Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

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ムーラ・リンパニー
 インタビュー・アーカイヴ第6回は、デイムの称号を持つイギリス出身のピアニスト、ムーラ・リンパニー(1916〜2005)の登場。初めてのインタビューは初来日の1992年だった。

[FMfan 1992年5月11日〜5月24日号 No.11]

だいぶ前に演奏活動を再開したら、もういまは忙しくて

 4月3日に行われたリンパニーのオール・ショパン・プログラムのリサイタル終了後、だれからともなく「すごい、どうしてあんなに若々しい演奏ができるのだろう…」というためいきまじりの声が漏れた。
 ムーラ・リンパニーはいま75歳。「伝説のピアニスト」といわれた彼女は、今回初来日である。その演奏は叙情的でかろやかで、彼女の内から湧き出てくる人間的なぬくもりというような温かさに満ちていた。
 この日リンパニーは疲れも見せず、15分もアンコールにこたえた。

――どうしてこんなに長く日本にいらっしゃらなかったのですか?
リンパニー 私は結婚してから長い間家庭に入っていて、半引退のような状態が続いていたのです。でも、だいぶ前本格的に活動を再開したら、もういまは忙しくて忙しくて、あちこち演奏旅行に飛び歩いているんですよ。マーゴット・フォンテインが晩年になればなるほどからだが軽くなり踊りやすくなったから、踊れなくなるまで踊るといっているように、私も自分が納得いく演奏ができるうちはずっと弾いていきたいと思っています。
――この間ラフマニノフの録音が出ましたが、レコーディングも今後数多くなさる予定ですか?
リンパニー 依頼があればね。私は若いころ、シュワルツコップのご主人であるEMIのプロデューサー、ヴォルター・レッグ氏にドビュッシーの『前奏曲』全曲を録音しないかといわれたことがあったの。でも、そのときはギーゼキングがすばらしい録音を残しているじゃないの、といって断ってしまった。そしたらしばらくして、彼が今度はショパンの『幻想曲』を入れないかっていうの。そのときもコルトーが入れているじゃない、あれ以上には弾けないわ、といって断ってしまった。いまから考えると、惜しいことをしたと思っているの(笑)」
――ハチャトゥリアンに出会ったのもそのころですか?
リンパニー そうです。彼は初めて会ったころは髪がまだ真っ黒で、野性的な雰囲気を持っていました。私はそのころよく“エレガントな演奏をする”といわれていたのですが、1度だけロンドンでハチャトゥリアンとコンチェルトで共演したときは、エレガントどころではなく、ものすごく興奮して野性的な演奏をしたことを覚えています。
――エレガントな演奏をするというのは非常に難しいことですが、それにはどんな要素が必要となってくるのでしょうか。
リンパニー かろやかさも必要ですし、シンプルでなければならないでしょうね。これはいつも議論の対象となることなんですよ。
――いまお住まいはモンテカルロですよね。
リンパニー ええ、もうひとつスペインの国境近くのフランスの小さな村にも家があり、そこでは毎年『ワインと音楽』という音楽祭を主催しています。去年はソプラノのヴィクトリア・デ・ロス・アンヘレスがきてくれたんですよ。私は本当はね、庭師になりたかったんです。それでその村の丘をひとつ買って、自分が植えたかった木や花を全部植えて楽しんでいます。

 リンパニーはお料理が大好きだそうで、この話になったら止まらなくなってしまった。カタツムリがワインに合うとか、日本でてんぷらのおいしさに目覚めたから、帰ってから作ってみるとか…。またすぐにでも来日して“エレガントな演奏”を聴かせてほしいと思う。

 今日の写真はそのときの雑誌の一部。この初来日時にはイギリス大使館で歓迎の立派な食事会が開かれ、そこにご招待いただいたのだが、リンパニーは居合わせた全員が愉しく歓談できるよう、ずっとこまやかな気配りをしていた。彼女の歓迎の晩さん会なのに、なんという優しい心遣いなのだろう。食事もおいしかったが、リンパニーの人柄のすばらしさに心打たれ、いまでもその記憶は鮮やかに残っている。 



 
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