Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

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ラドゥ・ルプー
 何年に一度か、感動の涙が胸を満たすという演奏に出合うことがある。
 昨夜のラドゥ・ルプーのピアノ・リサイタルがまさにそれだった。以前にも書いたが、ルプーは2010年に来日したものの、京都公演の後、体調を崩して急きょ帰国せざるをえなくなった。
 それゆえ、多くのファンがすぐにでも来日してくれるのを首を長くして待っていた。
 私も長年待ち続けたひとりである。
 この日のプログラムはオール・シューベルト。まず、「16のドイツ舞曲」から始まった。シンプルで素朴で、ときに即興的な色合いを見せるこの作品をルプーはゆったりとしたテンポで訥々と表現。いずれの曲もリズムを微妙に変化させ、ピュアな舞曲らしさを前面に押し出した。
 次いで登場したのは、私が愛してやまない即興曲集作品142。4曲とも、ルプーならではのリリカルな演奏で、次第に胸がいっぱいになり、涙がこぼれそうになった。
 この夜は、多くのアーティストが会場に姿を見せていた。小菅優に会ったので、「すばらしいわね、もう泣きたくなっちゃった」といったら、彼女もまったく同感だといっていた。
 後半はピアノ・ソナタ第21番。このシューベルト最後のソナタは、ロマン豊かな深い詩情に彩られた作品で、さまざまな素材が自由にかろやかに、また深みを伴って展開されていく。ルプーの真骨頂ともいうべき演奏で、しっとりとしたリリシズムが全編にただよい、一瞬たりとも弛緩することなく、デリカシーとエレガンスに富む奏法がシューベルトの歌心を美しく表現していた。
 このソナタは55分ほどかかる大作。ルプーの上半身はその間、微動だにしない。美しい姿勢を保ちながら、しなやかな腕と手と指のコントロールで、生き生きとした音楽を紡ぎ出していく。ただし、その奥には、シューベルトの晩年の作とひとりじっくりと対峙するルプー特有の静謐で孤独な世界が存在していた。ステージで演奏しているという感じではなく、孤高の世界でモノローグを表出している雰囲気に満ちていたからだ。
 なんとすばらしい時間だろうか。至福のときはあっというまに過ぎていってしまうが、心に深く刻まれた感銘は、褪せることはない。
 帰路に着く途中、音がずっと頭のなかで鳴っていて、私はなんだかどこを歩いてどう帰ったのかわからないほどボーッとしていた。
 すばらしい演奏は、聴き手を異次元の世界へと運んでくれる。私はまだその世界にずっといるような感覚から抜け出せない。
 
| クラシックを愛す | 14:33 | - | -
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