Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

ブログ

<< ミシェル・プラッソン | main | デイヴィッド・ギャレット >>
アンドレ・ルコント
 昨日プラッソンのブログを書いていたら、ある人の思い出が蘇ってきた。
 日本で初めてフランス菓子の専門店、六本木の「ルコント」を開いたフランス人パティシエのアンドレ・ルコントさんだ。
 1998年の6月にトゥールーズに取材に行った折、取材班は2つに別れて現地入りすることになった。マルセイユ経由と、カルカッソンヌ経由である。私はカルカッソンヌを選んだ。
 カルカッソンヌはヨーロッパ最大の城塞をもつ町として世界遺産に登録されている。シテと呼ばれるコンタル城を中心にした城壁内は、全長約3キロの城壁で囲まれ、52もの塔が建っている。
 実は、宿泊先がこのシテのなかに位置するホテルで、内部はまるで中世の騎士物語をそのまま描き出したかのよう。部屋も、ひとりでは怖いくらいに広く、中庭を見ながら入浴できる広々としたバスルームがついている。
 だが、レストランはない。夕食は城から出たところでいただき、城に戻ってカフェバーで夜中まで飲んだ。
 これが大失敗。私はゆっくりあのぜいたくなバスルームで庭をながめながらひとときを過ごしたかったのに、部屋に戻ったのは真夜中。まったく外は見えなかった。やっぱり、こういうぜいたくには縁がないのね(笑)。
 そして翌朝、城のすぐそばの指定されたレストランに朝食を食べに行った。数人で日本語で会話していると、すぐ横のテーブルで食事をしていた年配の恰幅のいい4人組の男性たちが話かけてきた。
「きみたち、日本から来たの? 仕事かい、それとも観光」
 取材だと答えると、そのなかのひとりがこういった。
「私たちはフランス人だけど、世界各地にちらばってそれぞれ異なる分野で忙しく仕事をしている。それで1年に1回こうして集まってフランス各地を旅しているんだよ」
 そのなかに、見覚えのある顔をした人がいた。
「えっ、私を知っているって。うれしいねえ。私は日本で店を開いているアンドレ・ルコントだよ。六本木の店にきたことがあるのかい。じゃ、今度店にきてくれたら、いくらでもケーキを食べていいよ(笑)」
 それから私たちはトゥールーズのオーケストラの取材にきたこと、2班に分かれ、カルカッソンヌを選んだことなどを話し、彼らはそれぞれの仕事の話をしてくれた。
 ところがその1年後、1999年にルコントさんの訃報を知った。残念なことに、私はあのあと六本木のお店にケーキを買いに行くことはなかった。後悔先に立たず、とはこのことだ。もう一度、あのおだやかな笑顔に会いたかったのに。
 旅とは、不思議なものである。トゥールーズの前にカルカッソンヌに寄ったおかげで、シテのホテルに泊まったおかげで、朝食の時間がルコントさんたちと重なったおかげで、すばらしい出会いに恵まれた。
「ルコント」は支店がいくつかあるため、いつもその前を通ると必ずおいしいケーキを買うことにしている。それは食べることが目的ではなく、ルコントさんの笑顔を思い出したいからである。 
 
 
| 麗しき旅の記憶 | 22:54 | - | -
CALENDAR
S M T W T F S
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930 
<< June 2017 >>
CATEGORIES
ARCHIVES
LINKS
PROFILE