Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

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庄司紗矢香
 ヴァイオリニストの庄司紗矢香には何度かインタビューをしたことがあるが、デビュー当初の初々しい笑顔と、素直な受け応えはいまも鮮烈な印象として残っている。
 インタビュー・アーカイヴ第39回は、そんな彼女の12年前のインタビュー。ときが経つのは早いものだと、この記事を見てもつくづく感じる。庄司紗矢香は声に特徴があり、とても低くてハスキー。記事を見ていると、その声がどこからか聞えてくる感じがする。

[アサヒグラフ 2000年5月19日号]

昨秋のパガニーニ・コンクールに続く栄誉
スケールの大きい、のびやかな演奏が特徴


 昨秋、イタリアのジェノヴァで行われた第46回パガニーニ国際ヴァイオリン・コンクールで優勝の栄冠に輝いた庄司紗矢香が、今度は第10回「出光音楽賞」を受賞した。
 これは主として30歳以下のクラシックの音楽家を対象とし、意欲、素質、将来性などを考慮して選考されるもので、前年の音楽活動に対して賞が贈られる。毎年、演奏や作曲、学術研究、評論などの各分野にわたり5人が選ばれているが、今回、庄司紗矢香は、パガニーニ・コンクールにおいて史上最年少の16歳で優勝したことが大きく評価された。
「こんなにすばらしい賞がいただけて光栄です。これまで、『出光音楽賞』を受賞されたかたは、すばらしいかたばかりなので、多くの先輩を見習って頑張っていきたいと思います」
 ステージでは、スケールの大きい自由でのびやかな音楽を披露する彼女だが、素顔はシャイで礼儀正しく、ひとつひとつのことばを慎重に選びながら、ゆっくりと話す。
「パガニーニ・コンクールは子どものころからの夢だったんです。いつか受けてみたいと思っていました。でも、まさか優勝できるとは思いませんでしたから、賞状をいただいてもなんだか夢を見ているみたいで、現実味はなかったですね」
 その夢から覚めたのが、審査委員長の語ったひとことだった。審査委員長を務めていた作曲家のフェラーリは、授賞式で庄司をこう紹介した。
「46年のこのコンクールの歴史のなかで、これまで日本人は何人もファイナルに残ってきた。ただし、第1位を獲得する人はいなかった。庄司紗矢香は今回、史上最年少の優勝者であるばかりではなく、日本人として初の優勝者なのです」
 庄司は1983年に東京で生まれた。4歳のときに画家である母親がイタリアへ勉強に行くのに同行、1年間をシエナで過ごす。このころからヴァイオリンに目覚め、帰国後5歳で本格的なレッスンを始めた。現在はケルンで名教授といわれるザハール・ブロンに師事している。
 小学校時代から国内の学生コンクールで優勝したり、さまざまな賞を受賞してきたが、1995年の国際モーツァルト・ジュニア・コンクールを皮切りに、メルキュール・コンクール、ヴィエニャフスキ国際コンクール(17歳までの部門)、ヴィオッティ・バルセシア国際コンクールと、たて続けに優勝。ついにパガニーニ・コンクールの覇者となる。
「イタリアのコンクールで第1位をいただけたのが一番うれしかったですね。パガニーニ・コンクールのときはシエナ時代からの友だちがみんなテレビで見ていて、応援してくれました。小中学校時代にも、よくシエナの夏期講習を受けに行っていたので、イタリアというのは第2の故郷のような感じがしているんです」
 パガニーニのヴァイオリン協奏曲を初めて演奏したのも、このシエナの夏期講習の場だった。当時、12歳。その演奏を耳にした指揮者のルドルフ・パウムガルトナーは、ルツェルン国際音楽祭に参加しないかと声をかける。14歳になった彼女は、ここでパウムガルトナー指揮ルツェルン祝祭オーケストラと共演した。
「その後、パウムガルトナーさんは、このオーケストラのドイツ、オーストリアのツアーにも招いてくださったんです。一番印象に残っているのは、ウィーンのムジークフェライン(楽友協会ホール)で演奏できたこと。いまでも、あのときの感動は深く心に残っています」
 ムジークフェラインはウィーン・フィルの本拠として知られる、音響のすばらしいホール。彼女はここでJ.S.バッハとメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲を演奏した。
「このツアーでは、最初メンデルスゾーン1曲という予定だったんですが、結局2曲のコンチェルトを弾くことになり、私にとってはとても荷が重かったんです。そんな私に、パウムガルトナーさんはそっとささやいてくださった。『このホールは内部の色が金色なだけではなく、音も金色なんだよ。だから頑張っていい演奏をしよう』って。それでとても気が楽になり、肩の力を抜いて、ホールの音響を楽しみながら演奏することができました」
 こうした出会いが、若きヴァイオリニストの大きな糧となり、音楽の成長につながっている。今年もフランス、スイス、ロシアなどの音楽祭に招かれ、著名な音楽家との共演も目白押し。大きな舞台が続く。
「いま音楽大学ではソロの勉強とともに、オーケストラや室内楽の演奏にも参加しています。学科の勉強もありますし、ドイツ語も習っているので本当に時間がたりない。大好きな読書や絵を描く時間も限られてきますが、勉強しなければならないことが山ほどあるので、もう毎日必死です。もっといい演奏をしたいからです」

 このときは、日本音楽財団所有の1736年製のストラディヴァリウス「ムンツ」を使用していた。その後、国際的なヴァイオリニストとして世界中で演奏するようになり、日本でも高い人気を誇る。
 今日の写真はそのときの雑誌の一部。現在も、髪型や表情などあまり変わらない。変化したのは演奏のクオリティーである。

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