Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

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諏訪内晶子
 ヴァイオリニストの諏訪内晶子に初めて会ったのは、彼女が高校生のころだった。当時、まだヴァイオリニストになるべきか道は定まっていないようで、医学の道にも興味を抱いていた。
 だが、16歳のころから世界各地で行われる国際コンクールに参加していた彼女は、やがて音楽の道にしぼり、まっしぐらに進んでいくことになる。
 1989年にはエリーザベト国際音楽コンクールのヴァイオリン部門でヴァディム・レーピンに次いで第2位となり、翌年のチャイコフスキー国際コンクールのヴァイオリン部門で18歳という若さで優勝、大きな話題となった。
 しかし、彼女はすぐに演奏活動を開始せず、さらに研鑽を積むことを決意、ジュリアード音楽院、コロンビア大学、国立ベルリン芸術大学で学ぶ。
 そして6年後、ブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番と「スコットランド幻想曲」でインターナショナルな録音デビューを果たした。
 以後、世界各地で演奏、著名な指揮者やオーケストラとの共演を重ね、実力を磨いていく。
 パリに居を定めたのは1999年12月のこと。先日またインタビューで会った彼女は、「本当に早いもので、もうパリに住んで10年以上になるんですよ」といい、しばし月日のたつのは早いという話題で盛り上がった。
 諏訪内晶子に会うたびに私が感心させられるのが、なんでも自分で決めるという意志の強さ。子どものころからこの性格は変わらず、すべてを自分で決めてきたという。その代わり、責任もすべて自分で背負ってきた。
 このインタビューは今月発売号の「CDジャーナル」で紹介される予定だ。
 新譜も4年ぶりにリリースされ、その共演者はヴァイオリニストを知り尽くしているイタマール・ゴラン。リハーサルのときから議論に次ぐ議論で、「すごく大変だったのよ」と苦笑していた。
 ゴランは完璧主義者で主張が強い。今回のレコーディングは丁々発止の音の対話とともに、嵐のような議論も行われたとか。題して「エモーション」(ユニバーサル)。タイトルにピッタリですね(笑)。
 ここには彼女がこの作品は絶対入れたかったというエネスコのヴァイオリン・ソナタ第3番「ルーマニアの民俗様式で」をはじめ、民族色豊かな作品がズラリと勢ぞろい。ファリャ、バルトーク、サラサーテ、クライスラー、ドビュッシーの民謡に根ざした作品や舞曲を用いた作品が組まれている。
 記事にも書いたが、この録音にはイヴリー・ギトリスが顔を出してくれ、エネスコの弟子である彼はさまざまなアドヴァイスをしてくれたという。
 彼女の話を聞いていたら、いつしか私はレコーディングが行われたパリ、ノートルダム・デュ・レバン教会にいるような気分になってきた。
 諏訪内晶子の取材を始めてはや20年以上が経過、本当にときがたつのは早い、とため息が出てしまう…。いやいや、いかん。こんなことでは前に進めないな。彼女は常に前向きなのだから、ため息をついていてはダメだワ、とひたすら自分を鼓舞している私。
 今日の写真はインタビュー時の諏訪内晶子。リラックスして話してくれたから、表情もふだんっぽいでしょ。


 

  
| アーティスト・クローズアップ | 22:10 | - | -
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