Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

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アンドレ・ワッツ
 アメリカのピアニスト、アンドレ・ワッツは、楽屋の外で黒ずくめの格好をして葉巻をふかしていると、俳優のようである。それもどこかのボスかアブナイ役が似合いそう。
 しかし、実際の素顔は気さくでやさしく紳士的。興が乗ると一気に雄弁になり、我を忘れてその話題に突っ走る傾向がある。
 1990年のショパン・コンクールで第1位が出なかった話をしたところ、表情が変わり、熱くなった。インタビュー・アーカイヴ第13回は、そのワッツの登場だ。

[ショパン 1991年1月号]

作品のなかでいかに自分を解放させるかということにポイントを置いている

 1990年11月6日、アンドレ・ワッツのシューベルトを聴いた。即興曲より第1番変ホ短調、ピアノ・ソナタ第20番イ長調、そして幻想曲ハ長調「さすらい人幻想曲」。
 これが前半のプログラムだったが、「さすらい人幻想曲」にいたく感激し、後半のショパンとドビュッシーを聴いてもまだ耳のなかで「さすらい人幻想曲」が鳴っている感じだった。
 そこで今回はこのシューベルトに関しての質問からインタビューに入った。

演奏を楽しんでもらうほうがいい

 素顔のワッツはとても柔和な雰囲気を持った人あたりのいい人。話すときは顔の表情がくるくる変わり、役者を目の前にしているようだ。
 そういえば「さすらい人幻想曲」もひとり芝居のようだった。目もさめるようなテクニック、両足の絶妙なペダリング、いかにも楽しそうで、ワッツのからだの動きにつられてしまうほど、そのノリはすごかった。
「シューベルトは大好きな作曲家だから、ずいぶん演奏している。彼の音楽は本当に自然で、こちらも自然な気持ちで弾くことができるから。彼の作品は最後の3つのソナタが特にすばらしいと思う」
 ワッツはシューベルトをこんなふうに話し出した。シューベルトといえばすぐにリートを頭に思い浮かべてしまう。さまざまな歌手がシューベルトの歌曲のすばらしさを語っているが、ピアノ作品について語ったものはあまり多くない。
「もちろんリートはシューベルトの代表的なものだけど、それだけでシューベルトは語れない。ことばも重要だけれども、私はメロディがとても大事だと思う。シューベルトのピアノ作品はメロディがとても美しいし」
 ワッツの演奏は一種のパフォーマンスのように、見ていて飽きない要素を持っていた。
「知識を演奏のなかに出して弾くということも大事だけれど、私は演奏を楽しんでもらうほうがいいね」
 そう、まさしく彼の基本姿勢は聴き手に伝わった。これはワッツが16歳のときに運命的な出会いをし、デビューのきっかけを作ってくれたバーンスタインの影響が大きいのだろうか。
「もちろんバーンスタインから学んだことも多いし、他の演奏家の影響も受けているよ。演奏家というものは伝統的な弾きかたをしっかり守っている人もいるし、そうではなくそれから解放されて自分の自由な気持ちを大切にして弾く人もいる。私はどちらかというと、演奏するするときにその作品のなかでいかに自分を解放させるかということにポイントを置いているんだ」
 ワッツはもともと自分をオープンに表現していくタイプなので、ピアノを学んでいく過程では、むしろそれを制御し、気持ちをコントロールしていくことに重点を置いたとか。
「私ぱむしろオープンになりすぎて、風車が回っているように音楽がどこかに飛んで行ってしまいかねない(笑)。この自由に開放的に演奏するというのは、ことばでいって教えられるものではないし、自由に表現していいんだよ、っていくらいっても伝わるものではないから」
 それから彼はたとえば、といってラフマニノフの場合は本当に自由に感情をそのなかに出せるんだが、シューベルトの場合はそうはいかないといった。
「シューベルトを演奏するときに聴き手を笑わせようと思って弾くと、聴衆は反対に泣いてしまう。逆に泣かせようと思うと今度はほほ笑みを引き出すことになる。これが難しいところなんだよね」
 
大きな手は有利か

 ところで、ワッツはとても大きな恵まれた手を持っている。しばらくこの手の大きさの話になったが、ワッツに大きな手はピアニストとして有利ではないか、と聞いたところ、彼はこんなユニークな答えを返してくれた。
「手が大きくて得をしたなんて考えたこともなかったなあ。昔、ヨゼフ・ホフマンという有名なピアニストがいたんだけど、彼はとても小さな手をしていた。ラフマニノフは結構大きな手をしていた。そのふたりがニューヨークでほんの目と鼻の先に住んでいた時期があってね、もちろんふたりとも自分こそ世界で一番すばらしいピアニストだと思っていた。
 私はふたりともすごいピアニストだと思っているから、これを考えても手の大きさは関係ないと思う」 
 彼は、だってアルゲリッチだってラローチャだって男性にくらべたら決して大きな手をしているわけではないのに、バンバン弾くでしょ、といって笑った。
「ショパン」編集部にはピアノを習っているんだけれども自分は手が小さいので苦労しているとか、ピアノに向いていないのではないか、という悩みが数多く寄せられる。これに対し、ワッツはこんなアドヴァイスをしてくれた。
「何でも否定的に考えてはいけない。私は指はそんなに長くないけど、掌が大きい。だからいつもデリケートなこまかいところを弾くときは細心の注意をするようにしている。それが手の小さい人や指の細い人は全然考えないで弾くことができるわけだから、この分有利だよね(笑)。ベートーヴェンの《熱情》のこまかいところなんか、指がからまっちゃって大変なんだから」
 ここでワッツは相撲だって大きな力士が必ずしも強くはないでしょ、といい、だから手の小さな人もくじけずに頑張ってほしいと付け加えた。

コンクールって何なんだ

 ワッツはどんな質問にもていねいに誠意を持って答えてくれるが、概してもの静かな印象だ。ところが、話題が今秋行われたショパン・コンクールにおよび、第1位が出なかったことを知ると、途端に声の調子が変わり、口調がはげしくなった。
「どうして1位を出さないんだ。若いピアニストがせっかく一生懸命弾いているのに、審査員はなぜ彼らをバックアップしようとしないんだ」
 彼は優勝者が出ないことにこだわった。今回はそこまでのレベルに達した人がいなかったと判断したに違いないと説明しても、ワッツは納得しなかった。
 そしてどんな審査員の顔ぶれだったか、どんな参加者だったか、と逆に質問攻めにあってしまった。
「マズルカ賞もコンチェルト賞もないなんて考えられない。わざわざ賞を出さないで弾いた人たちを傷つけることは、私としては考えられない。だってコンクールは一生懸命弾いた人を応援するためのものでしょう。いったい今回の審査員はそこをどう考えているんだろう。審査員というのは、コンクール後に若い人たちが成功するように応援するべき立場なのに」
 こういってワッツは、じゃ、だれが若いピアニストをこれから応援していくんだ、いったいコンクールって何なんだ、といい続けた。
「でも、もしもこの記事を今回審査員をした私の仲間が読んだら、彼らとこの件で議論しなくちゃならなくなるね」
 しばらくコンクール談義をした後、彼は苦笑しながらこういった。しかし、その後またこういい出した。
「参加者に対し、1位という結論を出すということは、それなりのよさとかレベルの高さを感じるということだから、そこで1位を出すことによって審査員の資質を疑われると思っているんじゃないかな」
 ワッツはとても正直に、率直にいろいろな意見を聞かせてくれた。そしてテニスのトーナメントの例まで出して、若い人がキャリアを築くことは本当に難しいと語った。
 ワッツは幸運なことにコンクールのタイトルがなくてもデビューできた。それは彼自身本当にラッキーだったといいながら、今回のショパン・コンクールの結果は、現在のピアニストのデビューの難しさを改めて考えさせられることだ、と語った。
「これだけコンクールが多いと、今日優勝しても、明日また違った優勝者が出てきたら前の人は影が薄くなってしまう。演奏者にとって絶対的に安心できるということはなくなってしまった。だから審査員もそこのところを考えないとね」
 つい夢中になっちゃって…もうこれ以上いうとさしさわりが出てきてしまうから、といってワッツは話を終えた。ステージの彼もふだんの彼も、とてもストレートで熱血漢。
 でも、そんななかにじっくり考えながらひとこつずつ話す誠実さと、いわゆる人のよさを発見して気持ちが温かくなった。
 演奏を聴き終わってすぐまた聴きたくなる、インタビューが終わってからもまた会って話が聞きたくなるという気持ちになったのにはわれながらビックリ。
 ただの熱血漢ではない。演奏を通して音楽の楽しさを味わわせてくれたワッツは、素顔もアメリカン・スピリッツのかたまりのようで、聞き手を楽しませてくれた。最近リリースされたCDもエンターテインメントに徹している。これからも注目度100パーセントのアーティストである。

 今日の写真はそのときの雑誌の一部。大きな手を振り回しながら話す姿は、まさに役者のよう。

| インタビュー・アーカイヴ | 23:31 | - | -
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