Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

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フェデリコ・ガルシア・ロルカ
 年末年始のスペインの旅の目的のひとつに、フェデリコ・ガルシア・ロルカの生家を訪ねることが入っていた。
 昔からガルシア・ロルカの詩が大好きで、どこか死の匂いがただようシンプルで率直な詩に無性に惹きつけられている。
 ガルシア・ロルカの生家は現在記念館として一般公開されているが、グラナダから行くのにひと苦労。バスがあると書いてあったが、それはほとんど通っていないにも等しく、グラナダ駅の近くのバス停にあった時間表は判読不能なほどの古さ。ちょうど駅の前に、ポツリと1台止まっていたタクシーに乗った。
 生家は、グラナダから西へ約14キロほどのフエンテ・バケーロスという小さな村にある。ガルシア・ロルカは1898年6月5日、この村の富裕な農家に生まれた。彼は文学のみならず、音楽、美術にも造詣が深く、劇作家でもあった。この家にはそんな彼の天才性を示すさまざまな資料が展示されていた。
 あまり訪れる人がいないのか、生家には年配の男性がひとり記念館の案内役をしていたが、この人はとても親切で、あらゆる物に関して実にていねいに説明してくれた。
 この村はいまではかなり住宅も建ち、商店もにぎわっていた。だが、電車もバスもないため、多くの人が来ないようだ。こんなにも偉大なガルシア・ロルカの生家がそのまま残っているのに、非常に残念だ。因みに、グラナダ空港も彼の名前がつけられている。
 建物は1階が食堂と居間と寝室。2階が展示場になっていた。パティオをはさんだもうひとつの建物の2階では、ガルシア・ロルカの映像を見ることができる。案内の男性が「ほら、動いているフェデリコだよ。貴重な映像でしょう」と誇らしいげに見せてくれたのが印象的だった。
 彼はさまざまな芸術家との交流があり、画家のサルバドール・ダリ、作曲家のマニュエル・デ・ファリャ、ギタリストのレヒーノ・サインス・デ・ラ・マーサ、映画監督のルイス・ブニュエルらとの親交が知られている。
 ここからグラナダに戻る途中、彼が右翼のファシストによって銃殺される(1936年8月19日)直前まで住んでいたサン・ビセンテ農園(現在はガルシア・ロルカ公園)の一角にあるガルシア・ロルカ記念館に寄った。
 代表作が書かれたこの家は立派な建物で、こちらは世界各地からの多くの観光客でごったがえしていた。
 時間が区切られ、何人か集まると案内の人が説明してまわる。仕事部屋や居間などが当時のままの姿で保存され、いまにもガルシア・ロルカがひょっこり姿を現しそうな雰囲気をたたえていた。
 彼は実に多才な人で、人形劇の背景画なども描いていた。本人が弾いていたピアノもあった。家を訪れ、さまざまな物に触れ、よりガルシア・ロルカが好きになった。もっともっと詩が読みたい。彼が朗読しているCDも入手した。ただし、スペイン語なので、ニュアンスしかわからない。ああ、残念(笑)。
 今日の写真はフエンテ・バケーロスで手に入れたポスター。額に入れて、仕事部屋に飾ってある。それにしても、濃い顔だ…。




| 麗しき旅の記憶 | 23:25 | - | -
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