Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

ブログ

フランシスコ・アライサ
 メキシコ生まれのテノール、フランシスコ・アライサは、私の大好きな声質のもち主だ。彼のドン・オッタービオはすばらしく、役にピッタリ。
 最近はあまり来日しなくなってしまったが、実は10年ほど前にマドリードに取材に行った折、ホテルのフロントにチェックアウトで並んでいたら、すぐ前にいたのがアライサだった。
 えーっ、こんな偶然ってあり? という感じで再会し、彼も以前インタビューしたことを覚えていてくれ、「本当に偶然だねえ。5分違っていたら会えなかったのに。昨夜はそこのオペラハウスで歌っていたんだよ」といっていた。
 インタビュー・アーカイヴの第36回はそのアライサ。いつ会っても真面目でひたむきで誠実さがにじむ。その歌声も役に一途に入り込んでいく歌唱法だ。

[レコパル 1991年10月14日〜10月27日号]

やすらぎを与えてくれる、貴公子アライサの歌声

 モーツァルト最晩年のオペラの傑作「ドン・ジョヴァンニ」の新録がリリースされた。指揮者のネヴィル・マリナー、ソリストのトマス・アレンをはじめ充実した演奏家が並ぶなか、唯一のテノールは、いまや世界中のオペラハウスからひっぱりだこのフランシスコ・アライサ。今作でも、ドン・オッタービオの役を非常に叙情的にこなしているアライサだが、先日来日した折に歌手の役作りについてなど、いろいろと話を聞くことができた。
 ドン・オッタービオはもともと一途な思いを恋人ドンナ・アンナに寄せている役だから、アライサのキャラクターによく似あう。彼はその甘く張りのある声を充分に生かし、愛する人の父親殺しの犯人であるドン・ジョヴァンニへの復讐に燃える青年役を熱唱している。
「ドン・ジョヴァンニ」は、大変な色事師である主人公ドン・ジョヴァンニの地獄落ちというデモーニッシュな内容を備えているが、モーツァルトの音楽は序曲から最後の六重唱にいたるまでこの上なく美しく、また劇的で、アリアも名曲ぞろいである。

「コミカルな役よりも、シリアスな歌が歌いたい」

 アライサの扮するドン・オッタービオの代表的なアリアは、第1幕の「彼女こそ私の宝」と第2幕の「恋人を慰めて」だが、アライサの歌声はまっすぐに伸びた若木のようで、モーツァルトがこの役に与えた珠玉の旋律と、テノールという音域がもつ魅力を充分に堪能できる。このオペラには次々に個性的なバリトンやバスが登場するけれども、そのなかにアライサの澄んだ高音域の歌声が聴こえてくると、そこだけがパッと明るく、やすらぎにも似た思いが感じられる。ドン・オッタービオこそアライサ自身、素のままで歌えるのではないかと思ったら、実際にはこんな答えが戻ってきた。
「モーツァルトのオペラはいままでいろいろな役を歌ってきましたが、私がもっとも自分に近い感情で歌えるのは《イドメネオ》のイダマンテです。あの役はシリアスで非常に難しいのですが、モーツァルトのなかで一番好きな役でもあります」
「イドメネオ」は、いわゆるオペラ・セリアといわれる正歌劇。モーツァルトの得意とした楽しいオペラ・ブッファ(喜歌劇)とはストーリーも音楽もひと味異なる。「イドメネオ」は海神との約束により、息子イダマンテをいけにえにしなければならなくなった父親イドメネオの苦悩を描いたオペラ。だが、アライサがデビューしたのはモーツァルトの「コシ・ファン・トゥッテ」の青年士官フェルランドだった。これは多分にコメディー的な要素が含まれている役だ。
「私のなかにファニーな部分というのはまったくありません。ですから、あまり長い間コミカルな役が続くと、結構キツイですね(笑)。他のシリアスなものを歌いたくなります」
 笑顔のアライサは人形のような長いまつげのもち主。ステージでいつも王子を演じているからか、全体の雰囲気が貴公子然としている。話しかたには独特のリズムがあり、どんな質問にもゆっくりとことばを選びながら一生懸命答える。
 ファニーな部分はまったくないといった彼が、たったひとことジョークをいったのは、ドン・オッタービオのアリアは技術的に難しくて、たとえお風呂で歌ってもうまく聴こえないよ、と笑ったときだった。
 彼がときおり見せる笑顔は格別で、リサイタルのあと拍手が鳴りやまないときに、はにかんだような表情でアンコールを決める、あのときの笑顔と同質のものだった。
「アンコールというのは、聴衆に対しての私からのギフトです。聴衆と一体になり、親密で家族的な雰囲気に包まれたときは最高です」
 来年はいよいよアライサの得意なロッシーニ生誕200年にあたる年。音楽祭をはじめロッシーニを歌うスケジュールが目いっぱい詰まっている。

 今日の写真はそのときの雑誌の一部。もうあれから20年以上もたつのに、若々しいアライサの姿とみずみずしい歌声はいまだ脳裏に強く焼き付いている。

| インタビュー・アーカイヴ | 23:12 | - | -
CALENDAR
S M T W T F S
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031
<< March 2012 >>
CATEGORIES
ARCHIVES
LINKS
PROFILE