Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

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フェリシティ・ロット
 イギリスの名ソプラノ、デイム・フェリシティ・ロットもこの時期に来日してくれた。
 彼女は1994年にカルロス・クライバー指揮ウィーン国立歌劇場の来日公演でR.シュトラウス「ばらの騎士」の元帥夫人を歌い、2009年にはN響定期に出演したが、今回は初リサイタルとなった。
 フェリシティ・ロットといえば、私は1994年にウィーンでこの「ばらの騎士」を聴いたときのことを思い出す。考えてみれば、あれからすでに17年の歳月が経過した。そのときの記事を再現したい。

 本当にクライバーが振るのだろうか。また直前になって急きょキャンセルするんじゃないだろうな。3月21日、ウィーン国立歌劇場のオーケストラ・ピットにクライバーが姿を現すまで、この不安はずっと脳裏をかすめ続けていた。
 クライバーがウィーンでR.シュトラウスの「ばらの騎士」を振るというニュースはもうずいぶん前から伝えられていたが、自分の目指す音楽が完璧に表現できないと容赦なくキャンセルする彼のこと、今回も直前までその出演が危ぶまれていた。
 しかし、同じキャストで今秋日本公演が6公演組まれていることもあり、ウィーンでの3公演はたぶん大丈夫だろうというのが大方の予想だった。
 不安を抱えながら現地入りしてみると、なんと立ち見券を確保するのに徹夜で並んでいる人が大勢いる状態。かたやクライバーが投宿しているインペリアル・ホテルには日本のファンが山ほど宿泊し、クライバーのためならいくら払ってもかまわないと決死の構え。ブラックマーケットでは最高2万円のチケットが10万円だ、いや20万円だと大フィーバー。
 歌劇場の前はテレビ中継車がデンと居座り、23日のみの撮影と思いきや、もしもの場合を考えて全日程撮影の準備をしている。
 さて、18日の初日には確かにクライバーが登場し、無事に振り終えたものの、例のおじぎをしてから振り向きざまにタクトを下ろしたためウィーン・フィルの出足がそろわず、クライバーは完全にアガリ、それが歌手陣にも伝染して総アガリ状態になったとか。
 新聞は「クライバーは失敗か!」と書き立て、そのニュースは世界中から駆けつけたクライバー・ファンを不安に陥れた。
 ところが、クライバーもウィーン・フィルも名誉挽回とばかりに発奮し、私が聴いた21日は超の付くすばらしい出来。クライバー特有の踊るような指揮にも拍車がかかり、ウィーン・フィルも負けじと底力を発揮。こんなにも緊張感に満ちた精緻なウィーン・フィルの響きを聴いたのは、正直いって初めてだった。
 歌手はといえば、オクタヴィアン役のアンネ=ゾフィー・フォン・オッターが若々しく凛々しい美男ぶりを見せ、まさに17歳という役どころがピッタリ。銀のばらを届けに行ったときにゾフィー(バーバラ・ボニー)がひと目惚れする気持ちがよく伝わってきた。
 ボニーも可憐で美しかったが、これまでのゾフィーに知的さと意志の強さを加え、独特のゾフィー像を生み出した。
 クライバーが見出したという侯爵夫人役のフェリシティ・ロットも輝きに満ちた自然な歌声で盛んな拍手を浴びていたが、彼女は演技力抜群で、若い愛人を年相応の恋人に譲る微妙な女心をさりげなく表現し、大喝采を浴びた。
 そこにオックス男爵役のクルト・モルが名演技と張りのある低音で切り込んでくるから、もうこれ以上のキャストは考えられない。
 クライバーは絶対にダブル・キャストは組まないから彼女たちは大変だが、それだけに息の合った最高の歌が堪能できるというもの。
 まさにこの日は心が高揚し、頭のなかにはあの有名なワルツが繰り返し登場して、なかなか寝付けなかった。

 そんな思い出がフェリシティ・ロットのリサイタルの間中蘇っては消え、また再び現れ、上質で気品あふれる歌声を全身に浴びながら、私は17年という年月の流れを深く感じ入った。
 ロットの今回のプログラムは長年愛してきたシューマンとプーランク、そして英語の歌の数々。特筆すべきはオッフェンバックやメサジェのオペレッタで、ひとり芝居ようにかろやかな演技を加え、気高く美しく、ウイットとユーモアに富んだ歌唱を披露した。
 そして、アンコールの最後に感動的なシーンが待っていた。ロットは今回の大震災に対して短いメッセージを語った後、「よい明日が来ますように」と聴衆に語りかけ、R.シュトラウスの「明日」を歌ったのである。
 この歌のなんと心に深く響いたことか。とりわけグレアム・ジョンソンのピアノが味わい深く、これまでこんなにも胸の奥に浸透してくる美しい「明日」の前奏を耳にしたことはなかった。もうこれだけで、みなハンカチを出したり、目頭を押さえたり…。

 フェリシティ、あなたのすばらしい歌声は健在でした。しばし現実を忘れ、夢の世界へと旅をしました。本当に感謝しています。


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