Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

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デオダ・ド・セヴラック
  昨日、「ムジカノーヴァ」の対談で舘野泉邸を訪れたと書いたが、そのときに対談相手になぜ私を指名したのかと編集部が理由を聞いた。
 すると舘野さんは、「伊熊さんとはさまざまな話が自由にできるから。そして以前、私がセヴラックのCDを出したとき、彼女はその批評を書いてくれたんです。その文章はとても温かく、心に響くものでした。ああ、日本にもこうしてセヴラックの音楽を理解してくれる人がいるのだと、とても感動したことを覚えています。ですから、今回もまた楽しくお話できるかなと思って…」
 そばで聞いていた私は、照れくさいやら、恥ずかしいやら…。もちろん編集部は、私にも舘野さんに対しての思い、演奏に対する感想などを求め、それを記事に反映させるという。
 私は昔から舘野さんの音楽には、聴き手の心をゆったりと惹きつけていくものがあると感じている。それは強引に音楽のなかに引き込むものでは決してない。じわじわと音楽が心の奥に浸透してきて、いつしかさまざまな感情を刺激するのである。
 もっと作品を知りたい、作曲家の人生も知りたい、その作品が書かれた背景や、その時代の文化、歴史、伝統なども学びたい。そんな知的欲求を促す演奏なのである。
 そんな対談を終えたばかりの今日の日経新聞の朝刊に、「デオダ・ド・セヴラック」の評伝を書いた椎名亮輔氏の記事が掲載されていた。
 なんという偶然なのだろう。昨日セヴラックの話をしたばかりなのに。音楽学を研究し、パリに留学していた椎名氏は、古書店でセヴラックの楽譜を見つけ、ピアノで弾いてみて、一気に魅せられたのだという。
 南仏のサン=フェリックス=ローラゲにあるセヴラック(1872〜1921)の生家も訪れ、美しい田園風景に囲まれた環境にセヴラックの音楽のルーツを見出したと綴っている。
 そういえば、舘野さんもCD「ひまわりの海〜セヴラック・ピアノ作品集」(ワーナー)をリリースした2001年に、「ひまわりの海」(求龍堂)というエッセイ集も出版。そのなかでセヴラックの音楽に出会ったのは19歳のときだということ、人口数百人の村にある生家を訪れたときのことを書いている。
「ひまわりの海」というタイトルは、そのときに小高い丘から見回すと、周囲は360度ひまわり畑だったため、これに決まったようだ。
 昨日からセヴラックが私に近づいてきた。また、CDを聴き、そして椎名氏の本も見つけたいと思う。できることなら、私も生家を訪れてみたい。
| 親しき友との語らい | 22:14 | - | -
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