Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

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ラン・ラン
 ラン・ランは、いまやクラシックのピアニストという枠を超え、完全なエンターテイナーとしての地位を確立している。
 4月27日にサントリーホールで行われたリサイタルも、いまのラン・ランの輝かしいキャリアを象徴する形となり、すべての演奏がユニークな表現、解釈に彩られていた。
 それがホールを埋め尽くした聴衆の心をとらえ、最後は歓声と嵐のような拍手に包まれ、ラン・ランもそれに応えて両手を広げてステージの全方向の聴衆に向かってそれぞれの場所であいさつ、カリスマ性を発揮していた。
 今回の来日公演のプログラムは、前半がモーツァルトのピアノ・ソナタ第5番、第4番、第8番。後半がショパンのバラード全4曲。
 いずれもラン・ランの強烈な個性が発揮された演奏で、とりわけ印象的なのがルパートの多用と、自在なテンポ。ふつうはこうした演奏を長時間聴かされると、作品ではなく奏者が前面に出るため疲れてしまうが、そこはテクニック完璧なラン・ランのこと。非常に自由闊達、嬉々とした演奏となり、一瞬たりとも演奏が揺るがない。あたかも自身が作曲した曲のように楽しそうに楽器を鳴らし、ピアノと遊んでいるよう。
 最初の1音が響いたときから「ラン・ラン劇場開幕!!」という感を強くした。
 この公演評は、次号の「モーストリー・クラシック」に書く予定だ。
 というわけで、「インタビュー・アーカイヴ」第56回は、ラン・ランの登場。何度もインタビューを行っているが、今回は大きな飛翔を遂げたころの彼の素顔を紹介してみたい。

[男の隠れ家 2008年2月号]

これからは技巧に頼らず、表現力と音楽性を深めたい

W杯の前夜祭コンサートから映画のサントラ、中国の国家行事まで多彩な活動をエネルギッシュにこなしているラン・ラン。
世界に目を向けたアジア期待の星は、新譜のベートーヴェンのコンチェルトでもワールドワイドに高い評価を受けている。


 中国出身の若手ピアニスト、ラン・ランは、来日ごとに演奏、風貌が著しく変貌していく。1995年に仙台で開かれた第2回若い音楽家のためのチャイコフスキー国際コンクールで優勝した。当時は、髪は刈り上げ、中国服が似合う朴訥なタイプだったが、徐々に洗練され、現在では自信に満ちた、国際舞台で活躍するピアニストとしての風格をただよわせるようになった。
 演奏も急速に成熟度を増し、新譜のクリストフ・エッシェンバッハ指揮パリ管弦楽団とのベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番、第4番では、精神性の高い作品の内奥に迫る内省的な演奏を披露している。
「マエストロ・エッシェンバッハは第2の父ともいうべき大切な存在。ぼくの演奏が新聞で酷評されたときも、彼だけは励まし、勇気づけてくれた。常に、音楽家としてどうあるべきかを教えてくれます」
 数年前までラン・ランの演奏は音のダイナミズムが広く、楽器を豊かに鳴らすエネルギッシュなものだった。スケールが大きく、超絶技巧をものともせず、おおらかさが特徴だった。だが、最近は情感豊かで、繊細さや緻密さなどを重視する奏法に変わりつつある。
「それを教えてくれたのがエッシェンバッハです。技巧に頼らず、表現力と音楽性を深めていくことが大切だと。それを習得するのはとても時間がかかります。ベートーヴェンの第4番は作曲家の苦悩や孤独、心の痛みなどが込められた濃厚な味わいの協奏曲。そこに到達するまでは大変な努力を強いられます。でも、いまはこうした深い洞察力を要する曲が大好きです」
 ラン・ランに会った人は、みなそのエネルギーに圧倒され、おおらかな笑顔に引き込まれ、よく通る声で早口でまくしたてる話術に刺激を受け、大陸的なキャラクターにその音楽を重ねるようになる。現在、25歳。欧米とアジアを飛び回って多忙な演奏のスケジュールをこなし、中国では8本のCMに出演、国家的な行事にも参加し、北京オリンピックでも演奏する。
「前回のW杯では開会式のコンサートで演奏することができたし、先日はアメリカで荒川静香さんのスケーティングに合わせてリストの『愛の夢』を弾いた。映画のサントラにも参加しているし、環境問題の活動も行っている。こうしたことがすべて演奏を肉厚なものにしてくれる。いろんなことに挑戦したいんだ」
 前向きな精神と才気あふれる演奏が指揮者たちを引き付け、ダニエル・バレンボイムやワレリー・ゲルギエフ、ヴォルフガング・サバリッシュらとの共演が目白押し。2008年は小澤征爾と初共演の予定もある。
「もっとも勉強になるのは実践の舞台です。特に偉大な指揮者から学ぶことは多く、一度で何十回もの学校のレッスンに匹敵する。密度が濃く刺激的で、自分が一歩前に進めたと実感することができるんです」
 いま中国ではラン・ランにあこがれ、ピアノを習う子どもが急増中。第2のラン・ラン登場も時間の問題だ。

 このときから現在まで、さらに高いステップへと駆け上がり、ラン・ランはいまやひとつの“ブランド”となっている感じだ。いま、彼は中国の数か所に自身の名を冠した学校を創設し、若手ピアニストの育成に尽力している。その熱意たるやすごいものがあり、最近のインタビューではこの学校のことになると、話が止まらなくなる。
 今日の写真は2008年の雑誌の一部。おしゃれになったよねえ。昔を知っている私としては、驚きっぱなし。いつも会うたびにそのことを口にし、ラン・ランに「また、それだあ」と苦笑されている。


 
| インタビュー・アーカイヴ | 22:31 | - | -
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