Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

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アルド・チッコリーニ
 今夜すみだトリフォニーホールで聴いたアルド・チッコリーニのリサイタルは、決して忘れることはないだろう。私の心に強い印象として刻まれ、大きな財産を得た感じがしたからである。
 チッコリーニはゆっくりとステージに現れ、ピアノに向かうとすぐにクレメンティのピアノ・ソナタ ト短調を弾き始めた。カンタービレな主題、劇的な表現、自由な再現部、悲しみを込めた情熱など、さまざまな表情をクリアな音で弾き進めていく。
 なんとみずみずしい音楽だろうか。時折のぞく力強さは中期のベートーヴェンを思わせ、クレメンティのソナタのなかでも傑作と称されることがよく理解できる。
 次いで登場したのはベートーヴェンのピアノ・ソナタ第31番。この冒頭の美しさといったらない。チッコリーニはゆったりしたテンポをとり、第1楽章の柔和で清らかな主題を天上の美しさで奏でる。ああ、マ、マ、マズイ。胸が熱くなってきて涙腺がゆるんできた。涙がこぼれそうだ、どうしよう…。
 曲が進むにつれ、ソプラノが夢見るような歌を歌い上げるように主旋律を朗々と歌わせ、和声の動きやレガートの美しさを際立たせ、特有のアーティキュレーションで曲に躍動感を与えていく。これまで聴いたどのベートーヴェンとも異なる特有の滋味豊かなソナタである。
 後半はオール・リスト。まずオペラの編曲版が2曲。ヴェルディの「アイーダ」による「神前の踊りと終幕の二重唱」と、ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」の「イゾルデの愛と死」。ピアノは1台でオーケストラ、とよくいわれるが、まさにこの2曲でチッコリーニはリストが曲に託したオーケストラと歌手と合唱のすべての役割を鮮やかに表現しきった。
 最後は「詩的で宗教的な調べ」より「眠りから覚めた御子への賛歌」「パレストリーナによるミゼレーレ」「祈り」。チッコリーニはこれらの作品でピアノを聴く真の喜びを与えてくれた。
 鳴り止まない拍手に応えて、アンコールは3曲。リストの「メフィスト・ポルカ」、エルガーの「愛のあいさつ」、グラナドスの「スペイン舞曲集」より第5曲「アンダルーサ(祈り)」。曲想のまったく異なる作品をこまやかなニュアンスを駆使して弾き分け、とりわけ「愛のあいさつ」ではまたもや目がウルウルになりそうなほどの美しさを披露し、会場はシーンと静まり返った。そして曲が終わると一斉に立ち上がった聴衆の前で、時計を見るようなしぐさをし、あと1曲ね、という感じでグラナドスを弾き始めた。ああ、もうノックアウトだ。スペイン好きの私に最後にこんなプレゼントを贈ってくれるとは…。
 なんて幸せなひとときなのだろう、こんなすばらしい演奏を聴くことができるなんて、本当にこの仕事をしてきてよかった、と思わせてくれた。この公演評は次号の「モーストリー・クラシック」に書く予定である。
 チッコリーニは1925年8月15日ナポリ生まれ。のちにパリに移り、フランス国籍を取得している。
 彼はインタビューは受けないと思っていたが、今日会場で会った「モーストリー・クラシック」のYさんによると、今回インタビューできたそうで、「私は年齢による体力の衰えを感じたことはない」と明言したという。
 すばらしい!! ああ、少しでもあやかりたいものだ(笑)。来年も来日が決まっているそうだから、今度こそインタビューを申し込もう。
 チッコリーニは演奏を通して人生を考えさせてくれた。生きる意味や年齢を重ねることの大切さ、自分が目指すことや夢の実現へのひたむきな姿勢を音楽で示してくれた。
 演奏を聴いて泣きたくなる、生きる喜びを感じる、自分の人生を見直すということはそうそうあることではない。チッコリーニはそんな思いを抱かせてくれる希有なピアニストである。
 おそらくこの深い感動は、何日たっても胸の奥にいすわり続けるに違いない。
| クラシックを愛す | 23:18 | - | -
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