Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

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オリ・ムストネン
 インタビュー・アーカイヴの第10回は、ヘルシンキ生まれのオリ・ムストネン(1967〜)。常に「何かおもしろいことをやってくれるのではないだろうか」と期待を抱かせるピアニストで、初来日は1990年。
 ベートーヴェンのピアノ・ソナタを弾いている最中にフーッといすから腰を浮かし気味にしたり、額から流れる汗を右手を跳ね上げるようにして何度もふいたりと、音楽とともにそのステージマナーも興味深く、超没頭スタイルの演奏に聴き手も一瞬たりとも気が抜けない、濃密な時間を提供してくれた。
 インタビューでも終始両手を大きく動かし、表情が次々と変わり、まるで役者を見るような思いがした。

[FM fan 1999年1月25日〜2月7日号 No.4]

「自分がいま何ができるか、何が必要か、
どう音楽とかかわったらいいのか。
これを日々考えています」


ベートーヴェン、バッハ、そしてショスタコーヴィチ

 ベートーヴェンをアイドルだと自認し、めったに演奏されることのない作品までをも研究して録音したり、ステージで紹介しているムストネンは、常にピアニストとして作曲家として新しい方向を模索している人である。
「ベートーヴェンがアイドルだという気持ちはいまも変わりません。ベートーヴェンは昔から私の光であり、導き手であり、神のような存在でもあるからです。ただし、彼は非常に人間的な面を作品に投影させた人だと思います。
 ベートーヴェンを弾いていると、ベートーヴェンその人が浮かびあがってくる。作品と人間性は別という作曲家が多いなか、ベートーヴェンはとても人間くさい、喜怒哀楽のすべてを曲の映し出した人だと思います。だからあまり知られていない作品もぜひ演奏したいと思い、1カ月前には作品107の『10の民謡主題と変奏曲』と作品22のピアノ・ソナタという珍しい曲を録音したんですよ」
 その彼がいま世界中で演奏しているのがJ.S.バッハの『平均律クラヴィーア曲集』とショスタコーヴィチの『24のプレリュードとフーガ』を組み合わせたプログラム。これは2つの組み合わせがあり、現在演奏しているのはすでに録音された最初のプログラムで、バッハに始まりバッハで終わるというもの。
「バッハと同様、ショスタコーヴィチも研究すればするほど魅せられていきます。いま演奏しているバッハとショスタコーヴィチの組み合わせも、長年取り組んできたものです。ひとつ目の組み合わせはバッハのハ長調のプレリュードからスタート、これはグノーの『アヴェ・マリア』でなじみのある天上の美しさを持つ音楽。ここから始まり、バッハを1曲、ショスタコーヴィチを3曲、バッハを2曲というユニットを4回続けていきます。これは調性や構成を数学的に分析して見出した方法で、すべての曲を1度ずつ演奏することができる唯一の方法です。
 もうひとつの組み合わせはショスタコーヴィチを1曲、バッハを3曲、ショスタコーヴィチを2曲というユニットで組まれています。この方法を発見したときは本当に大喝采して喜びましたよ。世紀の発見です(笑)。
 パリでの演奏会にショスタコーヴィチ未亡人が見え、とても温かなことばをかけてくれました。残念ながらバッハ未亡人は姿を見せませんでしたけどね(笑)。バッハ未亡人とはぜひ話をしてみたいんですが…」
 
天才が生み出す芸術の類似性

 ムストネンの父親は統計学者で、ムストネンも幼いころから数学好き。一時は音楽家ではなく数学者になろうと思ったこともあるとか。それだけに分析は得意中の得意。さらに作曲家でもあることから、バッハとショスタコーヴィチの作曲技法のこまかい点まで研究し、ついに納得いく組み合わせを見出した。
「真の天才というのは、ある高みに至ると類似性が見られるものです。バッハとショスタコーヴィチはまるで異なる作曲家のように思われていますが、実際はさまざまな点で類似性が見られます。
 ショスタコーヴィチがバッハの『平均律クラヴィーア曲集』に触発されて『24のプレリュードとフーガ』を書いたように、これらの作品は組み合わせて弾いていくと、私自身いまどちらの作曲家の曲を弾いているのかわからなくなる瞬間があります。
 以前、歌舞伎の玉三郎の舞台を見たときに、一瞬カザルスのチェロを聴いているような感情にとらわれたことがありましたが、やはり類い稀なる天才が生み出す芸術というものは、ある類似性をも生み出すものなんですね。同じような至福のときを与えてくれます」
 ムストネンは今回の来日公演で初めて自作のコンチェルトを披露したが、作曲面にもかなり力を入れ、親友であるチェロのスティーヴン・イッサーリス、ヴァイオリンのジョシュア・ベルをはじめとする音楽仲間とともにそれらを演奏している。
「自分の作品について話すのは得意ではないんです。友人のエサ=ペッカ・サロネンもそういっていますが、自作はまず音を聴いてもらったほうがいいですね。判断はみなさんにお任せします。
 サロネンともよく話すんですが、現在は演奏家と作曲家というものが分離し、演奏家は創造の場が理解できない、作曲家は演奏される現場の状況がわからない。そんな不幸な時代になっています。
 私は幸い両方体験できますから、この喜びや刺激、苦労、問題点などを人々と分かち合いたい。音楽家はもっとグローバルな目を持たないと現代社会に置いていかれてしまいますから。かといって何でもかんでも手を出すわけにはいきません。自分がいま何ができるか、何が必要か、どう音楽とかかわったらいいのか、これを日々考えています。
 最近、作曲家のロディオン・シチェドリンと奥さまのマーヤ・プリセツカヤにお会いしたのですが、二人からずいぶんいろんなことを学びました。彼らはショスタコーヴィチと交流があったわけですからひとつひとつの話がとても心に深い印象をもたらす。ショスタコーヴィチが身近に感じられ、より好きになりました」

 今日の写真はそのときの雑誌の一部。ムストネンは最近来日がないが、ぜひ、演奏ごとにあたかもその作品の初演をしているような、新鮮で刺激的な演奏を聴きたいと願っている。

| インタビュー・アーカイヴ | 22:09 | - | -
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