Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

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諏訪内晶子
 デビュー当初からインタビューを続けているヴァイオリニストの諏訪内晶子が、長年の夢を実現する「国際音楽祭NIPPON」を創設することになった。
 これは2月2日から16日まで横浜と仙台で開催されるもので、彼女は芸術監督を務め、コンチェルト、室内楽、マスタークラス、チャリティ・コンサートなど、さまざまなプログラムに参加する。
 そのプログラムの巻頭言の諏訪内晶子についてという原稿を書き、日経新聞(31日夕刊)にも同音楽祭を紹介する記事を書いた。
 彼女の記事はこれまで何本も書いてきたが、インタビュー・アーカイヴ第46回は、チャイコフスキー国際コンクール優勝から数年間研鑽を積み、ようやく録音やコンサートをスタートさせたころのインタビューを選んでみた。

[BS fan 1997年1月号]

「人々に知られていない作品を広く世に紹介していくことが演奏家の使命だと思っています」 

「リサイタルにはひとつのテーマをもって臨みたいんです。ひとりの作曲家にしぼるとか、ひとつの時代を取り上げるとか、そのさいプログラムのなかにはふだんあまり演奏されないような珍しい曲を必ず入れていきたいと思っています。人々に知られていない作品というものを広く世に紹介していくのは、演奏家としての使命だと思っていますから」
 1990年、モスクワで行われたチャイコフスキー国際コンクールのヴァイオリン部門で日本人として初の第1位を獲得し、しかも最年少優勝(当時18歳)を成し遂げた諏訪内晶子が、6年を経てCDデビューにこぎつけた。
 コンクール後、彼女はアメリカに留学し、ジュリアード音楽院とコロンビア大学で音楽はもちろんのこと、他の学科も広く学んでいる。
「コンクール直後に、このまますぐにプロとして活動していいものかずいぶん悩んだんです。まだ自分には学ばなくてはならないことがたくさんあるのではないかと。それで留学することを決意しました」
 アメリカでは語学から政治、歴史、音楽史まで幅広く勉強。一時はヴァイオリンが弾けなくなるのではないかと思うほど、机に向かっての勉強に時間を費やした。
 そして寮生活を経験し、さまざまな人との出会いのなかで人間としても大きく成長した。
「先日のリサイタルではさまざまな面を聴いていただこうと、いろんなプログラムを組みました。シューマンのソナタだけを弾いた日もあり、ロシアものとドイツものを組み合わせた日もあります。そして今回はぜひ武満徹さんの作品を演奏したかったんです。『悲歌(エレジー)』もそうですが、彼の作品は間を大切にする感じを受けます。音の最後、フレーズの最後の響きがとても印象的で、静の緊張感がただよっている。能に通じるような、また日本の庭を見ているような、そんな感覚。その静謐さを表したかったんです」
 彼女はアメリカで、いかなるときにも自己を前面に出すことを学んだ。自分がその音楽をどう感じ、どう弾きたいか。それを明確に表現する。
 デビューCDのブルッフのヴァイオリン協奏曲も、自分が感じたままを素直に表現している。ブルッフは旋律が美しく、親しみやすい。特に第2楽章はその美しさが十分に出ているから、ぜひ耳を傾けてほしいと語る。
「今後は現代作品を取り上げ、広めていきたい。そして私と同世代の若い人たちの目をもっとクラシックに向けたい。このふたつが夢なんです」

 諏訪内晶子のこの夢が、ついに実現した「国際音楽祭NIPPON」にも投影されている。同音楽祭は今後毎年開催される予定。ぜひ、彼女の強い信念に基づいたプログラムを体験してほしい。なお、今回は彼女と初共演となる指揮のエサ=ペッカ・サロネン(フィルハーモニア管弦楽団)、ピアノのレイフ・オヴェ・アンスネス、チェロのピーター・ウィスペルウェイ、ピアノの江口玲という国際舞台で活躍するトップアーティストが出演、多彩なプログラムを披露する。
 今日の写真は当時の雑誌の一部。長い黒髪と大きな目はまったく変わらない。

| インタビュー・アーカイヴ | 22:26 | - | -
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