Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

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アンネ=ゾフィー・ムター
 先日、アンネ=ゾフィー・ムターのリサイタルを聴きにいったことは書いたが、いつ聴いても彼女の演奏は上質でエレガントで心に深く響いてくる。
 インタビュー・アーカイヴ第51回は、そのムターの登場。素顔もとても魅力的で、女が女に惚れてしまうとは、このことという感じ。
 ステージでは、肩ひもなしのマーメイドスタイルのドレスがトレードマークだが、インタビューに現れた彼女は仕立てのよいパンツスーツでピシっと決め、仕事ができるキャリアウーマンといった雰囲気をもっていた。
 うーん、これにも惚れてしまいそう(笑)。

[FM fan 1999年7月12日〜7月25日 No.16]

カラヤンから学んだことはけっして妥協しないこと、常に一歩上のレヴェルをめざすこと
 
 

ベートーヴェンとの対峙

 昨年1年間、ピアノのランバート・オーキスと組んでベートーヴェンのソナタ10曲の全曲演奏会を世界50都市で開いたムターが、今回の来日では古典派から現代作品にいたるまで幅広いプログラムを披露した。
 彼女はベートーヴェンとじっくり対峙したことにより、この作曲家の音楽性から人間性までより深く魅せられ、また自身の今後の方向性までつかめるようになったという。
「ベートーヴェンのソナタ全曲を演奏するというプロジェクトは、自然に生まれたものなんです。1988年にオーキスと私はまず《スプリング・ソナタ》を弾きました。その後もいくつか弾く機会があり、ふたりの間で徐々にベートーヴェンへの気持ちが固まってきたわけです。ハイドンの影響から抜け出して成熟していくベートーヴェンの作曲家しての歩みを順に追っていきたい、そう考えました。
 書かれた順番に演奏していく、これは作曲家を知る上でとても大切なことなんですよ。《スプリング・ソナタ》の前に書かれた作品23のソナタというのはあまり演奏される機会のない短調の曲ですが、このふたつを並べて弾くことにより、暗さから明るさに移行する、暗い冬があるからこそ花が一斉に咲く春が待ち遠しい、そういう気持ちが理解できるのです。
 暗さから明るさに移るというのは、ベートーヴェンの生涯のテーマでもあったわけですし、作品23はベートーヴェンが迷っている時期に書かれたもので、これからいったいどのような方向に進めばいいのか模索中でした。自分の基礎となるバロックに戻るのか、それとも新しい方向性を見出したほうがいいのか。《スプリング・ソナタ》のスケルツォで、ベートーヴェンは初めてヴァイオリンのほうに最初にテーマを与えています。その意味でもこれは全曲のなかで鍵を握る存在ではないでしょうか」
 リサイタルではオーキスがピアノのふたを全開にしている。ムターは音量で勝負するヴァイオリニストではなく、繊細で気品あふれる情感豊かな音を持ち味としているが、その弱音までもが実に明確に美しく響いてくる。
「オーキスは一時期、現代作品を多く演奏していました。私ももちろん現代作品は大好きです。ただし、彼はその後フォルテピアノを弾き、私もベートーヴェンのソナタでこのフォルテピアノと合わせてみたことがあります。
 でも、私の楽器はバロックのスタイルではないので、音楽がかみあわなかった。ただし、フォルテピアノのすぐに反応する音、はっきりとした響き、フレージングなどからは非常に多くのことを学びました。
 いま、私は現代のピアノでふつうのタッチで演奏されても、けっして自分の音量を上げることなく自由に響かせることができる、遠くに浸透していく音で。何でも勉強が大切ですね」

「カラヤンはユーモアがあるほうではなかったので…」

 ベートーヴェンがひと段落した現在、ムターの目はより大きなプロジェクトへと向けられている。それは、「ヴァイオリンの歴史100年を振り返って」と題されたシリーズ。来年から世界各地で演奏していくという。
「いまとりかかっているのはヴィヴァルディの《四季》。これはのちの作曲家に大きな影響を与えた作品。ここから発して、ペンデレツキやウェーベルンの20世紀の作品まで網羅しようと考えています。
《四季》は弾き振りをしているんですが、実は先日若いオーケストラと演奏したとき、ある晩とてもいいコンサートができたんです。それで翌日みんなに向かって“さあ、みなさん、また練習しましょう”といったら、全員にイヤーな顔をされてしまいました。
 彼らは昨日あんなにいい演奏ができたのに、また練習って顔をしている。それで私はザルツブルクでのカラヤンとの思い出話を彼らにしました」
 ムターはカラヤンの秘蔵っ子として知られる。13歳でデビューしたときからカラヤンと数多く共演し、キャリアを積み上げてきた。ところが、カラヤンの素顔はほとんど知らないのだという。演奏中の彼しか知らないと。
「不思議でしょう。みなさん、私がカラヤンのすべてを知っているように思われるようですが、本当は指揮をしているカラヤンしか知らないんですよ。13年も一緒に演奏していたのにね。それもすごくきびしくて、何度もリハーサルを繰り返すカラヤンしか覚えていないんです。
 知り合ってまもないころ、いい演奏ができたのに翌日また最初からリハーサルといわれた。昨日よかったから次のレヴェルにいけるはずだって。カラヤンはユーモアがあるほうではなかったので(笑)、単刀直入にそれを要求する。カラヤンはひとつのレヴェルに到達したら、また最大限の努力をして次なる到達点に向かう、そういう人でした。それが人生の目的でもあった。
 カラヤンから学んだことはけっして妥協しないこと、常に一歩上のレヴェルを目指すこと。これが彼の人生哲学だったのではないでしょうか。そして、いつも現状に立ち止まらず先を見ていた人です。21世紀にまで自分の音楽を残そうとさまざまなメディアを駆使していた。
 彼はけっして難しい音楽を残そうとしたのではなく、名曲を聴きやすく、しかも質を落とさずに幅広い層に伝えた。その姿勢を引き継ぎたいですね」

「平和のために自分ができることなら何でも」 

 ムターはいま若い演奏家の手助けをしたり、チャリティコンサートを積極的な行ったり、カール・フレッシュ・コンクールの再開に向けて努力したり、さまざまな活動を行っている。
「12歳から14歳までスイスの学校でアイダ・シュトゥッキに就いて学んだんですが、彼女は音楽家として人間としてどのように自分を伸ばしたらいいかを教えてくれました。作曲家にまつわる多くの文献を読むことの大切さも先生から教えられたことで、私はそれにより作品に深く入っていくことができた。そして、自分が何をしたらいいか、自分自身で考えるようになりました」
 ムターは戦争に心を痛め、子どもたちの教育に真剣に取り組み、平和のために自分ができることなら何でもすると明言する。ヨーロッパの社交界では、みな彼女の肩ひもなしのドレスをまねするほどの美しい舞台姿を誇るムターは、音楽も内面も一本芯の通った力強さを備えている人でもある。

 ムターは2011年の東日本大震災に深く心を痛め、復興支援プロジェクトの活動に尽力している。それはインタビュー時も現在も変わらない彼女の一貫した姿勢である。
 今日の写真は雑誌の一部。美しく凛とした表情も、まったく変わらない。

| インタビュー・アーカイヴ | 20:24 | - | -
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