Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

ブログ

<< インタビューの難しさ | main | キムチ専門店 >>
ゾルタン・コチシュ
 ハンガリーが世界に誇るハンガリー国立フィルハーモニー管弦楽団が、音楽監督のゾルタン・コチシュとともに6月に来日し、各地でコンサートを行うことになった。指揮は、桂冠指揮者を務める小林研一郎も振ることになっている。
 コチシュといえば、ピアニストとして活躍していた時代を記憶している人も多いのではないだろうか。そのコチシュにあこがれていたのが、ハンガリーの血を引くピアニストで、バルトーク国際コンクールで優勝した金子三勇士である。
 今回の来日公演では、その金子三勇士がコチシュの指揮のもと、リストのピアノ協奏曲を演奏することになり、大きな話題を集めている。
 インタビュー・アーカイヴの第55回は、ゾルタン・コチシュの登場。彼のことをもっと知ってもらいたいと思い、来日前に紹介することにした。もうかなり前のインタビューだが、ぜご一読を。

[ムジカノーヴァ 2003年10月号]

ピアニスト、指揮者、編曲家… いつも一番したいことをしてきました

指揮で得たピアノのうたわせ方 

 ハンガリーのピアニスト、ゾルタン・コチシュが同郷のアンドラーシュ・シフ、デジェー・ラーンキとともに「ハンガリーの若手三羽烏」と呼ばれ、次代を担うピアニストとして注目されてからすでに30余年が経過した。この間、シフはJ.S.バッハやシューベルトの演奏で国際的な評価を得、ラーンキはアイドル的な人気から脱皮、近年はベートーヴェンやラヴェルなどに意欲を燃やしている。
 一方、ピアノのみならず作曲も勉強したコチシュは、最近ではオーケストラのために編曲し、自ら指揮も行い、ピアニスト、編曲家、指揮者と多彩な活動を展開している。
「私は子どものころからピアノだけではなく、さまざまな分野に興味をもっていたんです。8歳のころはベートーヴェンの交響曲全部を暗譜し、タクトを振るまねをしていたくらいですからね。ものすごく好奇心が旺盛な子どもだったんですよ。それが大人になり、まずはピアニストとして世に出た。そう、多くの仲間がいましたよ。でも、私は人と同じ道をいくのではなく、わが道を常に模索していた。ピアノを弾いていると、いつもオーケストラの音が耳の奥で鳴っていたものです。ちょっと人と違うでしょう(笑)。それが高じてオーケストラの創設にかかわってしまった。いまではオーケストラ抜きの生活は考えられません」
 1983年、コチシュはイヴァン・フィッシャーとともにブダペスト祝祭管弦楽団を創立し、87年からは定期的に指揮台に立つ。さらに97年にはハンガリー国立フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督に就任した。
「昔から指揮者になるのは夢でした。でも、正式に指揮を勉強したことはないんです。実践と経験で学んできたというべきでしょうね。私は指揮者のもっとも大切な面は、聴衆の目には見えないところで行われることだと思っています。リハーサルなんですよ。リハーサルで楽員ひとりひとりの気持ちをつかみ、彼らの能力を最大限発揮できるようリードすることができれば、本番は任せられます」
 ピアニストとして、指揮者として順風満帆に進んでいるように見えるコチシュにも、辛い時期はあった。
 伝統あるブダペスト国立フィルの音楽監督に就任したさい、よりよい方向を目指してメンバーチェンジを行ったときである。長年オーケストラに在籍していた楽員にやめてもらい、新しい実力のある楽員に入れ替える。当然、楽員側との衝突が起こった。
「最終的には演奏の質を向上させたいという私の願いが聞き入れられたわけですが、やはりかなり困難を伴いました。2000年10月に新メンバーで初のコンサートを行い、それが大成功を収めたときは、本当にうれしかったですね。このオーケストラのためにもっと力を尽くさなくては、と思いを新たにしました」
 今年6月、ハンガリー国立フィルとの来日公演ではドビュッシー、バルトークなどの作品を指揮、モーツァルトのピアノ協奏曲第27番では弾き振りを披露した。
 そこには演奏することが楽しくてたまらない、といったはつらつとした表情のコチシュがいた。以前は、多分にストイックな面をステージで見せ、音楽も内面に向かっていく印象が強かったが、現在の彼はオーケストラとともに音楽を心から楽しみ、演奏が開放感に満たされている。
「それはオペラを経験してきたからでしょうね。私はリヒテルとシューベルトの作品で共演したことがあるんですが、リヒテルも最初は劇場で仕事をしていた。オペラを肌で感じ、オーケストラの響きを耳に浸透させ、それらをピアノに投影させたんです。旋律を豊かにうたわせることを心がけた。私もオーケストラを指揮することにより、ピアノをうたわせる方法を学びました。
 リヒテルの影響は共演したときではなく、もっとあとになって徐々に現れてきました。不思議でしょう。リストのコンチェルトを弾いているときに、ふと感じたりするんですよ。ひとつのフレーズをうたわせたいと思うときにね」

 
大切なのは「様式」

 コチシュは多くの作品の世界初演も行っている。それはピアニストとしてばかりではなく、オーケストラの指揮においても。さらに彼の好奇心、前向きな視線は次なる地平線に注がれている。
 ピアノ作品などをオーケストラ用に編曲することである。これまで多くの作品の編曲を手がけてきたが、完成したばかりの作品はバルトークの《20のハンガリー民謡》。原曲は歌曲で、1929年の作。バルトークが器楽化を考えなかった15曲を含み、今回全曲オーケストラ用に編曲した。
「きっとバルトークは忙しすぎたのでしょう。私も時間がたりない生活を送っているのですが、この編曲にはかなり時間をかけました。こうした新しい試みを行うと、オーケストラの楽員が新鮮な感覚を抱き、熱心に練習をしてくれるのです。今回、日本で行った演奏会形式によるバルトークの歌劇《青ひげ公の城》のような作品も、今後多くオーケストラで取り上げていきたいと考えています。色彩感のある響きを出すこと、旋律を人間の声のようにうたわせること、各々の楽器の音を聴き合うこと、作品の様式を把握することにつながるからです。
 私はこの様式ということをもっとも大切に考えています。各作品の様式を踏まえた演奏をすることができなければ、音楽はつまらないもの、意味合いの希薄なものになってしまいます。様式のない演奏を聴かされるほど退屈なものはないでしょう。作曲家はそれぞれの作品に様式を盛り込んでいる。それを楽譜から読み取り、その作曲家特有の意図を見出さなければ演奏する価値はなくなってしまいます」
 様式ということばをコチシュは何度も使った。それはそれぞれの作曲家らしさ、個性を意味し、作品がもつ特有の世界を演奏で描き出すこと。それをつかみ取るには、とにかくいろんな音楽を聴くことが大切だと力説する。
「クラシックばかりではなく、ジャズやロックやあらゆる音楽に興味をもつことが大切だと思います。ピアノを学ぶ学生はとかくピアノ音楽だけにしばられがち。それでは視野は広がらないし、楽しみも限定されてしまう。もっと世界を広げなくては。
 私はブダペストの家に、膨大なレコードコレクションをもっていますが、暇さえあればいろんな人の録音を聴いています。人間、学ぼうと思えば何からでも学べます。好奇心をもって、本当に好きなことをする。そこから力が湧いてくるんですよ。
 ピアノの練習、それも結構。一日何時間も楽器に向かうのはピアニストの宿命です。でも、疲れたら本当に自分がしたいことは何かを考えてみてください。私はいつも自分がいま一番したいことをしてきました。そのためには努力を惜しまない。だって、好きなことなんですから。好きなことなら努力するでしょう」
 コチシュの表情は自信に満ちていた。好きなことを存分にしている人の顔だ。さて、自分はいったい何がしたいのか、一度立ち止まって考えてみましょうか。

 あれからずいぶんときが経った。コチシュの音楽はどんな変貌を遂げているだろうか。
 今日の写真はその雑誌の一部。久しぶりに聴く、ピアニストから指揮者への道を歩んだヴラダー(先日ブログに書いています)とコチシュ。ふたりとも、とても楽しみだ。

| インタビュー・アーカイヴ | 23:15 | - | -
CALENDAR
S M T W T F S
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930 
<< June 2017 >>
CATEGORIES
ARCHIVES
LINKS
PROFILE