Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

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エレーヌ・グリモー
 これまでインタビューをした記事のなかから、選りすぐって紹介する「インタビュー・アーカイヴ」。第1回はエレーヌ・グリモーの登場。

[PIANO forte 1990年 夏号]

ピアノも彼女に恋をする 

エレーヌ・グリモーが初めて来日したのは、もう3年も前のことになる。このときは建設会社のテレビのCF撮りでの来日だったが、記者会見の席上彼女はみずみずしいピアノを披露した。リストの「ダンテを読んで」、ショパンの「バラード第1番」、ラフマニノフの「音の絵」。みな彼女の得意とするものばかりだった。その演奏は、若々しいなかにも何か強靭な精神力と作品に対する深い洞察力が感じられて、こんなにも美しく、そしてテクニックを持ったピアニストが出現してきたことを大いに喜んだものだった。
「ロシア文学がすごく好きなの。最初に読んだのはトルストイで、いままで自分が読んだもののなかで一番複雑な印象を受けた感じ。ロシア文学を通して、ラフマニノフを弾くようになったといってもいいくらい」
 会見が終わってからグリモーは、文学と自らの音楽のつながりについてこう語った。その後何度か来日し、着実にファンを増やしていった。そして今回の来日では、ヴァイオリンのイザベル・ファン・クーレンとのデュオという新しい顔も見せてくれた。
「イザベルとはとても気が合うの。もう息をするタイミングが同じといったらいいのかしら。フレーズ感もまったく同じなのよ」
 グリモーはファン・クーレンのことを話すとき、すでに長年の友人のことを話すかのような口ぶりである。だが、このふたりの出会いはつい1年前のことだ。
「ギドン・クレーメルの主催しているロッケンハウスで昨年共演したの。そしたらもう初めからピッタリ合って、またぜひ共演したいと話していたわけ。だから今回日本で一緒に演奏できてイザベルも私もとてもハッピー!」
 そのデュオ・リサイタルでは、ショスタコーヴィチをプログラムのメインに持ってきた。それについてグリモーはこんな意外なことをいった。
「ショスタコーヴィチは特に好きというわけではないの。ただ、今回のプログラムのなかの『ヴィオラとピアノのためのソナタ 作品147』は、ショスタコーヴィチが死の直前に書いたもので、内に秘めた強い力を感じる精神性の高い作品でしょ。この曲を弾いているうちに徐々にその魅力にとりつかれてしまって…」
 プログラムはファン・クーレンと話し合いながら、しかも楽しみながら決めていくそうだ。東京での演奏会は、若いふたりの真摯な姿勢と重厚な音色が印象的だった。ふたりの互角の音のぶつかりも聴きごたえ十分、さすがに息はピタリ。
 さて、今年は4年に一度のチャイコフスキー・コンクールの年。彼女は前回これにチャレンジした。そのときの気持ちはどうだったのだろう。
「とにかくモスクワに行きたかったの、それだけ。別に入賞しなければいけない、なんて全然思わなかった。実はね、このコンクールを受けたいと先生にいったら、準備期間も少ないし絶対無理だといわれたの。でも、自分の意志で行っちゃった(笑)」
 このときは決心してからコンクールが始まるまで、たった4カ月しかなかった。しかし、彼女は入賞こそしなかったが、ここで多くのものを得たという。
「第一、ロシアがこの目で見られた。ただし、どこに行くのにも制限があって、結局ホテルとコンクール会場の往復で終わってしまったけど、たくさんの友人ができたし、他の人の演奏も十分聴けたから勉強になったわ」
 コンクールで、彼女がいいと思った人はみんな予選落ちしてしまった。これによってコンクールへの考えかたというものがだいぶ変わった。そしてロッケンハウスの仲間にこのことを持ちかけた。
「私は審査員がまったく音楽をわかってくれないと思っていたから。そしたらクレーメルもアルゲリッチもいろいろ意見をいってくれたの。バレンボイムもコンクールのありかたを教えてくれたし。いまはもうコンクールは受けないつもりだけど、初めて受けたコンクールが大きいものだったから、ずいぶんためになったわ」
 なんでもパリのコンセルヴァトワールに在籍中には、どこかのメジャーなコンクールを受けるように義務づけられているとか。彼女は自分の意志で選び、そして多くのことを学んだ。そんなグリモーは幼いころからがむしゃらに勉強するタイプだった。
「パリのコンセルヴァトワールに入る前に、地元のエクサン・プロヴァンスのコンセルヴァトワールで勉強したんだけど、このころはまだ8、9歳だから何もわかっていなくて、ただ必死でピアノを弾いていただけ。ピアノを始めたころは、モーツァルトやベートーヴェンのやさしい曲を弾いていた。そのうちにブラームスの作った『ブラームス・エクササイズ』という和音とか音符の説明なんかが入っているやさしい曲集を先生が見つけてくれて、これはとても楽しかった。ただ指の練習とか、音階の練習ではなく、総合的に音楽が学べるという本だったわ」
 ツェルニーもあったが、性に合わなかったらしい。そして15歳のときの初レコーディングでラフマニノフに出合った。
「それまではシューマンが好きで好きで(笑)、シューマンばかり弾いていた時期があるの。シューマンには素朴な自然を感じる。たとえば彼の音楽は、ある木があってそこから枝分かれしたという感じではなく、まったく別のところから現れてくるような原始の力を感じるの。人間の本質のような。その感じがとても自分に近いわけ。だからシューマンにはすごく親しみを持っている。同じものを持っている人だから」
 シューマンのなかにある心の葛藤、それらの人間的な面に共感を覚えるという。その対極にあるのはシュトックハウゼンだそうだ。グリモー自身の理解の外にあるという意味で。
 彼女は、フランス人にしては珍しく英語が堪能。フランスなまりなどまったくない。それもそのはず、グリモーの父親は言語学者である。ロシア語にもぜひトライしたいそうだから、近い将来彼女が原語でロシア文学を読む酢姿にお目にかかれるかもしれない。

 今日の写真は、2011年1月に来日した際のインタビュー時のもの(記事は「CDジャーナル」3月号に掲載中)。彼女は昔からほとんどノーメイク。でも、美女のなかの美女。演奏もすばらしいけど、素顔もナイス!

| インタビュー・アーカイヴ | 22:31 | - | -
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