Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

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タチアナ・ニコライエワ
 ロシアの名ピアニスト、タチアナ・ニコライエワが神に召されてから、来年ではや20年目を迎える。1993年11月22日、サンフランシスコの病院で亡くなった。享年69。
 彼女は13日に同地で行われたリサイタル中に脳動脈破裂で倒れて急きょ入院、こん睡状態が続いていたという。
 ニコライエワは1924年生まれ。モスクワ音楽院でピアノと作曲を学び、1950年ライプツィヒで開かれたバッハ・コンクールで優勝し、以後バッハ弾きとしての名声を確立する。1965年にはモスクワ音楽院の教授に就任し、多くの憂愁な弟子を育てた。
 このバッハ・コンクールの審査員のひとりだった作曲家のショスタコーヴィチは、ニコライエワの演奏に触発され、かねてからの課題であった「24の前奏曲とフーガ」を作曲、公開初演はニコライエワが行っている。
 この作品はバッハの「平均律クラヴィーア曲集」をモデルとしていながら、全曲の配列はショパン「24の前奏曲」と同じ形をとっている。各曲はトッカータ、ソナタ形式、幻想曲などさまざまな要素が取り入れられ、ピアニストとしてもすぐれた腕を持っていたショスタコーヴィチの力量が遺憾なく発揮されたものとなっている。
 それゆえ難曲が多く、いまではあまりピアニストが演奏に取り上げなくなってしまったことが残念だ。(ただし、最近ロシアのアレクサドル・メルニコフが文字通り命を賭けて挑戦した全曲録音は、各地で絶賛されている)
 ニコライエワは1989年に来日したさい、リサイタルでこの全曲を演奏するという快挙を成し遂げた。現在では、彼女が1962年に録音したものが貴重な音源となって残されている。
 指揮者はよく「指揮台の上でタクトを振りながら死にたい」などというが、ニコライエワはステージの上で、このショスタコーヴィチの作品を演奏中に倒れたとか。
 もちろん偉大なピアニストが亡くなったことはことばにならないほど悲しいことだが、自分に捧げられた作品を弾いたのが生涯最後の演奏になるなんて、演奏家冥利に尽きるのではないだろうか。
 各地のコンクールに取材に行った折、審査員として参加していたニコライエワとたびたび顔を合わせることがあったけれど、いつも彼女は静かな笑みをたたえていた。まるでショスタコーヴィチのハ長調の前奏曲のような風情で。
 すばらしい録音を残してくれたことに感謝しながら合掌…。
 
| アーティスト・クローズアップ | 23:40 | - | -
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