Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

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クリスティアン・ゲルハーヘル
 昨夜は、待ちに待ったドイツのバリトン、クリスティアン・ゲルハーヘルの「没後100年記念 マーラーを歌う」を聴きにトッパンホールに出かけた。
 ゲルハーヘルはオペラでもさまざまな役を歌っているが、ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウを継ぐドイツ伝統のリート歌唱の担い手。豊かな声量、歌詞の深い読み込み、ドイツ人ならではの適切な発音、各々の曲に対する洞察力の深さと表現力の幅広さ。それらすべてがマーラーで発揮された。
 彼はマーラーのリートに対して、こう語っている。
「マーラーの歌曲は、ドイツ芸術歌曲の完成形であり、終着点である」
 昨日のプログラムは、まず「さすらう若人の歌」の4曲から開始。「子どもの魔法の角笛より」6曲が続けて歌われて前半が終了。後半は「子どもの魔法の角笛より」5曲からスタート。次いで「亡き子をしのぶ歌」が歌われた。
 マーラーの歌曲は死の影や孤独、哀感、天国へのあこがれ、シニカルなユーモア、貧困、幻想、胸をえぐるような辛さ、牢獄、暗い炎などが全編を覆っている。ゲルハーヘルはそれらをひとつひとつの詩をじっくりと聴かせ、歌の世界へと聴き手を導いていった。
 なんとぜいたくな時間だろうか。私は何度もそう感じた。ピアノのゲロルト・フーバーもニュアンス豊かな演奏を聴かせ、盟友ゲルハーヘルの深々とした歌唱にピタリと寄り添う。
 私は昔からリートが大好きである。ピアノ伴奏に乗って、声による味わい深い小宇宙が広がっていく。詩と音楽との融合が濃密で、歌手がまるで私ひとりに語りかけてくれるような錯覚を覚える。それほど、偉大な歌手が作り出すリートの世界は、親密で奥深い。
 マーラー・イヤーにすばらしい歌曲を聴いた。ゲルハーヘルにはインタビューを申し込んであったのだが、今回はとてもナーバスになっていて受けられないとのことだった。すごく残念だ。
 彼はステージに登場したときから、完璧にマーラーの世界に入り込んでいる表情をしていた。ほとんど大きな動きを見せず、直立不動で朗々とマーラーを聴かせたゲルハーヘル。そのすばらしき歌声は、何日たっても心の奥に偉大なる記憶となって残る存在感のあるもの。次回はぜひ、話を聞いてみたい。
| 日々つづれ織り | 21:27 | - | -
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