Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

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ボリス・ベレゾフスキー
 ロシア出身のピアニスト、ポリス・ベレゾフスキーとの出会いは、1987年のリーズ国際ピアノ・コンクールまでさかのぼる。
 当時、彼は18歳。旧ソ蓮が世界に送り出す新鋭といわれ、国内コンクールでの華々しい成果を国際コンクールで披露すべく、難度の高いコンクールにやってきた。
 ところが、ベレゾフスキーは大変なアガリ症だった。このときも本選でそれが露呈し、結果は第4位。深く落ち込んだ彼は数年かけてこれを克服し、徹底的にテクニックと表現力を磨きあげ、1990年のチャイコフスキー国際コンクールでみごと優勝の栄冠に輝いたのである。
 リーズ・コンクールのときに取材にいって彼に初めて会った私は、その後ベレゾフスキーの大きなスケールをもつ堂々としたピアニズムに、いつも感慨を新たにする。当時を知っている私に会うと、彼はいつも恥ずかしそうにしたり、やけになってジョークを飛ばしたり、話をはぐらかしたりする。
 昨日もまたインタビューで会い、いろんな話を聞いた。このインタビューは「intoxicate」に書く予定である。
 今回の新譜はチャイコフスキーのピアノ協奏曲第2番と、12の小品作品40よりと、チェリストのアンリ・ドマルケットと共演した「アンダンテ・カンタービレ」など(キングインターナショナル)。あまり演奏される機会に恵まれないコンチェルトの第2番に関し、その作品のすばらしさを熱く語ってくれた。
 このコンチェルトは、車を運転しているときにラジオから流れてきて、一気に眠気が吹き飛んだそうだ。それから練習を始め、録音までこぎつけたという。
 ベレゾフスキーは今回の来日公演ではラフマニノフの前奏曲作品32とピアノ・ソナタ第2番を取り上げている。このソナタに関しては、1931年改訂版のほうを用いて演奏しているが、それは前奏曲をたくさん弾きたかったため、時間のバランスを考慮した結果だという。
 ベレゾフスキーは昔からラフマニノフが大好きである。彼はいつもリヒテルのことばをたとえに出し、「ラフマニノフはぼくたちロシア人の音楽である」という。
 こういうシリアスな話のあとで、オフレコになると必ずおかしな話が飛び出す。以前、おでんが大好きで、「食べるだけではなく、おでん屋を開きたい」といって、私の笑いを誘ったが、今回は「もっと夢が大きくなったんだ」と前置きし、「ロシアで温泉宿を経営したい」といい出した。
「えーっ、なに。温泉宿ってどういうこと?}
 私が目を真ん丸にしたら、「ビジネスだよ、ビジネス」といって、滔々と話し出した。なんでも、お台場の大江戸温泉物語にいったらハマったらしく、これをロシアで開きたいと思ったのだそうだ。
「そのためには膨大な資金が必要だから、これから1日2回コンサートをして、それを丸々2年行って、そのうちに90万ユーロ貯めれば大丈夫だと思うんだ」
 真顔でこういわれると、う〜ん、何と答えたらいいものやら…。こういうときは笑い飛ばすしかないよね。
 昔はすごくシャイで、すぐに顔を赤らめるような性格だったのに、こんなことを考えているとはね。まあ、演奏がシリアスだから、いいんだけど(笑)。
「じゃ、次に会ったときにはもっと大きな夢を語ってね〜」といって、別れた。
 ベレゾフスキーは毎年「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」で来日しているから、すっかり日本のファンにおなじみ。のっしのっしとステージに現れ、楽器を大きく豊かに鳴らし、その演奏は自信に満ちている。昔はシャイでアガリ症だったなんて、信じられないでしょ。でも、本当なんですよ。
 今回も私がその話をすると、「じゃ、ここからは昔の自分に戻ろうか」などと冗談めかしていっていた。演奏も性格も、余裕が出たのね。
 今日の写真は、「90万ユーロ貯めるには…」と計算しているところ。ホント、笑っちゃいますよ。


 
| 親しき友との語らい | 23:03 | - | -
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