Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

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ケーテン
 J.S.バッハゆかりの地ケーテンは、アイゼナハやライプツィヒ、ワイマール、ドレスデンなどにくらべ、現在ではあまり注目されない町になってしまった。
 しかし、バッハはここで「ブランデンブルク協奏曲」「平均律クラヴィーア曲集第1巻」をはじめとする数多くの協奏曲や室内楽曲、器楽曲を書いている。
 ルター派のワイマールとは異なり、同じプロテスタントでもカルヴァン派を国教とし、ケーテン公レオポルトは器楽曲を非常に愛したといわれる。それゆえ、バッハはこの地で代表作となる器楽曲をいくつも生み出した。
 ケーテンはワイマールの北東約100キロ、ヘンデルの生地ハレの北方約30キロに位置する。
 2009年、バッハの取材に訪れたさい、ライプツィヒで約半日ほど自由時間があった。ライプツィヒ・ゲヴァントハウスでマチネーのコンサートを聴いた後、私はぜひケーテンを訪れたいと思い、取材班と別れてひとりでケーテンに出かけた。
 このときは100年に一度という猛烈な寒波がドイツを襲い、ただ歩いているだけでもからだが凍りそうだったが、勇気を出してライプツィヒ駅に向かった。ここから電車に乗ったが、日曜日だったため直行はなく、ハレで乗り換えが必要だといわれた。
 ハレに着くと、さすがにガタガタ震えが止まらず、待ち時間を利用して熱いコーヒーとホットドッグを買い、旅人に交じって食べた。
 ようやく着いたケーテンは、夏は音楽祭などでにぎわうそうだが、道路にも歩いている人はほとんど見当たらず、閑散としている。案内板を頼りに2時間ほど散策するうちに、道に迷ってしまった。
 道を聞こうにも人がいないし、お店は日曜日だからみんな閉まっている。はて、どうしたものかと思案に暮れていると、はるか向こうから自転車に乗った男性がやってきた。走っていって駅に戻る道を聞くと、かなりの距離があるという。でも、タクシーも見当たらないし、バスも走っていないから歩くしかない。延々とまた凍った道を歩き、やっとの思いで駅にたどり着いた。
 バッハが宮廷楽長として活躍していた時代、1717年から1723年ころはきっと輝かしく栄えた町だったのだろうが、いまは観光客もあまり訪れないようだ。
 まあ、もっともこんな真冬の寒波が押し寄せている時期にここにくる人などいないことはわかっていたが、町の空気をほんの一瞬でも吸い、あちこち歩きまわっただけで、私は少しだけケーテンを知ることができた。
 道に迷ったときはとても心細く、果たしてライプツィヒに戻れるだろうかと思ったが、いま思い出すと行ってよかったと思う。
 旅は、苦労するほど印象が深くなる。私にとって、ケーテンは極寒のイメージだが、いつの日か夏の音楽シーズンに訪れたいと願う町でもある。
 今日の写真は、ひとっこひとり見当たらないケーテンの風景。考えてみれば、よくひとりでフラフラ歩いたよなあ(笑)。





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