Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

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コンスタンチン・リフシッツ
 いまや21世紀を代表する真の実力派ピアニストとして確固たる地位を獲得しているウクライナ出身(1976年生まれ)のピアニスト、コンスタンチン・リフシッツ。彼は13歳で正式にデビューし、以後驚異的な記憶力により数々の作品をマスター。幼いころから「神童」「天才少年」と呼ばれ、世界各地で活発な演奏活動を展開。その後「若き巨匠」への道をじっくりと歩み、現在はベルリンに居を構え、樫本大進とのデュオでも高い評価を得ている。
「インタビュー・アーカイヴ」第20回はそのリフシッツの登場。現在はヒゲを蓄えた堂々たる自信に満ちた大人の男性というイメージだが、当時はまだシャイで初々しい少年のような表情が印象的だった。

[レコパル 1995年6月号]

自分を天才とか神童などと思ったことはありません

 ロシアからはときどき思いもかけない天才音楽家が現れることがある。そのだれもがスケールが大きく途方もない才能の持ち主で、決して小さくまとまった芸術家ではない。ロシアという国が生み出すこれらの芸術家は、われわれ日本人からは想像もできないような強靭なエネルギーを秘めているような気がする。
 それが証拠にロシア・ピアニズムの歴史をたどってみると、そこからは偉大なピアニストの名前がたくさん出てくる。チャイコフスキーと同時代に活躍したアントンとニコライのルビンシテイン兄弟、ヨゼフとロジーナのレヴィン夫妻、そして最近CDが日本でも手に入るようになったマリア・ユーディナやウラディーミル・ソフロニツキーなど。これらのピアニストが次世代を育て、現代のピアニストがその系譜に名を連ねようと頑張っているわけだ。
 リフシッツに会ったとき、このロシア・ピアニズムが話題にのぼった。彼は極端に口数が少ないのだが、ロシア・ピアニズムに関してだけは雄弁だった。
「ぼくは小さいころからロシア・ピアニズムの流れというものを強く意識しています。これはカンタービレ(歌うような弾きかた)とダイナミズムを重視する奏法ですが、ロシアが長い間育んできた偉大な財産だと思っています。
 特に尊敬しているのはラフマニノフとアントン・ルビンシテインで、録音をよく聴くのはシュナーベルとソフロニツキーです。ソフロニツキーをCDで聴くことができるようになったのはごく最近のことですが、生き生きとした明るい表現に心惹かれます」
 リフシッツは5歳からピアノを始め、モスクワのグネーシン音楽学校でゼリクマン教授のクラスに入ってめきめきと頭角を現した。8歳でオーケストラとJ.S.バッハの協奏曲で共演し、12歳でショスタコーヴィチの協奏曲を弾き、13歳で正式なデビューを果たしてセンセーションを巻き起こした。
 以後、ヨーロッパでの評価はうなぎのぼり。だが、素顔の彼は周囲の騒ぎはどこ吹く風、涼しい顔で淡々と語る。
「よくグールドのバッハをどう思うかとか、キーシンの演奏をどう感じるかと聞かれますが、答えようがありません。ぼくはバッハが大好きだから弾いているだけ。同じ神童としてキーシンはどうかといわれてもコメントすることばが見つかりません。
 第一、自分のことを天才とか神童などと思ったことはありませんし、日々の努力でようやくここまできたと思っていますから」
 リフシッツの笑顔はとてもかわいい。目全体が笑いに満ちた感じになる。しかし、音楽に関する話ではその目が一気に大人びて真剣な光を帯びる。
 バッハが好きで、バッハのない世界は考えられないそうだが、その思いが5歳ですでに芽生えていたというから驚きだ。
 彼は「ゴルトベルク変奏曲」もごく幼いころから勉強していた。ゼリクマン女史はあまりにもバッハを弾きたがるので、最初ちょっと勉強させて少し寝かせ、しばらくしてまたレッスンに使ったという。彼女はリフシッツの気持ちをバッハに向かわせるのに、ゆっくりと時間をかけた。
「ぼくがこの年で《ゴルトベルク変奏曲》(コロムビア)を録音したことに対し、人々はあれこれ質問を投げかけます。バッハの他の曲を演奏してからでも遅くないのではないか、なぜいまこの曲なのかとか。ぼくにとってはごく自然なことなのに、こんなにいろいろいわれるとは思いませんでした。それだけこの曲が大曲だからでしょうけど。ぼくがこの曲を選んだのではなく、《ゴルトベルク変奏曲》のほうから歩み寄ってきてくれたのだという感じがしているんですけどね」
 いいかたはとても控え目だが、このひとことにはリフシッツの計り知れない自信が隠されている。彼の「ゴルトベルク変奏曲」は、まるでマラソンの勝利者のように威厳に満ちているが、表面的には淡々と走りを続けているように見える。その走りはゴールまで確かな計算がなされていて、緻密で浮ついたところがない。計算というのは音楽を大きくつかんでいるということで、各々の走りがひとつの意味を持っている。
 1音1音に込められた深い意味、変奏ごとに異なる微妙な色合い…それはリフシッツのバッハに対する深い愛情の現れであり、リフシッツの声である。
 彼はバッハで語り、豊かに歌っている。これは無口な彼の心からの歌だ。ロシア・ピアニズムの原点は、ピアノを豊かに歌わせること。いま、リフシッツは偉大な奏法の真の継承者になろうとしている。

 今日の写真はその雑誌の一部。樫本大進は、いま日本でリフシッツとベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタのシリーズを数年間に渡って行っているが、彼らのリハーサルはリフシッツの自宅に大進が泊まり、そこで行われている。
 大進は音合わせはもちろん楽しみだが、もうひとつ大きな楽しみがあると語る。それは朝ベッドのなかでうとうとしていると、隣の部屋からリフシッツが弾くバッハの音楽が聴こえてくるのだそうだ。それを聴きながら目覚める幸せ。「こんな喜びがあるでしょうか。コンスタンチンのバッハで目を覚ます。夢うつつの世界から実際は現実に戻るのですが、実はこれがまた夢の世界へと引き込んでくれる。すぐに目覚めるのはもったいなくて、なかなかベッドから出られないんですよ(笑)」

 


| インタビュー・アーカイヴ | 12:53 | - | -
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