Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

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アルンシュタットのお土産
 2009年1月上旬から中旬にかけて、J.S.バッハゆかりの地をいくつか訪れた。折しもヨーロッパは100年ぶりの寒波到来で、連日冷凍庫のような寒さ。日中でも零下14度ほど。もっとも気温が下がったのはエアフルトの夜半。零下28度というこれまで体験したことのない極寒で、心身が凍った。
 このときに取材で旅した地は、まずアイゼナハ、次いでヴェヒマール、アルンシュタット、エアフルト、ワイマール、ケーテン、そしてライプツィヒ。初めて旧東ドイツを訪れたのは統合前の1986年だったが、当時とくらべるといずれの地も様相が一変。建物から町の様子、人々の表情まで、すべてが大きな変貌を遂げていた。
 特に印象深かったのは、22年半ぶりに再訪したアイゼナハ。フラウエン広場にあるバッハ・ハウスの充実は目を見張るものがあり、ありとあらゆる資料がそろっていた。
 周囲の家々も様変わり。なんという変わりようだろう。私はとまどい、どこかにあの時代の面影を見出そうとしたが、無駄だった。アイゼナハは新しい都市のように異なった表情を見せ、暗さや恐ろしさは微塵も感じることがなかった。
 ただ、バッハの音楽は変わらぬ姿でそこに存在していた。バッハ・ハウスで聴いた永遠不滅の音楽――その事実に直面し、自分のなかに流れた月日だけを深く感じ入ることになった。
 ここは自己の内面との対話を促し、バッハの偉大さを再確認させてくれる町。ここから大きな町へと飛翔していったバッハにひとり思いを馳せた。
 各地でそれぞれ現地の音楽家による室内楽の演奏を聴いたり、バッハゆかりの教会でオルガンの響きに胸打たれたりしたが、なにしろ教会は足元から深々と冷えてくる。
 東京から取材にきたということで、各地のオルガニストはここぞとばかり腕を奮ってバッハの作品を弾いてくれるのだが、こちらは長時間堅い椅子にすわってブルブル震えっぱなし。演奏後はこれまたていねいにオルガンの横に連れて行ってくれ、構造や奏法を説明してくれるのだが、ここでもガタガタ、歯の根が合わない。トイレにも行きたくなるが、ひたすらがまん。そのうちに私の頭のなかでは、「バッハ=凍りそう」という図式ができあがった。
 このバッハの取材はひたすら外を歩くことが多く、内部に入るのは教会やお城。唯一、暖を取るのはカフェに入ったり、食事をするときだけ。
 そのなかで、うれしいことがあった。
 アルンシュタットでランチをいただいたときのこと。案内してくれた観光局の女性に「はい、あなたの席はここね」といわれて座ると、目の前に大人の掌サイズほどのバッハ像がこちらを向いている。あとの席にはなく、お花が活けられているだけ。
「すみません、このバッハの置物、どこかに売っていますか。すごく素敵なので帰りに買っていきたいんですけど」
 私のことばを聞いたその女性は、「ちょっと待っててね」といって奥に消えた。前菜が運ばれてくるころに彼女は戻ってきて、こう耳打ちした。
「これは売り物ではないの。このお店の飾り物。だけど、あなたが気に入ったと話したら、オーナーが特別にプレゼントしてくれるんですって。でも、ひとつしかないから、そっとね。食事が終わって席を立つときに、お店の人がさりげなくナプキンに包んで渡すから、ほかの人には見せないようにすぐにバックに入れてほしいんですって」
 ウワーッ、どうしよう。以前、ヴェローナでも似たようなことがありブログにも書いたが、私ってよほど物欲しげな顔をしているか、欲張りな表情に見えるのだろうか。
 というわけで、食事中もなんだか気もそぞろ。目の前のバッハがじっと私を見ている。何を食べたのかまったくわからなかった。なんて、小心な…。だって、一緒に行った人たちに秘密を持つのってイヤだものね。
 でも、結局はナプキンに包まれたバッハが私のハンドバックに滑り込んできて、一件落着。お店のオーナーまでお見送りに出てきて、ウインク。まいりましたね。大声でお礼をいいたくてもいえないし。
 今日の写真はそのバッハの置物。なかなか渋い顔をしているでしょ。これを見るたびに、私のからだはいろんな意味で凍りつきます(笑)。

| 麗しき旅の記憶 | 22:36 | - | -
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