Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

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ギドン・クレーメル
 ギドン・クレーメルは今春トリオの演奏で来日し、彼ならではの集中力に富んだ鬼気迫る演奏を披露した。
 私はどんなに偉大なアーティストのインタビューでもアガったり、緊張しすぎるということはないが、クレーメルの場合は周囲の関係者がみなピリピリして緊迫感がただよっていたため、それがこちらにも伝わり、妙に緊張してしまったことを覚えている。
「インタビュー・アーカイヴ」第17回は、そのクレーメルの登場。このときはピアソラの音楽について熱く語った。

[FM fan 1998年10月20日〜11月2日号 No.23]

ぼくはピアソラに恋し、ピアソラのエネルギーが伝染し、その音楽に過去へのあこがれを見た

ピアソラとシューベルトには共通項があるんだ。…ふたりともハッピーな曲がないだろう?

「ぼくはいまのタンゴ・ブームというものにまったく興味を抱いてはいない。ぼくは自分のピアソラを奏でるだけ。自分なりに感じたピアソラの音楽を演奏しているだけさ。ピアソラを初めて自分の楽器で演奏したときから、アントニオ・アグリやフェルナンド・スアレス・パスの弾きかたをまねしようとは思わなかったし、タンゴのエンターテイナーになりたいとも思わなかった。自分の心に忠実に、感じたままを弦に託す。それがぼくのピアソラであり、自分の音楽の方向性なんだよ」
 待ちに待ったクレーメルがピアソラを携えて来日した。9月のカレンダーをめくったときから、私はクレーメルのピアソラが聴ける、そのことだけで9月というこの月が、他とは異なった輝きに満ちているように感じられた。「ピアソラへのオマージュ」と題されたコンサートの1時間半は、至福のときを与えてくれた。ピアノのヴァディム・サハロフ、ダブルベースのアイロス・ポッシュ、バンドネオンのペル・アルネ・グロルヴィゲン。いずれ劣らぬ名手ぞろい。4人が奏でるピアソラはあいまいのかけらもなく、隠しごとや飾りや体裁もまったくなく、ナマの感情をストレートにぶつけてくるものだった。
「ピアソラは喜びと悲しみ、ちょうどその中間を歩いている、ギリギリのところを歩いている作曲家だと思う。このように人間の感情が素直に自然に表せる作曲家というのは数少ないんじゃないだろうか。ぼくは他にはシューベルトしか考えられないね」
 クレーメルのシューベルト好きは昔から有名だ。その音楽に込められたえもいわれぬ悲しみに共鳴するという。
「ピアソラとシューベルトの共通項というのはハッピーな曲がないこと。彼らは喜んだりうれしがったり、そういう感情の曲は書かない。ぼくも多分にそういう面があって、子どものころからよく人生について考えるけど、自分の人生には限界があると思っている。自分の存在そのものについても考えるよ。いまは音楽を通して多くのいい友人に恵まれているけど、昔は本当の友と呼べる人はひとりもいなかった。おかしな子どもだろ。いつも自分は何者だろうと自分に問いかけていたものさ」

ぼくらがどれだけ裏で血のにじむ努力をしているか、少しでもわかってほしい

 そんなクレーメルは日々の問いかけを日記に記すようになった。そしてあるとき、それを1冊の本にまとめた。いまでも文字を記すことは好きで、時間が許す限り書いている。
「音楽と同様、何でもすぐに暗記する癖がついているんだよね。だから日常のちょっとしたことも記憶に残っているけど、それを完璧に忘れないようにするためにいつもノートを持ち歩いていた時期があった。去年も1冊本をまとめたんだ。それとインドに旅行した」
 ただし、いまは物理的に時間がたりなくて、なかなか思うように書けないとか。
「ぼくは実際の人生のなかよりも、音楽を通じて自分のアイデンティティを発見するほうが多い。楽譜というものが自分を発見する大きな手助けとなってくれるから、音楽に関しては作曲家とその作品に忠実でありたいと願っているけど、自分なりのスコアというものも書きたい。それが文という形になるのかな」
 クレーメルは1問1問非常にゆっくりと、ことばを選んで答えるタイプ。そのテンポが静寂とある種の緊張感を生み出す。彼のヴァイオリンに通じるような、そしてときに抽象的な表現が顔をのぞかせる。
「ぼくがいま乗っている電車というのは、まだ目的地に着いていない。非常に速い電車で、力もあるから、電車から飛び降りる勇気はない。自分が求めているのは、その旅行のなかでもっと停車をして、駅に降りて新しい空気を吸う時間を確保すること。そのような休息や新しい空気というものが、音楽を作るにあたってとても大切だと思うから」
 演奏家は音楽を作っていく過程、苦労した場面、練習などの裏側はあまり話したがらないのがふつうだ。だが、クレーメルはその部分こそ聴衆に感じ取ってほしいところだという。
「音楽ファンは演奏家がステージで演奏するときや、できあがった録音で演奏を楽しんでいるよね。でも、アーティストがどうやってそのステージまでたどり着いたか、どうやって録音を作り上げたかには目を向けない。ぼくは太陽と同時に月も大切だと思うんだ。裏側の影の部分だよ。楽譜から読み取ったものをどう実際の音にして聴衆の席に届けるか。どれだけ裏で血のにじむような努力をしているか。それを少しでも知ってほしい。自分の仕事をまっとうするために多くの犠牲を払っていることも。ぼくが自分の仕事である音楽に忠実であろうとすると、莫大なエネルギーが必要となる。だからプライヴェートな時間はまったくなくなってしまう。その状況を聴衆が知ることによって偽物と本物、まねごとと真の解釈との差が理解できるようになると思う。そしたらみんなもっと音楽を楽しめるでしょ」

自分のエネルギーが続く限り、ピアソラは演奏していきたいと思っている

 こういうことを語るときのクレーメルの表情は真面目そのもの。天才と称され、何でも楽々と演奏しているように見える人が、こういうことに熱弁をふるうこと自体興味深い。
「ピアソラの演奏を初めて聴いたとき、彼がタンゴを使ってものずこいエネルギーを発していることに感動を覚えた。感情的なエネルギーが音楽によって引き出されていく。世界の南端からきた音楽がこんなにも自分の魂を揺さぶることにぼくは驚愕した。その音楽は親密にぼくに語りかけてきた。なんだかノスタルジックな感情が湧いてきて、胸がいっぱいになってしまった。残念ながらピアソラとは一度も共演できなかったけど、その後、ブエノスアイレスからフエゴ島まで旅をして、ピアソラを演奏したいと気持ちが固まった。ピアソラの世界に自分の道を開こうと…」
 クレーメルのピアソラ・シリーズは今後も続く。次なるアルバムは小オペラ「ブエノスアイレスのマリア」。これは声楽家と語り手をブエノスアイレスから呼んで録音した。その語り手、オラシオはアルゼンチンの詩人で、ピアソラとともにこの曲を書いた人。そして4枚目の構想もすでにできあがっているという。
「はやりだからとか、売れるからということは関係ない。ピアソラに接点を見出しただけ(このことば、プライドの高さを感じますね)。ぼくはピアソラに恋し、ピアソラのエネルギーが伝染し、ピアソラの音楽に過去へのあこがれを見た。自分のエネルギーが続く限りピアソラは演奏していきたいと思っているし、新しい面をそのつど盛り込んでいきたい。ピアソラに関係ある人や影響を受けた人、さまざまな音楽家との出会いがぼくの音楽の幅を広げてくれるし。少しでも時間ができたら読書をしたり、こういう取材でジャーナリストと話すのではなく友だちとゆっくり話したいけどね。いや、ほんのジョークだよ(笑)」
 気難しい表情がこのジョークで一瞬崩れた。一途で一徹で自己にきびしいクレーメル。その演奏は心の奥に深い感動の泉をもたらす。
 今日の写真はその雑誌の一部。カメラマンも緊張していた。

| インタビュー・アーカイヴ | 14:03 | - | -
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