Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

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ファイト・バッハの家


 寒くなると、いつも思い出すのが、2009年1月にJ.S.バッハの取材で訪れたドイツのことだ。
 このときは100年ぶりの寒波到来で、マイナス27度を経験し、とんでもない寒さにこごえたものだった。ほとんどの取材が屋外で、建物の内部に入る場合も、教会や城や宮殿ゆえ、暖房はいっさいない。
 顔までスカーフで覆い、目だけ出している状態。それでもガタガタ震えっぱなし。ようやくランチでレストランに入ったときは、顔から湯気が出て、まつ毛が水分でくっつきそう。冷凍庫に保存してあったお肉が解凍されていくような気分を味わった。
 このときは、バッハゆかりの地をたくさん回った。アイゼナハ、エアフルト、アルンシュタット、ワイマール、ケーテン、ハレ、ライプツィヒなど。なかでも印象的だったのが、ヴェヒマールである。
 ヴェヒマールは中部ドイツ、チューリンゲン地方のゴータ近郊に位置し、バッハ一族の源流ともいうべき、白パン職人のヴィトゥス(ファイト)・バッハがハンガリーから移住して住み着いた場所である。
 ファイト・バッハは1577年ころに没したと伝えられているが、音楽を愛好し、パンを作るかたわらツィトリンゲン(ツィターの一種)を演奏し、楽器をパン工房に持ち込んで粉をひく合間に演奏していたという。ここから音楽家系バッハ一族が育まれていくことになる。
 そのパン工房を訪ねたのだが、昔の姿そのままに保存され、まるで16世紀にタイムスリップしたような錯覚を覚えた。
 とりわけ興味深かったのが、説明をしてくれた男性の衣裳。当時のパン職人の格好をしていて、「遠くまでよくきてくれた」とばかり、熱心に説明してくれた。そして工房のあちこちには楽器が展示してあるのだが、それをゆっくり見せてくれた。
 このときばかりは極寒の外部の空気を忘れ、しばしバッハの祖先に思いを馳せたものだ。
 今日の写真はそのガイドを務めてくれた男性(上)と、パン工房の内部。
 ロケバスに乗って訪れたため、交通手段は定かではないが、おそらく個人ではこられない場所であり、二度と訪れることはないだろうと考えると、とても貴重な場所に思えた。他の都市はバッハ自身に関係のある土地だが、ここヴェヒマールは、その祖先の住んだ土地ゆえ、そんなに訪れる人もないようで、ガイドの男性はとても別れを惜しんでくれた。いまでもその表情を鮮明に覚えている。
 旅とは、こうした人との出会いが心に刻まれるもので、その記憶はいつまでたっても色褪せることがない。




 
| 麗しき旅の記憶 | 22:34 | - | -
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