Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

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内田光子
 内田光子のリサイタルは長年聴き続けているが、昨夜のシューベルトの最後の3曲のピアノ・ソナタは、聴き手にも集中力と緊張感を抱かせる、ピーンと張り詰めた空気のなかで演奏された印象深いものとなった。
 シューベルトは死の2カ月前にD958、D959、D960のソナタを書いている。それぞれ異なった内容と奏法と様式を備え、尊敬するベートーヴェンに対する意識が強く感じられ、演奏時間約30分、約45分、約55分と長大なソナタである。
 内田光子は、先日の「シューベルトを語る」のなかで各作品に関してこう話していた。
「D958のハ短調は、地上の苦しみのなかには業がたくさんあることを音楽で表現していると思うわ。この作品には救われたいという欲望、渇望、地獄の祈りなどが次々に現れるから」
「D959のイ長調は明るく、生きていることのすばらしさが表現されていると感じるわね。ただし、第2楽章は狂気の世界よ。このソナタはコラールのような箇所や鐘がガンガン鳴るところなどさまざまな面が描写され、人生のすばらしさとおそろしさを表現していると思う」
「D960の変ロ長調は、すでに達観している感じね。おそろしさや苦しみから逃れ、そこには救いが見られるわね。悲劇のドラマの余韻がただよっているもの」
 まさにこのことば通り、演奏はシューベルトの死生観を色濃く映し出すものだったが、ときおりのぞく生への狂おしいまでの渇望、幻想的で夢見るような旋律を内田光子は特有の美しい弱音でゆったりと紡ぎ、シューベルトの歌謡性を描き出していった。
 シューベルトは長年病気に苦しんでいたが、自分が2カ月足らずで世を去るとは思っていなかったようで、死の直前になってから対位法の勉強を始めている。
 内田光子もトークでその点に注目していた。
「シューベルトは、死ぬ1年前から対位法のクラスに通い始めていたの。自分に足りないところを学ぼうとしていたんでしょうね。なんて純粋な人なんでしょう。病気が判明し、悩み、死と手をつないでいた人生だったけど、最後まで創作意欲を失わなかった。私はこれら最後のソナタは、生涯ずっと弾き続けていきたいと思っている」
 この夜の演奏では、とりわけ緩徐楽章の美しさと清らかさが際立っていた。しっとりとしたリリシズムが、いまでも心の奥に温かな光を灯している。
 
| クラシックを愛す | 23:06 | - | -
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