Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

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ピョートル・アンデルシェフスキ
 また、いつものように締切り地獄の時期が巡ってきた。
 だが、こういうときに限って、聴き逃せないコンサートが目の前に…。ああ、時間がない。でも、聴きに行きたい。
 というわけで、悩んだ末、21日にサントリーホールで行われたピョートル・アンデルシェフスキのリサイタルに出かけた。
 彼は必ずといっていいほど、J.S.バッハをプログラムに入れる。今回もバッハの「フランス組曲第5番」と「イギリス組曲第6番」が披露された。
 そしてこれも必ずといっていいほど、当初のプログラムから変更になる。今回も冒頭の「イギリス組曲第5番」が「フランス組曲第5番」に変わった。
 次いで、シューマンの演奏される機会に恵まれない「ペダルピアノのための練習曲(6つのカノン風小品)が登場。これはアンデルシェフスキが編曲した版が用いられた。
 そして後半のショパンのマズルカ作品17も作品59に変更。
 最後の「イギリス組曲第6番」は、ヨーロッパで「息を吞むような演奏」「音の錬金魔術師」「聴衆は興奮のあまり総立ち」と評された作品。まさにバッハを愛し抜いている彼ならではの求心的な演奏だった。
 今回はいずれの作品もこまやかな響きを美しく聴かせる奏法で、完璧なるテクニックながら実に自然でのびやか。彼は演奏前ステージ上に設けられたカフェ風の椅子にすわってお茶を飲みながら聴衆が入ってくるのをながめていたが、時間になるとすっと立ち上がるとピアノを弾き出した。
 このユニークさ。この自然さ。そして演奏の集中力の高さ。これがアンデルシェフスキの個性だ。
 以前、インタビューをしたとき、彼はこんなことを語っていた。
「私は子どものころからピアノを弾くのに近道はないと思っていた。なんとか抜け道などを探した時期もあったけど、やはり楽をしてうまく弾けるようになることはないと悟ったんだ。結局、まじめに練習して、まじめにひとつずつ習得していかなくてはならない。ずっとそれを続けていくと、やがて辛いことの先に楽しさやおもしろさが見えてくる。先生というのは、一生いてくれるわけではなく、究極は自分自身で道を切り拓いていかなくてはならない。自分がさぼれば、自分に返ってくる。つまりは、まじめにやらなくちゃいけないということさ(笑)」
 アンデルシェフスキはポーランド人とハンガリー人の両親のもと、ワルシャワに生まれた。子どものころはお姉さんとテニスをしたり外で遊ぶほうが好きで、ピアノの練習は「やっているふり」をしていたという。
 それでも、8歳のころにはハイドンのソナタを好んで弾いていたそうだ。
「11歳のころに就いていた先生が、1本の指でレガートを出す方法を教えてくれた。これがとてもおもしろくて、それからいままでずっとこのレガート奏法を自分で工夫し、実践している」
 これはペダルなしで、緊張感をもって1本の指だけで鍵盤を次々に弾いてレガートを出す方法。こういう話をするときのアンデルシェフスキは、子どものように目を輝かせる。
 それから、シマノフスキの話題も話が止まらなくなる。同郷の作曲家には敬意を抱き、「ピアノ作品集」(EMI)の録音は絶賛された。
 今回のリサイタルに関しては、「日本が困難な状況にあるとき、自分は何ができるでしょうか。それは日本を訪れて音楽を奏でることで、日本への連帯の意を示すことだと思うのです」とプログラムに綴っている。
 これまで何度も演奏を聴いてきたが、まさに今回はアンデルシェフスキと聴衆の間で連帯が生まれたひとときとなった。
 集中力の高さと独創的な解釈が特徴だといわれるが、そこに懐の深さを付け加える一夜となった。
 そしてもっとも印象に残ったのが、バッハにおける装飾音の自在な入れかた。ピアノと遊ぶように、ピアノの響きを楽しむように嬉々として挟み込まれる装飾音は、この時期だからこそ、日本を元気にしたいという彼の思いが込められているようだった。
| ああ愉しき(?)、締切り地獄 | 23:01 | - | -
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