Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

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ヴァレリー・アファナシエフ
 ヴァレリー・アファナシエフは、ちょっと変わっていると思われている。それは個性的な風貌、ピアニスト以外の文学的な活動をしていること、不思議な空気を生み出すステージなどが影響しているようだ。
 しかし、実際にインタビューで会う彼は、おだやかな笑みを浮かべた物静かで思索的な芸術家という感じ。今秋、リスト・プログラムで来日が決まっているが(11月18日、浜離宮朝日ホール)、ずらりとリストを並べるだけではなく、「リストとその時代へのオマージュ〜葬送〜」と題し、他の作曲家の作品も加え、リストの時代を浮かび上がらせる。
「インタビュー・アーカイヴ」第25回は、そのアファナシエフの登場。ちょうど20年前の彼の「いま」を切り取った感じだ。

[FMレコパル 1991年12月9日〜12月22日号 No.26]

ゆったりとしたテンポが、異様とも思える独特な世界を生む

 アファナシエフの新譜「展覧会の絵」(コロムビア)を初めて聴いたとき、そのあまりにもゆっくりとしたテンポ設定に唖然とした。冒頭の「プロムナード」から、異様とも思える雰囲気を醸し出して曲が進められていくのだ。彼のテンポはただ遅いだけではない。どこか奇々怪々とした趣が曲全体にみなぎり、聴き始めると徐々にこの一種独特の世界に引き込まれていってしまう。
 それは音楽全体の作りかたがあたかも大きな芝居のようで、アファナシエフ自身が主役を演じているような、また彼が演出にまわってもうひとりの分身に演じさせているような、そんな感じがする。
 それもそのはず、彼はこの曲をもとに戯曲を書き(今回のディスクの解説書にはその戯曲の掲載されている)、それを人形芝居炒りで演じたりしている。
 特に「チュイルリー」とか「殻をつけたひなたちのバレエ」などふつうは速くこちゃこちゃっと弾かれるところだが、ここでは打鍵が深く1音1音かみしめて演奏されている。音と音との間のとりかたも長く、私はつい、次の音の出を待って前のめりになりそうな感覚を抱く。
 アファナシエフはナマのコンサートの場合も常に斬新なプログラムを組んできたが、今回の来日公演ではシューベルトの最後のピアノ・ソナタ3曲を一夜で弾くという、これまた彼ならではの画期的な試みを見せた。
 なにしろ、通して弾くと2時間半はゆうにかかるというプログラム。聴き手も相当の体力と気力を要求される。だが、当の本人は超人的な集中力をずっと持続し、バリエーションの部分ではすばらしい構成力と美音を響かせ聴衆を魅了した。
 彼の場合は、ステージに現れた瞬間からすでに音楽が開始されているといっても過言ではない。ちょっとアンニュイな表情でゆったりと歩を進め、いすにすわるやいなやピアノの弦の部分に両手をあてがって何か祈るような仕草をする。そして手をひらひらと宙に浮かせたかと思うと、腕まくりをするがごとく上着の袖から両腕をニョキッと出し、かなり高い位置から鍵盤にバーンと手を下ろし、第1音が鳴り響く。しかしここまでくる間に、もう私の頭のなかには彼の奏でるピアノが鳴っているような気がした。
 演奏中も一瞬たりとも目が離せない。手のひらひらはしょっちゅう行われるが、これが下ろされる瞬間の音に、全神経を集中して気をつけていないと音楽の流れがつかめない。
 アファナシエフはこの両手の屈伸運動とでもいうべき動作でリズムを刻んでいるのだ。シュワーッという感じで上に持ち上げられていくので、聴き手は何か魔法にかかったように彼の手の動きにつられてしまう。
 しかし、演奏はじっくりと練られたもので、曲が進むにつれてその密度の濃い音楽性に身も心もどっぷりとひたってしまった。

これからは小説よりも英語の詩を書いていきたい

 そんなアファナシエフだから、さぞ気難しいか、話の内容がわけのわかならい抽象的なことに終始するのではないかと懸念したが、それはまったく杞憂に終わった。彼はとてもエレガントな物腰で自然な笑みを浮かべながら雄弁に語った。
「ずいぶん前から音楽に戯曲を付けることは考えていました。次にはシューマンの《クライスレリアーナ》を予定しています。ワーグナーの《トリスタンとイゾルデ》もそのうち自分なりのストーリーを付けてみようと思っています」
 アファナシエフはこの「展覧会の絵」の戯曲はたった4日間で書き上げたという。その替わり、こまかい箇所の質問をすると「ああ、もう忘れてしまった。いったいどんな話だったっけ」と逆に聞き返す始末。きっと創作時に全神経を集中するタイプなのだろう。
 彼はピアニストとして演奏しているときは聴衆の反応にはまったく目がいかず音楽に没頭してしまうが、戯曲の場合は少なからず自分が演技をするので、それが観客にどう受け入れられるかとても気になるそうだ。
 ふだんの彼はものすごい読書家で、自らも小説を6作書いて出版している。
「このへんで小説はしばらく休みます。いまは戯曲がありますしね。私は同じことを繰り返して行うことに興味がないのです。常に何か新しいことに挑戦したい」
 彼は現在フランスのベルサイユにひとりで住んでいるが、この家にはお気に入りの家具がたくさんあり、そして何よりも2000本のワインが貯蔵してあるという。もっとも好きなワインはリヨンの南の「ライヤース」という銘柄とか。
 紅葉の時期に日本に来られてとてもよかったとアファナシエフはいった。紫式部や清少納言の書いたものに強く惹かれるというから、きっと次回は戯曲に日本の文学が顔を出すかもしれない。

 今日の写真はその雑誌の一部。アファナシエフが部屋に入ってきたとき、タートルネックのセーターが日本の秋を表しているような色だったので、そうことばをかけると、すごくうれしそうな表情をして恥ずかしそうに「こんな古いセーターをほめられて、とてもうれしい。このセーター、益々好きになりそうだよ」といった。なんてキュートな人なんでしょう(笑)。

| インタビュー・アーカイヴ | 23:17 | - | -
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