Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

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ルドヴィコ・エイナウディ
 先日、イタリアのピアニスト&作曲家のルドヴィコ・エイナウディに話を聞いた。彼はヨーロッパで絶大な人気を誇り、これまでリリースしたディスクは100万枚を超えるヒットを記録している。
 幼いころからクラシックのみならずジャズやポップスなどジャンルを超えた音楽に興味を示していたが、最初はピアノを学び、やがて作曲をルチアーノ・ベリオに師事している。
 そのピアノはジョージ・ウィンストン、溝口肇、加古隆、アンドレ・ギャニオンら、いわゆるヒーリングミュージックとかニューエイジと呼ばれるジャンルに入るものとされ、またミニマルミュージックとも呼ばれる。
 だが、エイナウディの音楽は特有の響きを備え、優しさと情感の豊かさと浸透力の強さも持つ。
 彼は祖父がイタリア共和国第2代大統領を務めた経済学者、父は老舗出版社の創設者、母はピアノを弾き、その父はエンリコ・カルーソーの声楽コーチでシドニー・オペラ・カンパニーの創設者という名門の出身。
 このインタビューは、「音楽の友」の今月発売号に掲載される。
 エイナウディは、作曲するときに各地の民族音楽やその楽器に触発されること、これまで多岐に渡る音楽を聴いてきたこと、自分が音楽で何を表現したいかなどをゆったりとした口調で語ったが、次第に話題は人生論に発展。現代社会に生きる人々はあまりにも時間に追われ、ストレスがたまり、人生をゆっくり考えることができないということに触れ、「他人のことばや評価に振り回されることなく、自分の可能性をとことん追求し、夢を追いかけ、決してあきらめず、それに向かって進むことこそ人生を豊かにすることだと思います。だれでも、人生は一度しかないのだから」と切々と話した。
 まさに言い得て妙。近ごろ、いろいろと悩んでいる私はとてもいいアドヴァイスをもらった気がして、彼の顔をまじまじと見つめてしまった。
 エイナウディはまた、こんな表現もした。
「オープンな考えかたの持ち主で、ある程度の知性が備わっている人であれば、あなたの箱はここですよといわれても、その箱にとどまってはいないでしょう。もっと自由に積極性をもって、自分の可能性を求めながら大きな箱を探すと思います。そういう気持ちがその人の人生を豊かなものにするのではないでしょうか。常に新たな物を発見して学んでいく。それこそが生きる喜びにつながるのだと、私は考えています」
 うーん、まいりましたなあ。彼はそれを自分の音楽で示しているのだという。来日記念盤は「エッセンシャル・エイナウディ」(EMI)。こういう音楽を聴くと、なんだか日常のあわただしい歩みがふと止まる気がする。もっとゆったりとした時間の流れに身をゆだねないといけないなあと、つくづく考えさせられた。
 今日の写真はインタビュー時のルドヴィコ。最初はちょっとコワモテでとっつきにくかったけど、インタビューが終わるころには「ちょっときみの写した写真見せて」とか、私の携帯にグリーグの作曲家小屋が映っているのを見て、あわててマネージャーを呼んで「ほらほら、前にぼくがいっていた小屋はこれだよ」などとにこやかな表情に変わった。
 ついに本格的に日本上陸したルドヴィコ・エイナウディの音楽。きっと日本でも一気にファンが増えるのではないだろうか。

| 日々つづれ織り | 22:46 | - | -
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