Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

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マキシミリアン・ホルヌング
 今日は、武蔵野市民文化会館小ホールで行われた、マキシミリアン・ホルヌングのチェロ・リサイタルを聴きにいった。
 プログラムはJ.S.バッハの「無伴奏チェロ組曲」の第4番と第1番を前半と後半の頭にもってきて、前半の終わりにスイスの作曲家、ディーター・アマンが1994年に作曲した「チェロのための作品」を置き、後半の最後にカサドの「無伴奏チェロ組曲」を演奏して終幕するというスタイル。
 ホルヌングは最初はちょっと堅くなっていた感じだったが、声楽家のように徐々に本領発揮となり、音楽が自由さを増し、音量も豊かになっていった。
 なんといっても勢いがある。ただし、若さでガンガン押しまくる演奏ではなく、バッハでは舞曲のリズムを大切に、のびやかな音色を存分に披露した。
 特に、無伴奏の第1番が雄弁な歌を聴かせた。テンポはメッチャ速く、ここだけは若さあふれ、エネルギーが余っている感じ。
 続くアマンの「チェロのための作品」は、チェロのあらゆる奏法を駆使した音楽で、弦をはじいたり、たたいたり、引っ張ったりしていろんな音を出す作風。でも、こういうコンテンポラリー作品もホルヌングは実に楽しそうに演奏し、最後まで弛緩することなく集中力がずっと続き、好感がもてた。
 もっとも印象的だったのは、最後に演奏されたカサドの「無伴奏チェロ組曲」。この作品はとても難易度が高いことで知られるが、3楽章ともスペイン的な主題や民族舞曲のリズムを明快かつ表情豊かに奏で、スペイン好きの私はカタルーニャの風景が脳裏に浮かんでくる思いにとらわれた。
 彼のチェロは「中音域」のうたわせかたが非常に個性的。たっぷりと語り、うたい、心を吐露するように弦を響かせる。
 テクニックはとても優れ、楽器と一体となり、昨日インタビューで語っていた「ひと目ぼれ」のテクラーのチェロとの相性のよさを存分に示した。
 ただし、バッハに関していうと、まだこれからいかようにも変化しうる未知なる部分を多く残している感じがした。次にこれらの作品を聴くときには、より進化した演奏を聴くことができるに違いない。
 今日はちょっと肌寒かったが、満開の桜があちこちで見られた。まさにホルヌングの春爛漫の演奏とあいまって、草木が芽吹いて花が咲く、という感覚を抱いた。
 今日の写真は、終演後、CDのサイン会でにこやかにサインをするホルヌング。

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