Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

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ファジル・サイ
 ファジル・サイは鬼才、奇才、真の天才と称される。彼はモーツァルトの録音で衝撃のデビューを果たし、以来ピアニストとして、作曲家として国際舞台で活躍。
 昨日は紀尾井ホールでオール・モーツァルト・プロによるリサイタルがあり、天上に駆け上っていくような嬉々としたモーツァルトを聴かせ、至福のときを味わわせてくれた。
 今日は、久しぶりにファジルに会い、インタビューを行った。以前は、相手の顔をまともに見られず、目が宙をさまよっているような表情をしていたが、今日のファジルは、まっすぐに私の眼を見て、再会を喜んでくれ、雄弁に語った。このインタビューは、来春の「CDジャーナル」に書く予定である。
 今回は、「インタビュー・アーカイヴ」第71回として、ファジル・サイを取り上げたい。もう16年前のインタビューである。

[FM fan 2000年11月27日〜12月10日 No.25]

久々に元気なピアニストが登場!
「演奏がエキサイティングだって? ぼく自身は繊細な表現も十分にしているつもりなんだよ」 


生命力あふれるワクワクドキドキする演奏

 J.S.バッハ、ストラヴィンスキー、ガーシュウィンの録音でとてつもなく個性的で、聴き手の心を高揚させるエキサイティングなピアノを聴かせてくれたファジル・サイが、ついに10月に来日を果たし、すみだトリフォニーホールでコンサートを行った。
 プログラムは前半が「プレリュードとフーガ イ短調」「イタリア協奏曲」「シャコンヌ」というオール・バッハ。そして後半は、金聖響指揮新日本フィルとの共演によるガーシュウィンの「アイ・ガット・リズム変奏曲」「ラプソディ・イン・ブルー」という、彼がいまもっとも得意とするプログラム。そのいずれもが生命力あふれるワクワクドキドキする演奏で、何日経過してもその高揚感が失われることはなかった。
 サイはステージに登場したときから目は宙をさまよい、おじぎもそこそこにピアノの前にすわった。そして演奏が開始するやまわりはいっさい目に入らないような超没頭スタイルを披露、聴き手にも極度の集中力を要求するようなピアノを聴かせた。
 ただし、ステージを離れるとすこぶるシャイ。エキサイティングな演奏がうそのように背中を丸めてボソボソと低い声で話す。
「演奏がエキサイティングだって? 確かに世界のさまざまな都市でそういうふうに評価してくれるけど、ぼく自身は繊細な表現も十分にしているつもりなんだよ(笑)。特にモーツァルトの録音ではこのデリケートな表現というものが大切だからね。ぼくが録音した「キラキラ星変奏曲」や「トルコ行進曲」は子どもたちがとても親しみやすいと感じている曲だから、勢いと繊細さなどさまざまな表現を盛り込んで演奏した。子どもは敏感だからね。いい演奏をしないと聴いてくれないし、もちろんモーツァルトは大人にも広く愛されている作曲家。ぼくは自分が子どもだったころにこれらの作品に魅せられた。そのときの気持ちをいつまでも失わないようにしているんだ」
 
ピアノが自分の生涯の友であると確信

 5歳からピアノを始めた。両親は音楽家ではないが、とてもインテリジェンスな家庭環境だったとか。ちなみに父親は小説家である。
「ごく幼いころ、ぼくは耳から覚えた旋律をすぐにリコーダーやピアニカのような楽器で演奏してしまったらしい。それを見て、両親は何か楽器をやらせようと思い立った。トルコではクラシックか民族音楽を学ぶというのがふつうで、ぼくはクラシックを選んだというわけさ。家には本がたくさんあって、ピアノの練習以外はいつも本を読んでいるような子どもだった。それもモーツァルトやベートーヴェンの伝記や偉大な作曲家にまつわる本ばかり。子どもだったぼくは、その作曲家の子ども時代の生き方にとても共鳴した。いつか自分もそんなふうに曲が書きたい、そんなあこがれを抱いていたんだ」
 やがてアンカラ国立音楽院に進んだサイはピアノと作曲を学び、17歳のときに奨学金を得てデュッセルドルフのシューマン音楽院に留学する。
「15歳のころにはもうステージで演奏したんだけど、このころからピアノが自分の生涯の友であると確信していた。ピアノを弾くこと以外、ほかのことは考えられなかった。でも、ドイツではその考えが根底からくつがえされてしまった。19歳のころは孤独感にさいなまれ、楽器を弾くことも音楽を聴くこともまったくできない状態まで落ち込んだ。もう自分でもどうしたらいいかわからない精神状態だったよ」
 このころ就いていた先生はデイヴッド・レヴァイン。その彼はエイズにかかり、やがて亡くなってしまう。
「ショックだったよ。でも、先生と一緒に演奏したストラヴィンスキーの《春の祭典》(ピアノ版)は、一生忘れられない。すばらしい共演だったから。これはぼくを救ってくれた作品でもあるしね」
 実は、ピアノも弾けず音楽もいっさい聴かない日々を送っていたサイは、ある日思い切ってラジオのスイッチを入れる。そのとき流れてきたのが、アンタル・ドラティ指揮デトロイト交響楽団の演奏による《春の祭典》(オーケストラ版)。その演奏に心を動かされたサイは最後まで聴き、すぐに楽譜店にピアノ版のスコアを探しにいく。
「ストラヴィンスキーが実際に書いた4手のスコアを見つけ、それをとことん勉強した。この曲に出合って、ぼくは再び生きる喜びに目覚めたんだ。すぐに先生のところにいって、退院したら一緒に弾こうと話し合った。たった一度しかふたりで演奏できなかったけど、それは貴重な経験としてぼくの心に残った。それから10年間、これをひとりで演奏できないかと考え、企画を温めていたわけなんだ」
 レヴァインの死後、サイはベルリン・アカデミーに移り、ここでピアノを教える仕事に就く。そして25歳のとき、ニューヨークのヤング・コンサート・アーティスト国際オーディションで第1位を獲得。これが録音デビューにつながった。
 日本では12月にリリースされる予定のモーツァルト・アルバムが、ヨーロッパでブレイク、特にフランスでは破格の売り上げを記録している。
「フランスでモーツァルトが評価され、とてもいいスタートが切れた。演奏会も入ってきて、いま年間100回のコンサートをこなしている。とてもキツイけど、この生活を楽しんでいるよ。だってあの落ち込んでいたときから見たら、天国だもの。どんなにハードでもやり遂げなくちゃ。1回1回のコンサートに集中力をもって臨むのは大変だけど、いまは突っ走るよ。でも、一番問題なのは作曲する時間が限られること。もう少ししたら、時間を調整して作曲の時間を確保するようにするつもり。自作だけでコンサートもしたいしね」

音の向こうに見えるものから実際の音を

 ストラヴィンスキーは10年間温めてから自分だけの演奏で多重録音をし、その後バッハやガーシュウィンもじっくり練った選曲で録音にこぎつけた。さらに今年はモントルーやパリ、イスタンブールなどのジャズ・フェスティヴァルにも参加、自作やトルコの音楽を自身のバンドで演奏した。
 彼はこのように自国の音楽を世界に広めたいという強い意志ももっている。
「トルコの民族音楽や宗教音楽は、とても美しい旋律とリズムをもっているんだよ。行進曲のような軍隊を思わせる曲が広く知られているけど、実際は祈りの音楽や自然を賛美したもの、民族のルーツを伝えるものなどが多い。特にぼくが気に入っているのはイスラムの音楽で、スーフィというもの。これは多分CDのワールドミュージックのコーナーにいくと売っていると思う。中東やバルカン半島の音楽に近い感じかな。そうしたものをほくは自作に取り入れて、世界の舞台で演奏していきたい。バルトークやロシアの作曲家が自分たちの民謡や舞曲を大切にしたようにね。ぼくは作曲するときはその音符の先に見えるもの、音の向こうに見えるものを想像して実際の音を生み出していく。日本の音楽にもどこか共通しているところがあると思うけど、音で人生を語り、生き方を問い、自分自身を率直に表現したいんだ」
 現在はニューヨークに居を移し、多忙な日々を送るサイだが、そのなかでも時間を見つけて大好きな映画を見るようにしている。ジャンルは問わず、さまざまな映画を見るそうだが、特に印象に残っているのは「シンドラーのリスト」と「パルプフィクション」。
「将来は映画音楽を書いてみたい。これは大きな夢といえるかもしれない。映画はいいよね、さまざまな創造力を与えてくれる。昔からドストエフスキー、トルストイ、そしてドイツの作品など本をたくさん読んでいるけど、いつもそれらに視覚的なイメージを重ね合わせている。そして音楽もそこから湧いてくる。いまはトルコの詩をよく読むんだ。詩というのは、そのことばが完全に理解できるものでないと深いところまで理解できないよね。だから詩はやはり母国語のものに限る。トルコの詩はすばらしいんだ。手放しでほめたたえちゃうよ(笑)」
 いまピアノ協奏曲を作曲中だという。来年はパリでトルコの若手作曲家の作品の世界初演も行う予定。久々登場した元気なピアニストは、さまざまな活動で私たちを驚かせてくれる。

 このインタビューから16年、この間ファジル・サイは世界中のホールや音楽祭や記念行事の場から作曲依頼が入る作曲家に成長。ピアニストとしては、モーツァルトのピアノ・ソナタ全集をリリースした(エイベックス)。恥ずかしそうな笑顔は変わらないが、話すときの視線はすっかり変わった。
 昨夜のモーツァルトの演奏も見事だったが、ファジルの成熟した姿に触れることができ、感慨もひとしおだった。
 今日の写真は、そのときの雑誌の一部と、今日のインタビュー後の1枚。にこやかに話していたのに、写真を撮るといったら急に堅い表情になってしまった。やっぱりシャイな素顔は変わらない(?)





 
| インタビュー・アーカイヴ | 23:27 | - | -
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