Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

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アガサ・クリスティ
 昔からアガサ・クリスティの大ファンである。彼女の文章の簡潔さ、小説の創造性、一気に読ませる術に心酔している。
 もう10年以上前になるが、イスタンブールを旅したとき、アガサが「オリエント急行殺人事件」を執筆したホテルを訪れた。
 オリエント急行の終着駅として、多くの賓客を迎えるために1892年に建設されたイスタンブール初の西洋風ホテル、ペラバレスである。
 彼女はこの411号室であの名作を生み出した。
 ペラバレスは、タキシム・イスティクラル通りの中央に位置し、オスマントルコ帝国時代にはこのあたりは外国人居住区だったという。実際に訪れてみると、古色蒼然とした建物だが、とても風情があり、歴史を感じさせた。
 コンシェルジュに「アガサ・クリスティの部屋が見られますか」と聞くと、一般公開はしていないという。でも、日本から来たこと、アガサのファンであること、私も少しばかり物を書いていることを話すと、若い男性に合図し、部屋を見せてくれることになった。
 当時、初めてのエレベーターだったという旧式のエレベーターに乗って案内された部屋は、アガサの時代そのままの姿で私を迎えてくれた。
 ほどよい広さの部屋で、シンプルで居心地がよさそう。特に大き目のデスクが印象的だった。ここで彼女は執筆したわけだ。
 なんと感動的なひとときだっただろう。
 あまり長居はできないため、ていねいにお礼をいって下に降りると、先ほどのコンシェルジュが「どうだった?」と笑顔で迎えてくれた。
 私は何か記念になるグッズのような物がないかと訊ねた。
 するとしばらく考え込んでいた彼は、オフィスに入ってデスクまわりをあれこれ探していたが、ようやく小さなキーホルダーを持って現れた。
「これ、アニバーサリーのときに作った物だけど、かなり前の物でね。もうひとつしか残っていないんだよ。よかったら持っていく?」
 私は声にならないほど感激し、思わず彼の手を握って「ありがとうございます。大切にします」と叫んでしまった。
 そして彼から、しばらくするとこのホテルは大々的な改装工事に入り、アガサの部屋もアガサ・ルームとなって博物館のように公開される予定だと聞いた。現在のレストランもアガサ・レストランとなり、往年のはなやかさを取り戻すことになるという。
 そのことば通り、ペラバレスは長い期間リニューアルのために休館となり、2010年9月に新装オープンとなった。
 私が訪れたときの古めかしいペラバレスはアガサ時代をいまに伝えているようで感慨深かったが、いまはきっと華麗な姿に変貌して世界中から訪れる観光客に夢を与えているに違いない。
 ここはグレタ・ガルボやピエール・ロティ、アーネスト・ヘミングウェイも宿泊したそうだ。
 今日の写真はその貴重な記念品であるキーホルダー。表にはペラバレスの文字が、そして裏にはアガサ・クリスティの名が刻まれている。
 これをながめるたびに、「ああ、もっといい文章が書けたらなあ」と願いを込めてしまう。大切な私のお守りである。
 実は、20代のころに女ふたりでパリのリヨン駅からヴェネツィアまでオリエント急行に乗る旅をしたことがある。テレビでよく紹介されている華麗な列車ではなくかなり素朴な車体だったが、それでも胸がドキドキしたものだ。
 このときは大失敗をし、イタリア国境近くで口のうまい車掌にまんまとだまされ、両替が必要だからとお金をいくらかとられてしまった。いまとなってはなつかしい想い出だか…。
 その続き。
 お金を持って行ったまま、ちっともその人が戻ってこないので不思議に思って探しに行くと、なんと交替になった彼は線路の向こう側で「サンキュー」といってニコニコしながら手を振っていた。私たちは初めて「してやられた」と気付いたのである。おバカな話はこれでおしまい。



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