしれないが、以前からインタビューするごとに、音楽談義をするごとに、日常会話をするごとに、話が合うという感じがするのである。
 今日は、2015年11月から12月にかけて行われる、第9回浜松国際ピアノコンクールの審査委員長を務める海老彰子と対談を行うため、池袋のスタジオに出かけた。浜松市文化振興財団の情報誌「HCF HAMAMATSU CULTURAL FOUNDATION」のための対談である。
 コンクールの事務局の方たちから、「今回は海老先生へのインタビューではなく、伊熊さんとの対談という形にしたいんです。こういう形式は初めてで、新しい試みです」
 事前にそういわれ、私の写真も掲載されるという。
 通常、インタビューの場合、インタビュアーの写真は必要ない。アーティストだけが写真撮影に応じるという形である。でも、対談となると、ふたりの写真が必要となるわけだ。
 さて、何を着ていったらいいのだろうか。メイクもきちんとしなくちゃ。
 いろんなことを考え、いよいよ対談に臨んだ。
 だが、始まってしまえば、私は話に集中するため、写真を撮られていることはあまり気にならなくなった。そして海老彰子からコンクールの準備段階の様子、現在の状況、来年までのプロセスなどを聞き、それに自分の考えを少しずつ加えていった。
 彼女は2015年1月16日に、コンクールイヤーの幕開けとしてアクトシティ浜松中ホールでピアノ・リサイタルを行う。
 シューマンの「クライスレリアーナ」、ドビュッシーの前奏曲集第1巻より、ラヴェルの「夜のガスパール」というプログラムである。
 これはホールが誇るカワイSK-EXとスタインウェイD-274とヤマハCFXの3台のコンサートピアノを使用する演奏会で、それぞれのピアノから異なる音色を引き出す奏法、選曲の妙が味わえるという趣向だ。
 対談が終わり、駅まで歩く間もずっと海老彰子と話が続き、さまざまな話題に花が咲いた。
 2015年は、ビッグな国際コンクールが重なる年。浜松国際ピアノコンクールには、どんな参加者が集まるだろうか。
 3年に一度とはいえ、早いもので次回はもう約1年後に迫っている。これからいろんな形でコンクールを紹介していきたいと思う。
 今日の写真は対談後の海老彰子。スタジオの背後に緑が見えたため、それをバックにした。

| 親しき友との語らい | 22:49 | - | -
ニコライ・ホジャイノフ
 ロシアの若手ピアニスト、ニコライ・ホジャイノフのインタビューは何度目になるだろうか。
 2010年のショパン・コンクール時から取材を続け、来日のたびに演奏を聴き、インタビューを続けてきた。
 先日、彼はサントリーホールでチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番を演奏、25日には浜離宮朝日ホールでリサイタルを行う。
 今日は、そのチャイコフスキーのコンチェルトの話から始めたのだが、いつもながら作品をとても深く研究していて、新たな視点を示してくれた。
 このインタビューは、ヤマハのWEB「ピアニスト・ラウンジ」に書く予定になっている。結構、文字数があるから、詳しく書けそうだ。
 ホジャイノフは、つい先ごろ流ちょうな日本語によるあいさつを動画にアップ、発音も舌を巻くほどうまく、語彙も豊富。ごく自然な話し方にびっくり仰天。
 開口一番、その日本語がすばらしいとほめると、「えへへ」という感じで照れていた。
 彼は毎年のように日本を訪れているが、今年は全部で4回来日。コンチェルトとリサイタルで日本のファンにさまざまなレパートリーを披露している。
 インタビューでは、プログラムを常に熟考しているといい、しかも直前になって変えることもあるといって、主催者をあわてさせた。11月のリサイタルの曲目が変更になるかもしれないと、匂わせたからだ。
 ホジャイノフの話は、とても22歳とは思えない成熟したもの。作品の解釈について語っているときも、昔の偉大な作曲家や作家、哲学者、政治家、詩人らが語ったことばが次々に挟み込まれる。読書家である彼ならではの引用もある。
 25日のリサイタルでは、シューマンの「ダヴィッド同盟舞曲集」、ショパンのピアノ・ソナタ第3番がメイン・プログラム。このリサイタルのチラシの原稿を書いたのだが、私はそこに「彼は指の練習をするよりも、楽譜を読み込み、作曲家が何をいいたかったかを考える時間のほうが長い」と書いた。
 ホジャイノフは、まさにそういうピアニストである。リサイタルでは、シューマンの空想の世界に迷い込むような作品と、ショパンの最高傑作のひとつが、洞察力に富む演奏で展開されるに違いない。
 今日の写真は、ピアノの前で撮影に臨むホジャイノフと、インタビュー後の1枚。いつ会っても、本当におしゃれ…。





 
| 親しき友との語らい | 22:23 | - | -
鈴木大介&近藤嘉宏
 久しぶりに、楽しいインタビューとなった。
 今日は、ギターの鈴木大介とピアノの近藤嘉宏のふたりが初めてのデュオ・リサイタルを行うというので、それに関したことを聞くため、インタビューを行った。
 これは10月17日にJTアートホールアフィニスで開催されるデュオで、ふたりは10年以上の長きにわたる親友同士だが、本格的なリサイタルでの共演は初めて。
「ふたりで飲んでばかりいて、一緒に演奏しようという話は出なかったんですよね」
「ようやくふたりともこれまでのこと、これからのことを考える年齢になった。いまだからこそできるという感じ」
 私はこれまでひとりずつにはインタビューをしたり、演奏を聴いたり、ライナーを書いたりしてきたが、ふたり一緒に会うのは初めて。
 ふたりはずいぶん性格が違い、話す内容もまったく異なる。だが、不思議に波長が合っている。
 音楽家同士というのは、なかなか心を割って話すというのは難しいと思うが、彼らは何時間も飲みながら話しているというだけあって、本当にウマが合いそうだ。
 このインタビューは次号の「音楽の友」に掲載される予定である。各作品に関しての詳細も綴りたいと思っている。
 プログラムは日本の作曲家の作品がほとんどで、各々のソロも含まれている。委嘱作品が多く、これからもいろんな作曲家に書いてもらい、それを世界に向けて発信していきたいと意欲を示す。
 ギターとピアノ、このあまり聴くことができない組み合わせを息の合ったふたりの演奏で聴く。きっと新たな発見がある一夜になるに違いない。
 今日の写真は「肩を組んでくれる」と頼んだら、さっとポーズをとってくれた1枚。近藤嘉宏がにこやかな笑みを見せているのだが、鈴木大介は「ちょっと笑いすぎだよ〜」とひとこと。このギャップがまたおもしろい。
 いいなあ、こういうキャラクターの違う人と親友になれるのは…。自然体のふたりの絶妙のトーク、お互いをじゃましない話し方を聞いていて、なんだかうらやましくなった。これがすべて演奏に現れるんだろうな。


| 親しき友との語らい | 22:18 | - | -
れんこん天
 いやあ、昨日はものすごい風雨にさらされた。
 いつもおしゃべりに花が咲く、レコード会社のOさんと、もうひとつのレコード会社のKさんに誘われ、3人が便利な吉祥寺の和食屋さんで待ち合わせたのだが、出かけるときにちょうど暴風雨の真っ只中になってしまった。
 でも、ふたりが待っているとまずいと思い、全身ビショビショになりながら、お店に着いたら、なんと一番乗り。
 ひとりは吉祥寺の駅でびしょぬれになりながら、このまま進もうかもう少し待とうかと逡巡し、もうひとりは井の頭線が止まってしまって足止め。
 結局、3人がそろったのが、1時間半後。
 その間、私はお店の人からタオルをもらって全身を拭き、靴の中が金魚鉢のようになったため、靴下を脱いで干し、毛布のようなものをかぶって冷房の冷えからからだを守り、という大変さ。
 でも、「こんな経験あまりないから、きっと忘れないね」という話になった。
 そろってからは、いつものように飲みまくり、食べまくり、しゃべりまくり。
 近況を話し、ストレスを発散し、情報交換もする。
 あっというまに12時半になってしまい、あわてて解散。
 というわけで、いろんな物を食べたけど、「れんこん天」というのが印象に残った。これはれんこんに薄い衣をつけてさっと揚げ、ゆかりをまぶしたもの。日本酒にとても合い、すぐにまねできるな、とうれしくなった。
 今日の写真は、そのれんこん天。私はからだが冷えたので、熱燗を飲んでいたのだが、それにとてもよく合った。今度、試してみよおっと。でも、これを食べると、きっと暴風雨の思い出が蘇ってくるんだろうな(笑)。

| 親しき友との語らい | 17:54 | - | -
ミロシュ
 ミロシュは、本当の意味のナイスガイ。
 いまや国際舞台で大活躍するギタリストに成長したが、性格はデビュー当初からまったく変わらず、いつ会ってもその実直でおだやかで自然体のキャラクターに、心がなごむ感じを抱く。
 そのミロシュが、待望のロドリーゴの「アランフェス協奏曲」をリリース(ユニバーサル)。いま指揮界の若武者のひとりに数えられているヤニック・ネゼ=セガンとの共演で、オーケストラはミロシュが「とても演奏しやすい」と語るロンドン・フィル。
 このアルバムには、ファリャの「クロード・ドビュッシーの墓碑銘のための讃歌」「粉屋の踊り(《三角帽子》から)、ロドリーゴの「祈りと踊り」「ある貴神のための幻想曲」が収録されている。
 実は、このアルバムにはもうひとつの大きな話題がある。いま、スタジオジブリの最新作「思い出のマーニー」が公開中だが、この音楽を作曲した村松崇継が自身の作品に合うギタリストを探していて、ミロシュのデビュー作を聴いて感激し、映画への参加を打診したという。
 先日のミロシュへのインタビューは、この録音のために来日したときのもの。「アルハンブラの想い出」を演奏し、その新たな録音が今回のアルバムではボーナストラックに収録されている。
 映画音楽の場合、映像を見ながら演奏するためとても大変だったと語っていたが、慣れるに従い、「すごく楽しんで演奏することができた」そうだ。
 ミロシュのギターは静けさただよう美しい響きのなかに、多種多様な感情が息づき、聴き手の耳を開き、集中力を促す。
 私は「アランフェス協奏曲」を聴くと、以前アランフェスで村治香織、セビーリャで木村大の録音が行われたときに取材にいったことを思い出す。音楽は、ある曲を聴いたときの思い出を瞬時に蘇らせる不思議な力を有していると思うが、このコンチェルトも、聴き込むほどにさまざまなシーンが脳裏に浮かんでくる。
 有名な作品が詰まった今回のミロシュの新作は、何度も繰り返して聴きたくなる引力の強い録音。スペインに強く惹かれるという彼の熱い思いが音から伝わり、スペイン大好き人間の私は胸がいっぱいになってしまうほど、音楽にのめり込む。
 今日の写真は「アランフェス協奏曲/アルハンブラの想い出」のジャケット写真。私の久々の愛聴盤になりそうだ。



| 親しき友との語らい | 23:16 | - | -
小林研一郎
 コバケンの愛称で親しまれている指揮者の小林研一郎は、熱血漢である。ただし、それは演奏上のことであり、インタビューではじっくりとことばを選び、静かにゆっくりと語る。
 そのコバケンが2015年の幕開け、1月3日に東京文化会館大ホールの「ニューイヤーコンサート2015」に登場し、東京都交響楽団を振ることになった。ソリストは、ヴァイオリニストの木嶋真優。
 プログラムはJ.シュトラウス兇痢屮錺襯帖埆佞寮次奸廖▲皀鵐謄の「チャルダッシュ」、マスネの「タイスの瞑想曲」、サラサーテの「ツィゴイネルワイゼン」、そしてドヴォルザークの交響曲第9番「新世界」だ。
 先日はコバケンにこのコンサートについて話を聞いたが、いつもながらの内に秘めた熱い思いをじっくりと話してくれた。
 このインタビューは、東京文化会館の公演情報誌「音脈 ONMYAKU」に書くことになっている。
 新春ならではの作品が組まれたこのコンサート。コバケンは聴衆が新たな年を迎えて楽しく耳を傾けることができ、明るい気持ちになれるよう、選曲に心を砕いたようだ。
 コバケンに会うと、いつもいろんな話題が飛び出してきて、つい仕事を忘れて話し込んでしまう。
 今回も、アフリカを旅したこと、若いころの思い出、ハンガリー時代のこと、ドヴォルザークの作品にまつわるとなど、さまざまなことに話が広がり、あっというまに時間が過ぎてしまった。
 コバケンと話していると、自然にエネルギーが湧いてくる。もちろん、演奏は活力と躍動感がみなぎり、聴き手を元気にしてくれるものだが、話をしていても、けっして声高に話すわけではないのに、静かなる情熱が伝わってくる。そこには、不思議な空気が流れる。
 これはいったいどうしてだろうか。
 以前、彼がオランダのアーネム・フィルとの初録音のさい、現地に取材に出かけたが、そのときも同様の空気を感じた。きっと、ひたむきに音楽と対峙し、飾らず、気負わず、自然体で演奏に入り込んでいく姿勢がそう感じさせるのだろうう。もちろん、話をしているときも、一瞬たりとも集中力が途切れず、私はその集中力にあやかりたいと、自分も耳をそばだてる。
 新春のコンサートは、きっとコバケンの音楽に対する情熱が会場を見たし、聴き手もみな心温まる思いになるに違いない。
 今日の写真は、インタビュー後のマエストロ。決められた時間が過ぎても、「まだ、もう少し時間があるから大丈夫ですよ」と、いろんな話をしてくれた。




 
 
| 親しき友との語らい | 23:12 | - | -
金子三勇士
 金子三勇士が、幼いころからあこがれ、夢に見ていたゾルタン・コチシュと共演する。
 このニュースを聞いたときから、今日のコンサートを非常に楽しみにしていた。
 彼は2歳のころにハンガリーの祖母からコチシュの演奏するバルトークの「子供のために」のCDをプレゼントされ、きらびやかな音色とストレートな音楽表現に魅せられてきたという。
 そのコチシュに会うことができたのは、彼が2008年のバルトー国際ピアノコンクールで優勝した後。このときに金子三勇士はピアノを聴いてもらい、自分の気持ちを伝えることができた。
 そして今夜、サントリーホールでコチシュ指揮ハンガリー国立フィルハーモニー管弦楽団と共演し、リストのピアノ協奏曲第1番を演奏した。
 これまで何度も金子三勇士からコチシュにあこがれてきたという話を聞いてきたため、コンチェルトのステージに彼が登場したときから、私はその心の思いが痛いほど理解でき、つい感情移入してしまった。
 リストのピアノ協奏曲第1番は4つの楽章からなるが、切れ目なく演奏されるため、単一楽章の幻想曲のような趣を備えている。金子三勇士は冒頭からエネルギー全開、華やかな巨匠的なピアニズムをもつ第1楽章、8分の12拍子の美しい緩徐楽章、トライアングルが登場する第3楽章、豪放磊落な第4楽章と、各々の特質を生かしながら一気に聴かせた。
 本当は、作品のよさを味わい、演奏を客観的に聴かなくてはならないのに、ソリストの気持ちと一体化してしまい、終始感情が高ぶってしまった。
 終演後、楽屋を訪れると、三勇士は高揚した面持ちでこういった。
「もう最初から涙が出そうで、こらえるのが大変でした。本当にすばらしい機会をいただき、この共演を計画してくださったみなさんに感謝しています」
 若いアーティストは、こういう貴重な経験を積むことにより、大きく演奏が飛躍する。
 今日のコンサートのプログラムに、私はコチシュの原稿を寄せたが、そのなかで、コチシュが学生時代から指揮者を目指していたことを書いた。彼の指揮は、明快で率直で自然体。コチシュはインタビューのなかで、こう語っている。
「私は、作品の様式というものを大切に考えています。作曲家はそれぞれの作品に独自の様式を盛り込んでいます。それを楽譜から読み取り、作曲家特有の意図を見出さなければ、演奏する価値はありません」
 ピアニストでもあるコチシュの、リストの作品を知り尽くした指揮は、三勇士のピアノをしっかり支え、オーケストラを自由にドライブさせていた。このオーケストラの響きは、多くのオーケストラが国際色豊かに近代的な演奏を目指す方向性とは一線を画し、ハンガリー独自の音色をもち、分厚く土着の色合いを感じさせ、聴き手をかの地へといざなう。
 私は東欧諸国は結構あちこち旅をしているが、なぜかハンガリーだけはいったことがない。それでもハンガリー国立フィルの編み出す音楽は、想像力を喚起し、旅心を刺激するに十分だった。
 今日の写真は楽屋での金子三勇士。興奮冷めやらぬ表情で、頭からまだ湯気が出ているような状態に見えた(笑)。

| 親しき友との語らい | 00:00 | - | -
河村尚子
 デビュー当初からその人の才能を信じ、応援し続けているアーティストが若木がぐんぐん空に向かって伸びていくような活躍を見せると、自分の信じていたことがまちがっていなかったと、自信のようなものが湧いてくる。
 河村尚子は、最初に演奏を聴き、インタビューをしたときから「この人は伸びる」と確信した。
 いまや彼女は国際舞台で活躍するピアニストとなり、録音も定期的にリリースし、ドイツの大学で教鞭も執り、著名な指揮者やオーケストラと共演し、室内楽でも幅広いアーティストと演奏を行っている。まさにこの10年で、大きな飛躍を遂げたピアニストとなった。
「あっというまだったような、でも、いろんなことがあったので、長かったような…」
 先日、インタビューで会った彼女は、日本デビュー10周年を迎えて、感慨深げに語った。
「これまでは教会でのセッション録音でしたが、今回は初めてのライヴ録音です。コンチェルトではもちろん緊張はしましたが、指揮者とオーケストラがすばらしかったため、気持ちよく演奏することができました」
 河村尚子の日本デビュー10周年アニヴァーサリー・リリースCDは、昨秋プラハでイルジー・ビエロフラーヴェク指揮チェコ・フィルと共演してドヴォルザーク・ホールで演奏したラフマニノフのピアノ協奏曲第2番と、チェロのクレメンス・ハーゲンとのデュオによるラフマニノフのチェロ・ソナタと、ラフマニノフの前奏曲3曲というラフマニノフ・アルバム。
 彼女は恩師のクライネフからロシア・ピアニズムの真髄を伝授され、ラフマニノフを愛したクライネフの思いをいまも大切に、作曲家の魂に迫る。
 今回のラフマニノフづくしのアルバムは、ラフマニノフのさまざまな面を聴くことができる。このインタビューは「intoxicate」の秋の号に掲載される予定だ。
 河村尚子のこのコンチェルトは、現地で絶賛され、本人も非常に思い出深い演奏となったようだ。
 コンサートは10月9日から11日まで3日間行われ、地下に設置された録音機材のあるところですぐに演奏を聴くことができたそうだ。
「ですから、初日の演奏を聴き、スタッフとともにここはもう少しこうしよう、この方がいいかもしれないと、話し合いをもつことができました。公開ゲネプロもあり、そこには着飾った年配の方々や、きちんとした服装の小学生たちも聴きにきてくれたんですよ。本番よりは安いチケットで入れるため、みんなチェコ・フィルの演奏をとても楽しみにしているようです。こういう制度はすばらしいなあと思いました」
 プラハの町も散策し、歴史と伝統を感じさせる空気を味わいながら、すばらしい音響の美しいホールで演奏でき、貴重な体験をした。
「チェコ・フィルの弦の響きは、本当に特有のものがありますね。ビエロフラーヴェクさんもとてもソリストを大切にしてくれるマエストロで、のびのびと弾くことができました」
 なお、クレメンス・ハーゲンとのデュオは、ドイツのエルマウ城のコンサートホールでのライヴ。この城は上質なホテルとなっていて、そのなかにホールがあり、周囲は一面の緑で、とても環境がいいところだそうだ。
 新譜は、9月24日にリリースされる(ソニー)。
 今日の写真は、インタビューの前日、日本に帰国したばかりという河村尚子。疲れも見せず、元気に答えてくれた。会うたびに堂々と、たくましくなっていく彼女。自信に満ちている感じで、10年間の濃密な歩みが演奏と言動にあふれている。



 
| 親しき友との語らい | 22:11 | - | -
末っ子トリオの会
 昨日は、いつもの仲良し3人組が集まる「末っ子トリオの会」を私の事務所(仕事部屋)で行った。
 前日から用意しておいた、前菜数種、かぼちゃのポタージュ、彩り揚げ野菜のマリネ、ミートボールシチューなどを食べながら、おしゃべり三昧。
 私ももちろんだが、二人とも最近すごく仕事がハードで疲れていたため、最初は食欲がなさそうだったが、次第に興が乗ってきて、たくさん食べてくれた。
 このトリオ、実際の仕事は種類が異なるものの、交流関係は似ているため、どんな話題が出てもツーカー。話がどんどんエスカレートして、とどまるところを知らない。
 あっというまに7時間が経過していた。
 今回は、「ボルシチが食べたい」というリクエストがあったのだが、ひとりがちょっと胃腸の調子が悪いということで、大きなお肉はやめてひき肉料理にしてみた。
 それぞれいま抱えている問題や、仕事の悩み、これからのことなどを話し、すぐまた続きをやろう、と約束して別れた。
 次は、和食でも作ろうかな。
 というわけで、わが仕事部屋も、なんとか人を呼べる状態まで片付いてきた。
「それにしても、すごい量のCDと資料だねえ」
 こういわれたが、これでも引っ越しを機に山ほど整理したんだよね。でも、日々増える一方だから、資料の整理は永遠の課題だ。
 夏休みにちゃんと片付けようかな、などと先延ばししているワタシ(笑)。
| 親しき友との語らい | 21:24 | - | -
親友とは…
「親友」を得るのは難しい。
 自分がいくら相手を親友だと思っても、相手がそう思ってくれなければ意味がないし、その逆もしかり。
 先日、コンサートホールで知人と話しているとき、友人のKさんが話に加わり、その知人に私のことを「伊熊さんは、私の親友なのよ」といった。
 一瞬驚いたが、それを聞いてとてもうれしくなった。
 Kさんとは、2010年のショパン・コンクールで知り合った。最初から意気投合し、それから親交を結ぶことになった。まだたった3年半余りのおつきあいだが、彼女とは不思議にウマが合い、共通項も多く、何でも自然に話せる。
 そのKさんには、人生のなかで3人の親友がいるそうで、ふたりは学生時代からのつきあいで、海外に在住している。
「その3番目の親友があなたなの。勝手にそう呼んでしまって悪かったかしら。私はずっとそう思っているので」
 いえいえ、私こそ、すっごくうれしいです。
 Kさんは人生の大先輩で、いろんな経験が豊富。海外のさまざまな土地を旅していて、音楽のみならず美術や食にも造詣が深い。
 音楽大学でピアノを教えていた経験から、いまでもお弟子さんが多く、ご自身も勉学心に燃え、好奇心も旺盛だ。
 今夜は、そのKさんの自宅の近くにあるてんぷら屋さんに行き、ゆっくりと食事をしながら音楽談義に花が咲いた。
 いつもKさんに会うと、その前向きな姿勢に触発される。
 私も学生時代からの親友がふたりいるのだが、彼女たちはそれぞれ地方に住んでいるため、そうひんぱんには会えない。
 Kさんとの出会いは、本当に偶然のことだったが、こんなにも心を割って話せる人ができるとは思わなかった。前回のショパン・コンクールの大きな成果である。インゴルフ・ヴンダーの演奏を高く評価したことでも共通項がある。それに加え、いろんなことで趣味や嗜好が似ているのである。
 今後も親交を深めていきたいと思う。
| 親しき友との語らい | 23:50 | - | -
マキシム・ヴェンゲーロフ
 昨日は、サントリーホールでマキシム・ヴェンゲーロフのリサイタルが行われた。
 今回の「ヴェンゲーロフ・フェスティバル2014」は、ポーランド室内管弦楽団を弾き振りしたコンサートと、このヴァイオリン・リサイタルが組まれ、いずれも彼が長年弾き込んだ愛奏曲がずらりと並べられた。
 リサイタルの前半は、エルガーのヴァイオリン・ソナタとプロコフィエフのヴァイオリン・ソナタ第1番。後半はトークを交えての小品集となり、午後2時開演のコンサートは4時間半まで続き、最後はスタンディングオベーションとなった。
 私はプログラムに原稿を寄せ、そのなかにも書いたが、ヴェンゲーロフはどんな小品でもまったく手を抜くことなく、完璧に仕上げ、作品のすばらしさ、真の美しさを披露する。
 昨日のリサイタルは、まさにヴェンゲーロフの真骨頂ともいうべき演奏で、常に嬉々とした表情で作品の内奥に深く分け入り、作曲家が作品に託した意図に迫ろうとするものだった。
 音の記憶とは不思議なもので、私の脳裏には初めて聴いたヴェンゲーロフの演奏からイスラエルの自宅で聴いた演奏、さまざまなコンサートで聴いた演奏までもが走馬灯のように現れ、ずっと思い出のなかを旅しているような気分になった。
 もっとも喜ばしいのは、ヴェンゲーロフが実に楽しそうに、充実した表情をしながら演奏していたことだ。盟友のピアニスト、イタマール・ゴランの好サポートを受け、ヴェンゲーロフは以前よりもからだの力が抜け、ボウイングが見事なまでに柔軟性を保ち、弱音の美しさが際立っていた。
 この日の会場には、ヴァイオリンのケースを抱えた若い学生や子どもたちの姿が目立った。彼らはヴェンゲーロフの演奏から学ぶことが多いのだろう。
 終演後、楽屋で会うと、より充実した表情をしていることに感慨を覚えた。「アーティスト・レシピ」の本にサインをしてもらうときも、ヴェンゲーロフのレシピが「ピロシキ」だと知り、「ギャハハーッ」と大笑いしていた。
 こんな笑顔が見られるなんて、数年前は考えられなかった。
 かたわらのオルガ夫人も、父親のアレックも、本当に幸せそうに見えた。
 苦難を乗り越えて、ひとまわりもふたまわりも大きくなったヴェンゲーロフ。巨匠的な演奏は、さらなる高みを目指して成熟していくに違いない。来年もこの時期に来日が予定されているというから、楽しみだ。
 今日の写真は、オルガ夫人とマキシム。彼女が選んだのだろうか、マキシムはとてもおしゃれな装いをしていた。よかった、よかった(笑)。




| 親しき友との語らい | 23:09 | - | -
牛田智大
 ああ、ときが経つのは早い。
 今日、久しぶりに牛田智大のインタビューがあり、すっかり成長した彼に会い、時間の経過をまざまざと感じさせられた。
 中学3年生になった牛田くんは、背が伸び、声変わりして別人のよう。低い声で話されると、なんだか違う人と話しているようだ。
 本人も声が低くなったことにとまどっているようで、これまでと同じ話し方をするとおかしな感じがするため、声に合わせた大人の言い方にしているという。
 7月2日には新譜「トロイメライ〜ロマンティック・ピアノ名曲集(仮)」(ユニバサール)がリリースされるため、今日はその録音を中心に話を聞いた。このインタビューは、7月20日発売の「レコード芸術」に掲載される予定だ。
 牛田くんは、いまモスクワ音楽院の先生たちに師事して勉強を続けている。それゆえ、今回の新譜では、得意とするショパンの作品に加え、ラフマニノフとプロコフィエフの作品が収録されている。
 先生の指導法、ロシア作品の魅力と難しさ、録音時の様子、ラフマニノフとプロコフィエフの演奏法、各々の作品の構成と奏法、ソチ・オリンピックでの羽生結弦の活躍、そのフィギュアにインスパイアされてボーナストラックに収録した「バリの散歩道」「ロミオとジュリエット」など、話題は多岐にわたった。
 5月29日からは、シュテファン・ヴラダー指揮ウィーン・カンマー・オーケストラのソリストとしてのツアーが始まる。曲目はショパンのピアノ協奏曲第2番である。
 私は、すでにこのプログラムの牛田智大の原稿は入稿したのだが、今回の新譜のライナーノーツも書く予定になっている。今日、彼から聞いた話も原稿に盛り込むつもりだ。
 今日の写真は、インタビュー後のショット。ホント、すっかり大人びて、驚くばかり。会うごとにぐんぐん成長するのは、見ていてたのもしい限りだけど、こっちはまったく変化なし。あっ、変化がないどころか、退化しているのかな(笑)。


 
| 親しき友との語らい | 23:48 | - | -
ミシェル・コルボ
 連日、「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2014」でさまざまな演奏を聴いている。
 今日は、絶対に聴き逃せない、ミシェル・コルボ指揮シンフォニア・ヴァルソヴィア、ローザンヌ声楽アンサンブルのモーツァルト「レクイエム」を聴きにいった。
 その前にインタビューの仕事が2本入り、18時30分開演のコンサートに駆けつけた。
 ソリストは、レティツィア・シェレール(ソプラノ)、キャサリン・ピロネル・バチェッタ(アルト)、クリストフ・アインホルン(テノール)、ピーター・ハーヴェイ(バリトン)。いずれもマエストロ・コルボが選んだ歌手ゆえ粒ぞろいで、しかも4人の声のアンサンブルが美しい融合をなしていた。
 だが、なんといっても傑出した演奏は、ローザンヌ声楽アンサンブルだった。モーツァルトの「レクイエム」は、合唱団が大切な要素を担う。このアンサンブルは、コルボとまさに一体となって力強く、鍛え抜かれた、成熟した合唱を聴かせる。
 こうした声楽作品を得意とする演奏家によるモーツァルトの「レクイエム」は、何度聴いても、いつ聴いても、深い感動が心に押し寄せる。
 今日のマエストロ・コルボは、ずっと自身もうたいながら指揮し、椅子が用意されていたが、いつもながらずっとすわっていることはなく、音楽が始まるとすぐに立ちあがって精力的な指揮を披露した。
 昨年のナント、東京と続けて演奏を聴き、インタビューも行い、それに次いで今回もすばらしい演奏を聴くことができた。
 実は、終演後、プレスルームのあるところでコルボ夫妻にばったり会い、再会を喜び合った。
 私が「レクイエム」がすばらしく心に響いたと話したら、いつものあったかい笑顔でがっしりと抱きしめてくれた。
 今日の写真は、ジャニーヌ夫人とマエストロとのツーショット。奥さまもとてもおだやかで優しく、素敵な人。おふたりに会っただけで、またまた胸の奥がほんのり温かくなった。
 来年もぜひ、元気な姿で指揮台に立ってほしい、とひたすら願う。

| 親しき友との語らい | 23:09 | - | -
レイフ・オヴェ・アンスネス
 レイフ・オヴェ・アンスネスに会うのは、いつも楽しみである。初来日からすでに何年たっただろうか。ほとんど来日のたびにインタビューを行い、いろんな話を聞いてきた。
 今回は、体調を崩して兵庫県立文化センターのリサイタルが中止となり、東京公演もキャンセルになってしまうのかと心配したが、なんとか体調が戻り、無事に来日を果たした。
 今日は武蔵野市民文化会館、明日は東京オペラシティコンサートホールでのリサイタルが組まれている。
 そのなかで、今日のお昼、インタビューが可能になった。
 まだのどの調子が悪いようで、インタビュー前に薬を取りにホテルの部屋に走っていったが、いつもながらの誠実な笑顔を見せながらのインタビューとなった。
 アンスネスは2012年から2014年にかけて、3年がかりでマーラー・チェンバー・オーケストラを弾き振りしてベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲演奏とレコーディングを行っている。
 すでに第1番と第3番がリリースされ、今回の来日前に第2番と第4番が登場した。
 今回はそのベートーヴェンの話を中心に、演奏会で取り上げるベートーヴェンのピアノ・ソナタの話も加え、彼のベートーヴェン観を聞いた。
 実は、この第2弾の録音直前の昨年5月はじめ、12週も早く双子が生まれ、不安定な状態が続いたため、アンスネスは録音を延期せざるをえなかった。その後、日程を調節して11月に無事に録音できたわけだが、その意味でも「このCDは、自分の人生のなかでとても大きな意義をもつものになった」と語った。
 今日、すでに3児の父になったアンスネスと話していて、私は初来日時のシャイで無口で素朴な表情をしていた彼を思い出し、感慨深かった。
 今日のインタビューは、来月末の「日経新聞」に書く予定にしているが、アンスネスのこれまでの歩みをじっくりと書きたいと思い、ヤマハのWEB「音楽ジャーナリスト&ライターの眼」に連載を考えている。
 ひとりのアーティストと長年向き合ってくると、その音楽性と人間性の変化に触れることができ、とても有意義だ。アンスネスはいまや「若き巨匠」と称され、国際的な評価が高い。若いころは地味だといわれ、まったく日本では認められない時代があった。
 そのころからの彼の変遷を綴ってみたいと思う。
 今日の写真は、私の「クラシックはおいしい アーティスト・レシピ」の自分のページにサインをするアンスネス。真面目な顔をして、自分のレシピを一生懸命見ている。でも、レシピを説明したら、「ヒャーッ」といって笑っていた。
 ここでニュースをひとつ。ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」と合唱幻想曲を組み合わせた第3弾は2014年5月にプラハで録音される予定で、12月末にはリリースされることになっている。そしてアンスネスとマーラー・チェンバー・オーケストラはベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲演奏を世界9都市で敢行する予定で、2015年5月には日本公演が実現しそうだ。
 また、詳細が発表されたら、すぐにお知らせしま〜す。


| 親しき友との語らい | 23:42 | - | -
マリア・ジョアン・ピリス
 マリア・ジョアン・ピリスとの話は、いつも禅問答のような感じになる。
 もちろん、ピリスの語っていることは彼女の真意であり、純粋で一途な性格を反映したもので、けっして難解ではない。
 だが、人間の生き方や、あるべき方向を示唆するもので、ひとつひとつの話に深く感銘を受ける一方、それをどう文章にして読者に伝えたらいいのか、悩んでしまうのも事実だ。
 ピリスの話は、実際に聞いているとよくわかるのだが、そのまま文章にしてしまうと、わかりにくくなってしまう。私は、これまで何度もインタビュー記事を書くのに苦労してきた。ピリスのすばらしい話をあますところなく読者に伝えるのは、かなり難しい。
 一昨日、銀座のヤマハ・アーティストサービスのピアノ・サロンでインタビューしたときも、いずれの質問に対しても真摯な答えが戻ってきて、ピリスの演奏をほうふつとさせた。
 彼女は、今回、「謙虚」ということばを何度も口にした。音楽家は「謙虚」にならなければいけないと。自分の存在ばかりアピールする演奏は、避けるべきだと。作曲家の意図に忠実に、楽譜を深く読み、作品を前面に出すことが演奏家の使命だと明言した。
 ただし、現在は演奏家の個性を表すことに主眼を置き、早く結果を出すことを求める人が多いと嘆く。
 今回のインタビューは次号の「音楽の友」に掲載される予定だ。
 できる限りピリスのことばに忠実に、よりわかりやすく、さらに読んで感動してもらうような文章を書きたいと思っている。今回の来日公演で私が深い感銘を受けたように、また、ピリスの話にも大いに触発されたように…。
 今日の写真は、読者プレゼント用の色紙にサインしているピリス。
 実は、「クラシックはおいしい アーティスト・レシピ」の本のピリスのページにサインをしてもらったのだが、彼女は「あら〜、私かぼちゃ大好きなのよ、ありがとう」といって、そのことばを添えてくれた。
「ねえ、このレシピちょうだい」ともいわれてしまった。早速、訳さなくっちゃ、大変だ(笑)。




 
 
| 親しき友との語らい | 17:23 | - | -
三浦友理枝
 先日、久しぶりにピアニストの三浦友理枝に会い、インタビューを行った。
 4月23日にリリースされる「ピアノ名曲作品集(仮)」(エイベックス)に関して聞くインタビューとなったが、いつも通り、私は近況から私的なことまで幅広く質問し、彼女もノッて話してくれたので、有意義な内容となった。
 このインタビューは次号の「intoxicate」に掲載される予定だが、この新譜のライナーノーツも頼まれているので、それも頭に入れながら話をした。
 今回の名曲集は25曲で構成され、ショパン、メンデルスゾーン、シューマン、グリーグ、ブラームス、シューベルト、リストなどに加え、リャードフやリゲティなどが入っている。
 三浦友理枝は、現代作品やあまり演奏される機会に恵まれない作品にも目を向け、いつもリサイタルでは個性的なプログラムを組む。今回も長年弾き込んできた作品を中心に、かなり時間をかけて選曲したそうだ。
「やっぱりショパンははずせないですね。シマノフスキも入れたかったけど、今回は外しました。リゲティは絶対録音したかったんです」
 いつも会うと思うことだが、彼女は声が大きく明快な話し方をし、いいよどんだり、あいまいな表現をいっさいしない。
 最初からその話し方が自分に似ている、と感じていた。だから、ふたりで話していると、どんどん話が進み、あちこちに話題が飛び、いつしか時間がたっている。
「私、手芸が好きで、ビーズとかスパンコールとかヒカリモノに目がないんですよ。ピアニストにならなかったら、手芸のお店を開きたかった。宝石をただながめているのも好きで、大きなダイヤなんか、ボーッとして何時間もながめています」
 この話は初めて聞いた。その場に居合わせた全員が大笑いしながら聞いていたため、彼女の話はどんどん加速し、「ヒカリモノ」談議となった。お寿司の話ではないんだけどね(笑)。私はお寿司のヒカリモノの方が好きなんだけど…。
 一時期、三浦友理枝は髪を短くしてボブのようになっていたけど、また元に戻ってロングヘアになっていた。
 彼女の活動は着実に広がっているようで、新曲の演奏も経験し、室内楽も増えているという。
 多くのファンが待っていたであろう名曲集の新譜。話し方と同様、明快で凛とした弾き方が印象的なアルバムに仕上がっている。
 今日の写真はインタビュー後のワンショット。ねっ、また前のように美しいロングヘアになっているでしょ。


 
| 親しき友との語らい | 22:02 | - | -
おしゃべり会
 昨夜は、仲のいいレコード会社の女性Oさん、男性Kさんと私の3人が新宿に集まり、夜中まで飲んで食べておしゃべりを楽しんだ。
 彼らとは、もうずいぶん長いつきあいになる。
 いつも「すごく話したいことがたまっているから、近いうちに会おうよ」「ストレスだらけだから、発散したいんだけど」「飲み会しばらくしてないから、とにかく集まろうよ」という話になるのだが、3人のスケジュールがなかなか合わないのが現実。
 ようやく昨日集まることができ、一気に全員がしゃべりまくり。とにかく話したい、という感じで、われ先にとしゃべり出す。このすさまじいこと。なあんて、人のことはいえない。私も思いっきり、本音でトーク。
 夜も更けてきたため、解散するか、という話になったが、まだまだ話したりないということで、夜中まで開いているカフェに繰り出し、さらに続きを。
 腰が上がったのは、終電間近になったころ。「今度は定例会を」ということになり、駅までさらにワーワー、クチャクチャ、しゃべりっぱなし。
 3人とも「ああ〜、すっきりした」と、顔は晴れ晴れ。やっぱり、ツーといえばカーという、こういう友人同志の会は、心が晴れますなあ(笑)。
 あまりにもしゃべることに気をとられていたためか、お料理の写真を撮るのをすっかり忘れてしまった。和食のメニューで、いろいろ食べたんだけど、どれもおいしかった。
 さて、すっきりしたところで、またギアを入れますか。

 
| 親しき友との語らい | 16:38 | - | -
「日経新聞」の新年会
 昨夜は、「日経新聞」の連載ページの関係者が一堂に会し、六本木で少し遅れた「新年会」が行われた。
 会員制のアメリカ関係のレストランで、敷地の広いこと。六本木のまんなかに、こんな緑豊かな広大な場所があるなんて、驚いてしまった。
 1年ぶりに会う人や、何年も会っていない人に久しぶりに会うことができ、話が弾んだ。
 お料理は、濃厚なカニのポタージュ、シーザーサラダ、6オンスのローストビーフ、アップルパイのアイスクリーム添えというフルコースだったが、もっともおいしかったのは、最初にワインやビールと一緒に出されたコーンブレッド。
 さくさくした生地で、粒々のコーンがたくさん詰まっていて、いくらでも食べられる感じ。みんなでおかわりのリクエストをしてしまったくらいだ。
 食後はロビーに移り、全員で記念撮影をし、いろんなお土産までいただいて、お開きとなった。
 私の仕事関係者は、みんな年末忙しいため、忘年会ではなく新年会をすることが多い。今日で1月も終わりだが、まだまだ新年会と称した飲み会がいくつか予定されている。みんな話がたまっていて、話し出すと止まらない。
 さて、次なる新年会はどんな話題が中心となるのだろうか。
 今日の写真は、美味なるコーンブレッド。実は、このレストランはオープンキッチンで、広いスペースの向こうにキッチンが見え、シェフやパティシエがてきぱきと働いている姿が見えた。
「ああ、このコーンブレッド、教えてほしいなあ」
 私がこういうと、席の隣と前に座っていた人たちが、「伊熊さん、厨房にいって、習ってきたら」と勧めることしきり。そうよね〜、ホントにそうしたいワ。このコーンブレッド、作ることができたら最高だろうなあ。
 今日の写真は、その一番人気のコーンブレッド。私の知っているレシピでは、こういう味は出ない。う〜ん、レシピ、盗みたかったなあ(笑)。


  
| 親しき友との語らい | 21:21 | - | -
友人とのおしゃべり
 昨日のアバドに対するコメントが、今日の「産経新聞」の朝刊に掲載された。
 その記事は以下の通りである。

 [聴衆に語りかけた]
 最初はとても若々しく、聴衆に近い存在の指揮者が登場したと感じた。カリスマ性はもちろんあったが、非常に理知的で、作り出す音楽は常に聴衆に語りかけるタイプのものだった。

 さて、一昨日の日曜日には、友人夫婦が新居に遊びにきた。彼女とは高校時代からのつきあいだから、気取らず気負わず自然体にふるまえる。
 ご主人とも長いつきあい。それゆえ夕方の5時から宴が始まり、12時までずっと話がはずみ、久しぶりにいろんな話題に花が咲いた。
 用意しておいたメニューは以下の通り。
 前菜は、冬野菜のマリネといわしのオイル漬けとフォカッチャのグリッシーニの生ハム添え。
 スープは、かぼちゃのポタージュ。
 パスタは、キャベツとアンチョビの生パスタ。
 メインは、なすとひき肉のムサカ。
 ワインは、イタリアでいくつもの賞に輝いた赤を用意した。 
これに、近所のフランス料理店特製のプティフールをデザートにし、ロシア紅茶を添えた。
 全員がそれぞれおかわりをしてくれ、たくさん食べてくれた。これが一番うれしい。
 7時間も話していたのに、まだまだ話し足りないということで、今度は彼らの家に夏ごろにいくことにした。
 本当に、「親友」と呼べる人とのおしゃべりは尽きることがない。身も心も温かくなり、10代のころとなんら変わることなく話せる。
 今日の写真は、前菜のひと皿。このオイル漬けのレモンは国産のオーガニックの物だから、安心して食べられる。ローズマリーとパセリは、わが家のバルコニーの菜園から採ってきたもの。こういうハーブがすぐ間近にあると、とても便利だ。もっといろんな物を植えたいな。みんなが「えーっ、いいねえ」といってくれるので、ちょっと自慢(笑)。


 
| 親しき友との語らい | 16:42 | - | -
音楽事務所の新年会
 今日は、音楽事務所JA恒例の新年会に出席するため、ホテル・オークラに出かけた。
 この会では、しばらく会えなかった雑誌の担当者やアーティスト、仕事関係のさまざまな人に会うことができる。
 今日も、以前ある雑誌の連載をしていたときに担当してくれた編集者に久しぶりに会うことができ、話が弾んだ。彼女とは、サッカー観戦にも一緒にいった仲だ。また一緒に仕事したいね、という話になった。その前に、まずは飲み会でもしようと…。
 多くのアーティストにも、新年のあいさつをすることができた。
 そして大きなスクリーンに今年来日するオーケストラやバレエ、器楽奏者、歌手などの情報が写し出され、これをながめるうちに、いよいよ今年も音楽シーンが本格的なスタートを切ったという感を強くした。
 今日の写真は、ずらりと並んだアーティストたち。それぞれの近況や、今年の抱負、これからの演奏予定などが紹介された。
 みなさん、今年もすばらしい演奏を聴かせてくださいね。期待していま〜す。


 
 
 
| 親しき友との語らい | 18:28 | - | -
ユンディ・リ インタビュー
 ユンディ・リには初来日のころからインタビューを続けているが、当初はあまり多くを語らず、話を聞き出すのに非常に苦労したことを覚えている。
 それが次第に舌がなめらかになり、最近はとても雄弁にさまざまなことを語ってくれるようになった。
 今回は、日本公演で演奏したベートーヴェンのピアノ・ソナタへの思い、2014年2月から開始される、長期間のヨーロッパツアーに関して、新録音の予定などをメインに話を聞いた。
 ユンディは、いまもっともベートーヴェンに心が向き、いろんな作品を弾きたいのだという。ピアノ・ソナタもコンチェルトも。
「ベートーヴェンの作品は、自分の人間としての成長により理解が深まり、テクニックも表現力も次第に熟成されてきたと思います。ベートーヴェンの作品を弾くことで、ぼくの成長も促されてきたのでしょうね」
 こう語るユンディは、ベートーヴェンの奥深さに魅せられ、ピアノ作品だけではなく、特に交響曲をたくさん聴いているという。
 実は、ヨーロッパツアーでは、シューマンの「幻想曲」をメインに据えたプログラムを考えているそうだが、来年11月の日本ツアーでも、「幻想曲」を弾きたいと明言した。
「この作品は非常に内省的で、シューマンの心情がリアルに映し出され、弾けば弾くほど魅せられていくのです」
 彼はドイツに留学したことにより、ドイツ作品のもつ多様な要素を肌で感じることができるようになったと、留学時代を振り返った。
 いま、自分が教える立場になったとき、その経験を生かしたいと考えている。そして、教えることにより、自分も思いがけない発見があったり、新たな方向を見出すきっかけになるそうだ。
 このインタビューは、「家庭画報」に掲載される予定である。ただし、すぐではなく、来春以降の号になりそうだ。
 今回は、ベートーヴェンへの熱い思いと、次なるレパートリーであるシューマンのことをことばを尽くして語ってくれたが、本当に彼はいつも真面目な受け応えだ。写真を撮るときも、「笑ってよ」といっても、真面目な表情を崩さない。
 今日の写真はピアノを弾いているユンディと、生真面目な表情のユンディ。次に会ったら、「どうしたら笑ってくれる?」と聞いてみようかな。いやあ、無理かもね。だって、私が撮った写真を見て、「うん、うん」と納得した表情をしていたから。やっぱり、こういう表情が気に入っているのかも。
 でも、いつか笑わせたい、特撮になるじゃない(笑)。
 そうそう、ひとつリラックスした話題を出したときに、ちょっとだけ笑った。それは、「いつもブランド物のスーツでビシッと決めているけど、そのスーツどこの?」と聞いたら、フランスのオーダーメイドなんだって。「それで靴は?」と聞いたら、ほんの少し笑顔になって、「イタリア製だよ」と。
 う〜ん、お洒落。以上でした!!




 
 

| 親しき友との語らい | 23:02 | - | -
ゴーティエ・カピュソン
 今日は、フランスのチェリスト、ゴーティエ・カピュソンのインタビューのため、銀座に出かけた。
 ゴーティエには、かなり前から取材を続け、特にヴァイオリニストの兄、ルノー・カピュソンと一緒のインタビューが印象深い。
 近いうちにその爆笑インタビューを「インタビュー・アーカイヴ」で取り上げたいと思う。
 とにかく、ルノーはおっとり慎重にひとことずつことばを選びながら話すタイプ。ゴーティエは才気煥発、ルノーへのインタビューでも自分が話し出す。すると、ルノーが「オレが聞かれているんだよ。オレが答えるんだから、お前は黙ってろよ」と怒り出す。
「ああ、そう」としばらくゴーティエは黙っているが、ルノーが夢見るような目をしながらゆったりと話していると、「アニキ、その曲に関してはぼくのほうが話せるよ」と口をはさむ。
 するとまた、ルノーが怒り出す。ゴーティエは「ハイハイ」としばらく沈黙。
 この繰り返しで、インタビューは爆笑状態。それを今日ゴーティエに話したら、「そんなことあったっけ。忘れちゃったなあ」と、ニヤニヤしながらとぼけていた。
 ゴーティエの新譜は盟友のピアニスト、フランク・ブラレイと組んだ「アルペジョーネ・ソナタ」(ワーナー)。もう1枚は、サン=サーンスの協奏曲集で、ルノーがヴァイオリン協奏曲、ゴーティエがチェロ協奏曲、ふたりがソロを務める「ミューズと詩人」の3曲。フランスのいま話題の若手指揮者、リオネル・ブリンギエールとの共演である。オーケストラはフランス放送フィル。
 これらの作品に関して、短時間で雄弁に語ってくれた。このインタビューは「CDジャーナル」に掲載されることになっている。
 ゴーティエの快進撃はすばらしく、練習熱心で常に前向きな彼は、スター街道を突っ走っている感じ。しかも、地に足の着いた性格ゆえ、ひとつひとつの活動があるべき形できちんと行われている。
 音楽はエネルギッシュで若々しい情熱がほとばしるものだが、作品に寄り添う目が常に感じられ、作曲家への敬意を前面に押し出している。
 彼はいつ会っても、活力に満ち、笑顔を絶やさず、本当のナイスガイだ。
「ぼくが音楽を楽しんでいるんだから、それを聴いてくれる人も幸せになってくれなくちゃ」という。
 作品についてかなり詳細に語ってくれたので、それを記事に書くつもり。今日の写真は、インタビュー後のワンショット。「リラックスした感じでね」といったら、最初はおどけた様子をしてみんなを笑わせていたが、すぐにこんな表情になった。ねっ、ナイスガイでしょ。演奏もいますっごく脂がのっているんだよね。 

| 親しき友との語らい | 23:25 | - | -
フランチェスコ・トリスターノ
 昨日は、王子ホールにフランチェスコ・トリスターノのリサイタルを聴きにいった。
 今回のプログラムは、J.S.バッハの「フランス組曲」全曲。彼のレパートリーの根幹をなすのはバッハだが、初めて聴く「フランス組曲」は、やはりテクノやジャズも演奏するトリスターノらしい、自由で斬新で型にはまらないものだった。
 そして今日は、銀座のヤマハ ピアノアーティストサービス東京に出向き、インタビューを行った。
 話は昨日の「フランス組曲」から。トリスターノは作品の順序を変え、第2番と第5番を入れ替えて演奏していたが、それは調性と舞曲の内容と全体の構成を考慮したためだという。
 そして話題は、アリス=紗良・オットとのデュオに移った。ふたりは以前から大の仲よしで、自然にデュオを組むことを決めたとか。
 すでに録音も済ませ、ストラヴィンスキーのバレエ音楽「春の祭典」、ラヴェルの「ボレロ」、そしてトリスターノの新曲が収録されたそうだ。
 ここでビッグニュース。このデュオが、2014年6月24日にすみだトリフォニーホールで実現する運びとなった。コンサートでは、ラヴェルの「ボレロ」もプログラムに入るそうだ。
 今日のインタビューは「日経新聞」とヤマハのWEB「音楽ジャーナリスト&ライターの眼」に書く予定にしている。
 彼のことは、「フラくん」と呼んでいることを以前のブログにも書いた。彼のマネージャーがそう呼んでいて、この呼び名を本人が大層気に入っているから、私も使わせてもらっているのである。
 フラくんは、アリスとのデュオの話になると一気にテンションが上がり、風邪気味でゲホゲホ咳をしながらも、ことばを尽くしていろいろ話してくれた。
 ふたりは性格がまったく異なるのだが、それがピアノを一緒に弾くと、刺激的な音楽が生まれるのだそうだ。
 長身痩躯、美形、旬のふたりのデュオは、世界的に大きな話題となるに違いない。CDは来日前の2014年春のリリースになりそうだ。
 ひとつだけ、記事を書く前にインタビューの内容を明かすと、フラくんが書いた新作をアリスは「キャーッ」といって、「こんなの弾けな〜い」と叫んだそうだ。
 でも、結果としては、録音は成功したそうだから、アリスはものすごく努力をしたんだろうな。フラくんはニヤニヤ笑っていたけど。
 彼の作品はテクノの要素が入っているから、クラシックの演奏にとっては、さぞ難しかったに違いない。今度はアリスにその話を聞いてみたいな。きっと、ものすごくエネルギッシュにあれこれ話してくれるに違いない。
 今日の写真はいつもながらカッコいい、フランチェスコ。これで「ラーメンがすごく好き」なんていうんだから、不思議よねえ。なんでも、アリスはラーメンが嫌いだそうで、デュオで来日したら、彼女に絶対ラーメンを食べさせるといっていた。はて、どうなることやら…。


 
 
 
| 親しき友との語らい | 23:38 | - | -
若林顕
 いま発売中の「レコード芸術」12月号に、先日行った若林顕のインタビューが掲載されている。
 若林顕とは、1987年のエリザベート王妃国際コンクール以来のおつきあいで、そのときに優勝したロシア出身のアンドレイ・ニコルスキーの話に花が咲いた。彼がニコルスキーから大きな影響を受けたと語ったからだ。
 このインタビューは、若林顕が長年研究を重ね、ようやく録音にこぎつけたラフマニノフのピアノ・ソナタ第2番の原典版の話題が中心となった(オクタヴィア)。彼は最初は改訂版を弾いていたが、やがて原典版の演奏を行い、高い評価を得たため、以後この版の研究を進めてきたからだ。
 実は、若林顕は数年前に原因不明の病にかかり、右手が動かなくなってピアノがまったく弾けない状況に陥った。その間、壮絶な戦いがあり、ようやく完治してこの録音にこぎつけたわけだ。
 彼はけっして雄弁なタイプではないが、久しぶりに会った私と亡くなったニコルスキーの思い出話などをしていたためか、この故障に関しても率直に心情を語ってくれた。
 録音を聴く限り、ダイナミックでスケールの大きな自信に満ちあふれた演奏ゆえ、病気をしたとは信じられないほどだが、きっと感無量なのだろう。ラフマニノフに関して、ことばを尽くして話してくれた。
 2014年1月17日(金)には、サントリーホールでこの作品をプログラムのメインに据えたリサイタルを開く。きっと病を克服した人だけがもつ特別な感情が宿る演奏になるに違いない。ナマを聴くのが楽しみである。
 今日の写真はインタビューのときの1枚。晴れ晴れとした表情をしていて、なんだか私までうれしくなってしまった。

| 親しき友との語らい | 22:19 | - | -
アーティスト・レシピの評判
 今日の午前中、「クラシックはおいしい アーティスト・レシピ」の本のプロデューサーを務めてくれたSさんから電話が入った。なんでも、彼の奥さまが本をとても気に入ってくれ、知人にプレゼントするため複数冊の本を購入してくれたそうだ。
 そのお礼をいったところ、こんな話を聞かせてくれた。
 S家にはたくさんの猫がいて、ふだんから隣家にいろんな面で迷惑をかけているという。その隣家からいつもクラック音楽が聴こえてくるため、奥さまが私の本をもって日ごろの迷惑を詫びながら、本をプレゼントしたそうだ。
 それが昨日の夕方の話。その隣家のご主人は、スペイン語を学校で教えている人だそうで、大変なクラシック好き。特にスペイン音楽に目がないらしい。
 本を渡されたその人は、夜から読み始め、一睡もせずに朝までかかって読んでしまったという。
「それで、いまウチの奥さんのところに興奮した面持ちでやってきて、本の感想をまくしたてたんだって。いままで長い間、料理から遠ざかっていたんだけど、本を読んでいたらむくむくと料理熱が湧き、スペイン関係の物からまた始めたいと思ったそうだよ」
 Sさんは広尾に事務所を構えている。そこに着いて仕事をしているときに奥さまから電話がかかり、それを伝えるために私に電話がかかってきたという次第だ。
 こういう話を聞くと、本当にうれしい。私はひとりでも多くの人にクラシックを聴いてほしいという願いからこうした本を書いているが、その思いが伝わり、元気がもらえる。
 私も大のスペイン好きだから、Sさんの隣家のご主人に会いたいくらいだ。きっとスペインという共通項から話がはずむに違いない。
 そのご主人は、夏になると1カ月というもの北海道の別荘にひとりこもり、音楽を聴いているのだそうだ。
 なんとぜいたくな生き方をしている人なのだろう。その別荘に、ぜひ私の本をお伴として連れていってほしいな(笑)。
 Sさんは、このようにいつも私を元気づけ、自信を与えてくれる。私は「メンター」だと勝手に思っているのだが、なにしろ名うてのコワモテだから、うっかりしたことはいえない。
 奥さまは「サロネンのオイルサーディン」を気に入ってくれたようで、来年の春から初夏にかけてひこいわしが魚屋さんに並んだら、すぐに作るといっているそうだ。
 いつも魚屋さんに山盛りのひこいわしが200円くらいで売られているのを見て、どうやって食べるのかと思っていたとか。
「そうか、オイルサーディンか、と思ったらしいよ。もう圧力鍋も用意して、伊熊さんのレシピをずっとながめているよ」
 Sさんは、ふだんあまり家庭の話はしないのだが、今日は奥さまの話がたくさん出て、さらに本の感想も山ほど聞かせてくれた。
 本当に、ありがとうございます。私はそのレシピができあがるまで、10回ほど失敗したけど、その通りに作ってもらえば大丈夫。きっとおいしいオイルサーディンができますよ〜。
 また、だれか本の感想を聞かせてくれないかなあ…。
  
  
| 親しき友との語らい | 22:54 | - | -
ボリス・ベレゾフスキー
 ロシア出身のピアニスト、ポリス・ベレゾフスキーとの出会いは、1987年のリーズ国際ピアノ・コンクールまでさかのぼる。
 当時、彼は18歳。旧ソ蓮が世界に送り出す新鋭といわれ、国内コンクールでの華々しい成果を国際コンクールで披露すべく、難度の高いコンクールにやってきた。
 ところが、ベレゾフスキーは大変なアガリ症だった。このときも本選でそれが露呈し、結果は第4位。深く落ち込んだ彼は数年かけてこれを克服し、徹底的にテクニックと表現力を磨きあげ、1990年のチャイコフスキー国際コンクールでみごと優勝の栄冠に輝いたのである。
 リーズ・コンクールのときに取材にいって彼に初めて会った私は、その後ベレゾフスキーの大きなスケールをもつ堂々としたピアニズムに、いつも感慨を新たにする。当時を知っている私に会うと、彼はいつも恥ずかしそうにしたり、やけになってジョークを飛ばしたり、話をはぐらかしたりする。
 昨日もまたインタビューで会い、いろんな話を聞いた。このインタビューは「intoxicate」に書く予定である。
 今回の新譜はチャイコフスキーのピアノ協奏曲第2番と、12の小品作品40よりと、チェリストのアンリ・ドマルケットと共演した「アンダンテ・カンタービレ」など(キングインターナショナル)。あまり演奏される機会に恵まれないコンチェルトの第2番に関し、その作品のすばらしさを熱く語ってくれた。
 このコンチェルトは、車を運転しているときにラジオから流れてきて、一気に眠気が吹き飛んだそうだ。それから練習を始め、録音までこぎつけたという。
 ベレゾフスキーは今回の来日公演ではラフマニノフの前奏曲作品32とピアノ・ソナタ第2番を取り上げている。このソナタに関しては、1931年改訂版のほうを用いて演奏しているが、それは前奏曲をたくさん弾きたかったため、時間のバランスを考慮した結果だという。
 ベレゾフスキーは昔からラフマニノフが大好きである。彼はいつもリヒテルのことばをたとえに出し、「ラフマニノフはぼくたちロシア人の音楽である」という。
 こういうシリアスな話のあとで、オフレコになると必ずおかしな話が飛び出す。以前、おでんが大好きで、「食べるだけではなく、おでん屋を開きたい」といって、私の笑いを誘ったが、今回は「もっと夢が大きくなったんだ」と前置きし、「ロシアで温泉宿を経営したい」といい出した。
「えーっ、なに。温泉宿ってどういうこと?}
 私が目を真ん丸にしたら、「ビジネスだよ、ビジネス」といって、滔々と話し出した。なんでも、お台場の大江戸温泉物語にいったらハマったらしく、これをロシアで開きたいと思ったのだそうだ。
「そのためには膨大な資金が必要だから、これから1日2回コンサートをして、それを丸々2年行って、そのうちに90万ユーロ貯めれば大丈夫だと思うんだ」
 真顔でこういわれると、う〜ん、何と答えたらいいものやら…。こういうときは笑い飛ばすしかないよね。
 昔はすごくシャイで、すぐに顔を赤らめるような性格だったのに、こんなことを考えているとはね。まあ、演奏がシリアスだから、いいんだけど(笑)。
「じゃ、次に会ったときにはもっと大きな夢を語ってね〜」といって、別れた。
 ベレゾフスキーは毎年「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」で来日しているから、すっかり日本のファンにおなじみ。のっしのっしとステージに現れ、楽器を大きく豊かに鳴らし、その演奏は自信に満ちている。昔はシャイでアガリ症だったなんて、信じられないでしょ。でも、本当なんですよ。
 今回も私がその話をすると、「じゃ、ここからは昔の自分に戻ろうか」などと冗談めかしていっていた。演奏も性格も、余裕が出たのね。
 今日の写真は、「90万ユーロ貯めるには…」と計算しているところ。ホント、笑っちゃいますよ。


 
| 親しき友との語らい | 23:03 | - | -
レイ・チェン
 レイ・チェンには来日ごとに会い、話を聞いている。先日も、次号の「intoxicate」のためにインタビューを行った。
 以前もブログで紹介したが、いつ会っても彼はエネルギー全開。気持ちいいほどよく話し、にこやかに笑い、元気いっぱいだ。
 今回は、2013年7月にレコーディングが行なわれたモーツァルトのヴァイオリン協奏曲第3番、第4番、ヴァイオリン・ソナタK305の録音に関して話をしてもらったが、これら3曲にはそれぞれいろんな思い出とエピソードがあり、それを雄弁に語ってくれた。
 これらはクリストフ・エッシェンバッハ指揮シュレースヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭管弦楽団との共演で、しかもヴァイオリン・ソナタのほうはエッシェンバッハがピアノを担当している(2014年1月22日発売 ソニー)。 
 このソナタは、エッシェンバッハの両親がこよなく愛していた作品だそうで、その意味で深い思い出が込められているそうだ。
 レイ・チェンにとっても非常に記憶に残る大切なレコーディングとなったという。
 さらにシュレースヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭管弦楽団は平均年齢が19歳という若さで、みんなが前向きでやる気満々、とてもポジティブな録音だったそうだ。
 そのことば通り、このアルバムは大きく成長したレイ・チェンの音楽を堪能することができる。彼の音はのびやかで明るく、自然体。聴き込むほどに、こちらも幸せになってくる。カデンツァも自身で書き、それを収録しているが、ひとつのカデンツァを書くのに膨大な時間を要したそうで、モーツァルトと一体化するまで大変な労力を費やしたという。
 レイ・チェンは、昨年12月のノーベル賞の授賞式の記念コンサートに招かれ、エッシェンバッハとともに演奏している。この会場で医学生理学賞受賞の山中伸弥さんにお会いしたそうで、11月5日浜離宮朝日ホールでのコンサートにもきてくれるとうれしそうに語った。
「でも、専門の話をされたら、まったくわからないから困るよ」
 そういって、また陽気な笑い声をたてた。
 今日の写真はインタビュー後の2枚。いつもと違った表情がほしいな、といったら、途端にこのふたつのポーズが登場。これ、本邦初公開。ファンだったら、すごく喜んでくれるんじゃないかな。本人も、「ヒャーッ」といって大笑いしていた。 



| 親しき友との語らい | 21:48 | - | -
諏訪内晶子
 先日、2014年3月に行われる「東芝グランドコンサート2014」のソリストのひとりである諏訪内晶子のインタビューに出かけた。
 毎年、指揮者やオーケストラ、ソリストが変わるこのコンサート、来年はいまヨーロッパで注目されているロシア出身の指揮者、ヴァシリー・ペトレンコが首席指揮者を務めるオスロ・フィルハーモニー管弦楽団がやってくる。
 オスロ・フィルといえば、マリス・ヤンソンスが1979年から2002年まで音楽監督を務め、大きな飛躍を遂げたことで知られる。このコンビは「東芝グランドコンサート1993」で来日公演を行い、今回オスロ・フィルとしては18年ぶりの日本ツアーとなる。
 プログラムはニールセン、ショスタコーヴィチ、モーツァルト、マーラーなど多岐にわたる作品が組まれているが、諏訪内晶子はメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲で参加する。
 彼女はチャイコフスキー国際コンクール優勝後、10年のときを経てウラディーミル・アシュケナージ指揮チェコ・フィルとこの作品を録音している。
 今回は、この有名なコンチェルトがいかにすばらしい作品か、弾けば弾くほど難しい作品だと感じ、ただ美しくメロディアスな作品ではなく、もえたぎるような熱い思いが作品の奥に潜んでいる、という話になった。
 諏訪内晶子は今年2月、横浜みなとみらいホールを中心に、「国際音楽祭NIPPON」と題する音楽祭を立ち上げ、音楽監督を務めた。共演者がすばらしく、指揮者のエサ=ペッカ・サロネン、ピアノのレイフ・オヴェ・アンスネス、チェロのピーター・ウィスペルウェイ、ピアノの江口玲が参加、充実した2週間を過ごした。
 この音楽祭は第1回目で、今後もさまざまな形で続いていくと聞いていたため、非常に楽しみにしていたのだが、あいにくナントとパリの「ラ・フォル・ジュルネ」の出張と重なり、演奏を聴くことができなかった。
 主催者から巻頭原稿を依頼され、諏訪内晶子のこれまでの活動や考え、将来に向けての彼女の視点などを書き、出張前にあわただしく入稿して出かけた。それを彼女がすごく感謝してくれ、演奏を聴くことができなかった私のために詳しく様子を話してくれた。
 インタビューはその話題から入り、やがて本題のメンデルスゾーンのコンチェルトへと移り、さらに今後の活動についても聞いた。
 私は彼女のデビュー前から取材を続けているため、もうおつきあいは本当に長い。そしていつも彼女の前向きな姿勢に関心させられる。ひたむきで自信に満ち、凛として自分の道を切り拓いていく姿勢は昔からまったく変わらない。
「でも、何度弾いても、どんな指揮者やオーケストラと弾いても、メンデルスゾーンは難しいのよねえ」と、最後までこのことばも変わらなかった。
 この作品はもう30年も弾いているというのに…。奥が深いコンチェルトなんですね。
この記事は、「モーストリー・クラシック」と公演のプログラムに書くことになっている。
 今日の写真はインタビュー時の1枚。さまざまな話題で盛り上がった後だったけど、かなりクールな表情に撮れたかな(笑)。

 
| 親しき友との語らい | 22:33 | - | -
佐藤卓史
 ようやく「クラシックはおいしい アーティスト・レシピ」の校正がすべて完了し、出版社に戻した。
 なんと長い時間がかかったことか。
 50人のアーティストでひとり4ページだから200ページあり、それにコラムや目次、プロローグとエピローグがプラスされているから、膨大な文字数である。
 どうもヴェローナから戻って集中力がにぶり、こまかい文字を長時間に渡って読むことが苦痛になっている。
 でも、なんとか集中しなくては、と自分にいいきかせ、ようやく全部の校正が終了した。
 今日は、午後から佐藤卓史のインタビューがあり、まったく異なる仕事に頭を切り替え、いざ青山へ。
 佐藤卓史とは、本当に久しぶりに会うことができ、話が弾んだ。
 彼はハノーファー、ウィーンでの留学を終え、今秋から日本で本格的な演奏活動に入る。10月3日から11月30日まで日本各地で全16公演を行う予定だ。
 プログラムはオール・ベートーヴェン。「悲愴」「ワルトシュタイン」「月光」「熱情」の4大ピアノ・ソナタを選曲し、デビュー10周年記念ツアーを敢行する。
「日本に戻ったら、ぜひベートーヴェンでリサイタルを開きたいと思っていたんです」
 こう語る彼は、ベートーヴェンの作品に寄せる熱い思い、各曲の取り組み方、それぞれの作品の思い出、ドイツとウィーンでの様子、コンクールを受けたときのことなど、多岐にわたって雄弁に語った。
 このインタビューは明日締め切り、来週29日アップのヤマハのWEB「音楽ジャーナリスト&ライターの眼」に描く予定にしている。
 佐藤卓史とは、さまざまな仕事で組むことが多く、昔から応援している若手ピアニストのひとりである。真摯で実直で知的で温和で礼儀正しい。
 特にシューベルトとベートーヴェンを得意とし、今回はベートーヴェンで実力のほどを発揮するが、今後は長い年月をかけてじっくりシューベルトのピアノ作品全曲と対峙したいと抱負を語ってくれた。
 若手アーティストは、演奏を聴くたびに若芽がぐんぐん空に向かって伸びていくように勢いのある姿勢と大きな伸びを見せてくれる。
 佐藤卓史も、きっとこのツアーで大きく成長するに違いない。それを見守りたいと思う。
 今日の写真は、インタビュー後の1枚。やっぱり演奏と同様、誠実で思慮深く、ひたむきな感じが表情に現れているよね。
 ハノーファーで師事したアリエ・ヴァルディに「自由に弾くことの大切さ」を伝授されたそうだけど、その成果がどう演奏に反映されているか、期待したいと思う。
 ぜひ、これから大きな一歩を踏み出す佐藤卓史の演奏に耳を傾けてくださいな。全国をくまなく回るコンサートになっていますから…。


 
  
| 親しき友との語らい | 00:01 | - | -
ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン 報告会
 昨夜は、「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」の報告会で、東京国際フォーラムの担当者3人と新聞社の音楽担当の方との5人で食事会が行われた。
 もちろん、今年の開催の報告と来年の企画予定、内容の推移などが話題となったが、お酒が入り、食事が進むほどにいろんな話題が飛び出し、結局それぞれの趣味やいま凝っていることなどに飛び火。多岐にわたる話が次々に出て、楽しいひとときとなった。
 5月の連休から、はや2カ月以上もたってしまった。早いものだ。
 ここでも、私のアーティスト・レシピの本が話題となり、みんなに期待されてしまった。
 でも、「話を聞いているとおいしそうだけど、とにかく食べてみなくちゃ」といわれ、「ぜひ、レシピ持参で」という話になってしまった。
 今年もそんな話が出ていたけど、来年は音楽祭の開催中にどこかにブースが設置され、お料理を試食してもらうようになるのかなあ。そりゃあ、大変だ。
 こういうとき、いつも思うのは、みんな食べることが好きで、興味津々。食べ物の話になると、全員の舌がなめらかになり、われ先にと話し出す。
 さて、原稿はあと4人分になった。なんとか今週中に入稿できるよう、頑張りたいと思っている。
 すべてが終わったら、きっと力が抜けて、へなへなとなるんだろうな。
 でも、早く終わらせたい。峠は見えたぞ、もう一歩じゃ〜。 
| 親しき友との語らい | 21:02 | - | -
ミロシュ インタビュー
 ミロシュの先日のリサイタルはすばらしく心に響くものだった。
 今日のインタビューでは、まずそれを伝えると、濃い顔に満面の笑みを浮かべ、「すごくうれしい。ありがとう」といった。
 CDデビューから約1年余り、この間ミロシュは世界各地を旅し、コンサートを行い、さまざまな人との交流を図り、そこから多くのものを得たという。
「ぼくが1年間、いろんなところを旅してまわったなかで、もっとも大切だと思ったのは人との出会いとコミュニケーション。それはギターが導いてくれたことで、ギターを介していろんな人に会える。それもまったく異なるバックボーンをもつ人や、民族や年齢を超えた人たちとの交流が可能になるわけだから、本当にギターには感謝しなくちゃ」
 ミロシュは以前いろんなところに紹介したが、グレッグ・スモールマンのギターを手に入れたくて、豪華クルーズの船上で演奏のアルバイトをしていた。そのときにリッチなご夫妻と知り合い、彼らが「一流のギタリストを目指すこと」という条件を提示してギターを代わりに購入してくれた。
 そのギターを手に、ミロシュは日々努力を重ね、コンサートで高い評価を得るようになり、ドイツ・グラモフォンと契約にこぎつけた。
 あれから1年、ミロシュはより高い目標を掲げ、自己の音楽をひたすら磨き続けている。
「この1年間でもっとも印象的な出会いというのは、楽器の製作家に会えたことなんです。オーストラリアに演奏旅行に行く前に、グレッグ・スモールマンの奥さまからメールをいただき、私たちは演奏を聴くのをとても楽しみにしていると書いてあったんです。そして、ついに製作家に会えたというわけです。ものすごく興奮しましたよ。日々一緒にいるギターの生みの親に出会えたわけですからね。演奏をほめてくれ、私のギターからすばらしい響きを生み出してくれたといわれ、なおさら興奮しました(笑)」 
 ミロシュは、いつ会っても自然で飾らず、率直で感じのいいナイスガイ。今回の南米作品のアルバムは、本人の弁によると会心の作だそうで、あまりにいい曲がたくさん入っているため、ふだんは聴かないのに、つい自分のCDを聴いてしまうと笑っていた。
 このインタビューは新聞、雑誌、WEBなどに書き分けし、ミロシュの魅力をひとりでも多くの人に知ってもらえるよう、力を尽くしていきたいと思う。
 新譜の「ミロシュ〜ラテンの哀愁」(ユニバーサル)には、私の大好きなバリオスの作品が2曲含まれている。「森に夢見る」と「最後のトレモロ」である。
「バリオスが入っていて、すごくうれしい」と伝えると、「ホント、いい曲だよねえ。弾いていて感極まっちゃうよ」といっていた。
 次なるアルバムももう決まっていて、ロドリーゴの「アランフェス協奏曲」だそうだ。この夏、バカンスが過ぎたら録音するという。
「日本の聴衆は、ものすごく静かに聴いてくれるので特別。スケジュールには日本公演を優先して入れているんだよ」とのことで、来年は12月に来日するそうだ。
 今日の写真は、インタビュー後のミロシュ。あいかわらず、眉が濃いよねえ。でも、この表情、かなリラックスしているでしょう。黒のジャケットと白いシャツをラフに着こなしているけど、実は、靴はスニーカーを履いているんですよ。それもすごくかろやかで、スポーツシューズっぽくないものを。しかも、色は洋服と見事に統一されていた。足先まで写せばよかったかな(笑)。

| 親しき友との語らい | 21:27 | - | -
樫本大進
 先日、樫本大進のインタビューを行い、コンスタンチン・リフシッツとのベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全集の最終回にあたる第3弾の話を聞いた。
 第1回は作品30の第6番から第8番で、第2回は第9番「クロイツェル」と第10番という組み合わせだった。
 そしていよいよ最終回の録音は第1番から第5番までの5曲。すでに収録は終えていて、日本にその録音テープを持参していたが、超多忙ゆえ、なかなか聴くことができないと嘆いていた。
 これはCDのライナーノーツを書くことになっているため、大進が録音のオーケーを出してくれないと、デモテープが上がってこない。
 おそらく秋の早い時期にリリース予定が組まれているだろうから、ライナーの原稿締め切りは夏ということになる。
 大進、お願い、早めにオーケー出してね。そうでないと、私はまた締め切りまで短期間しかなくて、アップアップしそうだから(笑)。
 彼はリフシッツとの相性は最初からよかったが、いまやより絆が深まったようで、「コンスタンチンはすばらしい!」と何度も話していた。
 彼らは性格も音楽性もまったく異なるものの、不思議なほど演奏は合う。人間性の違いが丁々発止の音の対話を生み、それが刺激的なデュオになるのかもしれない。
 これまでの2枚とも、ライヴで聴くときとはまた異なる演奏で、ふたりがそのつど新たな演奏を紡ぎ出していることを実感させる。
 今日の写真はインタビュー前の大進(ジャパン・アーツ提供)。私はこの日の最後のインタビュアーだったのだが、大進は写真撮影用にきちんとした格好をしていて、私が最後だとわかると、「ねえ、着替えていい。こういうの着ていると、落ち着かないんだよね。あっ、写真撮影ないの、よかった。じゃ、ふだん着でいいよね」とラフな洋服に変身した。
 彼とはもう長いつきあいゆえ、話し出すと止まらないほどで、大進はいつもにこやかにいろんなことを話してくれる。
 このインタビューは、もちろんライナーも含め、新聞や雑誌やWEBなど、いろんなところに書いて彼のベートーヴェンを紹介したいと思う。
 だから、大進、早くテープちょうだ〜い。

| 親しき友との語らい | 21:58 | - | -
外山啓介
 今日は、ムソルグスキーの「展覧会の絵」をレコーディングした外山啓介にインタビューするため、エイベックスにいった。
 彼はこの作品を昨年のリサイタル・ツアーでも演奏し、ついに録音に踏み切った。
 そのカップリングが実に変わっていて、ブラームスの「3つの間奏曲作品117」と「6つの小品集作品118より」第2番間奏曲である。
 まず、選曲について聞くと、とにかくこれらの作品が好きなのだという。そして「展覧会の絵」は、長年自分の弾く作品だとは思わず、さまざまな録音を聴いてきたそうだが、あるときレイフ・オヴェ・アンスネスの演奏を聴き、一気に作品に魅了されたのだそうだ。
 私は初来日時からアンスネスをひたすら応援してきたため、ここでアンスネスの話で盛り上がってしまった。
 それから「展覧会の絵」の各曲に関することをいろいろ聞き、彼は率直にことばを尽くして話してくれた。
 ブラームスに関しては、表現がとても難しく、その奥深さに近づくのにもっとも苦労したと胸中を明かしてくれた。
 外山啓介に会うと、いつもふたりで話があちこちに飛んでいき、雑誌のインタビューという枠からはみ出てしまう。
 今日のインタビューは「レコード芸術」に書く予定になっているが、録音のことを聞いていながら、とんでもないほうに話題が移り、実に多種多様な内容のインタビューとなった。
 外山啓介は、5月から各地でコンサートを行っているが、9月29日にサントリーホールでショパンやラヴェルなどをメインに据えたプログラムでリサイタルを行う。
 彼がショパンに開眼したのは、シプリアン・カツァリスがNHKテレビで行ったショパンの講座を見たことによるという。
 アンスネスといい、カツァリスといい、若いピアニストにこれだけ影響を与えるのだから、その存在感はすごいものがある。
 今度、彼らに会う機会があったら、ぜひこの話をしたいと思う。きっとピアニスト冥利に尽きるのではないだろうか。
 今日の写真はインタビュー終了後の1枚。いつ会っても、ナイスガイ。リサイタル、期待していますよ〜。 

| 親しき友との語らい | 22:19 | - | -
河村尚子
 今日は、河村尚子のインタビューのためにソニーに出かけた。
 彼女にはデビュー以来ずっと取材を続け、デビューCDのライナーも書き、さまざまな講座などでもご一緒している。
 デビュー前に国際コンクールを受けていた大変な時期の話を聞き、いろんな苦難を乗り越えてきたことを知っているため、いま国際舞台ですばらしい活躍をしている姿を見て、本当にうれしい気持ちでいっぱいになる。
 自分が応援してきたアーティストが高みを目指して一気に飛翔していく様子を見るのは、私自身誇らしく感じる。
 河村尚子は、7月に新譜の録音をベルリンのイエス・キリスト教会で行う予定だ。プログラムはショパンのバラード全4曲と、ショパン、シューベルト、ワーグナーの歌のリストによる編曲版という組み合わせ。ずいぶん長い間考えに考えた選曲だそうだ。
 おそらく10月には日本でのリリースが可能になるのではないだろうか。今日のインタビューは、その録音に関して聞き、いつもながら話題はいろんな方向へと広がっていった。
 このインタビューは、「CDジャーナル」に掲載される予定で、新譜のリリースに合わせた時期の号になると思う。
 彼女と話していると、自信といおうか、余裕といおうか、実力派ピアニストとしてのオーラを感じることができた。
 10月にはイルジー・ピエロフラーペック指揮チェコ・フィルの来日公演のソリストとして、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番を演奏することになっている。
 いまはチェリストとの共演も多く、今後は室内楽ももっと行っていきたいと意欲を示す。
 今日の写真は、インタビュー後の河村尚子。彼女のピアノは聴くたびに存在感を強く感じさせるようになってきたが、素顔もよりチャーミングになった。
 録音も大いに期待したいと思う。尚子さん、頑張ってね〜。



| 親しき友との語らい | 22:05 | - | -
今日もヴェンゲーロフ
 今日も、マキシム・ヴェンゲーロフのコンサートを聴きにサントリーホールに出かけた。
「弾き振り公演」と名付けられたコンサートは、J.S.バッハの「2つのヴァイオリンのための協奏曲 ニ短調」からスタート。若手ヴァイオリニスト、山根一仁とマキシムとの共演となった。オーケストラは東京フィルが担当、ヴァイオリニストふたりが交互に弾き振りを行う形で、こうしたスタイルでのマキシムの演奏は初めて耳にしたため、とても新鮮な思いにとらわれた。
 次いで登場したのがチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲 ニ長調。ここでは当初、マキシムが弾き振りを行う予定だったが、昨日ピアノを担当したヴァグ・パピアンがタクトを振り、マキシムはソロに徹した。
 そのチャイコフスキーは、完全に手の内に入った堂々たる演奏で、子どものころから長年弾き込んできたこのコンチェルトを巨匠的風格をただよわせながら弾ききり、またもや喝采の嵐に包まれた。
 後半はリムスキー=コルサコフの交響組曲「シェヘラザード」。マキシムはヴァイオリンでソロを弾きながら、楽器と弓を横に置いて指揮棒に持ち替え、それを何度も繰り返しながら第4楽章までじっくりと聴かせた。
 彼は全暗譜で「シェヘラザード」を自由闊達に物語性を前面に押し出しながら演奏し、特有の美音を遺憾なく発揮した。
 マキシムの演奏は本当に地に足が着いた感じで、どっしりと落ち着き、自信に満ちあふれ、苦難を乗り越えて音楽性も表現力も、また人間的にもひとまわり大きくなった。
 終演後、楽屋で、同行している父親のアレックに久しぶりに会うことができた。彼もマキシムと同様とても恰幅がよくなり、ハグされたが、とても手はまわしきれない。それでもアレックは長い間その状態を続けているため、私から先に離れるわけにはいかない。
 それをそばて見ていたマキシムは、「うーん、長すぎ!!」といって笑っていた。
 今日は、ヴァン・クライバーン国際コンクールを聴きにいっていた親しい友人のKさんが帰国してこのコンサートにかけつけたため、彼女とも久しぶりに会うことができ、とても有意義な一夜となった。
 ほかにも、久しぶりにいろんな人に会うことができ、旧交を温める場となった。
 音楽は人と人とをつないでくれるのだ、ということをつくづく感じさせられた日でもあった。
| 親しき友との語らい | 23:57 | - | -
マキシム・ヴェンゲーロフ
 今日は、マキシム・ヴェンゲーロフの演奏を聴きにサントリーホールに出かけた。
 マキシムの演奏を聴くのは、本当に久しぶりである。今回の来日は「ヴェンゲーロフ・フェスティバル2013」と名付けられ、6月10日にオーチャードホールで「ベートーヴェン&ブラームス・プログラム」が行われ、今日は「リサイタル」、明日もサントリーホールで「弾き振り公演」が予定されている。
 数年ぶりに聴く演奏は、なぜかとてもなつかしい感じがした。ヘンデルのヴァイオリン・ソナタ第4番からスタートしたのだが、肩の故障は完全に直り、以前の音が戻っていた。
 太くまろやかで情熱的なマキシムの音が、鍛え抜かれたフィンガリングと自然なボウイングによって私の心の奥に沁み込んできた。
「ああ、これがヴェンゲーロフの音楽だ」
 いつしか、作品はベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第10番に移っていたが、私の心は音に酔いしれていた。
 このソナタでは、マキシムは親しい友人であり、指揮の指導者でもあるピアノのヴァグ・パピアンと、瞑想的で幻想的な曲想を大切に、お互いのコミュニケーションをより密度濃いものにしながら弾き進めていった。
 後半は有名なフランクのヴァイオリン・ソナタ イ長調。耳になじみ深い作品を、マキシムはまさに名人芸を存分に発揮するように美しく奏で、完全復活をアピール。さらに以前より安定した姿勢、自然な脱力、気負いのない演奏で作品のよさを前面に押し出した。
 彼の演奏は完全に変わった。よく、ピアニストが指や腕の故障を乗り越えた後に、演奏が大きく変貌することがあるが、マキシムのヴァイオリンもひと皮むけたといおうか、人生の苦難を経験した人だけがもつ強さが感じられた。
 最後は、サン=サーンスの「ハバネラ」と「序奏とロンド・カプリチオーソ」で締めくくり、真に巨匠的な演奏に会場は喝采の嵐に包まれた。
 鳴りやまない拍手に応えてアンコールを3曲弾いたのだが、3曲目はマスネの「タイスの瞑想曲」だった。
 これまで機会があるごとに、マキシムの本を書いたときにイスラエルのミグダルの自宅でこの曲を聴いたときのことを書いてきたが、今日もこれを聴いた途端、私の脳裏には15年前のあの家の様子が浮かんできた。
 目を閉じてじっと聴き入っていたら、あのときの取材のさまざまなことが蘇ってきて、音楽のもつ不思議な力に心が震えた。
 ある曲を聴くと、それを聴いたときに瞬時にタイムスリップしてしまう。「タイスの瞑想曲」は、私にとってそういう曲である。
 終演後、楽屋で久しぶりにマキシムと会った。
「もうすっかり肩が直ったようで、安心したわ」 
 私がいうと、マキシムはいぜんと変わらぬ笑顔で答えた。
「うん、もう完全に直ったよ、大丈夫。心配してくれてありがとう」
 明日もまた、ヴェンゲーロフ・トーンを聴きにサントリーホールに出かけようと思っている。
 今日写真は楽屋でのマキシム。かなり恰幅がよくなって、ハグをしたら、私の手は両手が届かなかった。顔は細いんだけどね(笑)。

| 親しき友との語らい | 23:48 | - | -
牛田智大インタビュー
 今日は強風と雨が降りしきるなか、牛田智大の取材に出かけた。
「家庭画報」7月号の特集ページのインタビューで、まず六本木のスタジオで撮影があり、その後ユニバーサルに移ってインタビューとなった。
 牛田くんには、単行本の取材が先日全部終わったため、もうしばらく会うことはないかなと思ったが、会った途端ふたりでニヤニヤ。
 これまでいろんなことを聞いてきたため、その補足のような形で話を聞いた。
 彼はいつ会っても疲れも見せず、礼儀正しく、てきぱきとして感じがいい。
 これから6月19日にリリース予定のセカンドアルバムの録音のため、モスクワ音楽院の教授たちの来日を待ってレッスンを受けるそうだ。
 レコーディングは4月末から5月1日まで。直後に私の単行本の原稿に目を通してもらうためには、原稿を4月末までにアップしなければならない。
「伊熊さん、おからだ大丈夫ですか。寝不足じゃないですか。どうぞくれぐれもお大事になさってくださいね」
 牛田くんのお母さんに開口一番こういわれてしまい、恐縮してしまった。
 牛田くんだって、レコーディングに向けて目いっぱい頑張っているのだから、私もなんとか集中しなければならない。
 でも、彼に会って、また元気をもらった気がした。
「家庭画報」の編集長も担当の編集のかたもカメラマンも、みんな彼の素直で真摯で前向きな姿勢に驚き、感動し、笑顔あふれる取材となった。
 さて、4月はもう3週間ちょっとしかない。
 馬力をかけなくちゃ、ブルブル、ブルルーン(笑)。
| 親しき友との語らい | 22:27 | - | -
なつかしい旧友との会話
 3カ月前に出版した単行本は、さまざまな出会いを運んできてくれる。
 今日は、もう何年間も音信不通だった旧友が突然電話をかけてくれ、長時間おしゃべりに花が咲いた。
 Uさんは私の大先輩の編集者で、私が「ショパン」の編集長をほんのしばらく休業していた時期に、編集長代理を務めてくれた人。
 しばらく体調を崩して入退院を繰り返していたそうだが、ようやく少し元気になったとのこと。退院してから、しんぶん「赤旗」で私の単行本に関するインタビュー記事を読んでくれたそうだ。
 さらに、今日の同新聞の「ラ・フォル・ジュルネ」の記事も読んでくれ、すぐに電話をくれたという次第だ。
 体調を崩していたため、本を買いに行くことはできず、友人に頼んで買ってきてもらい、「これから楽しみに読むわ」といってくれた。
 ああ、なんという貴重な出会いだろう。
 この本が出版されなければ、新聞に記事が載らなければ、彼女がこの時期に新聞を読まなければ、きっとこのまま音信不通の状態が続いていたはずだ。
「読んでから、また感想をいうために電話するわね」
 体調はまだ本来の調子ではないというが、声は元気そうだったのでひと安心。
 何か病後で食べたい物はないのか、必要な物はないのかと聞いたが、これまで何でもひとりでやってきた気丈なUさんは「ない、ない、大丈夫。ヘルパーさんもきてくれるし、コーヒーもタバコも復活したのよ」と笑っていた。
 そうだ、彼女はコーヒーに目がないんだったけ。そこでいまはどんなコーヒーが好みかを聞き出し、すぐに家の近くのコーヒー専門店に飛んでいった。
 Uさんは「モカ」が大好きだといっていたため、いろんな種類の「モカ」の説明を聞き、結局エチオピア産の「モカ」を焙煎、中挽きにしてもらった。
 それを明日送ることにした。
 Uさんは、ちょっとハスキーな、ドスの効いたような個性的な声の持ち主。その声を聞き、無性に会いたくなった。
「あなたの活躍をすごくうれしく思っているの。陰ながら応援しているから、からだに気をつけて頑張ってね」
 このことばを聞き、胸が熱くなり、つい涙が出てしまった。
 Uさん、ありがとう。私のほうが「からだに気をつけてね」、といわなくてはならない立場なのに、逆になってしまった。
 こういう人がいてくれるから、どんなに人間関係でストレスがたまろうが、仕事がきつかろうが、乗り越えることができる。
 辛いときや苦しいときには涙なんか出ないのに、どうも優しくされると弱い。困ったもんだ。ああ、テレビ電話じゃなくてよかった、グシュン(笑)。
 

 
| 親しき友との語らい | 21:47 | - | -
OTTAVA放送日決定
 先日、ゲスト出演したクラシック音楽専門ラジオ、OTTAVAの放送時間が決定したと林田さんからご連絡をいただいた。
 3月9日(土)の11時ころからという予定だそうだ。
 さて、いったいどんなふうに仕上がっているだろうか。ふたりでいつものように気軽にワイワイ話していたから、きっと仲間同士のおしゃべりのような雰囲気になっているのではないだろうか。
 先日も書いたが、こういうラジオの新しいスタイルを経験すると、世の中の変化を肌で感じる。
 収録のときも、ごく小さな機材で簡単に声を取ることができ、しかも音質はすばらしく、本当に驚きの連続だった。
 メディアは日々とてつもない速さで進化し、目からウロコということが多い。これからどんな形のものが登場してくるのか、予想不可能である。
 OTTAVAも、21世紀ならではの新たなスタイル。その新しいメディアに参加させていただくことができ、とても光栄だ。
 インターネットで聴くラジオ放送、ぜひ聴いてくださいな。
| 親しき友との語らい | 22:29 | - | -
OTTAVAに出演
 今日は、TBSラジオ・プレゼンツによるクラシック専門のインターネット・ラジオ局「OTTAVA amoroso for weekend」に出演のため、TBSに出かけた。
 プレゼンターは私の長年の仕事仲間というか、同業者である林田直樹さん。音楽之友社を退職されてフリーとなり、さまざまな面におけるクラシックの仕事を行っている視野の広い人である。
 収録時間は20分ということだったが、打ち合わせを始めたらふたりで話が止まらなくなり、結局4時間もおじゃましてしまった。
 クラシックの世界で長年仕事をしていると、積もる話があり、お互いに情報交換もし、時間がたつのを忘れてしまった。
 音楽を流す部分は作品を決めてから、あとはすべてお任せすることになり、またまた話し込んだ。
 彼はとてもフットワークの軽い人で、いわゆるジャーナリスト・タイプ。私も音楽評論の仕事よりは、取材が好きなため、話はバッチリ合う。
 今日は「ラ・フォル・ジュルネ」のナントでの様子と、パリでの取材のことを話し、東京公演への期待へとつなげ、単行本の紹介を林田さんが最後にしてくれ、無事に収録完了となった。
 スタジオには初めて訪れたが、とても居心地のよさそうなところで、ひとりで何役も果たさなくてはならないそうだが、その代わり、自分の自由にできるところがたくさんあり、とても魅力的にうつった。
 林田さん、今日は番組にお招きいただき、ありがとうございました。これからもいい音楽番組を作ってくださいね、期待しています。
 今日の写真は、収録後の林田直樹さん。ちょっとシリアスな表情に写っているかな。ふだんはもっとにこやかで、人あたりのいい感じの人なんだけどね、ちょっと気取っちゃったかな(笑)。

 
 
 
| 親しき友との語らい | 21:57 | - | -
イングリット・フジコ・ヘミング パリの演奏会
 今回のフランス出張の最後、パリでイングリット・フジコ・ヘミングのリサイタルを聴くことができた。
 1月、フジコさんとFAXと電話のやりとりをするなかで、私が2月4日にナントからパリに移り、5日までパリで仕事をすると伝えると、早速彼女から電話がかかってきた。
「いまね、ブダペストのコンサートから戻ってきたばかりなの。向こうもパリもずっと雪よ。あなた、ちょうどよかったわ。私、2月4日にパリでコンサートをするのよ。ぜひ、聴きにきてちょうだい」
 当日、出張でご一緒した音楽ジャーナリストの片桐卓也さんをお誘いし、20時にアテネ劇場にいった。なんでも、片桐さんはだいぶ前にこの劇場を訪れたことがあるそうで、とてもなつかしいと話していた。
 19世紀の面影が残るこの劇場の正式名称はアテネ・ルイ・ジューヴェ劇場。フランスの俳優で演出家でもあり、劇団主宰者でもあったルイ・ジューヴェの名が冠されている。
 創設は1893年で、パリの第9区、オペラ座の近くに位置している。偶然のことながら、今回パリで宿泊したホテルがつい目と鼻の先だったため、とても便利だった。
 当日のプログラムは、ムソルグスキー「展覧会の絵」やシューマンの「謝肉祭」をはじめ、ラフマニノフ、J.S.バッハ、リストの作品なども組み込まれた多彩な選曲で、2時間半は優に超える長大なリサイタルとなった。
 もっとも印象的だったのは、日本で聴く演奏とはまるで異なり、自由でのびやかで、開放感と歌心に満ちあふれていたこと。やはり、彼女はヨーロッパで演奏するほうが性に合っているらしい。
 しかし、大風邪をひいていて、ときどき鼻をかんだり、咳きこんだりしていた。
 アテネ劇場は外観も歴史を感じさせるが、内部もまた古きよき時代の息吹を感じさせ、そこでフジコさんの音楽を聴くと、19世紀にタイムスリップしたような感覚にとらわれた。
 終演後、楽屋を訪れると「もう、風邪がちっとも抜けなくて、咳がひどいために眠れないのよ」と話すため、私が差し入れの日本茶とお餅を渡すと、「もっと話したいけど、風邪をうつしちゃうからダメなの」とのこと。
 ちょうど私が飛行機のなかでなめようと、よく効くせきどめのキャンディをもっていたため、それを少しあげようかなと思って出すと、「あら、ありがと」といって、缶ごともっていってしまった。
 ああ、帰りの飛行機のなかは、どうしたら…。まっ、いいか(笑)。
「じゃ、またすぐに日本に帰るから連絡するわね」
「ええ、待っています。お大事に」
 こういって別れ、いま聴いた演奏の余韻を楽しみながら、すぐそばのホテルまで帰った。
 フジコさんの海外での演奏は、初めてのミュンヘンでの海外録音、カーネギーホール・デビューと聴いてきたが、いつも日本での演奏とは大きく異なる。今回も、以前よりもずっとすばらしい演奏になっていて、その努力に頭が下がる思いがし、感慨深かった。
 今日の写真はアテネ劇場の外観と、内部と、プログラム。彼女はいつもながらの個性的なドレスの上に、日本の着物をはおっていた。 





| 親しき友との語らい | 21:33 | - | -
ナントでのインタビュー
 ナントの「ラ・フォル・ジュルネ」では、何人かのアーティストにインタビューをすることができた。
 それらのテープ起こしをし、原稿をまとめ、さまざまな雑誌や新聞で発表していこうと思っている。
 いま考えているのは、ヤマハのWEB「音楽ジャーナリスト&ライターの眼」「婦人公論」「赤旗日曜版」「日経新聞」などで、それぞれ書きかたや内容を変えなくてはならない。
 まず、今日は今月28日(木)の日経新聞の夕刊用に、ナントでの様子と東京公演の情報を綴った。
 ヤマハのWEBでは、5回連続でミシェル・コルボ、アブデル・ラーマン・エル=バシャ、フェイサル・カルイ、カニサレス、アンサンブル・アンテルコンタンポランのメンバーのインタビューを書こうと思っている。いずれも興味深い内容を聞くことができ、とても意義あるインタビューとなったからである。
 週末にはせっせとテープ起こしをして、なんとか少しずつでも原稿を進めなくてはならない。
 こんなことを考えているときに、ふとナントの会場であるシテ・デ・コングレの2階にあるアーティストラウンジの食事を思い出した。
 ここはランチとディナーに分かれていて、アーティストや関係者がみんな一緒のフロアでお皿をもって並び、それぞれ好みのお料理を係の人から取り分けてもらうスタイル。大きなテーブルにはワインとミネラルウォーターがドンと置いてあり、パンや生野菜とデザートは自由に自分でとりにいくことができる。
 いま演奏が終わったばかりのアーティストや、オーケストラのメンバーに混じって食事をすることができる場所で、とても自由で開放的な居心地のよいところである。
 今日の写真はある日のランチ。お肉やお魚料理と野菜料理を選び、「これとこれ、ちょうだい」というと「はいよっ」とたっぷり盛りつけてくれる。
 ナントは野菜料理が多く、さすがフランスは農業国だと実感する。
 ここで、ちょっと内緒の話。ピアノのボリス・ベレゾフスキーはからだの大きさで有名だが、彼はあっというまに2皿たいらげ、また列に並んでいた。うーん、いくら食べてもたりないんだろうな。
 フェイサル・カルイの近くのときは、デザートをとりにいったのでもどってきたお皿をちらっと見たら、チーズが5きれも乗っていた。ヒェー、こんなにチーズが好きなんだ。
 でも、こんな盗み見は趣味よくありませんねえ。どうも食事中もジャーナリスト魂が首をもたげ、取材モードに入ってしまう。いかんいかん、アーティストに失礼だよね。といいながら、その人の嗜好を垣間見るのはやめられませんな(笑)。これもアーティストラウンジの魅力かも。ヘヘヘッ。
 その人の食べ物の趣味は人間性を反映し、さらに演奏に関係するもんね、などと勝手にいいわけしている私。
 アーティストに知られたら、そばにくるなといわれそう…。


 
 

 
| 親しき友との語らい | 23:08 | - | -
牛田智大
 いよいよ出版社からゴーサインが出たので、単行本の予定を発表しま〜す。
 いま大人気の13歳のピアニスト、牛田智大の本を書くことになったのである。タイトルは「リトル・ピアニスト 牛田智大」(仮題、扶桑社)。彼のいろんな場所でのさまざまな写真が満載の、楽しい本になる予定だ。
 彼にはデビューCDの録音時からインタビューや取材を続け、昨年出版社から単行本の依頼を受けてからは、定期的にインタビューを行ってきた。
 今日もレコード会社に出かけ、昨日コンサートが終わったぱかりの牛田くんにインタビューを行ったが、実はここで大変な事実が判明した。
 9月7日にコンサートがあると聞き、マネージャーも出版社の担当者も、もちろん私も、これに合わせて秋ころに第2弾の本格的なアルバムがリリースされると思っていた。出版社の考えとしては、新譜と単行本が同時に発売されることを理想としている。
 これを逆算して考えると、原稿締め切りはその2カ月前ということになり、まあ7月ころだろうな、と話していたのだが、急にレコード会社の状況が変わり、6月末に新譜のリリースとなった。
 これを聞き、録音が4月末となる牛田くんは「ヒエー」と声を上げ、私も締め切りが4月末になるとわかり、真っ青…。なにしろ5万字。
 そこに居合わせた全員の仕事が巻き巻きの状態になったわけだ。
 さて、困ったゾ。
 帰宅してから、「アーティストレシピ」の本文のことを考えたら、とてつもないスケジュールになるとわかり、頭を抱えた。
 しばらくは、茫然自失だ。どうやって原稿をこなしたらいいか。
 それをしばらく横に置いておき、いま、ようやく連載の原稿を2本入稿した。 これからじっくりと今後の単行本について考えなくちゃ。
 今日の写真はインタビュー時の牛田くん。去年撮った写真より、ずいぶん大人っぽくなったよね。私もなんとか頑張るから、牛田くんも録音のための練習、頑張ってねー。

| 親しき友との語らい | 22:35 | - | -
末っ子トリオの忘年会
 昨夜は仲のいい3人の会、末っ子トリオの会の忘年会を行った。
 みんな年末で忙しさがハンパではないため、なんとかやりくりしてようやく集まったため、話は尽きない。
 今回は、麻布十番のちょっと隠れ家的な和食屋さんに集まったのだが、このお料理のおいしいこと。味付けがごく自然で、素材もすべて新鮮。ひと皿ずつ運ばれてくると、3人ともおしゃべりを止めずにあっというまにたいらげてしまい、さあ、次は何だろうという感じ。
 夜が更けていくにつれ、舌がよりなめらかになり、ここぞとばかりおしゃべりで発散。おいしい食事と3人のかしましい話術で、時間がたつのも忘れる。
 こういうほんの短い友人との楽しい時間が大切なんだと実感。これこそ「忘年会」だ。これでまた元気に仕事ができるな。
 今日の写真は、最後に出てきたひと口大のにぎり寿司。ひとつひとつがとっても美味でおしゃれでていねいに作られている。
「また、来年すぐにでも会おうねー」
 外に出ると、すさまじい寒さだったが、心はかろやか。約5時間の年忘れのひとときだった。

 
| 親しき友との語らい | 21:06 | - | -
ネマニャ・ラドゥロヴィチ
 先日、セルビア出身で現在はパリに住むヴァイオリニスト、ネマニャ・ラドゥロヴィチのリサイタルを聴きに浜離宮朝日ホールに行った。
 この日は、J.S.バッハとイザイの無伴奏ヴァイオリン・ソナタが4曲というプログラム。彼はいつも皮のパンツにカーリーのロングヘアでステージに現れるが、このときもロック歌手のようないでたちでのびやかな音色を響かせた。
 特に「シャコンヌ」が自由さと雄弁さと果敢な精神を感じさせ、彼らしい闊達な音楽が全編に息づいていた。
 実は、ネマニャには5年ほど前からずっとインタビューを続けている。いつも次なる目標に向かってまっしぐらに進んでいく前進あるのみのエネルギーを感じるが、今回もリハーサルの前にインタビューを行い、いつもながらのおおらかで感じのいいトークに気持ちが高揚する思いがした。
 ここで速報をひとつ。
 ネマニャは、2013年10月19日(土)に第一生命ホールで無伴奏ヴァイオリン・リサイタルを開くことが決まった(14時開演)。今回は、それに先駆けたインタビューで、無伴奏作品についていろいろ質問した。
 彼はすでにバッハ、イザイ、パガニーニをはじめとするさまざまな作曲家の無伴奏ヴァイオリン作品を録音しているが、やはりバッハとイザイがもっとも演奏したい作品だという。
 まだプログラムは未定だが、おそらくこの両者の作品がメインとなるに違いない。
 ネマニャのモットーは「自由な演奏」。今回のリサイタルもドラマティックで推進力に富み、聴き手の心に深く切り込んでくる演奏だったが、その奥に繊細で緻密な表現が潜んでいた。
 一見すると、通りでスケボーをクルクル操っている若者のように見えるネマニャ。でも、演奏は本物だ。今回もインタビューに現れた彼ははじけた格好をしていた。素顔と本番とのギャップも興味深い。
 今日の写真はふだん着のネマニャ。首に巻いているスカーフにはどくろの模様がついていて、「えーっ、写真撮るの。いま、急いで来たからひどい顔しているんだけど…」といいながら、スカーフをすっぽりかぶり、どくろの部分を見せていた。
 いえいえ、素顔もすごくステキよ、といってすかさずパチリ。彼のブーツと靴下と腕輪もぜーんぶ見てね(笑)。

| 親しき友との語らい | 22:06 | - | -
おしゃべり食事会
 昨夜は久しぶりに親しい友人のKさんと会い、恵比寿でフランス料理をいただいた。
 おしゃべりと食事がスタートしたのが、6時ころ。フルコースのすばらしく美味なフレンチとおいしいワインでふたりとも口がなめらかになり、ずっとしゃべりっぱなし。気がついたら5時間半が経過していた。
 でも、まだしゃべりたりないねえという感じで、また近いうちに会おうということになった。 
 Kさんとは、不思議に趣味が合う。性格も血液型(?)も仕事も異なるのに、なぜか興味を抱くことが一致。だから、話が止まらなくなる。
 私が単行本の執筆がひとつ終わったとブログに書いたら、すぐにお誘いの連絡が入った。なんとうれしいことか。
「あなたの忙しさがひと段落するのをいまかいまかと待っていたのよ」とのこと。
 私こそ、すぐに誘っていただいて、うれしい限り。
 あまりに話が楽しくて、ふたりとも声が次第に大きくなり、格式のあるレストランのギャルソンに「もう少し、声を落としていただけますか。他のお客さまのこともありますし」と、注意される始末。アリャリャ、まずかった(笑)。
 帰りにまた彼女が私の健康を気遣ってくれ、ヘルシーな日本の食べ物をお土産にくださった。ああ、なんという幸せ。こんなにも私の体調を気にしてくれるなんて、どうお礼をいったらいいのだろう。
 Kさん、ありがとう。からだに気をつけ、また頑張ります。
 今日の写真はコースのなかの印象的な2品。ずわい蟹とアボカドのフルーツトマトソース添えと、カリフラワーと生ハムのスープ。アミューズからデザートまで、見事な美味しさだった。
 それからKさんからいただいた日本食の絶品おかず。これ食べて、次の単行本の力をつけなくちゃ。





| 親しき友との語らい | 14:25 | - | -
庄司紗矢香
 庄司紗矢香には、デビュー当時からインタビューを続けている。
 先日は、「東芝グランドコンサート2013」のソリストとして、プロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第2番を演奏する予定になっている彼女にプログラム用のインタビューを行った。
 彼女は、つい先ごろサンクト・ペテルブルクでテミルカーノフの指揮により、この作品を演奏してきたばかり。同行したレコード会社のディレクターいわく、現地の聴衆から熱狂的な歓迎を受けたそうで、終演後は大変な騒ぎだったとか。彼女自身はテミルカーノフとプロコフィエフのシニカルなユーモアについて語り合い、作品をより深く知ることにつながったという。
「昔からロシアには強く惹かれるものがあり、あの土地で演奏すると、もっともっとその作品が好きになります。特有の空気が感じられ、作曲家の人間性にも近付くことができるような気がします。プロコフィエフの書いた日記などを読むと、本心が書かれているため、とても興味深い。いつも最後にはひとこと皮肉めいたことが記されていて、性格が現れています」
 プロコフィエフのこのコンチェルトは、傑作として知られる。庄司紗矢香は、最初から最後まで気が抜けない作品で、テクニック的にも非常に難しく、オーケストラとの対話も緊張感を強いられるという。
 来年の「東芝グランドコンサート」は、いまヨーロッパでもっとも勢いのある指揮者のひとりとして大人気のヤニック・ネゼ=セガンが、音楽監督を務めるロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団と来日。ソリストは先日書いたヤン・リシエツキと、庄司紗矢香のふたりで、1月から2月にかけて全国ツアーが展開される。
 庄司紗矢香も、ネゼ・セガンはエネルギッシュな指揮で大評判なので、共演をとても楽しみにしていると語った。
 今日の写真はインタビュー中の彼女。ミッソーニの微妙な色合いのワンピースがとても似合っていた。この日は、長い日本ツアーがようやく終了したばかりで、ほっとひと息ついたところ。
「でも、私はずっと緊張感が続くコンサートツアーが終わると、必ず風邪をひいてしまうんですよ。ようやくゆっくりできるかなと思い、遊びに行こうと思うと風邪をひく。どうしてでしょうねえ」
 これを聞いて、私も自分にあてはまるため、なんだか身につまされた。やはり疲れがたまると、からだが「休め」という信号を出すんでしょうね。
 庄司さん、今回は風邪の菌が寄ってこないといいですね。ぜひ、追っ払ってくださいな(笑)。

| 親しき友との語らい | 22:46 | - | -
ジャン=マルク・ルイサダ
 今日は、次号の「音楽の友」の表紙を飾るフランスのピアニスト、ジャン=マルク・ルイサダの巻頭インタビューの原稿を書いた。
 ルイサダは、1985年のショパン・コンクールの入賞者。コンクール直後、当時彼が住んでいたブーローニュの森の近くの自宅に取材に行き、以来何度もインタビューを行ってきた。
 もちろん、ずっと演奏も聴き続けている。
 ルイサダは、最近教える仕事も多く、いまは演奏活動と後進の指導の割合が半々になっているそうだ。
 記事にはその教えかた、いまの若いピアニストたちの音楽に対する姿勢、先生としてのありかた、そしてピアニストとしての心構えなど、彼が雄弁に語ってくれたことを綴った。
 実は、最初に自宅を訪れたときに、ルイサダは興味深い写真を見せてくれた。彼はショパン・コンクールに2度挑戦し、2度目に入賞を果たしたわけだが、1980年に受けたときの写真を見せてくれたのである。
 私はそれを見た途端、大声をたてて笑いころげてしまった。
 そこには、いまのルイサダとはまったく異なった顔をした彼がいたからだ。短髪をなでつけ、黒ぶちのメガネをかけ、ふつうのスーツにネクタイを締めた、およそピアニストらしからぬ風貌の若い男性が写っていた。
「ええーっ、これ本当にあなた?」
 私は驚きの声を上げながら、しかも笑いながら聞いた。
「そうなんだよ、さえないだろう。昔はこんなダサい格好をしていたんだよ」
 没個性のルイサダは、演奏も個性が感じられず、落選したと考えた。そこで5年間かけて徹底的に自分を磨き、演奏を立て直し、再度の挑戦で入賞にこぎつけたというわけだ。
 しかし、その後、私が彼に会うごとにこの写真の話を持ち出すため、ルイサダは「もう、いい加減に忘れてよ。わざわざ日本から取材にきてくれたから、とっておきの写真を見せてあげたんだよ。あれは、本来は秘密にしておきたいものなんだ。いいね、もうあれはなかったことにして」
 へっへっへ、そうはいかないもんね。私の脳裏には鮮明にあの顔が焼きついているんだから。また、しばらくしたら、かまっちゃおうっと(笑)。
 今回のインタビューは、もちろん大真面目な内容。新譜の「主よ、人の望みの喜びよ、トルコ行進曲&月光ソナタ」(ソニー)の話も含み、ピアニストにとって感性を磨くことがいかに大切かという話題に終始した。
 彼は11月24日に紀尾井ホールでリサイタルを開く。プログラムは、ショパンの作品の間にドビュッシーをはさむというスタイル。
「私は演奏会も録音も、伝統的な作品でプログラムを構成することを好む。アンコールピースのような小品を並べることはしたくない。厳格な作品が好きなんだよ」
 彼は音楽のみならず、芸術全般に関心があり、話題は次々に広がっていく。
「人間、好奇心を持ち続けることが大切だと思うよ」
 ルイサダは音楽家以外の友人も多い。そうした交流のなかで、感性を磨いているのだろう。
 でも、あのまだ洗練されていない若いときのルイサダ、本当に印象深い。あっ、またもやこの話題になっちゃった。また、にらまれるな(笑)。
 今日の写真はインタビュー時の1枚。ハイハイ、いまはすっごく洗練されていますよ。

| 親しき友との語らい | 21:55 | - | -
五嶋龍
 今日は五嶋龍のインタビューのため、ユニバーサルに行った。これは角川マガジンズの「毎日が発見」に書く予定である。
 彼の取材は11歳のころから続けているため、これまでさまざまな話を聞いてきたが、昨年 ハーバード大学(物理学専攻)を卒業したと聞き、なんと時間のたつのは早いものかと感慨を新たにした。
 五嶋龍は11月21日から12月9日まで全国リサイタル・ツアーを行うことになっていて、それに先駆け11月14日には「リサイタル/五嶋龍」と題した新譜をリリースする。
 龍くん(長年この名で呼んでいるので、急には変えられないため、このままでいきます)は、一時期ヴァイオリニストの道に進もうか、それとも他の選択肢があるのではないかと迷っていたことがあったが、いまはヴァイオリンに集中している。
「他のことは、まだ先送りしてもいいけど、ヴァイオリンはいまやるべきことだと思ったから」だという。
 ずっと演奏を聴き続けていると、その人の成長と経験と歩みが演奏に反映し、変貌していく様子がリアルにわかるものだが、龍くんの場合も演奏に自信がみなぎり、説得力が増してきた。
「今回の演奏、すごくいいですよ」
 彼は自画自賛を照れもせずに口に出すところが、やはりアメリカ育ちだ。自分の演奏には絶対的な自信を持っている。
 そして、ヴァイオリンを通して人々とコミュニケーションをとることが「最高の喜び」だと明言する。
 今回はハーバードで知り合った友人の話、その友人のひとりの祖国ガーナで演奏した話、ガーナの高校生が日本語を勉強していて驚いたこと、友人たちと投資会社を運営していること、社会貢献・教育活動の大切さ、大好きな空手のこと、お姉さんのみどりさんの近況など、さまざまな話に花が咲いた。
 なかでも、長年共演しているピアニストのマイケル・ドゥセクとの性格の違いが音楽をおもしろくしているという話が興味深かった。
 ふたりともある意味で頑固なため、ぶつかりあうことは多いそうだが、龍くんいわく「なんでもピタッと合うよりも、違うからおもしろいことってあるんですよ。演奏も個性の違いが出て、刺激性が増すので」
 今日の写真は、取材後にカメラマンの要望に応えてポーズをとっているところ。彼の使用楽器はNPO法人イエロー・エンジェルより貸与された1715年製のストラディヴァリウス「エクス・ピエール・ローデ」。
 いつもこうした偉大な楽器を目にすると、ヴァイオリンという楽器の長い歴史を感じ、その存在がミステリアスかつ神聖で、その奥に壮大なドラマが隠されているような思いにとらわれる。今日もまた、まじまじとながめてしまった。


 
| 親しき友との語らい | 22:59 | - | -
藤井香織
 インターネットの発達によって世界中のどこからでも通信が可能になり、本当に世界が狭くなったと感じる。
 つい先ごろ、フルーティストの藤井香織からメールが届いた。彼女はずっとニューヨークで暮らし、アメリカを中心に音楽活動をしている。
 以前、インタビューをしたときに意気投合し、それからはいろんな話をするようになった。いつ会っても、とても元気で明るく、エネルギーをもらえる感じ。メールによると、ニューヨークでも元気に頑張っているようで、ほっとひと安心。
 来年の春にはしばらく日本に滞在するそうなので、そのときに一緒にお食事会でもしようということになった。まだ先のことだが、待ち遠しい。
 こうしていながらにして世界のアーティストの様子が入ってくるなんて、便利な時代になったものだ。
 最近は、海外のアーティストに会って名刺を渡すと、多くのアーティスのマネージャーやプロモーターから情報が次々に送られてくるようになった。
「きみのブログ、日本語だけなの? 読めないよ、せめて英語があるといいんだけどねえ」
 アーティストからこういわれると、絶句。情報交換が可能になったのはいいけど、語学の問題がある。日本人にとっては、高い壁がたちはだかっているのだ。
 いつも困るのは、その国の言語だけで情報が送られてくる場合。オランダ語のオーケストラの情報が山ほど来ても、お手上げ状態。
 藤井香織は以前から語学が堪能だった。いまやネイティヴのように話せるんだろうな。香織ちゃん、国際人を目指して頑張ってね。
| 親しき友との語らい | 22:19 | - | -
樫本大進&コンスタンチン・リフシッツ
 今日は樫本大進とコンスタンチン・リフシッツのCDリリースコンベンション(EMI)のインタビュアーを務めた(サントリーホールのブルーローズ)。
 これは樫本大進がEMI CLASSICSと世界契約を果たし、第1弾としてベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ作品30(第6番〜第8番)を10月3日にリリースするのに先駆けて行われたもので、各メディア、ディーラー、CDのユーザーが250名ほど集まり、彼らの演奏とトークを楽しんだ。
 私の役目は、彼らに今回のレコーディングのこと、ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全曲演奏に関すること、そして大進にはベルリン・フィルのコンサートマスターとしての近況、彼が音楽監督を務めているル・ポン2012(姫路国際音楽祭と赤穂国際音楽祭)に関してなど、幅広い質問をすること。
 大進にはデビュー当時からインタビューをし、海外録音の取材も行い、長年にわたって演奏を聴き続けてきた。彼のさまざまな苦難の時期も知っているため、いまの自信に満ちた演奏をする姿を見るにつけ、胸が熱くなる。
 一方、リフシッツにも17年前に出会い、口の重いシャイな性格に苦労したものだが、いまではジョークもはさみ込み、雄弁に語ってくれるようになった。
 大進がコンサートマスターになってからはや3年。いろんな指揮者がベルリン・フィルにやってくるため、すごく楽しいという。オーケストラのこのポジションは重責だが、ようやく自信を持って自分の意見を明確に打つ出すことができるようになったそうだ。
 ただし、練習に次ぐ練習の日々で、一時たりとも休むことはないという。さまざまなオーケストラ作品を演奏することに喜びを感じ、その経験がソロや室内楽を演奏するときに非常に役立ち、楽譜の読み込みの深さにつながっていると目を輝かせる。
 一方、リフシッツは昔からJ.S.バッハを得意とする。大進とは10年前に「クロイツェル」で共演し、今回のプロジェクトにつながったわけだが、偉大な作品を気心の知れた大進と演奏することができ、とても有意義だと感じていると語る。
 大進は、リフシッツの演奏に触れたときから、「真の天才」と感じ、彼のピアノに一種の憧れを抱いた。そして自分がいつの日かベートーヴェンのソナタ全曲を演奏する機会が巡ってきたら、「ぜひ、コンスタンチンと組みたい」と願った。
 そのチャンスが到来したのが2008年。ふたりは大きなプロジェクトに向かって歩みを進めることになる。
「大進からオファーがあったとき、とても光栄だと思った。ふだんから仲がよく、彼のヴァイオリンはよく知っていたし、すばらしい音楽家なので、ぜひベートーヴェンを一緒に演奏したかった。大進とともに演奏できてとても幸せだ」
 こう答えるリフシッツの横で大進は額に汗がにじんでいた。
「冷や汗かいてますね」というと、「いやー、こんなこといわれちゃって、まいったなあ」
 大進はほめられると、てれまくって、居心地が悪くなるタイプだ。
 コンスタンチンは、そんなやりとりを見て、にこにこ笑顔を浮かべながら、シリアスに、しかもユーモアを交えて話す。
 実は、大進は以前リハーサルのためにリフシッツの家に宿泊していたのだが、朝どこからともなくバッハの調べが聴こえてきた。隣の部屋でリフシッツがピアノを弾き、大進を目覚めさせたのである。
「こんな幸せな目覚めはないですよね。ああ、なんてすばらしい朝なんだろう、天才の弾くバッハで目が覚めるなんて、と思いましたよ」
 大進のことばを受けてリフシッツが続ける。
「だって、ショスタコーヴィチを弾くわけにはいかないでしょ」
 ここで、会場中が爆笑となった。
 彼らふたりは本当に仲がいい。音合わせの時間も、眉間にしわを寄せながら真剣に弾いているのだが、その合間に冗談をいいながら大笑いしている。
 大進は昨日到着。リフシッツは今朝来日。だが、ふたりとも精力的に取材をこなし、コンベンションで演奏し、10月5日から11日まで上記の音楽祭で演奏する。
 彼らのベートーヴェン・シリーズの完結編は、2013年1月29日サントリーホールでの第3番、第4番、第9番「クロイツェル」。録音も引き続き行われる。
 今日の写真はすべてが終了した後、にこやかな笑顔を見せるふたり。本当に気の合ういい音楽仲間、親しい友人という感じが出ているでしょ。

| 親しき友との語らい | 23:15 | - | -
イリーナ・メジューエワ
 今日は朝日カルチャーセンターで、イリーナ・メジューエワとJ.S.バッハの「ゴルトベルク変奏曲」の講座を行った。
 最初の30分余りを彼女と作品について、バッハについて、ロシアにおけるバッハ教育についてなどの話をし、その後55分ほどメジューエワが演奏を行うというスタイル。
 彼女とは久しぶりの再会で、講座が始まる前に近況を伺った。いまは京都にも部屋があり、東京と行ったり来たりの生活だという。
 ロシアではバッハを音楽教育の基本に据えていて、ほとんどのピアニストがバッハを勉強し、それゆえ名手も多く生まれているそうだ。
 彼女自身もバッハの偉大なる作品である「ゴルトベルク変奏曲」をいつか弾いてみたいと長年願っていたが、いまようやく演奏に踏み切ることができたという。今後は、より内容と技巧と表現を磨いて、録音もぜひ行いたいと意欲を示す。
「ゴルトベルク変奏曲」といえばグレン・グールドの名がすぐに浮かぶが、メジューエワも彼の録音から大いに触発された。ただし、グールドがロシア公演を行ったときはまだ生まれていなかったため、その感動はグールドの公演を聴いた恩師のトロップ教授から聞かされた。
 今夜は初めて人前で演奏するという日で、その場に居合わせた私はとても幸せだ。一途に作品と対峙する、真摯な演奏を聴くことができたから。
「ゴルトベルク変奏曲」はさまざまなピアニスト、チェンバリストで何度も聴いているが、本当に演奏家によって多種多様な解釈がある。それがバッハの偉大さなのだろう。メジューエワもバッハのすばらしさ、作品のすごさ、長大な作品ゆえの難しさを口にした。
 ひとりの音楽家を聴き続けることは非常に意義がある。その人の人生がそこに投影され、演奏が変容していくからである。次にメジューエワの「ゴルトベルク変奏曲」を聴いたら、きっと大きな変貌を遂げているに違いない。
 今日の写真は演奏前のメジューエワ。楚々とした美しさ、演奏の清涼さとひたむきな姿勢、優しい語り口はいつ会っても変わらない。
 和食が大好きだという彼女。京都はおいしいものが多いからうれしいといっていた。最近は、ロシア料理はほとんど食べなくなってしまったそうだ。肌もきれい、そしてすごくスリム。これも和食のおかげかな(笑)。

| 親しき友との語らい | 23:21 | - | -
おしゃべりは続く
 今日は、レコード会社を退社するHさんと目黒でランチをご一緒した。
 彼女とはそんなに仕事を組むことはないのに、なぜかウマが合い、話が途切れない。
 11時半に待ち合わせ、延々とおしゃべりをし、なんと気がついたら7時間も話していた。
 お互いの仕事のこと、彼女の今後のこと、そして私の現状など、本当に話が止まらない。
「キャーっ、もうこんな時間」
「でも、まだ話たりないね。また今度は夜飲みにいこうよ」
「今日の仕事、どうする?」
「うんうん、大丈夫。なんとかなるから」
 というわけで、思いっきりおしゃべりして、いまは開放的な気分。
 サッカーはスペインがすばらしい勝利を成し遂げたし、今日は晴れ晴れとした気分の一日だ。
 帰宅したら、メールと留守電が山ほど。ちょっと遊んでいると、これだもんね。さて、真面目に仕事をしますか(笑)。
 
| 親しき友との語らい | 20:50 | - | -
ダン・タイ・ソン
 今日はダン・タイ・ソンのインタビューに出かけた。彼と話すのは、いつも楽しい。
 今日も近況からいま一番力を入れていること、先日のオール・ドビュッシー・プロに関して、11月に予定されているベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲演奏会まで、さまざまな話題が出た。
 ダン・タイ・ソンは2年前から「ハノイ国際ピアノ・コンクール」の名誉委員長を務め、今年も9月に第2回が開催されるという。これはベトナムをはじめ、アジアなどの若手音楽家を発掘、支援するもので、徐々に参加者が増えているそうだ。
 さらに、B.F.M.(Bridge Future Music)と題したプロジェクトに参加し、日本の人々が使用していないピアノやエレクトーンをハノイ国立音楽院の学生のために寄贈してもらうよう呼びかける、という活動も行っている。
 今日のインタビューはもちろん今秋のベートーヴェンのコンチェルトが中心だったが、彼は上記のような活動に触れ、「これ、まだ話してないよね」「いま、こんなことをしているんだよ」と、多方面の話をしてくれた。
 ダン・タイ・ソンは、今回のドビュッシー・プロにおいて、ひとりの作曲家の作品だけを取り上げるというリサイタルを行い、「ある種の自信を持つことができた」という。
 それゆえ、ベートーヴェンのコンチェルト全曲演奏も非常に前向きに考えられるようになったそうだ。
「ぼくはいつも新しいことに挑戦していたいタイプ。だから、このベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲演奏の話をいただいて、すごく心が高揚したんだ。これこそ、自分の新たな面を聴いてもらうことができると思ったから」
 もちろん、彼はこれら5曲をそれぞれ単独で何度も各地で演奏している。だが、全曲演奏は初めての挑戦。第4番が一番多いそうで、しかも第4番がもっとも難しいという。
 このインタビューは「音楽の友」の秋の号に掲載されることになっている。今日の写真は真面目な表情でインタビューに答えるダン・タイ・ソン。
 しかし、彼は私に会うと、いつもジョーク連発。ふだんはすごく寡黙で内気な人なのに、突然冗談をいい出すと止まらない。
 昔からみると、ずいぶん陽気になったよなあ、ホント、よかったよかったと、私はひとりで感慨に浸ってしまった。大変な苦労を経験してきた人だから。いまの明るさをずっと保ってほしいな、と帰路に着く間中、ずっとそのことばかり考えていた。
 ダン・タイ・ソンは、私が今秋の「浜松国際ピアノコンクール」のオブザーバーに就任したため、第3次予選と本選を聴きに行くと話したら、審査員としてコンクールに参加する彼は、またまた明るい声で、「じゃ、浜松でまた会えるねー」といった。うーん、かなり明るいワ、私のネアカが移ったかしらん(笑)。



| 親しき友との語らい | 23:02 | - | -
ダン・タイ・ソン
 今日は紀尾井ホールにダン・タイ・ソンのリサイタルを聴きに行った。
 プログラムは、「ドビュッシー生誕150年特別企画」と題されたオール・ドビュッシー・プロ。前半は「版画」からスタート。クリアで豊かな響きを持つ透徹した音色がホールいっぱいに広がっていく。
 ああ、なんと美しいドビュッシーだろう。
 次いで「2つのアラベスク」が奏され、軽快なリズムが心にストレートに飛びこんできた。
「映像 第1集」では、豊かな和声と絵画的な色彩感がピアノから生み出され、ダン・タイ・ソンの特徴である清涼な音質、深い打鍵、柔軟性を備えたタッチが存分に披露された。
 前半の最後は「喜びの島」。ダン・タイ・ソンは愛の女神ヴィーナスを華麗な音色で輝かしく表現、躍動感あふれる奏法で弾ききった。
 後半は「前奏曲集 第1巻」の12曲。ダン・タイ・ソンは各々の作品を個性的に、ときに詩を語るように、またあるときは絵を描くように、さらに彫刻のような立体感も生み出し、ドビュッシーのピアノ音楽の集大成ともいうべき作品の内奥へと迫っていった。
「すばらしいドビュッシーだったわ」
 終演後、楽屋を訪ねて素直な感想を述べると、ダン・タイ・ソンはうれしそうな表情で答えた。
「本当にドビュッシーはぼくにとって、心に近い存在なんですよ。大好きな作品ばかりで、弾いていると自由になれる感じがする。なんてすばらしい曲を書く人なんだろうね」
 ドビュッシー・イヤーに深々と心に響いてくる演奏を聴き、ドビュッシーの作品のよさを再認識した。
 いま、単行本でフランス音楽に関して書いているわけだが、大きな指針を与えられたリサイタルだった。ソンさん、ありがとう!
 今日の写真は終演後のほっとした表情のダン・タイ・ソン。
 11月7、8日にはすみだトリフォニーホールで「ロシア・ピアニズムの継承者たち」の第7回として「ベートーヴェン/ピアノ協奏曲全経演奏会」が予定されている。これは彼にとって初の試み。きっと心に響くコンサートになるに違いない。請うご期待。

| 親しき友との語らい | 23:48 | - | -
ニュウニュウ
 中国のピアニスト、ニュウニュウに初めて会ったのは2年前の夏。今回は久しぶりに会い、その成長ぶりに驚かされた。
 彼は1997年福建省生まれ。3歳で才能の片鱗を見せ、幼いころから天才少年として頭角を現し、やがて上海に移住。
 2008年から海外でも演奏するようになり、2007年10歳のときにEMIクラシックスと専属契約を結んだ。
 翌年、日本でデビュー・コンサートを行い、このときに初めて会ったことになる。当初から非常に明るく素直な性格で、「論語」を読んでいると聞かされて驚いたが、ゲームに夢中になっている姿は年相応の少年だった。
 今日は2年ぶりに会ったが、すでに182センチあるという長身で、表情もすっかり大人っぽく変貌していた。彼は2年前にアメリカのニューイングランド音楽院(ウォルナットヒル芸術学校)に全額支給の奨学生として留学。ここで普通高校の授業と、ピアノの両面を学んでいる。
「もう会話は英語でも大丈夫だよ、一生懸命勉強しているから日常会話はだいたいオーケー。でも、学校の英語(国語)の授業が一番難しい。化学や物理は得意なんだけど、アメリカ人と一緒に勉強する英語はすごく大変」
 ただし、勤勉な彼のこと、習得は早い。ピアノの腕もめきめきと上がり、新譜「ラ・カンパネラ」(EMI)ではリストのトランスクリプションの数々を磨き抜かれたテクニック、躍動感あふれるリズム、みずみずしい歌心をもって演奏している。
「録音のとき、ディレクターは1度弾いただけですぐにオーケーを出してくれたんだけど、ぼくは納得いくまで何度も弾き続けた。最後はディレクターが根負けして、“もう自分でレコーディングもミキシングもしたら”と苦笑していた」
 レコーディングのスケジュールは3日間とってあったが、何度も繰り返して弾いても2日間で全部終了してしまったという。
「トランスクリプションは原曲を理解していないと弾けないし、そこにリストが何を盛り込んだかも深く知らないといい演奏にはならない。結構、こまかいところが大切なんだよね」
 ニュウニュウとは一緒に食事をして雑談をしたこともあるが、頭の回転が早く、自分が興味を覚えることにはとことんこだわり、納得いくまで追求する姿勢を崩さない。
 いまはマジックに凝っているというから、「どんなマジック?」と聞いたら、早速自慢の手品を披露してくれた。
 それはスクリューのついたネジを指の間にはさみ、何の力も加えずにそのスクリューを自然に回してみせるというもの。
「あらー、すごく不思議。どうしてそれが回るの。えーっ、なぜなぜ」
 私が驚いていると、にやにやしながら得意そうに「もっとあるけど、また次の機会にね」といって、若きマジシャンはネジを大切そうにジャケットのポケットにしまいこんだ。
 新譜のリストは、恩師のひとりであるレスリー・ハワードが原典版をもとに指導してくれたそうで、それがとても勉強になったそうだ。このインタビューは次号の「intoxicate」をはじめ、いろんなところで紹介するつもり。リスト論がおもしろかったので。
 今日の写真はインタビュー後の1枚。笑顔の写真は好きではないそうで、シリアスな表情を崩さなかった。クールな感じがいいらしい。そういうお年頃なのかしら…。本当は、笑うとすごくキュートなのに。

| 親しき友との語らい | 21:29 | - | -
打ち合わせの食事会
 ようやく締め切りが重なっていたのがひと段落し、今日は親しいレコード会社のディレクターと渋谷で打ち合わせを兼ねた食事会をした。
 おいしい旬のお魚やお寿司をいただきながら、あれこれ話しているうちに、あっというまに時間が過ぎていった。
 先日、ニコライ・ホジャイノフの録音のことを書いたが、そのライナーノーツを書くことになった。いまは単行本の時間確保のために、極力仕事を絞っているのだが、ホジャイノフはショパン・コンクールでも聴いているし、先日の来日公演も聴いているため、それをライナーに反映させたいと思う。
 さて、明日は午前中にインタビューが入っているため、その準備をしなくてはならない。待望のヘルデン・テノール、クラウス・フロリアン・フォークトがインタビューに応じてくれることになったからである。
 まだ今回の新国立劇場の「ローエングリン」は聴いていないが、その前に話を聞くことになった。オペラは10日に聴きにいく予定だ。
 これまでの演奏批評はすこぶる評価が高い。ナマの歌声を聴くのが楽しみ、心がいまから高揚している。
 すごく人柄がいいそうだが、実際はどうだろうか。
 明日、その報告をしま〜す。
 
 
| 親しき友との語らい | 23:11 | - | -
友人とフィットネス
 今日は親しい友人が、私の通っているフィットネスのクラスを訪れ、「無料体験レッスン」を受けた。
 彼女も仕事に追われ、忙しい日々を送っている。そして私と同様に運動不足に陥っている。それを解消するためと、ダイエットのために、フィットネスに通いたいという。
 体験レッスンでは自分のからだの硬さを実感したようで、「ふだん使わない筋肉が伸びてすごく気持ちがよかったから、なんとか続けたいと思う」といっていた。
 だが、当分は仕事が目いっぱい入っているため、通えないようで、6月の上旬以降になってしまうとか。ああ、本当に忙しいのね。
 彼女とレッスン後にお茶を飲みながら仕事の近況報告をし合い、「体調に気をつけて頑張ろうね」と互いを気遣った。
 さて、月末の締め切りは目の前に山積み状態だ。週末も休日も関係なく、一気に飛ばしていかなくてはならない。
 でも、来週は待望のアーティストのインタビューがとれそうだ。短時間ではあるが、時間をとってくれそうな気配。これを楽しみに突っ走ろう。いまや馬にニンジンの気分になってきたゾ(笑)。
 

 
| 親しき友との語らい | 21:48 | - | -
ミッシャ・マイスキー
 今日は、サントリーホールにマイスキーのチェロ・リサイタルを聴きにいった。プログラムはJ.S.バッハの「無伴奏チェロ組曲」第3番、第2番、第5番。
 音楽事務所からの依頼でプログラムの原稿を書いていたため、非常に楽しみにしていたのだが、ミュンヘン出張と重なり、本来は聴きにいくことができない状況だった。
 しかし、出張がなくなり、今日は久しぶりにマイスキーのソロをじっくりと聴くことができた。
 彼の演奏は年々自由で開放的になっていく。今夜の3曲ともテンポは以前よりも速く、表現は自由自在、バッハとの対峙が楽しくてたまらないといった嬉々とした響きが全編にみなぎっていた。
 圧巻はアンコール。鳴りやまない拍手に応えてバッハの「無伴奏チェロ組曲」の第1番「プレリュード」を弾き始めたのだが、何度かステージに登場し、ついに全曲弾いてしまった。
 やはり、バッハとマイスキーは切っても切れない強い絆で結ばれていると実感した。
 終演後、楽屋を訪れると、笑っちゃうほどユニークなTシャツを着ていた。中央にミッシャがいて、周囲をぐるりと作曲家が取り囲んでいる。すべて彼が愛する人たちで、長年その作品を弾き続けている作曲家ばかり。
「このシャツ、メイドインジャパンだよ」
 こういってポーズをとってくれた。
 今日の写真は、その笑っちゃうシャツ姿のミッシャ。直前まで非常にシリアスな表情でバッハを弾いていたのに、このお茶目な笑顔。あまりにもギャップが大きいよなあ(笑)。
 楽屋を出たら、CDのサイン会の列に100人以上が並んで待っていた。ミッシャはとてもていねいにひとりずつサインをするから、きっと長時間かかるだろう。サインをしてもらう人も、きっとこのシャツを見て大笑いするのではないだろうか。



 
 
| 親しき友との語らい | 22:44 | - | -
牡羊座の会
 昨日は、いつもの仲よし3人組の「末っ子トリオの会」のひとりが仕事の関係で参加できなかったため、ふたりで食事会&おしゃべり会を行った。私たちふたりはともに4月生まれゆえ、「牡羊座の会」となった。
 お互いに仕事でストレスがたまっていたため、いつものようにほとんどしゃべりっぱなし。おかげでずいぶん気持ちが楽になり、ストレスのためにできた口内炎の薬も教えてもらい、すぐに買いに行った。
 今回は銀座でイタリアンだったが、そのデザートがとても美味だった。モンブランのような栗を使ったスイーツで、「モンテビアンコ」という名前。今日の写真はそのおいしい栗のデザート。
 さて、目いっぱいおしゃべりして、心のもやもやを発散したから、次なる仕事に自分を向けていかなくちゃ。
 今日はベランダの花を植えかえたり庭の雑草をとったり、たまっていた庭仕事をして、外回りを少しきれいにした。
 さて、これから夜中に向かってというか、明け方に向かって、ロジャー・フェデラーのローマ・オープンの準決勝があり、ほとんど同時刻にチェルシーとバイエルン・ミュンヘンのチャンピオンズリーグの決勝が行われる。
 起きていられるかなあ。でも、頑張ってライヴを見ないと意味がないし。まだ口内炎が完璧に直っていないのに、また寝不足になったらマズイかなあ。思案のしどころである(笑)。


 
| 親しき友との語らい | 23:28 | - | -
斎藤雅広
 昨夜はサントリーホールで「第14回チャイコフスキー国際コンクール 優勝者ガラ・コンサート」が開催され、グランプリ、ピアノ部門第1位のダニール・トリフォノフ、ヴァイオリン部門第2位(1位なし)のセルゲイ・ドガージン、チェロ部門第1位のナレク・アフナジャリャンがソロ、デュオ、トリオなど、さまざまな演奏を披露した。
 昨年に次いで行われたこのガラ・コンサート、全員がすでに余裕を感じさせ、とりわけトリフォノフの成長が著しかった。
 彼は弦楽器との共演、ソロと大活躍。しかも最後のアンコールには自身が編曲したJ.シュトラウス2世の喜歌劇「こうもり」序曲の主題による変奏曲を疾走するようなテンポ、嬉々とした表情、心が高揚するようなピアニズムで聴かせ、やんやの喝采を浴びた。
 昨年インタビューしたときにも感じたことだが、大変な努力家。ショパン・コンクールからたった1年半経過しただけなのに、その間の成長はすさまじいのひとこと。次回来日するときは、またひとまわり大きくなっていることだろうな。期待が募る。
 このコンサート後、私のいつもの仲よし3人組が集まり、「末っ子トリオの会」へと繰り出した。
 ただし、もう時間も遅かったため、お互いの近況報告をしながら少しワインとおつまみをいただいた。
 でも、今朝はあまり空腹感がなく、ほんの簡単な朝食で、お昼にはピアニストの斎藤雅広に会いに人形町へ。
 実は、彼は今年デビュー35周年を迎え、その記念CDとしてデビュー3年目の1979年3月23日にイイノ・ホールで行ったリサイタルのライヴ録音をリリースする予定だ(ナミ・レコード)。
 これは今回初めて正式に世に出る録音で、ラフマニノフのピアノ・ソナタ第2番、シューマンの「交響的練習曲」、ショパンのピアノ・ソナタ第3番、ショパンの「英雄ポロネーズ」というプログラム。
 その記念のCDのライナーノーツにコメントを寄せることになり、その打ち合わせに彼の住む人形町に出向いたのである。
 斎藤さんとはかなり長いおつきあいで、いつも話をしていてとても楽しい気分になるのだが、この人は大変なグルメ。人形町のおいしいお店は全部制覇していて、すでに地元の著名人。今日は昔ながらの味わい深い古風な店構えのお寿司屋さんである「太田」と、江戸菓子匠「つくし」で、すばらしい江戸前のお寿司と、名物「ゴールド人形町風鈴(ぷりん)あんみつ」をいただいた。
 どちらも舌を巻くほどの美味で、ひと口食べるごとにうなってしまうくらい。斎藤さんとおしゃべりしながら楽しく食べていたら、なんと、私は彼と同じ量をたいらげてしまった。
 あっというまに3時間ほど経過、帰宅して原稿の締め切りをこなさなくてはならないのに、おなかがパンパン。それも半端じゃない。まったく頭に血が上ってこなくて、ひたすら満腹感。いやあ、どうしよう。
 それでも編集のかたが待っているのが目に見えるので、なんとか原稿と格闘し、無事に入稿。さすがに夕食は食べられませんでした。斎藤さんに知られたら、「あれくらいの量で、なんと情けない」といわれそう(笑)。
 でも、人形町はまだ日本の古い家屋が残っていて、とても魅力的。お店の人たちも伝統を守っている誇りを感じさせ、その心意気に勇気づけられた。
 斎藤さん、いい記事を書くよう頑張ります。いまはまだおなかがいっぱいなので文章は浮かんでこないけど、大丈夫ですよ。そのうちに栄養が全身にゆきわたっていきますから(笑)。
 今日の写真は盛りだくさん。お寿司屋さんの斎藤さん、お寿司を握ってくれるのは、90歳を超えた父とその息子。偉大な職人ぶりに私は大感激。風情ある「太田」の外観。甘い物好きにはたまらない「ゴールド人形町風鈴あんみつ」。「つくし」の色紙にサインする斎藤さん。
 すばらしい1日でした、ごちそうさま!!

 







 
 
 
| 親しき友との語らい | 22:45 | - | -
小川典子
 小川典子に会うと、いつも元気な様子にこちらも刺激され、励まされる思いがする。ところが、彼女の長年の音楽仲間であり、敬愛しているというピアニスト、キャサリン・ストットは、その上をいくエネルギッシュな人だそうだ。
「伊熊さんは私のことを元気だといってくれるけど、私はキャサリンと会っているときはほとんど聞き役。彼女は姉御肌で、ものすごくタフ。演奏もすばらしいけど、面倒見がよくてエネルギーのかたまりのような人。今回の音楽祭でも、初日に一緒に2台ピアノの曲を演奏したんだけど、あなたの音楽祭だから一生懸命弾いてあげるわよといってくれ、聴き惚れてしまうくらいの演奏をしてくれたの」
 この音楽祭とは、小川典子が企画者で、BBCフィルが共催となっている「REFLECTION ON DEBUSSY〜ドビュッシーの反映〜」音楽祭のこと。英国・マンチェスターのブリッジ・ウォーターホールで1月20日から6月9日まで全8プログラムが組まれている。
 実は、この音楽祭が立ち上がるまでの苦労話がとても興味深かった。インタビュー記事は次号の「音楽の友」に掲載される予定だが、そこには書ききれずに削ってしまった内容がある。
 小川典子はドビュッシーを長年演奏し続け、生誕150年の今年は何か企画したいと思っていたそうだが、3年ほど前からマンチェスターのブリッジ・ウォーターホールのプログラム・マネージャーと話をし、そこにBBCフィルが加わり、大きなプロジェクトが完成する運びとなった。
 だが、彼女は資金面の調達まで担い、これが非常に大変だったという。
「最初はこんな大きな音楽祭になるとは思いもせず、しかも私がメインとなり、すべてを中心となって決めなくてはならなくなるとは考えもしなかったの。でも、それから予算の問題が出てきて、結局スポンサー探しに奔走したわけ。ひとりであちこち走り回り、音楽祭の意義を語り、いかにすばらしいかを説得して回った。私、スーツを着て、姿勢を正して、凛とした表情でいろんな企業に乗り込んでいったのよ。貧しそうに、恥ずかしそうに、お金がありませんという顔は絶対できないじゃない。そのうちに少しずつ反応が現れ、英国の日本好きのイギリス人がみんな賛同してくれたわけ。彼らは横のつながりがあり、次第にスポンサーが増えていったの。この部分が一番大変だったわね。プログラムを決めたり共演者を決めるのは、逆に楽しかったし、すぐに決まったけど」
 すでにマンチェスターでは1月の初日を終え、4月にはドビュッシーや武満徹の作品などを演奏する公演が3回組まれている。
 そんな彼女は、昨年10年間におよぶ長期プロジェクトの「ドビュッシー:ピアノ曲全集」(BIS キングインターナショナル)を完結し、6枚組のCDをリリースした。ここには彼女のドビュッシーに対する愛情と、作品に対する深い洞察力、ひたすら磨いてきたテクニック、積み重ねてきた表現力などすべてが詰まっている。
 小川典子のドビュッシーを聴くと、私は1987年のリーズ国際コンクールから現在までの歩みに思いを馳せ、深い感慨に浸る。どんな困難にもくじけることなく、いまや英国のピアノ界に確かな足跡を刻み、なくてはならない存在だと思われている彼女。なんとすばらしいことか。
 そんなすぐれた地位を確保しているのに、いつも謙虚で自然体で昔とちっとも変わらない。演奏のみならず、この人間性にも私はほれ込んでいる。
 今日の写真はインタビュー時の彼女。私の着ていった洋服をすごくほめてくれたけど、彼女の洋服もステキだ。


  
 
| 親しき友との語らい | 22:09 | - | -
フランチェスコ・トリスターノ
 またまた「フラくん」に話を聞くことができた。今回は、ヤマハのWEB「ピアニスト・ラウンジ」のインタビューである。これは今日サイトにアップされたばかり。ぜひ、訪問してネ。かなり長く詳しく書いているので。
 フランチェスコ・トリスターノは、いつ会ってもカッコよくおしゃれ。今回は私の大好きな色、グリーンのスカーフをアクセントに用いていた。186センチのスリムなモデル体型だから、何でも様になってしまう。
 彼はこの3月に京都でヤマハのCFXを使ってユニバーサルのセカンドアルバムを録音すると語っていた。もう終わったころだ。
 しかし、インタビュー時にはまだ曲目の詳細は発表できないそうで、「まだダメなんだ。ごめんね」と、いつもながらの優しい表情でいっていた。
 フラくんことフランチェスコは、常に伝統的なクラシック作品に現代の作品や自作を盛り込むことをモットーとしている。その話をし出したら、何時間でも話が続きそうなほど雄弁になる。
「ぼくは昔の音楽を昔と同じ方法で演奏していても、現代には合わないと思うんだ。人々のクラシック離れを防ぐためにも、現代に即した演奏が必要だと思う。だから自分が生きている時代と何か関連性がある形でプログラムを構成したい。ぼくにとっては、古典作品も現代作品も同じように大切で、特にバロック作品は大好きだよ。それらを現代に生きる人々に向けて自分なりの方法で発信していきたい。いま書かれている作品も同様にね」
 彼は常に一歩先を見て、自分の可能性を信じ、新たな方向を探求していく。以前も書いたが、大の日本びいきで、和食も日本の生活スタイルも文化も日本語も大好き。現在はバルセロナに住み、世界各地を飛び回っているが、日本は特別な存在だという。なんといっても、日本で録音するほどだものね。
 完璧主義者の彼は常に自己の限界まで演奏を極めていく。新譜がリリースされるのが楽しみだ。
 今日の写真は、インタビュー時のエレガントで粋なフラくん。足が長すぎて、ピアノを弾きながらの撮影では、足が楽器にあたって窮屈そうだった。長すぎて困ることもあるのね(笑)。

| 親しき友との語らい | 22:28 | - | -
デオダ・ド・セヴラック
  昨日、「ムジカノーヴァ」の対談で舘野泉邸を訪れたと書いたが、そのときに対談相手になぜ私を指名したのかと編集部が理由を聞いた。
 すると舘野さんは、「伊熊さんとはさまざまな話が自由にできるから。そして以前、私がセヴラックのCDを出したとき、彼女はその批評を書いてくれたんです。その文章はとても温かく、心に響くものでした。ああ、日本にもこうしてセヴラックの音楽を理解してくれる人がいるのだと、とても感動したことを覚えています。ですから、今回もまた楽しくお話できるかなと思って…」
 そばで聞いていた私は、照れくさいやら、恥ずかしいやら…。もちろん編集部は、私にも舘野さんに対しての思い、演奏に対する感想などを求め、それを記事に反映させるという。
 私は昔から舘野さんの音楽には、聴き手の心をゆったりと惹きつけていくものがあると感じている。それは強引に音楽のなかに引き込むものでは決してない。じわじわと音楽が心の奥に浸透してきて、いつしかさまざまな感情を刺激するのである。
 もっと作品を知りたい、作曲家の人生も知りたい、その作品が書かれた背景や、その時代の文化、歴史、伝統なども学びたい。そんな知的欲求を促す演奏なのである。
 そんな対談を終えたばかりの今日の日経新聞の朝刊に、「デオダ・ド・セヴラック」の評伝を書いた椎名亮輔氏の記事が掲載されていた。
 なんという偶然なのだろう。昨日セヴラックの話をしたばかりなのに。音楽学を研究し、パリに留学していた椎名氏は、古書店でセヴラックの楽譜を見つけ、ピアノで弾いてみて、一気に魅せられたのだという。
 南仏のサン=フェリックス=ローラゲにあるセヴラック(1872〜1921)の生家も訪れ、美しい田園風景に囲まれた環境にセヴラックの音楽のルーツを見出したと綴っている。
 そういえば、舘野さんもCD「ひまわりの海〜セヴラック・ピアノ作品集」(ワーナー)をリリースした2001年に、「ひまわりの海」(求龍堂)というエッセイ集も出版。そのなかでセヴラックの音楽に出会ったのは19歳のときだということ、人口数百人の村にある生家を訪れたときのことを書いている。
「ひまわりの海」というタイトルは、そのときに小高い丘から見回すと、周囲は360度ひまわり畑だったため、これに決まったようだ。
 昨日からセヴラックが私に近づいてきた。また、CDを聴き、そして椎名氏の本も見つけたいと思う。できることなら、私も生家を訪れてみたい。
| 親しき友との語らい | 22:14 | - | -
舘野泉
 今日は、来月発売の「ムジカノーヴァ」の対談で、ピアニストの舘野泉のご自宅に伺った。
 これはピアニストがさまざまなジャンルの人から対談をしたい相手を自由に選び、いろんな話をふたりでするという企画。
 先日、編集部から舘野さんが私を指名してくださったと聞き、本当に驚いた。そしてとても光栄に感じた。
 舘野さんとは、私が「ショパン」にいた時代から長年にわたっておつきあいがあるが、実はインタビューの回数はそんなに多くない。だが、いつもお会いするたびに話がはずみ、心温まるひとときを過ごすことができ、演奏と同様のおだやかさと深遠さと思考を促す面に触発されている。
 久しぶりにお会いした今日も、2時間の対談予定を大幅に超え、3時間にわたっていろんな話題に話が飛び、心が癒されたり、高揚したり、人生を考えさせられたり…。
 舘野さんは2002年に脳出血で右半身不随となったが、2年後に「左手のピアニスト」として奇跡の復活を遂げた。以後、既存の左手のための作品のみならず、日本人の作曲家への委嘱作品を含め、さまざまな作品を演奏。
「いまは左手で演奏するとか両手で演奏するということはあまり考えません。音楽を演奏しているわけですから」
 こう語る表情は、昔のように平穏で自然で嬉々としている。そんな彼が「舘野泉フェスティヴァル――左手の音楽祭2012-2013」を今年5月18日から来年11月10日まで全16回行う。これは3年前から計画し、ようやく実現にこぎつけたそうだ。
 現在は、家族の住むフィンランドに1年の半分ほど、日本で半分ほど過ごすというが、実は世界各地を演奏旅行で飛びまわっているため、一か所でゆっくりはできないようだ。
 舘野さんの元には右手を故障したり不自由になった人が大勢駆け付け、指導してくださいと頼まれるそうだ。しかし、彼は「教えることは苦手でねえ」とゆったりとした笑みを見せる。ただ、左手用の作品の紹介や、新たな作品を生み出すことには大きな意義を見出し、同じ境遇にある人たちの力になれればと語る。
 舘野さんはひとりでいることが大好きだそうだ。長時間の飛行機や電車の移動も気にならず、その時間はひとりになれるから幸せなのだという。
 私とはまったく逆だ。私は乗り物があまり得意ではなく、その時間がとても辛く感じる。ひとりでいるよりも、だれかと一緒にいるほうがいい。
 いつも感じることだが、舘野さんと私は話のテンポもまったく異なる。彼はゆったりとひとことずつ考えながらリラックスした表情でおだやかに話を進めていく。声もそんなに大きくなく、静けさが宿っている。そこに私は2倍、3倍の速さで切り込み、声は大きく、パッパカパッパカ話を進めいく。舘野さんはそんな私を優しい笑顔で見つめながら、「うん、うん、そうねえ」という感じであくまでもマイペース。私は「ハイ、ハイ、それで」と追い打ちをかけていく。
 今日もこのリズムと速さの違いにふたりで大笑いしてしまった。
 いよいよ5月から「左手の世界シリーズVol.1 新たな旅へ…ふたたび」が始まる。聴き手もこの新たな旅を通じ、新たな発見があるに違いない。
 今日の写真は帰りにご自宅の玄関先で写した1枚。これだけで、ふんわりと温かい空気が伝わってくるでしょう。私はいまでもなんだか胸の奥があったかい。今日は風がすごく冷たかったのに、帰り道でも心はポッカポカだった。舘野さん、ありがとう!! 演奏会、楽しみにしています。

| 親しき友との語らい | 23:44 | - | -
三浦友理枝
 先日に続き、再び三浦友理枝に話を聞く機会が巡ってきた。
 今回はヤマハのWEB「ピアニスト・ラウンジ」でのインタビューである。
 もちろん、3月28日に東京文化会館・小ホールで開催されるフランス作品によるリサイタルの内容が話題と中心となったが、これは以前詳細をご紹介したので、今回は彼女のラヴェル好きにスポットを当てたい。
 三浦友理枝は昔からラヴェルが大好きで、これまで多くの作品に取り組み、今回のリサイタルで演奏する「夜のガスパール」と「鏡」でソロ作品は全部網羅。すでにピアノ協奏曲もピアノ三重奏曲も演奏・録音しているため、ほとんどのピアノ作品を手がけてきたことになる。
「でも、左手のためのピアノ協奏曲だけは手があまり大きくないので、届かないところがあり、弾くことができません。本当に残念です。これは音をずらして弾くことができず、バンと一度に押さえなくてはならないため、無理なんです」
 このコンチェルトは第一次世界大戦で右手を失ったピアニスト、パウル・ヴィトゲンシュタインの依頼によって書かれたもので、彼に献呈されている。
 ラヴェルはこの依頼に非常に意欲を燃やし、もてるすべてのエネルギーを注ぎ込み、名作といわれるコンチェルトを生み出した。当時としては珍しい単一楽章で書かれ、ジャジーな要素、ピアノとオーケストラとの濃密な音の対話、こまやかな色彩と表現、創意工夫が随所に息づく作品で、現在でも絶大な人気を誇る。
 それだけが弾けないと、彼女は残念がっていたが、他の作品はたくさんあるし、大丈夫よ、という話になった。
 作品を本当に愛するピアニストが演奏すると、その作品がきらきらと輝き、生命力をもって聴き手の心にストレートに響いてくるものだが、三浦友理枝のラヴェルも、作曲家が目指した多種多様な表情がまっすぐに伝わってくる演奏だ。
 ラヴェルをこよなく愛す私は、このリサイタルをとても楽しみにしている。
 今日の写真はインタビュー後の撮影の様子。現在、この記事はヤマハのサイトで公開中。ぜひ、読んでくださいね。


| 親しき友との語らい | 12:08 | - | -
末っ子トリオの会
 仲よし3人組の「末っ子トリオの会」を久しぶりに行い、銀座でイタリアンを食べた。
 音楽事務所に勤務しているOさん、マネージメントとパブリシティを行っているUさん、それに私の3人は、いつも近況報告と仕事の話、家族の話、さまざまな悩み、これからのことを話していると、あっというまに時間がたっていることに気づく。
 それぞれいろんな悩みを抱えているが、それを率直に語り合うことができるというのが、この会の強み。3人寄ればなんとやら、悩みはすぐには解決しないが、話を聞いてもらうだけでストレスが軽減し、お互いにアイディアを出し合うこともでき、少し前に進むことができる。
 やはり、もつべきものは友だちだと痛感。
 今日のお料理を写真に撮ろうと思っていたのに、しゃべっていたらすっかり忘れてしまった。きれいな盛り付けだったのに、残念…。
 そして帰宅したら、オーストラリアン・オープン(全豪オープン)の準決勝でフェデラーがまたまたナダルに負けたことが判明。ああ、一気に肩の力が抜けてしまった。ロジャー、本当に残念。でも、気を落とさないでね。絶対に次は頑張れる。自分を信じて、王者の道を歩んでね。
 そんなこんなで、時間がどんどん過ぎ、また真夜中にたまっている原稿を書くはめになった。やれやれ、月末は辛いなあ。
 でも、今日はいっぱいおしゃべりしたし、彼女たちからエネルギーももらったし、もうひとふんばりしよっと(笑)。
 
| 親しき友との語らい | 00:22 | - | -
音楽事務所の新年会
 先日、ホテル・オークラで音楽事務所ジャパン・アーツの新年会が行われた。
 当日は所属アーティストが15人参加。食事会の途中で全員が檀上に集まり、ひとりひとりが今年の演奏会や録音などの予定と、抱負を語った。
 この新年会には毎年参加しているが、いつも親しいアーティストに出会え、いろんな話をすることができてとても楽しい。
 今年はピアニストの上原彩子、金子三勇士、寺田悦子、ソプラノの足立さつき、チェロの長谷川陽子、クラリネットの赤坂達三とあいさつをしたり、話をしたり…。
 みんな今年こそいい年にしたい、音楽のもつ力を信じていい演奏をしていきたいと、前向きな姿勢を見せていた。
 アーティスト以外にも、クラシック界で仕事をしているさまざまな人たちに会うことができ、有意義な時間となった。
 今日の写真はそのときのアーティストの様子。司会のかたの質問に答え、全員が予定を語っていく。
 真面目に答える人、ユーモアを交える人、列席者に話かけるように話す人、ほんの少ししか話さない人、会場にくるのにさんざん迷ってしまったと失敗談を話す人などバラエティに富んでいた。
 本当に今年はいい年にしたいと、心から願うひとときとなった。



 
| 親しき友との語らい | 21:15 | - | -
三浦友理枝
 ピアニストの三浦友理枝とは、取材をするたびに話がはずむ。彼女はよく通る声ではっきり話し、テンポが速く、インタビューの時間があっというまに過ぎていく。
 先日も3月28日に東京文化会館小ホールで開催されるリサイタルについてインタビューをしたが、いずれの質問にも明快な答えが戻ってきた。
 今回は、ドビュッシー、フォーレ、プーランク、メシアン、ラヴェルというフランス作品がプログラムに組まれている。
「いつもプログラムを組むときはとことん選曲にこだわり、その時点ではすごくいい組み合わせができたと思うんだけど、いざ練習を始めると、ああ、なんて難しい作品ばかり組んでしまったんだろうって後悔する。その繰り返しですね」
 こう笑いながら話す彼女は、本当に以前からものすごくユニークで演奏が困難な作品を並べることが多い。
 でも、本番ではそれを感じさせることなく、完成度の高い演奏を披露する。この前向きな姿勢、チャレンジ精神、高いハードルを自分に課すところが三浦友理枝の最大の魅力でもある。
 このフランス作品のプログラムは夜がテーマで、夕暮れから翌朝にかけて時系列で並べるため、作品をじっくり探し、演奏時間を考慮し、長い間考え抜いたとか。
「こういうの考えているときが、一番楽しいんですよね」
 こう語る彼女の表情の輝いていること。うーん、こういう話だと、いくら時間があっても足りないようだ。
 このインタビューは次号の「音楽の友」に掲載される予定である。
 三浦友理枝もデビュー当初から取材を続けているひとり。最初は、話しかたや声の大きさ、スリムなのによく食べるところなど、私との共通点が多く、ふたりで笑い合ったものだ。
「でも、最近はそんなに多く食べなくなりました。量より質にこだわるようになったからかな」
 あらら、そうなんですか。もりもり食べるところが好きだったんだけどな。でも、質にこだわるのは私も同じ。また共通項、見つけちゃった(笑)。
 以前、オペラシティのリサイタルホールで行われたB→Cのリサイタルがすばらしかったが、今回のこだわり抜いたフランス作品のリサイタルも、きっと記憶に刻まれるものになるのではないだろうか。
 今日の写真はインタビュー時の1枚。いつ会っても美しくチャーミング。男性ファンが多いのも、当然ですなあ(笑)。

| 親しき友との語らい | 23:15 | - | -
新年の始まり
 今日の午後は「朝日カルチャーセンター」の講座で、室井摩耶子との対談を行った。
 聴講生はかなり多く、教室は満杯。やはりみなさん「生涯現役」を目指すピアニストからエネルギーを受け取りたいと思って参加してくださるようだ。
 講座が始まってからも、室井摩耶子のエネルギッシュな語りと演奏に魅了され、教室全体が徐々に熱気を帯びていく。
 90分はあっというまに過ぎ、その後誘われて彼女と友人のドクターと3人でお食事をしたのだが、お二人とも人生の大先輩らしく話題は幅広く、また奥深い。
 なんでも、お二人はベルリン留学時代からの友人で、当時ベルリンの壁が作られるところに遭遇されたとか。いやあ、歴史を間近に感じました。
 帰宅すると、締め切りが待っていた。今年はドビュッシー生誕150年のメモリアルイヤー。「モーストリー・クラシック」の次号では、ドビュッシーとラヴェルの音楽の違いを特集する。そのピアノ部門が私の担当である。
 昨年からさまざまな資料を読み、調べ、音楽を聴き、原稿の内容を吟味してきた。ただし、この両者の違いを文で端的に表すのは非常に難しい。それでも、なんとか書き上げ、担当者に送った。
 今日は講座でドイツ音楽の話と演奏を聴き、その後はフランス音楽との対峙。新年が明けたばかりなのに、はや仕事は加速しそうだ。息切れしないようにしなくちゃ(笑)。
| 親しき友との語らい | 22:41 | - | -
近藤嘉宏
 近藤嘉宏に会うと、デビュー当初の演奏に賭ける一途な目をした彼を思い出す。
 彼は常に聴き手のことを真っ先に考え、「聴いてくれる人がスーッと音楽に入れるようなプログラムを組みたい」「聴衆が楽しんでくれることが一番」と語る。その思いはいまもまったく変わることがなく、演奏に対する真摯な取り組みかたは最初に会ったときと同じだ。
 現在、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲録音が進行中だが、来年からベートーヴェンの作品を毎回取り入れ、他の作曲家の作品をこれに組み合わせるという「with Beethovenシリーズ」をスタートさせることになった。
 そのシリーズに関してインタビューを行った。これは「ぶらあぼ」の次号に掲載される予定である。
 近藤嘉宏は3月7日の紀尾井ホールの第1回に、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第8番「悲愴」、シューマンの「クライスレリアーナ」、ショパンの「スケルツォ第2番」、ラフマニノフの「楽興の時」を選曲した。
「ロマン派の足跡を追い、前半はベートーヴェンと対極にあるシューマンを組み合わせ、後半は歌心あふれる作品を選びました。この4曲でロマン派の歴史や変遷、世界観の違いを楽しんでいただければと思います」
 彼は以前のブログにも書いたが、しばらく病気でピアノを弾けない時期があった。それを乗り越え、いまは「作品のこまやかな面に反応できるようになった」という。そして「病気を経験してよかったとさえ思えるようになった」と心の内を明かした。
 近藤嘉宏は、自分の演奏が非常に大きく変わったと感じているそうだ。その変貌した演奏をシリーズの第1回の練られたプログラムで聴くことができる。
 長年ひとりのアーティストの演奏を聴き続けると、その人の人生が浮き彫りになり、自分自身の聴きかたも変わり、とても意義深い。
 近藤嘉宏は今後のレパートリーとして近・現代作品にも目を向け、特に邦人作品に注目したいという。そしてリゲティにも。さらに私がスペイン作品をぜひ、といったら、アルベニスとグラナドスに興味があると語った。
 そして何より演奏したいのはブラームスだという。
 こういう話を聞いていると、本当に体調がよくなったのだと実感した。うれしい限りだ。いまはもうおかゆやゆでたキャベツは卒業したそうだが、毎日野菜は山ほど食べるという。
「トンカツ食べに行くでしょう。ぼくは肉を一切れ食べるごとに千切りキャベツをお代わりするので、お店の人がびっくり。しかも、キャベツの盛りかたが少ないと文句までいう(笑)」
 そりゃ、お店の人は驚くのを超えて、とんでもないお客がきたと思うでしょうね。あとはホウレンソウも常食とか。同行した編集者が「近藤さん、どうしていつも若々しいんですか。何か秘訣でも?」と聞いたら、このキャベツとホウレンソウの話が出たというわけ。
 彼は肌もきれい。それも野菜モリモリの結果かも(笑)。今日の写真はインタビュー時の1枚。若々しさが伝わるかな…。

| 親しき友との語らい | 22:23 | - | -
フィットネスの忘年会
 昨日は、仕事を急ピッチで行い、18時からのフィットネスクラブ「Thera Fit」の忘年会に参加した。
 場所は目黒のアトレ2にあるデリ&ダイニング「由庵」。トレーナーのかたたちから「乾杯は18時10分ですので、それまでには来てくださいね」といわれていたため、もう午後の仕事はマキマキの突っ走り状態。でも、そのかいあって、なんとか乾杯にはまにあった。
 席が決められていて、私は仲のいいNさんと、初めてお会いするNさん、Sさんとの4人一緒のテーブル。でも、このメンバーが実に気が合い、楽しい忘年会が終わってからも「まだ話したりないね」「2次会行こうか」ということになり、初めて会ったNさんの知り合いの恵比寿のフレンチ・レストランになだれ込むことに。
 そこでまたおしゃべりが果てしなく続き、新年になったらNさんのご自宅で食事会をすることまで決まってしまった。
 ふだんはクラシック界で仕事をしている友人との飲み会や食事会が多いため、いつもはほとんど仕事がらみの話題となるが、このフィットネスのクラスにはいろんな人が集まってくるため、話題もさまざま。とても新鮮で、なんだか一気に視野が広がった気がした。
 それもこれも、トレーナーのかたたちの配慮と、工夫を凝らした忘年会の楽しさあってのこと。ここは会員のかたたちがみんなとてもおだやかで、あったかい人ばかり。「由庵」の食事も素材が新鮮で味付けが自然、とてもおいしかった。ただし、ビンゴゲームでは私たちのテーブルの4人ともまったく当たらず、みんなガッカリ。ちなみに今回は60名が集まり、30人がなんらかのプレゼントをゲット。ほとほとこの4人はくじ運が悪いのね。
 でも、こんな出会い、なかなかないと大いに感謝。2次会は夜中の12時すぎまで延々と続いた。
 今日の写真は、いつも笑顔で迎えてくれるトレーナーのかたたち。3周年を迎え、一気に会員が増えたのも、彼らの体育会系のさっぱりした、わけ隔てのない、優しい対応による成果だと思う。
 さて、なんとか年内も時間を作ってせっせと通わなくっちゃ。



 
| 親しき友との語らい | 18:07 | - | -
山本貴志
 ピアニストの山本貴志が2005年のショパン国際ピアノ・コンクールで第4位入賞を果たしてから、はや6年目を迎える。
 このコンクールを取材に行き、以後ずっとインタビューを行ったり演奏を聴き続けてきた私は、彼の常に前向きで真摯な姿勢に心が温まる感じがする。
 そんな彼が2012年に長野県須坂市文化会館メセナホール大ホールで、「山本貴志ショパン・チクルス〜ショパン物語」と題したシリーズを開催することになった。
 この話を聞くために先日インタビュー(「音楽の友」の現在発売中の号に掲載)をしたのだが、山本貴志はとても興味深いタイトルを教えてくれた。
 というのは、このシリーズは全8回で、ショパンの誕生日の3月1日にスタートし、命日の10月17日に最終日を迎える。彼は各回になんと、日本語のタイトルをつけていたのである。
 第1回から順に「煌」「躍」「詩」「彩」「麗」「想」「瞑」「魂」。そして各々に補助的な表記も付されている。
「溢れ出す生命の煌き」「躍動するリズム」「ピアノの詩人の言葉たち」「目くるめく色彩の世界」「麗しいサロンへのいざない」「孤独を癒す優しい想い出」「瞑想と静寂」「魂は遥かなる未来へと続いて」。
 なんとユニークなアイディアだろうか。ショパンの音楽を日本語で表記するとは…。
「これを考えるために一切仕事をせずに、かなり長い間集中しました。もっとも時間がかかったのは、タイトルに見合う作品をプログラミングしていくこと。作曲年代、内容、時代、作風、奏法などを考え合わせ、作品番号が付いた全作品を分類、組み立て、演奏時間も考慮して選曲していきました」
 まるでパズルを解いていくようでしたよ、と笑う山本貴志。それはそうでしょう、全作品をひとつひとつはめ込んでいくわけですからね。
 山本貴志の演奏はユニークな前傾姿勢が印象的で、集中力に富み、聴き手をその作品の内奥へと一気に引き込んでしまう強い引力を感じさせるもの。彼はコンクール時にとても人気があり、終演後の楽屋はいつもファンであふれていた。
 このシリーズもきっと人気を博すに違いない。須坂市のこのホールは、19年前に彼が長野県ピアノコンクールに参加し、初めて聴衆の前で演奏した記念の場所。そのホールでの全曲演奏ゆえに、気合いの入りかたも並ではないはず。ぜひ、長野県以外の人にも聴いてほしいと願う。
 東京から何人か集まってツアーのような形ができれば最高なんだけど…。だれか計画してくれないかなあ。
 今日の写真はインタビュー時の山本貴志。いつ会っても話がはずみ、おだやかな笑顔と熱く音楽を語る姿勢に魅せられる。6年もたっているのに、彼に会うといつしかワルシャワのあのときの情景がフーッと脳裏に浮かんできて、かの地へと思いが飛んで行くから不思議。

| 親しき友との語らい | 23:24 | - | -
田部京子
 ピアニストの田部京子とは、昔からインタビューの合間に何度も脱線してしまう。ふとした話題からどんどん話が逸れていき、仕事モードではなく、雑談に発展していってしまう。
 今回も「intoxicate」のインタビューで、彼女が満を持して録音したブラームスの「後期ピアノ作品集」(コロムビア)について話を進めていたところ、かなり前のメンデルスゾーンの録音のときのジャケット写真の話になり、私がそのときの髪がものすごく多くてフワフワしていた写真を覚えているといったところ、彼女が実は髪で悩んでいるという話になった。
 それから話は髪の多さや質の問題に移り、美容院探しから髪型の苦労話へと発展、インタビューはまたもや仕事から遠く離れてしまった。
 それでもなんとか話題を戻し、田部京子とブラームスのつながり、この作曲家にいかに魅了されているか、後期の作品の難しさなどを話してもらい、仕事は無事に終了した。
 いや、まだ終了しなかった。彼女が引越しをした話が残っていたのだ。これもまた苦労話で、私は以前の住まいにおじゃましたことがあるため、またまた話題沸騰。長年取材を続けているアーティストとの話はとてもおもしろいが、ついつい話題が広がって脱線しっぱなし(笑)。編集担当者は、さぞ気をもんだでしょうね。
 この田部京子のブラームスは研鑽の賜物。彼女はベルリンに留学しているが、ベルリンに着いた翌日フィルハーモニーホールでクラウディオ・アバド指揮ベルリン・フィルの演奏するブラームスの交響曲第3番を聴き、ノックアウトされたそうだ。いまでもこのベルリンの部屋に行くたびに北国特有の空気を感じ、静けさのなかでブラームスへの思いを馳せるそうだ。
 ブラームスの作品は、渋さと寂寥感と特有の深い響きを要求される。田部京子も10代のころはその内面性が理解できず、非常に苦労したそうだ。やはりブラームスは奏者が成熟することを望む音楽なのだろう。彼女も徐々にその内奥に分け入り、ようやく幾重にも重なった音の層を理解できるようになったという。
 今日の写真はインタビュー時の田部京子。すっごくきれいに撮れているでしょう。まるで女優のよう。私の自慢の1枚になりそう。彼女もとても気に入ってくれた。インタビューで思いっきりいろんな話に花を咲かせたあとに、ちょっとこんなポーズしてみてといったら、この美しい姿になったというわけ。やったね!!
 来年5月31日には浜離宮朝日ホールで「B×B Worksシリーズ」と題したリサイタルを行い、ベートーヴェンとブラームスを演奏する予定になっている。こちらも楽しみだ。

| 親しき友との語らい | 23:12 | - | -
萩原麻未
 今日は萩原麻未の本格的なデビュー・リサイタルを聴いてきた。彼女は以前にも書いたが、室内楽やコンチェルトが好きで、リサイタルはなかなか実践されることはなかったが、ようやく聴くことができた。
 今日のプログラムは、今後は古典派をレパートリーにしていきたいという彼女の願いが詰まったハイドンのピアノ・ソナタニ長調Hob.X-33からスタート。クリアで健康的な音が小気味よく奏でられ、チェンバロ的な響きが随所に顔をのぞかせる。
 次いでベリオの「5つの変奏曲」。これはジュネーヴ国際コンクールの第2次予選で弾いた作品。音色の変化や変奏の妙を前面に出し、叙情的な雰囲気を醸しだしたかと思うと、次なる瞬間には電子音楽的な技法のコントラストを際立たせ、一瞬たりとも弛緩しない演奏が非常に印象的だった。
 前半の最後はラフマニノフの「コレルリの主題による変奏曲」。これもコンクールの第3次予選で演奏した作品。それゆえ、充分に弾き込み、手の内に入った演奏だった。とりわけ、イベリア半島の古い舞曲フォリアの旋律が浮き彫りになるところが美しかった。
 後半は、彼女が生涯弾き続けていきたいと語るシューマン。まず「アラベスク」で萩原麻未の特徴である個性的な「音」を存分に聴かせた。そして「謝肉祭」では舞踏会のさまざまな情景や登場人物を明快なタッチと創造性に富む音で表現。音のダイナミズムも非常に幅広く、エネルギー全開。シューマンの初期の作品を若々しく生きた音楽として表現、限りない可能性を感じさせた。
 萩原麻未は来年2月に行われる「東芝グランドコンサート2012」で、フランソワ=グザヴィエ・ロト指揮南西ドイツ放送交響楽団バーデン=バーデン&フライブルクと共演し、ラヴェルのピアノ協奏曲を演奏する予定になっている。このコンチェルトこそ、コンクールの本選で演奏し、彼女が大好きだという作品である。
 先日、このプログラムの記事用のインタビューを行ったが、彼女はラヴェルのコンチェルトの第2楽章のイングリッシュホルンとの掛け合いのところにもっとも魅了されるそうだ。イングリッシュホルンがあまりにも美しいため、自分の演奏をつい忘れてしまいがちだと笑っていた。
 今日の写真はそのインタビュー時の1枚。実は、「一番好きなポーズしてみて」といったら、人差指で鼻をクイッと押し上げ、笑いながらブタさんのポーズをした。するとマネージャー氏がすっ飛んできて、「ダメ、ダメ、そんな顔しちゃダメ。その写真が伊熊さんのブログに載ったら、大変なんだから」。「エーッ、ダメですかあ」と彼女はとっても残念そう。
 私は思わず吹き出しそうになったが、「まあ、無理でしょう。もっと自然な感じで行きましょう」というわけで、いつものおだやかな笑顔になったという次第。でも、萩原麻未って、いつ会ってもとってもユニーク。おなかがよじれそうになる。でも、今夜の演奏は、本当にすばらしかったですよ。来春のコンチェルトにも期待しています!!

| 親しき友との語らい | 23:20 | - | -
レイフ・オヴェ・アンスネス
 ノルウェー出身のピアニスト、レイフ・オヴェ・アンスネスは、初来日のときからずっと取材とインタビューを続けている。2007年のグリーグ没後100年のメモリアルイヤーのときにノルウェーに取材に行ったときもベルゲンで会い、話を聴いたり、コンサートに行ったりした。
 そんなアンスネスが9月に来日。このときの様子は以前ブログにも書いたが、インタビューも行った。これは今月発売の「モーストリー・クラシック」に掲載される予定である。
 アンスネスはずっとEMIで録音を行ってきたが、新たにソニー・クラシカルと契約を交わしたという。その第1弾として、ベートーヴェン・プロジェクトを考えているそうだ。
 これはピアノ協奏曲全5曲を彼の弾き振りで収録するもので、共演はマーラー・チェンバー・オーケストラ。2012年から3年がかりで取り組むことになっており、2012年秋にまず第1番と第3番を録音、2013年に第2番と第4番、そして2014年に第5番「皇帝」を録音する予定が組まれているという。
 そして2013年にはエサ=ペッカ・サロネン指揮フィルハーモニー管弦楽団と来日し、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番を演奏することになっているそうだ。
 彼はいつもいま取り組んでいるプロジェクトについて熱く語ってくれるが、このときもベートーヴェンの各コンチェルトについていろんな話が次々に出てきた。アンスネスは決して雄弁なほうではなく、初来日のころはボソボソッと話していたが、何度かインタビューを続けているうちに、話が多方面に広がるようになった。
「だって、いつも日本にくるときみがこうして会いにきてくれるし、なんだか旧友に会った気持ちがするんだよ」
 ハイハイ、旧友ね。この話を友だちにしたら、「えっ、旧友。なんと色気のない。もっと色っぽいいいかたしてもらえるようにならなきゃダメじゃない」とズバリといわれてしまった。そんな無理ってもんでしょ(笑)。
 アンスネスは先ごろ娘が生まれ、もうメロメロ。「女の子が生まれると、父親はひたすら心配になるんじゃない」といったら、真顔でこんなことをいった。
「いまはまだ小さいからいいけど、もう少し大きくなったらヘンな虫がつかないように見守っていなくちゃならないよ。日本にくるのは時間がかかるし、長いツアーになるから、そうなったら遠くへの演奏旅行はできないなあ。家にいないとまずいし…」
 オイオイ、いまからそれじゃどうすんだ。困ったもんだなあ。
 アンスネスは実直で素朴で気どらないタイプ。音楽にもそれは現れているが、ふだんの彼も思った通りのことを真っ正直に話す。そして時折、あまり正直に話したため、しまったと思うのか、「ヘヘヘ」と苦笑いしながら「きみ、誘導尋問うまいねえ」などという。
 アンスネスは最初のころはホールが埋まらず、マネージメントも苦戦を強いられた。私は限りない才能を秘めていることに気付き、当初から「北欧のピカイチ」と太鼓判を押していたが、日本でその真価が認められるまで何年もの年月を要した。
 欧米では巨匠的な扱いを受け、演奏は高い評価を得ているにもかかわらず、国際コンクールの優勝者ではないからか、地味な存在だと思われているからか、人気が出るのが遅かった。そのころからこうした悩みを彼から聞いていたため、いま日本でも本来の実力が評価されるようになり、私は本当にうれしい。
 今日の写真は、そんなアンスネスのはにかみながらの笑顔。まだナマの演奏を聴いていない人は、ぜひ次回のベートーヴェンを聴いてほしい。きっとファンになると思うから…。

| 親しき友との語らい | 23:00 | - | -
末っ子トリオの会
 昨日は、友人のOさんとUさんの3人で久しぶりにおいしい和食を食べに行った。
 私たちは同じクラシックの世界で仕事をしているが、それぞれ仕事の内容は異なる。だが、ツーといえばカーの間柄なので、話し出すと止まらない。
 3人とも兄や姉がいる末っ子なので、「末っ子トリオの会」と名付けた。仕事の話、家族の話、これからの人生に関してなど、一瞬たりとも黙っている時間はなく、いつもだれかが話していて、密度濃い時間が流れていく。
 昨日は結構シビアな話題が多く、私もこれからの自分のことなど胸の内を明かし、ふたりに意見を求めた。
 この3人でいつか旅に出たいと話しているのだが、みんな忙しいため、なかなか実現できない。旅というのは、本当に気の合う人、趣味の合う人と一緒でないと、楽しく過ごすことができない。その点、「末っ子トリオ」のメンバーは見事なまでにやりたいこと、見たい物、行きたい場所が一致している。あとはスケジュールの調整だけということになる。
 いつも3人で会うと、終電ギリギリまで話していて、ワーッと解散。翌日は結構からだはキツイが、心はスッキリ軽い。
 ああ、いつになったら旅に出られるのだろうか…。待ち遠しいなあ。でも、結局はおしゃべりが目的だから、場所はどこでもいいんだよね(笑)。

 
 
| 親しき友との語らい | 17:55 | - | -
青柳晋
 ピアニストの青柳晋は、「リストの演奏はライフワーク」と語る。彼はリストを弾いていると一番自分がリラックスできるそうで、ピアニスティックな作品は手になじみやすいという。
 そんな彼が2005年5月から続けている「リストのいる部屋」が今年第6回を迎え、12月26日に浜離宮朝日ホールで開催されることになった。
 そのインタビューで自宅を訪れたのだが、彼と話しているといつも話がどんどんそれていって雑談の域を超え、とんでもない方向に飛んで行ってしまう。
 今回も編集担当者とマネージャーがカメラマンの駐車スペースを探している間に、雑談で盛り上がってしまった。
 なんでも、沖縄に演奏に行ったときに宿泊したホテルのベッドと枕がとても快適で、大いに気に入ってしまったため、それと同じ物を特注したのだそうだ。
「すごくぐっすり眠れるんです。伊熊さん、あとでちょっとベッド見て」
 いやいや、そうはいかないでしょう。男性の寝室に入るなど、いくらいいベッドを見るだけでも、私はやっぱり躊躇しますよ。
 そのベッドの話でキャッキャッと盛り上がっているところへみんなが戻ってきたため、一時中断。真面目にインタビューとなりました(笑)。このインタビューは次号の「ぶらあぼ」に掲載されることになっている。
 青柳晋は以前にも書いたが、貴公子のような風貌をしている割には冒険好きで、スポーツ大好き。この意外性がひとつの大きな魅力かもしれない。
 リストのこのシリーズは毎回リストをホスト役にし、さまざまな作曲家がゲスト席にすわるという趣向。そのリストの話になると、彼の口調は熱を帯び、早口になり、リストが本当に好きなのだということがひしひしと伝わってくる。
 彼は芸大の教授を務めているが、大学まで40分かけて自転車通勤をしている。そのおかげで下半身の筋肉が鍛えられ、それに連動して上半身も筋肉がついたそうで、ピアノを弾くときにしっかり腰がすわるようになったという。
 それに加え、快適なベッドでの安眠か。ピアニストはからだが資本だから、熟睡できるのは一番大切なことでしょうね。
 実は、私も寝具には結構凝っていて、低反発のベッドマットとイタリアのメディカル枕を使用している。人間、睡眠は大事な要素。みんないろいろ工夫をしているんだろうなあ。
 今日の写真は自宅のピアノ前で撮影した青柳晋。彼はドクターに、「からだの大きさの割にももが発達している」と驚かれたとか。そりゃそうよね、自転車パワー全開だもの(笑)。
 12月26日のシューマンとリストのリサイタルでは、きっとその腰のすわった姿勢から紡ぎ出される、美しい音楽を聴くことができるに違いない。

| 親しき友との語らい | 21:55 | - | -
O夫妻との会話
 締切りに追われて休日返上で仕事をしていると、だんだんストレスがたまり、精神状態が悪くなってくるから困る。
 そんなときは、おいしい紅茶を飲んだり、ストレッチをしたりして心身をニュートラルな状態に戻すよう努力をすることが必要だ。
 一番の気分転換は食材を探しに行くことなのだが、時間がないときはこれもままならない。
 ところが、今夜は親しいO夫妻から予期せぬ電話をいただき、気分が一気に明るくなった。
 このご夫妻は、長年私の家の近所で酒屋さんを営んでいたが、数年前に事情があってお店を閉めることになり、1時間ほど離れたご自宅に移ってしまった。以前はコンサートの帰りにも必ず寄ってその日の報告をしたり、よもやま話をしたり、ワインを買ったりして親密なおつきあいをしていたが、それがあるときからプッツリと途絶えてしまった。
 最初はその状態に慣れることができず、なんだか胸の奥にポッカリと穴が開いた感じがしたが、それはいまでも続き、寂しくてたまらない。
 ご夫妻とは本音でいろんなことを話すことができ、お二人は私のことを親戚の一員のように思ってくれた。そしていつもいつも私の仕事を一生懸命応援してくれ、ちっちゃな悩みまで親身になって聞いてくれ、ひたすら励ましてくれた。人間関係がうまくいかなくて辛い思いをしていたときなど、お二人のことばによって、何度助けられたことか。
 ここまで仲良くなれたことに本当に感謝している。現在は、家族やよほど親しい友人でない限り、他人の話を身を入れて聞くなどということはない。
 ただし、ご主人がいまは体調があまりよくないため、気軽に会いに行くことはできない。今日は、奥さまとはいくら話しても話たりないくらいおしゃべりに花が咲き、以前のような状態に戻った。ご主人もいつもながらのジョークを交えて話してくれ、冗談をいってニヤリと笑う顔が見えるようだった。
 Oさん、本当にありがとう。元気をもらいました。明日からまた頑張ります。早く体調を戻してくださいね。すぐに会いに飛んで行きますから。
| 親しき友との語らい | 22:39 | - | -
カルテットの会
 昨夜はほんのひとときパソコンから離れ、気の合う仕事仲間4人の飲み会&食事会に出かけた。
 これは本当に何でも話せる、決して出た話題は他言しない、思いっきりぶちまけるという女子会で、定期的に集まっている仲良し4人組。このさい、ネーミングをしようと思い立ち、「カルテットの会」と命名。でも、みんなピアノを弾いていた人ばかりだから、だれひとり弦楽器が得意な人はいないという、「演奏できないカルテット」だ(笑)。
 みんな声が低めだが、一番声の高い人から順に楽器を決めようということになり、STさんが第1ヴァイオリン、YTさんが第2ヴァイオリン、私がヴィオラ、KOさんがチェロと決まった。でも、みんな弾けないんだよね。まあ、単なるネーミングだから、いっか。
 というわけで、この前会ってから山ほどたまっていた話が出るわ出るわ、我先にと話し出し、食べているときも飲んでいるときも、一瞬たりとも話題が途切れることはない。ウワーっ、みんなエネルギッシュ。彼女たちは全員がものすごく仕事ができるし、やることが早いし、突進型。私もよく猪突猛進型だといわれるから、似た者同志が自然に集まったみたい。
 あれよあれよというまに5時間以上経過、「キャーっ、もうこんな時間」ということになり、バタバタと解散。「また、すぐに会おうねー」「まだまだ話したりないから」と叫びながら、それぞれ嵐のように帰路に着いた。
 今日は昼間はインタビューが2本分あり、夜は久しぶりにピーター・ゼルキンのリサイタルに行った。このコンサート評は次号の「モーストリー・クラシック」に書くことになっている。その間にあたふたと原稿も入稿したため、なんだか疲れてからだが重かったけど、精神的にはすっきり爽快。
 やっぱり腹を割って話せる、本音トークのできる友だちは貴重だ。ストレスは吹き飛ぶし、やる気がまた起きるし。でも、肌が荒れてしまった。まいったなあ、寝不足がたたったようだ。早く締切り地獄から脱しなくては…。
| 親しき友との語らい | 23:45 | - | -
河村尚子
 ドイツ在住のピアニスト、河村尚子の取材は長年続けている。デビュー当初からすばらしい才能だと感じ、エールを送り続けてきた。
 そんな彼女が2009年3月にデビューCD「夜想〜ショパンの世界」(RCA Red Seal)をりりースしたときには、ライナーを書くことになり、このアルバムは私にとっても記念すべきものとなった。
 オール・ショパンで組み立てられたCDは、彼女がもっとも得意とする作品が凝縮したもので、聴きごたえのあるものとなっている。事実、このディスクはありとあらゆるところで高い評価を得、「河村尚子」の名を人々に強く印象づけることに大きな役割を果たした。
 そしてついに、9月21日に第2弾が登場する(ソニー)。シューマンの「フモレスケ」、ショパンのピアノ・ソナタ第3番、シューマン=リストの「献呈」という考え抜かれた選曲である。
 今日は久しぶりに帰国した彼女にインタビューをし、作品についてじっくりと話を聞いた。このインタビューは「intoxicate」の次号に掲載されることになっている。
 河村尚子は、つい先ごろ敬愛する恩師、ウラディーミル・クライネフを亡くしている。この先生にまつわる話はこれまでたくさん聞いてきたが、本当に相性がよく、多くのことを得たという。
「ヘビースモーカーだったんです。ここ数年はもうタバコは吸っていませんでしたが、本当に残念です。いい思い出をたくさんいただきました。いまも、これからも、ずっと先生の教えは心の奥に存在し続けると思います」
 この第2弾の録音も、ぜひ聴いてほしかったと真摯な表情を見せた。
 なぜなら、ショパンはクライネフ先生から初めてレッスンを受けた作品であり、シューマンは「これはきみの曲だね」といってくれた作品だったから。
 彼女は5月下旬にサンクトペテルブルク・フィル・デビューを果たした。そして最近は各地の音楽祭にも招かれ、10月には日本でリサイタル・ツアーが行われる。
 以前、河村尚子のリサイタルのときに、近くで聴いていた海外のピアニストが、「すごい才能だ」とため息をもらしていたことを覚えている。同業者をもうならせる、日本の若きホープ。高い頂を目指して一気に階段を駆け上がっていく姿は、たのもしい限り。なでしこジャパンもそうだけど、日本女性は本当にたくましく、元気で、勇気を与えてくれる。
 今日の写真は、インタビュー時の河村尚子のにこやかな笑顔。このヒサコ・スマイルを見ただけで、なんだか気持ちが温かくなるよね。

| 親しき友との語らい | 22:29 | - | -
辻井伸行
 辻井伸行は、いつも話を聞くたびに「夢」を語ってくれる。
 今日は、「日経新聞」の今月下旬号のインタビューでいろいろと話を聞いたのだが、からだを乗り出して今後の「目標」や「夢」を話してくれた。
「ぼくはいつも夢をたくさん持っています。それらを実現するためにゆっくり時間をかけて勉強し、少しでも夢に近づきたいと思っています。いま考えているのは、もっと作曲の勉強をしたいということです。そして将来は、ピアノ・ソナタやピアノ協奏曲を書いてみたいんです」
 彼はこの話題になると、からだ全体で夢を表現するように、両手を頭上に掲げ、大きな夢に向かって飛翔していくような様子を見せた。
 今回は、リリースされたばがりの「神様のカルテ〜辻井伸行自作集」(エイベックス)についての話がメインだったが、彼はここに収録されている作品ひとつずつについて、作曲した時期、そのときの気持ち、どんな場所で作ったか、何に苦労したか、それらの思い出についてなど、雄弁に語った。
 辻井伸行はオフレコの話もおもしろい。
 以前、ショパンの取材でパリに立ち寄ったとき、ショパンの関係者である貴族の末裔の家にランチに招かれたそうだ。ところが、フランス料理ならではのソースを味わうためのパンがいくら待っても出てこなかったのだそうだ。
「このご夫妻はかなり年配で、ご本人たちはダイエットをしていたのか、あまり召しあがらない。でも、ぼくはいつかパンが出てくるものと思って、ずっとお皿のソースを残して待っていたのに、ついにパンは出てこなくて、お皿が下げられてしまいました。本当に残念でした。ふつう、パンって出てきますよねえ」
 このときの辻井伸行は、本当に不服そうな顔をしていた。余程そのソースを味わいたかったのだろう。いまでもその表情はよく覚えている。
 そして今回は、「ビール難民」になった話。
「アメリカ・ツアーでは地方の本当に小さな町に行って演奏したんですが、ある町でコンサートが終了したとき、もうレストランが開いていなくて、タクシーであちこち回って探したんですが、ビールの飲めるところが1件もなかったんです。何件も探してもらったんですが、まったくなし。ビール難民になってしまいました。最後は、仕方なくガソリンスタンドでようやくビールとおつまみを買って、それをホテルで食べたんですよ」
 コンサート終了後で、さぞのどがかわいていたことだろう。それなのに、なんと気の毒なことか。ただし、本人はケラケラと笑いながら話していた。
 彼はいつも前向きで、ちょっとやそっとのことでは動じない。こうしたアクシデントもなんのその、かろやかに乗り越えていき、あとで笑い話として話してくれる。だからだろうか、聞いている私はいつも大笑いしてしまう。
 自作集にはこれまで書きためてきたさまざまな曲が含まれ、最近の映画「神様のカルテ」のテーマ曲や、3月11日の震災で亡くなられたかたがたへの追悼と悲しみから立ちあがろうとする人に寄り添い、支えることができるようにと書かれた曲など、さまざまな曲が収録されている。
 そして最後に辻井伸行はもうひとつ胸の奥に抱いている「夢」を明かしてくれた。それは今回の自作集でもビートたけしに捧げられた「音の絵」が含まれているが、「いつの日かたけしさんの映画のテーマ曲が書けるようになりたい。そのために一生懸命勉強します」とのこと。ウーン、すばらしい夢。実現するといいですね。
 今日の写真はそんな「夢」をひたむきに語っている表情。ピュアでキュートで胸にググッとくるでしょう。 

| 親しき友との語らい | 21:44 | - | -
クラシック界の今後
 昨夜は付き合いの長いレコード会社のディレクターと、渋谷のおいしいイタリアンを食べに行った。
 ここはお魚料理がメインで、メニューにはよだれの出そうな(笑)、おいしそうな料理名がズラリ。しばし悩み、ワイン選びも悩んだが、結局あれこれ異なるお魚を選び、白ワインではなく、私の好きな赤ワインにした。銘柄は彼が選び、それがなかなか渋く深い味わいのワインで、お魚にもよく合った。
 彼とは本音で話せる仲。仕事の話、家族の話、これからの自分の方向性など、話は夜中まで尽きなかった。
 なかでも盛り上がったのが、クラシック界の今後のこと。ふたりともいつもこの話題になると止まらなくなり、お互いの仕事の将来性に関して丁々発止のことばの応酬となる。
 こうして話せる仲間がいることは、とても幸せだと思う。ひとりであれこれ悩んでいても結論が出ないことが多いが、実際に似た考えを持つ人と話すと頭が整理され、自分の考えが明確になっていくからだ。
 結論としては、「新しいことをしよう」「新たな試みにチャレンジしよう」ということになった。そうはいっても、すぐにはなかなか実行できないことが多い。一歩一歩、ゆっくり地固めして夢に向かって進んでいくしかないな。「なでしこジャパン」を見習って…。
 
 
 
| 親しき友との語らい | 22:09 | - | -
フランチェスコ・トリスターノ
 昨年に引き続き、フランチェスコ・トリスターノが6月から7月にかけて来日を果たした。今回は、直前に「bachCage」(ユニバーサル)のアルバムがリリースされ、それと連動した作品がリサイタルでも演奏された。
 実は、このドイツ・グラモフォンでのデビュー・アルバムのライナーノーツを書いたため、トリスターノの音はじっくり聴いてあった。だが、実際にナマで聴くJ.S.パッハとジョン・ケージの演奏は録音とはまたひと味異なる臨場感と即興性に満ち、心が高揚するものだった。
 今回もインタビューでさまざまなことを話してくれたが、彼は東日本大震災の被災者のことをとても心配していて、「自分にできることは何でもやりたい」と真顔で語った。
 フランチェスコはルクセンブルクの出身だが、フランスの国境近くに住んでいて、15キロほどのところにフランスの原発があるのだそうだ。それゆえ、小学生のころから避難訓練を定期的に行ってきたそうだ。
 だからこそ、日本の被害が人ごとではなく、身近に思えるのだという。
 トリスターノは大の日本びいきになったことは以前の記事にも書いたが、今回は約1カ月滞在したため、より日本に詳しくなった。日本語にも興味があり、日本語習得の本を片時も離さず持っていて勉強に余念がない。通訳のかたから日本料理の作りかたを英語で書いた本をプレゼントされ、それも大切に持ち歩いている。
 今回のインタビューはもうすぐ出る「フィガロ・ジャポン」に掲載される予定だ。
 もっとも愉快だったのは、名前の話。彼は以前、フランチェスコ・トリスターノ・シュリメと名乗っていたが、グラモフォン・デビューを機に「フランチェスコ・トリスターノ」に改めた。そこで「どうしてシュリメを削ったの。友だちには何て呼ばれている?」と聞いたところ、彼はシュリメという名は各地で正確に発音や表記されず、誤解を招くので外したといった。さらにフランチェスコの親しい呼びかたは「チチョ」だそうだ。
「でもね、一番気に入っているのは日本のマネージャーが呼んでいる“フラくん“。これ、最高じゃない。こんな呼びかたされたの初めてだよ。すごくユニークで親しみやすくて、ぼくに合うでしょう」
 そうか。これからは私も「フラくん」と呼ぼう。
 次なるアルバムもすでに構想ができているそうで、着々と準備に励んでいるそうだ。ライナーノーツにも書いたが、グラモフォンの歴史始まって以来のジャンルを超えたピアニスト。容姿端麗なのにすっごく気さくで、まったく気どりというものが感じられない。自作を作るのは「空気を吸うようなもので、ごく自然に曲想が湧いてくる」そうだ。
 今日の写真はそんなフラくんのごくリラックスしたポーズ。ピアノに向かうときとはまったく異なるやわらかな表情をしている。


 
| 親しき友との語らい | 14:30 | - | -
木村大
 ギタリストの木村大とは、デビュー当時からライナーノーツを書いたりインタビュー記事を書くなど、おつきあいが長い。
 いつも真夏になると、彼の1枚のCDを無性に聴きたくなる。2005年3月にロサンゼルス郊外の高級住宅地パサデナにある「ファイアハウス」と名付けられたスタジオで録音された、「カリフォルニアの風〜アンドリュー・ヨーク作品集〜」(ソニー)というアルバムである。
 このときは現地に録音取材に出向き、3日間ずっと木村大とアンドリュー・ヨークのふたりのギター、ベースのラリー・スティーン、パーカッションのティム・ティマーマンズの演奏を聴き続けた。
 彼らの音楽は真っ青な空にスコーンと抜けていくような爽快さと、鍛え抜かれたテクニック、演奏を心から楽しみながら奏でている心意気が伝わってくるものだったが、集中力がすごく、本番中はスタジオ全体に緊迫感がみなぎっていた。
 ここで興味深かったのが、木村大の音楽を始めるときの掛け声。「よしっ、行こう!」と必ずいってからスタートするのだが、それが「よしこっ」と聞えるため、モニタールームにいたディレクターが私のほうを見てにやり。毎回、「ほらっ、また呼ばれたよ」と笑う。
 このアルバムにはアンドリュー・ヨークのさまざまな側面を映し出す曲が含まれ、アンディを尊敬する木村大は彼との共演でいやが上にも緊張感が増し、うれしさよりも「いい演奏をしなくちゃ」との思いのほうが大きかったようだ。
 すべての録音終了後、彼は本当に安堵した様子で、「デビュー当時からずっと曲を提供してくれたアンディに、何か恩返しをしたかった。今回は、いまの自分が素直に出せたと思う」と振り返った。
 この録音の合間に、アンディの彼女の家におじゃますることができた。クルマで30分ほど走ると、あたりはうっそうとした森のなかに入り、別荘地のような雰囲気の場所に着く。その1軒が彼女の家で、裏側が渓谷のようなところに面している。
 そこにベランダが張り出していて、おしゃれな机といすが置いてあり、実にすばらしい雰囲気。ここでおいしいお茶をいただいた。
「ねえ、Yoshiko、こっちに来て」と声をかけられてベッドルームに入ると、大きなキングサイズのベッドがデンと置かれていた。そこにはアンディと彼女の写真がたくさん飾られている。
「今回レコーディングした曲のいくつかは、彼がこの部屋で仕上げたものなのよ」
 えっ、そんな…。そこまでいうか(笑)。まあ、愛し合っているということをいいたいのだから、いいけどね。こっちがちょっと照れてしまう。
 アンディは、その後この彼女と結婚した。めでたしめでたし。
 私が特に何度も聴いているのが「アルバイシンの丘」。アンディの最新作で、大のために書かれた。フリギア旋法的な部分があり、スペイン好きの私の心をとらえてやまない。
 もうあれから6年目の夏を迎える。だが、あのときにレコーディングで聴いた彼らのまさに「カリフォルニアの風」を思わせる演奏は、いまだ耳の奥に確かな存在感をもっていすわり続けている。
 木村大とは、その後も話をする機会が多いが、いつも本音で語るナイスガイ。そして演奏は全力投球型。もっともっと大きくはばたいてほしい。カリフォルニアの真っ青な空に飛翔していくように。
 今日の写真はそのジャケット写真。ここでひとつとっておきの話。この撮影のとき、日曜日でデパートが休みだったため、彼らは撮影用の洋服が買えず、大変な苦労をした。そんなエピソードもいまはなつかしい(?)

| 親しき友との語らい | 17:45 | - | -
及川浩治
 ピアニストの及川浩治には長年話を聞き、演奏も聴き続け、コンクールでも手に汗握る思いで演奏を聴いてきた。
 彼は非常にエネルギッシュで、作品に思い入れの深い、ともすれば作曲家自身が弾いているようなピアノを弾く。
 ショパンでもリストでもベートーヴェンでも、及川浩治が弾くと、作曲家の姿が見えるような思いにとらわれる。彼はとことんその作曲家になりきるからである。
 彼のピアノからは心の内なる叫びといおうか、慟哭のようなものが伝わってくる。
 しかし、素顔は気どりや気負いがまるでなく、フランクで、よどみなく話す。ただし、これは興味のあることに限る。自身が興味のないことに関しては、まったく目もくれない。とてもはっきりしている。
「ものすごくわがままなんですよ。B型ですから(笑)。もっと周囲の人たちに合わせないといけないと思うんですが、それができない。みんなぼくに振り回されるっていいますね」
 だが、これが及川浩治の個性なのである。演奏もあくまでも自己を主張するもので、喜怒哀楽の感情が強く投影されている。
 いつも彼とのインタビューは、楽しくリラックスした時間をすごすことができる。彼も超リラックス。リスト・イヤーの今秋は「リストの手紙」〜フランツ・リストへのオマージュ〜と題したリサイタルを開く(9月11日サントリーホール他、地方公演も有り)。
 今回のインタビューでは、そのリストへの思いを聞いた(「ムジカノーヴァ」7月号に掲載)。彼はリストのヒューマンなところにほれ込んでいるとか。リストの話になったら、何度も曲の旋律を歌っていた。うーん、それほどリラックスしていたのね。
 今日の写真はそのふだんの顔をした及川浩治。
「伊熊さんの前で、こんなにデカイ態度をしている人っていないでしょうね(笑)」
 いえいえ、その自然体の姿がいいんですよ。インタビューでも歌いっぱなしでしたからね…。ぜひ、歌心あふれるリストを聴かせてください。

| 親しき友との語らい | 23:23 | - | -
青柳晋
 ピアニストの青柳晋とは、もうずいぶん長いおつきあいになる。彼は端正な顔立ちゆえ、性格もおだやかで上品で落ち着きに満ちているのかなと思いきや、実は大変な冒険好き。
 幼いころから欧米各地で過ごし、転校を繰り返してきたためか、どんなところでもどんな人とでもスッとなじめる特質を備えている。
「北欧のマスタークラスに参加したときもまわりはみな欧米人ばかりで、たったひとりの日本人でした。でも、それか実に気持ちよくて、自由を満喫しました」
 このときは勉強の合間に湖にボートで漕ぎ出し、人っ子ひとりいない鏡のような水面をひたすらオールを動かしているうちに奥深いところまで行ってしまったという。もしもそこで何かあったら、だれにも助けてもらえないのに…。
「まあ、無事に戻ってきたからよかったですけどね。一時は何も音のしない、だれもいないシーンとした水の上で、どうやって帰ろうかと途方にくれましたよ(笑)」
 留学時代にも壁にぶつかり、突然思い立って空港に行き、トルコまで飛んで行ったこともある。
「ピアノ音楽と関係ないところに行きたかったんです。後先考えずに乗ってしまいましたね」
 そんな青柳晋はジョン・フィールドの「ノクターン集」(KTR records)の録音が縁でアイルランドまで行って演奏する機会を得、その後ショパンの「ノクターン選集」の録音が高い評価を得た。
 そしてリスト・イヤーの今年、6月14日には王子ホールでフィールド、ショパン、リストのノクターンを含むリサイタルを行う。リストに関しては、「リストのいる部屋」と題したコンサートを続けているが、より気楽にクラシックを楽しめるプログラムをと考え、3人の作曲家の名曲を集めている。
「リストのノクターンは演奏される機会があまりない曲ですが、とても楽しい曲想を持っているので、楽しんで聴いていただけると思います」
 このリストに関するインタビューは、「ムジカノーヴァ」の現在発売されている6月号に掲載されている。
 青柳晋は東京芸術大学で教鞭を執っているが、そこには自転車通勤をしているそうだ。ジムにも通ってからだを鍛えることもしている。すべてはピアノを自然体で弾くことができるようにとの考えからだ。
 そして何より興味深いのは、「映画やテレビに俳優として参加したい」という夢を抱いていること。もちろん主役や重要な役ではなく、本人いわく「チョイ役」で満足とのこと。
 どなたか、彼に芝居の出演依頼をしてくれませんか。どんな役でもいいそうですよ。汚れ役でも、アブナイ役でも、通りすがりの役でも。
 今後はアフリカの草原の小高い山から鉄線のロープで滑り降りる冒険などにもチャレンジしたいとか。
 こんなユニークなピアニストが演奏する「ノクターン」、おもしろくないわけがない。ぜひ耳を傾けてほしい。

 今日の写真はインタビュー後のリラックスした表情。ねっ、これだけでなんだか俳優っぽい雰囲気がただよっているでしょ。

| 親しき友との語らい | 22:05 | - | -
假屋崎省吾
 華道家の假屋崎省吾さんは、いつ会ってもエネルギッシュな人である。
 以前、仕事で青山のご自宅におじゃまし、その後コンサートなどで何度もお目にかかり、昨年のショパン・コンクールでもご一緒した。
「ねえ、假屋崎さん、どうしていつもそんなに元気なの。時差ボケもまったくないっていうし、何かいい方法でも?」
 こう聞くと、彼はひとこと。
「大好きなお花と一緒にいるから、元気でいられるわけ」
 時差ボケしない理由に関しては。
「それは飛行機で寝ないようにしているから。みんなすぐに寝るでしょ。あれはダメ。映画でも見ながら無理して起きていて、現地に着いたらその時間に合わせてまだ起きていて、夜になったらようやく寝る。そうするとすごく疲れているからぐっすり眠れる。次の日はもう大丈夫!」
 ウーン、なかなかまねできそうにない。
 彼は子どものころからピアノを習っていて、いまではピアノを中心にほぼ毎日コンサートに出かける。あんなに忙しいのに…。
「ほら、スケジュール帳見て。私の場合はコンサート中心で、仕事は二の次(笑)。これは冗談だけど、音楽を聴いて美のオーラをからだいっぱいに浴びることで、仕事に対するエネルギーが湧いてくる。長い間ピアノのレッスンをしていなかったけど、数年前からまた始めたし」
 これはヤマハのWEB「音楽ジャーナリスト&ライターの眼」の特集記事のインタビューとして、今週から3回にわたって掲載される。
 話を聞いたのは、彼の赤坂の花・ブーケ教室。さまざまな花が置いてあり、いい香りが部屋いっぱいに広がっていた。そうか、この香りも美のオーラなのね。
 いつも假屋崎さんに会うと、時間の使いかたのうまさに舌を巻く。ああ、私もこういうふうに、もっと時間に余裕をもって生きたいなとつくづく思わされる。それにしても「美のオーラ」、なんていいことばなのだろう。
 彼はすごく早口でポンポン話し、話題はあちこちに飛んでいく。ショパン・コンクールのときに食事をご一緒したときも、話題は尽きなかった。
 でも、今回はインタビューだから仕事である。私はその飛んで行った話をストンと元に戻して、次に進めていく。
「伊熊さんって、私の飛びっぱなしの話をうまく戻してくれるから安心。ふつうは一緒にどこかに飛んで行っちゃうんだけど…」
 これには、居合わせた全員が大笑い。
 さて、今日の写真はそんなインタビューの場での1枚。私が「せっかくだから、お花と一緒に撮りたいんだけど」というと、すぐに黄色の美しい花々が用意された。
 うん、やっぱりお花と一緒だと、表情が生き生きとしていますよ。

| 親しき友との語らい | 16:12 | - | -
仲道郁代
 ピアニストの仲道郁代は、デビュー当初から取材をし、インタビューを行っているひとりである。
 ジュネーブ・コンクールも、エリーザベト・コンクールも取材に行き、演奏を聴いてきた。そして1994年の9月にはロンドンの西方に位置するブリストルで行われた海外録音にも足を運んだ。
 彼女はデビューしたころはひたむきで、いつも前を向いて一直線に進んでいる感じで、「いまどれだけ真剣にやるかが勝負なんです」と語っていた。
 そんな彼女はレパートリーを徐々に広げ、さまざまな活動を行い、いまや日本を代表するピアニストのひとりとして確固たる地位を築いている。
「これまでいつもアップアップした状態で、こんなこと自分にできるのかなと思うことでもひたすら挑戦し続け、ここまでやってきました」
 最近またインタビューで出会った彼女は、こんなことばを口にした。
来年秋にはデビュー25周年を迎えると聞き、いままでさまざまなところで聴いた演奏が一気に蘇ってきた。
「高い頂に挑戦するたびに、それぞれの専門家のかたたちに出会い、知識や解釈など多くのことを教えていただきました。それらすべてが糧になっています。本当に人との巡りあわせは大切ですね」
 最近はショパンのピアノ協奏曲第1番、第2番を有田正広指揮クラシカル・プレイヤーズ東京と共演し、ショパンが愛したプレイエルを使用して演奏した新譜と、パーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメンと共演したベートーヴェンのピアノ協奏曲第1、2、4番をリリースし、ベートーヴェンのピアノ協奏曲全集を完結させた。
 仲道郁代はいま、音楽をもっと社会と結びつけたいと考えている。そのために自分が何ができるか、何をすべきかを模索中だという。そしてできる限り早くできることから実践したいと語る。
 何年たっても、彼女のひたむきさは変わっていない。いつも新しいことに向かって走り続けている。でも、必死さは見えず、明るくにこやかで自然体。このインタビューは「ムジカノーヴァ」の2011年3月号に掲載された。
 
 今日の写真はインタビュー終了後にパッとポーズをとった仲道郁代。
「ねえ、仲道さん、いつも私がインタビューが終わってすぐにブログ用の写真を撮っていいですかと聞くと、みんな似たようなポーズをとるんだけど、どうしてかしら? 別に頼んでいるわけじゃないのに…」というと、彼女はひとこと、「あら、伊熊さんがそういう気にさせるのよ」といった。
 ああ、そういうことなのね。まっ、みんないい顔してくれるから、深く考えなくてもいいかっ。

| 親しき友との語らい | 21:59 | - | -
ポール・ルイス
 今日はマネージメント会社を経営している友人のTさんと、白金でランチをご一緒した。
 そのなかで、この時期に来日してくれるアーティストは本当に貴重で、感謝してもしきれないという話題になった。
 彼女とは職種は異なるが、同じクラシックの世界で仕事をしているため、話がとても合う。ばらちらしをいただき、その後カフェでケーキを食べて紅茶を飲み、結局彼女のオフィスまで行ってまた話し込み、気がついたら5時間もおしゃべりしていた。
「でも、まだ話し足りないね。お互い仕事をしなくちゃいけないし、今日はこのへんにして、また近いうちに続きをしよう!」
 別れた後は、なんだか胸のなかがすっきり。本音で話せる友人は、本当に大切にしたいと思った。それにしても、話し足りないなあ(笑)。
 このときに先日「シューベルト・チクルス」で来日したイギリスのピアニスト、ポール・ルイスの話題が出た。
 彼はいま世界各地で「シューベルト・チクルス」を行っていて、日本では王子ホールで2年間にわたって演奏することになっている。
 4月21日の第1回はピアノ・ソナタ第15番ハ長調、3つのピアノ曲D946、ピアノ・ソナタ第17番ニ長調を演奏。いずれも磨き抜かれたテクニックと深い洞察力に支えられた情感豊かなピアニズムで、真のピアノ好きをうならせる圧倒的な存在感を示した。
 とりわけ印象に残ったのは、3つのピアノ曲の第2曲。香り高く気高く、涙がこぼれそうになるほどの美しさだった。
 今年の1月にインタビューをしたときは、「シューベルトを演奏することは、自分の音楽を発見すること」だと語っていた。
 彼は20代のころからシューベルトを弾いているそうだが、その作品は人間の本質を描き出し、常に人間としての生きかたを問いかけてくる感じがするという。
 よく、シューベルトは奏者が成熟しないと弾けないといわれるのは、そこに大きな理由があるのかもしれない。
「確かに、シューベルトの作品は楽譜を見てすぐには理解できません。時間をかけてじっくりとその内面に近づき、作品が内包する陰影や深い情緒やひそやかでありながら雄弁な語り口をひも解いていかなくてはなりません。でも、それが魅力であり、ピアニストを惹きつけてやまない理由だと思います。人間の根源に根差した音楽ですから」
 ポール・ルイスは、シューベルトの歌曲をテノールのマーク・パドモアと組んで演奏し、録音も行っているが、リートを演奏するとよりシューベルトの本質に近づくことができるという。
「リートのピアノ伴奏をすると、歌詞により世界が具体化し、ピアノの音だけでは見えなかった新たな広がりが見え、色彩感が定まってきます。リートが投げかけてくるのは死や喪失や絶望などが多いのですが、反面どう生きるかという問いかけもあります。それを音で表現するのには、やはり演奏者自身が成熟しないとならないのかもしれません」
 ポール・ルイスの次なる演奏会は7月1日、その後は12月8日の予定だ。心の奥に強い印象をもたらす彼のシューベルト、次回も胸の奥に染み込む音楽を聴かせてくれるに違いない。
  
 今日の写真はインタビュー時のポール・ルイス。知的でおだやかで説得力のある話かたが印象に残る。

| 親しき友との語らい | 21:23 | - | -
小川典子
 小川典子との出会いは、1987年秋。場所はイギリスで開催された第9回リーズ国際ピアノコンクール。彼女はここで第3位入賞を果たし、以後ロンドンと東京を拠点として世界的に幅広く活躍するようになる。
 小川典子はいつも飾らず気負わず自然体。語り口は端的でクリア。自分に正直で、音楽に対しても凛とした姿勢を崩さない。
 演奏は非常にエネルギッシュでスケール大きく、冒険心にあふれているが、近年はそこに内省的な響きが加わり、音楽がより深くなった。
 そんな彼女には長年インタビューを行い、さまざまな話を聞いてきたが、いつも私の脳裏にはリーズ・コンクールのときのひたむきな演奏が浮かんでくる。最初に聴いた演奏というのは、インパクトの強いものなのである。彼女はこのコンクールをステップとし、イギリスに居を定め、さまざまな苦難を乗り越えながら今日の確固たる地位を築き上げた。
 もう3年半ほど前になるだろうか。私はある仕事で人間関係がうまくいかず、ものすごく落ち込んでいた。そんなときに小川典子の取材が入ったが、私的な感情は表面に出さず、無事に仕事を終えた。すると、彼女が腕を引っ張って部屋の隅へと私をいざなった。
「ねえ、何かあったの? 顔が変よ。私にはわかるんだから。よかったら聞くけど…」
 私は「しまった」と思った。隠しているつもりだったのに、彼女にはわかってしまったからだ。
 時間もなかったためおおまかなことだけ話し、その日は別れた。すると後日、ロンドンからていねいで心のこもった励ましの手紙が送られてきた。小川典子も、ここまでくるのに言葉ではいえないほどの苦労を経験している。その彼女の励ましは、決して文字数は多くなかったが、涙が出るほど心に響くものだった。これで私はどん底から這い出ることができたのである。
 でも、次に会ったときには、もう彼女は何もなかったような顔をしている。私ももう引きずらない。
「お互いにいい仕事をしようね」
 彼女の瞳が私にそう語りかけていたのがわかったからだ。
 そして2010年のクリスマス。またインタビューをすることになった。小川典子はいま取り組んでいるベートーヴェンについてエネルギッシュに語った。このインタビューは「ムジカノーヴァ」の2011年2月号に掲載されている。
 そのときに、ロンドンで焼いて持ってきたというフルーツケーキをごちそうになった。いわゆるヨーロッパのクリスマスに登場するさまざまなドライフルーツの入ったどっしりとしたケーキである。このおいしさときたら…。カメラマンと編集者は男性なのでおかわりをしていたが、私はひと切れでやめておいた。でも、そのあとに他の仕事が入っていたため、その人たち用にと、もうひと切れいただいた。
 ただし、その後の仕事ではあまりにも多くの人がいたため、出しそびれてしまった。というわけで、結局このひと切れは自宅に「お持ち帰り」となった次第だ。小川さん、ごちそうさま! 頬がゆるんで、ついにんまりしてしまうほどのおいしさでしたよ。また食べたいな(笑)。



 
  
| 親しき友との語らい | 18:07 | - | -
近藤嘉宏
 今日は、久しぶりにインタビューをするため、ピアニストの近藤嘉宏に会った。彼は3年ほど前に体調を崩し、かなり長い間ピアノが十分に弾けない状態だったが、いまはすっかり元気を取り戻した。
 体調を崩したときは胃もやられ、毎日おかゆとゆでたキャベツだけを食べ、短期間で8キロもやせてしまったそうだ。ようやく治って初めて食べた普通の食事は、「豚肉の生姜焼き」。感動するおいしさだったとか。以後、豚肉が大好物、あとは野菜があれば満足。
「その両方が食べられる豚のしゃぶしゃぶが一番好きですね」
 近藤嘉宏とは、彼がデビューしたころからのつきあいで、長年演奏を聴き続けている。今回は、2009年から始まったベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲録音の話が中心となった。
 実は、その第3弾のライナーノーツを書き、事前にしっかり音源を聴いてあったため、対話がはずんだ。第3弾はピアノ・ソナタ第21番「ワルトシュタイン」、第23番「熱情」、第24番という組み合わせ(ベルウッド・レコード 3月23日発売)。特に各々のソナタの緩徐楽章(第2楽章)が心に響く美しさ。その楽章の話になったら、彼の目は輝きを増し、早口になり、ベートーヴェン論が止まらなくなった。
 このインタビューは、次号の「intoxicate」(タワーレコード)に掲載される予定である。
 彼は1991年にミュンヘン国立音楽大学に留学し、2年間ゲルハルト・オピッツに師事し、ベートーヴェンの真髄を学んでいる。そのオピッツは名ピアニスト、ヴィルヘルム・ケンプからベートーヴェンの精神を学んだ。オピッツにインタビューしたさいに聞いたことでは、ケンプは、ベートーヴェンの堅固な構築性を持つ作品のなかにも自由に解釈する部分が多々あることを教えてくれ、勇気を持って自分のベートーヴェンを演奏しなさいといったそうだ。
 近藤嘉宏はそのケンプの演奏を昔から愛聴してきた。まさに伝統は受け継がれ、ケンプからオピッツへ、そして近藤へと作品が内包する精神がバトンタッチされている。
 近藤嘉宏と私の共通項は、「クラシック音楽を広めたい」という気持ち。彼はデビュー当時から目標を達成するために自分ができることは何でもやるという腰のすわったタイプで、こんなことを語っていた。
「最近はアカデミズムが過度に強調されていると思うんです。昔はルービンシュタインやホロヴィッツをはじめ演奏家は非常に個性があり、その人の演奏を聴きたいという強い気持ちでみんなホールに足を運んだ。それが徐々に演奏家ではなく、人々の興味がアカデミズムのほうに流れてしまったんですね。ぼくはもっと演奏家が主体となり、演奏で聴衆を魅了しなければいけないと思う。そうしないと音楽を楽しむ文化が根付かない。その一端を担うのが目標であり、夢なんです」
 その考え、大賛成。初心を貫き、夢に向かってゴーゴー!

| 親しき友との語らい | 23:30 | - | -
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