Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

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デヴィッド・ヘルフゴット
 昨夜の感動的な浅田真央のフリーの演技を見ていて、ふと思い出したことがある。彼女が用いた曲はラフマニノフのピアノ協奏曲第2番だったが、私が思い出したのはラフマニノフのピアノ協奏曲第3番を弾いて話題となった、オーストラリアのピアニスト、デヴィッド・ヘルフゴットのことである。
 映画「シャイン」のモデルとして一躍広く知られるようになったヘルフゴットは、1997年11月に来日公演を行うことになっていた。その半年前の4月、ニューヨークに出かけてコンサートを聴き、その後にインタビューを行ったのである。
 ただし、彼の場合、通常のインタビューはできない。ことばを選んでごく短い質問をし、断片的な答えが戻ってくるのを受け、さらに話を続ける。とても神経を遣うインタビューで、まわりも全員がハラハラドキドキしていた。
 しかしながら、実際に会って話をしてみると、ヘルフゴットはとても純粋な性格で、繊細な目をした人だった。
 インタビュー・アーカイヴ第54回は、そんなヘルフゴットの登場だ。

[FIGARO japon 1997年7月20日号]

どこまでも無垢な情熱を、子どものように抱きしめて。

「ピアノは私の情熱であり、創造のシンボルなんだよ。いま、またこうして演奏できるようになって、とても幸せ。幸せだよ」
 映画「シャイン」でジェフリー・ラッシュが演じたそのままの口調で、ヘルフゴットは語り始めた。ときは4月23日、場所はニューヨーク。この日は3月から続いていた北米ツアーの最終日にあたり、ヘルフゴットはリスト、ベートーヴェンなどを驚異的な集中力をもって演奏し、聴衆を総立ちへと導いた。
「リストが好きなんだ。もちろんラフマニノフも大好きだよ。ピアノ協奏曲第3番は子どものころから弾いているし、いまでも私の一番のお気に入りなんだ」

「涙してもらう演奏がしたい」 

 ヘルフゴットのピアノはけっして完璧な技巧に裏付けられたものではないし、安心して聴いていられるという種類の演奏でもない。どこか混沌として、ときに和音が4こぼれそうになり、いつ止まってしまうかわからないような危機感に満ちている。しかし、彼の音楽に対する一途な気持ちがそのピアノからストレートに伝わってきて、聴き進むうちに感動で胸がいっぱいになってしまう。
 演奏終了後のパーティでは、ピアノを見つけ、ガーシュウィンの「ラプソディー・イン・ブルー」を楽しそうに弾き始めた。
 周囲の人が疲れているだろう、喉が渇いているだろうと気を遣って楽器から離そうとしても、聴いている人がいる限り離れようとしない。
「ふだんはいっぱい、いっぱい練習するよ。5時間も6時間も。庭を散歩したりプールに入ったり、そう、猫と遊んだりして過ごすんだ」
 彼は常にモノローグをいい、同じことばを繰り返し、ステージでもうなり声を発しながら演奏する。そして友好的な人を見つけると子どものようにしがみついてきて、キスの雨を降らせる。
 その目は伏目がちで声はか細く、からだを常にゆらゆらと動かしていて落ち着かない。
 だが、ピアノに向かうと表情が一変する。ピアノだったら自分の心を正直に表現できるとばかりに、雄弁に楽器を鳴らす。打鍵もかなり強い。
「聴衆に私と同じように音楽を感じてほしいんだ。同じように。聴衆に涙してもらうような演奏がしたい。涙さ」
 ヘルフゴットは金銭や名声などにいっさい興味がないという純粋な目をしている。だから聴き手も無垢な心をもたないと、彼の音楽の神髄が聴き取れない。

 今日の写真はその雑誌の一部。いまでも、ヘルフゴットのことを思い出すと、私の脳裏にはラフマニノフのピアノ協奏曲第3番が浮かんでくる。

| 終わりよければ…取材奮闘記 | 22:18 | - | -
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