Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

ブログ

<< ウィーン&ボン出張 | main | 海老彰子 >>
ピエール=ロラン・エマール
 フランスの名手と称されるピアニスト、ピエール=ロラン・エマールのリサイタルを聴くと、いつも心が浮遊し、異次元の世界へと運ばれ、日常の雑事から離脱していくことに気づく。
 聴き進むほどに心身が浄化されていき、至福の時間を過ごすことができるのである。
 もちろん、演奏は緊迫感にあふれ、類まれなる集中力に富み、一瞬たりとも耳を離すことができない内容の濃いものだが、テンポもリズムも旋律のうたわせ方も、すべてがごく自然で実に心地よい。
 今日はそのエマールにインタビューするため、レコード会社に出向いた。
 彼は2008年にJ.S.バッハの「フーガの技法」(ユニバーサル)をリリースして大きな話題となったが、新譜はバッハの第2弾にあたる「平均律クラヴィーア曲集第1巻」である。この録音のために7カ月間サバティカルをとり、集中して練習に取り組み、バッハと真摯に対峙したという。
「コンサートをしながら、世界中を回りながらこの作品を練習することは不可能だと思ったのです。もちろん学生のころから勉強はしていましたが、その後の人生経験、ピアニストとしての積み重ねがあり、ようやくいま自分のなかで録音できると感じたのです」
 エマールはステージでの緊迫感とは異なり、素顔はとてもおだやかでゆったりと話し、知的でエレガントである。
 私は聞きたいことがあまりにも多くありすぎて、次から次へと話題を変え、エマールのあらゆる面を引き出そうとしたが、彼はひとつずつの質問に熱心に耳を傾け、思慮深い答えを戻してくれた。
 このインタビューは、次号の「日経新聞」とヤマハのWEB「音楽ジャーナリスト&ライターの眼」に書こうと思っている。
 エマールは、作曲家のメシアンとの絆が深い。私もメシアンに一度だけインタビューをしたことがあるため、メシアンに関してもあれこれ聞いた。
 さらに今回の来日公演は、10月6日(紀尾井ホール)が「カーターへのオマージュ(室内楽コンサート)」と題されたエリオット・カーター(1908〜2012)の作品を取り上げたプログラムで、10月8日(同ホール)は「バッハとヴォヤージュ(ピアノ・リサイタル)」となっている。
「私は古い音楽と新しい音楽の両方を愛しているのです。この両面がずっと私の人生を形成してきました」
 エマールの話し方は、その演奏を連想させる。静かな口調とおだやかなリズムが全体を支配し、よどみなく流れていく。ひとつひとつのことばに無駄がなく、しかも相手が理解しやすいように、難解な言い回しや比喩などは極力避け、あくまでも平明。だが、そのことばは心にゆっくりと染み入り、インパクトが強く、忘れがたい印象をもたらす。
 目の表情も彼の人間性をよく表していて、優しく温かい光を放ち、包容力の大きさを感じさせる。
 エマールは、バッハはとても大切な作曲家で、いまだからこそ弾くことができるという。時間をかけ、じっくりと練り上げてきたからと。
 これからしばらくは、また現代の作曲家の新作演奏が続くそうだ。
 彼と話していたら、私の脳裏にはメシアンの姿、バッハが「平均律」を書いたワイマールやケーテンの町などが蘇り、さらにエマールが19歳で加わったという現代音楽の精鋭グループ、アンサンブル・アンテルコンタンポラン(昨年パリで取材した)の人たちの顔までもが浮かんできた。
 エマールとは、そうした相手の想像力を強く喚起する人のようだ。帰路に着く途中も、そしていまも、私の頭のなかはエマールの話が渦巻いている。演奏も感動が長く続くが、話術も同様。
 でも、本人はけっして声高に話しているわけでも、何かを強調するわけでもなく、流れる水のようにさらりとしている。なんとも不思議な魅力を備えた人である。
 今日の写真はインタビュー後の1枚。ねっ、おだやかな笑顔でしょ。


 
| アーティスト・クローズアップ | 23:12 | - | -
CALENDAR
S M T W T F S
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30      
<< April 2017 >>
CATEGORIES
ARCHIVES
LINKS
PROFILE