Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

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東京クヮルテット
 1969年に結成され、幾度かのメンバーチェンジを行いながら44年(現メンバーでの活動も10年超)の長きにわたって国際舞台で活躍を続けてきた東京クヮルテットが、今年7月その活動に幕を下ろすことになった。
 彼らには何度かインタビューを行ってきたが、いつも率直な語りに感動を覚えたものだ。演奏も飾らず気負わず自然体。作品の内奥にひたすら迫っていく真摯な姿勢に貫かれ、聴くたびに新たな感動を覚えた。
 活動に終止符を打つにあたり、複数のCDが次々にリリースされている。それらを聴くたびに、芳醇な音色、緊密なアンサンブル、解釈の深さ、レパートリーの多彩さにこのクヮルテットの底力を感じる。
 インタビュー・アーカイヴの第49回は、その東京クヮルテットの登場。結成25周年を迎えた1995年のインタビューで、彼らは1993年から世界各地のホールでベートーヴェンの弦楽四重奏曲全曲演奏を行っているときだった。

[アサヒグラフ 1995年2月24日号]

緊張感に満ちた一糸乱れぬアンサンブル

 わが国が世界に誇る弦楽四重奏団、東京クヮルテットが結成25周年を迎えた。この間、2度のメンバーチェンジを経て、現在は第1ヴァイオリンがカナダ出身のピーター・ウンジャン、第2ヴァイオリンが池田菊衛、ヴィオラが磯村和英、チェロが原田禎夫の4人からなる。磯村と原田が創立メンバーで、1974年に池田が加わり、1981年にウンジャンが参加した。
「ピーターが入ってきた段階で、ぼくらは会話をすべて英語に変えました。そのほうがお互いはっきり物をいえるので。練習中だれかの音が気に入らないと、遠慮なくノー・グッドっていいます。日本語の微妙なニュアンスだとかえって相手が傷つくから」
 ただし、これはお互いを尊敬し、信頼しあっているからこそできること。ここまでくるのに25年という長い歳月がかかった。
 東京クヮルテットは桐朋学園で学び、ニューヨークのジュリアード音楽院に留学した日本人の演奏家4人によって1969年にニューヨークで結成された。結成後まもなく数々の国際コンクールで優勝し、またたくまに世界的な注目を集めるようになる。
 この時点で日本に帰れば仕事には不自由しないし、それなりの生活も保証される。しかし、彼らは世界のステージで演奏したいと願い、日本への絆をなかば断ち切った。
「アメリカでやっていくのは正直いってきつい。日本に戻れば日本語で気楽に会話できるし、精神的にもラク。でも、ぼくらは歯をくいしばっても欧米で演奏していくほうを選んだんです」
 そんな彼らの間に不協和音が生じ、メンバー交代が2度行われた。そのつど音に微妙な変化が生まれ、音楽的にも一からやり直さなくてはいけないことになった。
 だが、彼らは屈しなかった。第1ヴァイオリンが交代すると、ふつうはクヮルテットの音楽そのものが変わるといわれる。だから慎重にヴァイオリニストを探し、最終的に自分たちと同質の音を持ち合わせているウンジャンに決めた。
「東京クヮルテットといえばジュリアード音楽院が生んだスター的存在。まさかぼくに声がかかるなんて思いもしませんでした。だから決まったときはキッチンを跳ね回って喜んだものだよ」
 こう語るウンジャンはジョーク好きで陽気な性格。音色も明るく、音楽的にも前向きで冒険心豊か。彼が加わったことでクヮルテットに新風が吹き込まれた。
 みんなが長い間弾き込んでいたものの、全曲演奏を行っていなかったベートーヴェンの弦楽四重奏曲をやろうよ、と声をかけたのも彼だった。
「ベートーヴェンのこれらの作品は、高い頂のようなもの。その山を制覇するためにはとてつもないエネルギーと完璧な技巧、深い音楽性が要求される。それに対してぼくらは慎重になっていたんです。でも、ウンジャンがポンとみんなの背中を押してくれた。それで一気にやる気になったんです」
 1994年から95年のシーズンにはニューヨークのカーネギー・ホールとエイブリー・フィッシャー・ホールでベートーヴェンのシリーズを行い、パリ、ブリュッセル、アムステルダム、ウィーンでも演奏することになっている。
 昨年はミラノ・スカラ座の歴史上初めてこの弦楽四重奏曲を連続演奏し、大センセーションを巻き起こした。
「最終日が印象的でした。すべてを演奏し終わったとき、会場は物音ひとつしない静けさに包まれ、だれも拍手をせずにじっと音楽の余韻に身を浸していました。そしてあちこちで目をぬぐう姿が見られた。ぼくら4人も涙が止まらず、音楽をやってきて本当によかった、とこのとき強く思いました」
 1月の日本公演でも、上質で研ぎ澄まされたアンサンブルを聴かせてくれた。ベートーヴェンはもちろんだが、ドビュッシーが残した唯一の弦楽四重奏曲は、抽象的な響きや幻想的な色彩感に彩られている。それを4人は各フレーズの微妙なニュアンスを弦で幾重にも変化させながら、夢幻的に演奏。第3楽章は官能的な美しさが際立っていた。
 ベートーヴェンの大きな作品を演奏し、録音も終えた彼らの次なる目標は現代作品。20世紀の作品に積極的に取り組み、委嘱も行っていく予定だ。
 いまはとてもチームワークがよく、音楽に没頭できるからこそ、こうした夢も生まれるという。
 クヮルテットは常に一緒に行動しなくてはならない。それが長い期間続くと、やはり息苦しくなってくる。
 だから最近はツアーに出るとホテルを変えたり、食事を別々にするなどの工夫を凝らしている。だれかがひとりになりたいときは、放っておくそうだ。
「みんな目標が同じだから、いざというときは気持ちがピタッと合う。いい演奏をしたい、とただそれだけを考える。音楽以外のことはギャラも2の次だし、教えることも極力抑えています。自分たちの音楽を磨く、それが一番大切…」
 そんな4人は日本にきてもゆっくりせず、公演が終わると翌日アメリカに帰国。音楽ひと筋の潔い時間配分は、ステージでの緊張感に満ちた一糸乱れぬアンサンブルに通じるものがある。

 今日の写真はそのときの雑誌の一部。東京クヮルテットの2013年最後の日本ツアーは、5月15日から21日まで東京ほか全6公演が行われる。これは聴き逃せませんね。

| インタビュー・アーカイヴ | 20:51 | - | -
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