Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

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レイフ・オヴェ・アンスネス
 ノルウェー出身のピアニスト、レイフ・オヴェ・アンスネスとは、初来日以来のおつきあいになる。
 当初は欧米の人気に日本が追い付かず、コンサートも空席が目立ち、地味なピアニストと見られていた。
 そのころの悩んでいたアンスネスの姿もよく知っている私は、しかしながら彼の真の実力を信じ、自分の耳も信じ、ひたすら応援し続けた。
 いまや真の巨匠の道を着実に歩むようになり、近年は風格すらただようようになった。もちろん、演奏は自信に満ちたものとなっている。
 そんなアンスネスが4月に来日することになり、兵庫県立芸術文化センターから「初来日以来、これまでのアンスネスの歩みを綴ってください」との依頼が入った。
 そこで、「インタビュー・アーカイヴ」第53回はアンスネスの登場。これまで何度もインタビューをしてさまざまな話を聞いているが、まずは初来日のときの記事を紹介したいと思う。

[FM fan 1993年8月30日〜9月12日 No.19]

ノルウェー人は一度親しくなったら、生涯の友になる

 スウェーデンのペーテル・ヤブロンスキー、フィンランドのオリ・ムストネンとともに北欧の若手3羽烏ともいうべきノルウェーのピアニスト、レイフ・オヴェ・アンスネスが初来日した。
 今回はベルゲン・フィルとの共演で得意のグリーグのピアノ協奏曲を披露したが、グリーグの生誕150年にあたる今年は、各地でこの作品を演奏して大きな反響を呼んでいる。

――昨年2月、ベルリン・フィルの定期演奏会へのデビューでグリーグのピアノ協奏曲を演奏し、大喝采を受けましたね。そしてこの来日直前の6月15日にはベルゲン国際フェスティヴァルのグランド・ガラ・コンサートでも同曲を演奏したばかりとか。
アンスネス ええ、もう今年はグリーグ漬けです(笑)。このフェスティヴァルではいつも最終日にグリーグの協奏曲が演奏されることになっていますが、自分がそこで弾くことができるなんて、まるで夢のようでした。
 ノルウェーではいつもグリーグが演奏されていると思われがちですが、一部の作品をのぞいてはほとんど演奏されません。学校でもあまり教えてくれませんし。ノルウェーでは、この生誕150年祭でようやくグリーグが日の目を見た感じです。今年はどこにいっても彼の音楽ばかりかかっていますから。いまではグリーグはポップス歌手なみの人気を誇っています。
 ピアノ協奏曲は以前からさまざまなオーケストラと共演していますが、ベルリン・フィルとの共演は特別なものでした。室内楽的な、とても親密的な演奏ができました。ベルリン・フィルの人たちはリハーサルの最中もお互いにいろいろなことを話し合いながら音楽を作っていくんですね。この協奏曲には多分に室内楽的な要素があると以前から感じていましたので、それが確認できてとてもうれしかった。
――アンスネスさんは、ヒンデミットにも非常に関心をもっていらっしゃるようですが。
アンスネス ぼくはたった1度コンクールを受けたことがあるのですが、そのときにヒンデミットの「ルードゥス・トナリス」が課題曲のなかにあったのです。それ以後、この作曲家に魅せられています。彼が生きた時代、特に1900年から1920年ころですが、マーラーやR.シュトラウス以後、シェーンベルクやベルクが台頭してくるまでの時代の音楽に強く惹かれています。
 ぼくはなんでもきちんと決めて行うタチなので、今後のレパートリーに関しても、1995年までこまかく決めていますが、そのなかにもこの時代の作品を入れています。
――計画的で慎重なタイプなんですね。話し方もシャイな感じですし。
アンスネス スカンジナヴィア人の特質なんでしょうね。でも、ノルウェー人は大きなことはいいませんし地味ですが、一度親しくなったら生涯の友になるといわれているんですよ。
 グリーグの作品もけっして派手ではないけど、心に訴えかけるものをもっているでしょう。きれいな空気と広いスペースを感じさせる。そんな情景が浮かぶ演奏を目指しているんです。

 当時、アンスネスは口数は少なく、上目遣いに相手を見るようなシャイな性格だった。このとき、印象的だったのが、宿泊先のティールームでインタビューをしたのだが、そこにおいしそうなケーキが並んでいた。それを食べたいのだが、ひとりで注文するのは恥ずかしいといって、「一緒に食べてくれない」といわれた。もちろん、そこに居合わせた全員がケーキを注文。アンスネスは大喜びでケーキを食べていた。
 かなり年月が経過し、私がその話を思い出してすると、彼は「えーっ、きみ、とんでもないことを覚えているんだね。恥ずかしいから忘れてよ」といって、顔を真っ赤にしていた。なつかしい思い出である。
 今日の写真はその雑誌の一部。いまとはずいぶん顔の印象が違うでしょ。これでも、一生懸命「笑顔でね」と頼んだんですよ。
 実は、北欧3羽烏のヤブロンスキーとムストネンとアンスネスを称して、私は「藪蒸庵」と勝手におそば屋さんのような名前で呼んでいた。ヤブ・ムス・アンですよ、おわかりでしょう(笑)。

| インタビュー・アーカイヴ | 19:57 | - | -
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