Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

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感性の違い
 仕事で日々多くのコンサートに耳を傾けているが、ときおりどうしても自分の感性に響かない演奏に出合うことがある。
 その演奏家の表現する世界に自然に入っていくことができず、演奏に共感できず、直感的な心の働きが鈍る。
 こういうときは、演奏を聴き続けることがとてもつらいため、前半でさっさと会場を後にすることにしている。もしかしたら、後半は演奏が大きな変化を見せ、様変わりするかもしれないが、そういうケースは稀だ。
 よく、同業者との会話のなかで、この感性の違いを感じることがある。ある人はその演奏がとても気に入り、解釈も表現力もテクニックもすばらしいと称賛する。だが、私はまったくそういう気持ちになれないという場合だ。
 もちろん、その逆のケースもある。
 人間は、ひとりひとり感受性が異なり、とりわけ音楽はその人の心に響くか響かないかが如実に現れる分野である。
 だからこそ、おもしろいのかもしれない。
 この仕事をしてきてもう何年になるだろうか。ナマの演奏も録音も、こんなにたくさん聴き続けているのに、いっこうに興味が薄れることがない。もっともっといい演奏が聴きたい、その思いが増すばかりだ。
 だからこそ、クラシックをもっと多くの人に聴いてほしいという気持ちか募り、仕事に情熱を傾けたくなる。
 先日、ある雑誌の編集者で、長年一緒に仕事をしてきた女性が退社することになり、お別れのメールが送られてきた。
 そこに「溌剌と、情熱をもってお仕事をされている伊熊さまのお姿は、私の憧れです!」と書いてあった。
 まあ、なんとすばらしい表現。何度も読み返して感動してしまった。このことばが、私の感性にいたく響いたのである。
 Hさん、ありがとう。機会があったら、また仕事でご一緒したいですね。
 よく、アーティストにインタビューすると、この感性の違いが話題となる。そして必ず彼らは、「感性を磨き続けなければならない」と口にする。「感性を磨く」とは、どういうことか。私は「感動する心を養う」ことだと思っている。最近、インタビューした人のなかで、ヴィルサラーゼがこれに関して雄弁に語った。
 彼女は「常に好奇心をもつこと」「毎回、新鮮さをもって演奏すること」が大切だといった。このことばを自分の仕事にあてはめ、Hさんがいってくれたことばも鑑み、「感性を磨く」ことの大切さを考えたいと思う。
 感動的な演奏に出合う場合はその余韻にひたすら浸り、酔っていたいという気持ちが強く、他のことはあまり考えられない。だが、自分の気持ちにまったく届かない演奏に出合うと、どうしてだろうと自問自答する。
 これが音楽の奥深さであり、不思議なところであり、尽きぬ魅力なのだろう。
 
 
 
 
 
| クラシックを愛す | 22:28 | - | -
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