Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

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アッシジの聖フランチェスコ
 オリヴィエ・メシアンの唯一のオペラ「アッシジの聖フランチェスコ」の日本初演を聴いたのは、1986年3月12日のことだった。
 これは小澤征爾指揮、新日本フィルハーモニー交響楽団の演奏によるもので、目白の東京カテドラル教会で行われた。
 その本番前に、メシアンに話を聞くことができた。
 この20世紀を代表する偉大な作曲家・オルガン奏者で、ブーレーズ、シュトックハウゼン、クセナキスら、数多くの弟子を持つフランス音楽界の重鎮であるメシアン(1908〜1992)は、本番前の着替えもそこそこに、優しい笑顔でインタビューに応じてくれた。
「マエストロ・オザワはイギリス初演もしてくれましたから、全面的に信頼しています。それにしても、オーケストラも歌手も合唱も、みなすばらしい準備をしてくれました。リハーサルではびっくりしましたよ。何カ月も前から周到に勉強されたんでしょうね。その成果を今夜これから聴くことができるわけですから、もう心は高鳴るばかり。この教会の響きも音響的に満足しています。反響が大きすぎることもなく、音も鮮明ですね」
 それからメシアンの話は自身の子ども時代へと移った。
「私の家系には、音楽家というのはひとりもいません。私は小さいときからピアノを弾きたくて弾きたくて仕方がなく、先生にも就かず、まったくひとりで学び始めたのです。本当の独学ですよ。ですから生まれつき才能を持っている子どもとか、自分で本当に音楽を習いたい子どもというものは、自然にそういう方向に向かっていくものだと私は思います」
 この子ども時代の話になった途端、メシアンは巨匠ならではのどっしりとした威厳に満ちた表情から柔和な顔になり、昔をなつかしむような目に変わった。
「ただし、すべての子どもに平等のチャンスを与えるということは、非常に大切なことだと思います。音楽というものは、とても純粋なもので、純粋な子どもの心を打つものが必ずあると私は確信しているからです。ですから、子どもたちに平等に音楽を与えることによって、必ずしもプロではなくても、立派なアマチュアが育っていくことを切に希望しています」
 メシアンはもうこちらが本番前だからと気をもんでいるにもかかわらず、ゆったりと話を進めた。
「プロの音楽家になるためには、対位法や和声がきちんとわかっていて初めてプロといえるわけですし、正統な勉強をしてこそプロといえるのです。私もここまでくるのに、本当に紆余曲折がありました。でも、いまこうして自分の作品がすばらしい音楽家たちによって演奏されるのを聴くと、子どものころから好きな道をずっとあきらめずに追及してきてよかったと感じています。なんでも続けることが大事ですからね」
 メシアンは、「アッシジの聖フランチェスコ」を1975年から1983年まで8年間かけて作曲したと語った。そして「本当は全部聴いてほしいんだけど、とても長くてねえ」と笑みを浮かべながらいった。
 このオペラは全3幕8景からなり、全幕上演すると6時間近くかかる。このときはオラトリオ形式の部分上演という形で行われた。
 敬虔なクリスチャンで小鳥の歌をこよなく愛するメシアンが、小鳥に説法したという伝説を持つ聖フランチェスコを題材に取り上げ、自ら脚本を書いたメシアン作品の集大成ともいうべき作品。
 演奏は非常に心に響くもので、私はこれを聴きながらアッシジに行きたいという思いに駆られていた。
 それからかなりのちになり、ついにアッシジのサン・フランチェスコ教会を訪れ、ジョットの「小鳥に説教する聖フランチェスコ」のフレスコ画と対面した。この教会は下堂、上堂と分かれ、非常に広く、何時間あっても見つくせない奥深い魅力をたたえていた。
 昔からジョットが大好きな私は、フレスコ画の前でメシアンの音楽を連想し、聖フランチェスコの比類ない荘重さにただ見入っていた。
 帰りに、教会近くの小さな工房でこの絵が描かれた板絵を発見、すぐに購入して大切に持ち帰った。今日の写真はその板絵。これをながめるたびに、アッシジの美しい町とジョットの胸が痛くなるほどの感動的な絵とメシアンの握手したときの手のぬくもりが思い出される。


 
| 麗しき旅の記憶 | 23:57 | - | -
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