Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

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ブルーノ=レオナルド・ゲルバー
 9月29日、ブルーノ=レオナルド・ゲルバーのリサイタルを聴きに行った。
 彼は長年ベートーヴェンをメインに据えたプログラムを披露しているが、今回の前半もベートーヴェンのピアノ・ソナタ第14番「月光」と第23番「熱情」だった。
 いつもながらゲルバーのベートーヴェンは打鍵が深く、肉厚な音色で、構成力が堅固、圧倒的な存在感を示す。
 ただし、今回は後半にムソルグスキーの組曲「展覧会の絵」が組まれていた。これがまたすさまじい迫力と熱気を帯びた演奏で、冒頭のプロムナードからパワー全開。とりわけ最後の「キエフの大門」が印象深く、まさに壮大なフィナーレとなった。
 インタビュー・アーカイヴ第26回はそのゲルバー。何度かインタビューをしているが、いつも肌の美しさに感動してしまう。
 実は、あるとき肌のお手入れ方法を聞いたら、あまりに率直に単刀直入に聞いたため、ゲルバーは笑い出してしまった。「きみ、はっきり聞くねえ」といい、いつも使っているという高級クリームを見せてくれた。とても私の手が出せるような栄養クリームではなかったが、香りをかがせてもらったら、とても気品のある自然な芳香だった。いまでもその香りは記憶に残っている。

[レコパル 1994年8月号]


演奏家というのは作品を映し出す鏡。その鏡を毎日磨いておかなければ。


 ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲録音に挑んでいるゲルバーが、突如ブラームスのピアノ・ソナタ第3番をリリース(コロムビア)。なぜここで急にブラームスに寄り道をしたのかと不思議に思っていたところ、来日公演でもベートーヴェンとブラームスを組み合わせたプログラムを披露し、圧倒的な感動を聴き手にもたらした。
 そのブラームスはベートーヴェンの延長戦上にあるといおうか、ベートーヴェンの精神に非常に近いもので、強さのなかに祈りにも似た静けさを感じさせるものだった。
「だって私はミスター・ベートーヴェンではないんですよ。ベートーヴェンがいくら好きでも、そればかり弾いているわけではなく、幅広く演奏しています。たまたまレパートリーに入っていたブラームスを入れた。実にシンプルな理由です」
 いや、決してそうではないはずだ。ゲルバーはベートーヴェンを半分録音したところで、きっと新たなる地平線が見え、そこにブラームスのソナタ第3番に通じるものを感じたのだと思う。
「けっこうこだわりますねえ、きみ。物事をそんなに複雑に考えてもしょうがないんじゃない。私はごく単純にブラームスが弾きたい、そう感じたから録音しただけなんですよ。でも、そうか。そういわれるてみると、確かに心の奥底にベートーヴェンとブラームスが寄り添っているのが見えるような気がするよ。うん、私には彼らふたりはごくそばにいる感じがする。それぞれ離して考えられない存在だね」
 このふたりの作曲家についてしつこく食いさがっていたら、ゲルバーはベートーヴェンがいかに好きかを、滝から水が流れ落ちるに雄弁に語り出した。
 それによると、彼は一生ベートーヴェンだけでも暮らせるという。ベートーヴェンさえ許してくれるなら一生を捧げたいと。そこまで入れ込む理由はいったい何だろうか。
「私はベートーヴェンの作品と人間性の両面を深く愛しているからですよ。彼はいつも上昇志向があり、神に近づこうとした。それが作品を神聖なものにしている。でも、日常的にはとても闘争心の強い人だった。このふたつが同居している。そんなすべてが強い力になって現れている」
 その力とは決して叩きつける強い力ではなく、生命の躍動を意味するという。それがブラームスにも宿っていると。ゲルバーはそんな話をしながらも、練習したくてたまらないという素振りをした。通常、アーティストのインタビューは、撮影込みで1時間である。その1時間がアーティストにとっては惜しいのだ。だからといってゲルバーは、おざなりな受け応えをする人ではない。誠心誠意、相手が納得いくまで話し、こまやかな神経を遣う。
 だが、取材が終わり、カメラマンが機材を片づけるころになると、しきりに楽器のそばに行って鍵盤をなで始めた。指をすべらせ、旋律を歌っている。ホテルではピアノは夜9時までしか弾けないから、それ以後はヘッドホンをつけてデジタルピアノで指の練習を夜中までするといった。
 こういう一途な姿勢に触れると、私はいつもその演奏と同様に心を打たれる。よく大家になると、日々あくせくと練習などしなくても何でも弾けてしまうんじゃないかと思う人がいるようだが、決してそうではない。一流の演奏家ほど練習し、1日のスケジュールは練習を中心に組み立てられていく。それほどたゆまぬ研鑽が必要とされるわけだ。
「演奏家というのは作曲家が精魂込めて書いた作品を映し出す鏡ですからね。その鏡を毎日磨いて、いつでもきれいに映る状態にしておかなくてはならない。同時に感受性も磨かなくてはね。美しい物を見たり聴いたりしたときに本当に感動して、涙を流すほど。こういう心がなくてはいい演奏なんてできっこありません。自分が感動しなくて人を感動させることなんてできるわけがありません」
 ゲルバーは常に美しい物だけに囲まれて暮らしたいと考えている。美しい花、美しい自然、美しい環境、そして美しい音楽。それには自分がだらしない恰好をしていてはいけない。だからいつも人に会うときはビジッとスーツで決めている。
「だらしない恰好をしていると、精神までだらしなくなってしまうんです。それでは偉大な作曲家に申し訳ない。きちんとするということは大変なエネルギーを要しますが、日々の過ごしかたが演奏に全面反映してきますからね。自分の鏡が曇らないようにしているわけですよ」

 今日の写真はその雑誌の一部。肌を磨くのも、美しくありたいためなのでしょうね。その精神にあやからなくては…。

| インタビュー・アーカイヴ | 22:20 | - | -
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