Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

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ダン・タイ・ソン
 先日、ジャン=フィリップ・コラールの演奏するショパンのノクターン作品9-2を聴いて目からウロコという思いを抱いたばかりだが、昨夜もまた同様の思いに駆られた。
 紀尾井ホールで行われたダン・タイ・ソンのリサイタルは、プロコフィエフの「束の間の幻影」、シューマンの「ダヴィッド同盟舞曲集」が前半、後半はオール・ラヴェル・プロで、「高雅で感傷的なワルツ」「ソナチネ」「亡き王女のためのパヴァーヌ」「水の戯れ」、そして最後に「ラ・ヴァルス」という構成。
 このリサイタルに関しては、チラシとプログラムの原稿を書いたため、今回の選曲はだいぶ前から知っていて、意欲的な構成に胸が高鳴ったものだ。
 予期通り、最初から鍛え抜かれたダン・タイ・ソンのテクニック、深々とした表現、作品の奥に潜む作曲家の意図に肉薄していく姿勢にぐんぐん引き込まれた。
 ダン・タイ・ソンはプロコフィエフのさまざまな作品を愛し、1989年にニューヨークでデビューしたときもプロコフィエフを演奏し、同時に演奏したショパンよりも批評家がプロコフィエフの方を高く評価したため、それを非常に喜んでいた。
 今回の来日公演のプログラムは、幻想的で夢見るような曲想と個性的な舞曲のリズムに彩られる一方、各作曲家が新機軸を打ち立てた作品という共通項が存在する。
 ダン・タイ・ソンも、まさにこの夜、新機軸を示した。エレガントで柔軟性に富み、語りかけるようにピアノをしっとりとうたわせる術にさらに磨きがかかり、巨匠へと歩みを進めている感を強くした。
 胸に迫りくる演奏は、最後に頂点に達した。
 鳴り止まぬ拍手に応えてそっと弾き出したのは、みんなのお待ちかねであるショパン。ノクターンの作品37-1である。
 ピアノが打楽器的要素をもつ楽器だということを完全に忘れさせてくれるダン・タイ・ソンのやわらかくしなやかで情感あふれる響きは、このノクターンの神髄を表し、ショパンその人が弾いているよう。私はこの主題が頭から離れなくなってしまった。
 終演後、ダン・タイ・ソンに楽屋で会い、ラヴェルが素敵だったというと、「ラヴェルは完全にからだの一部」という答えが戻ってきた。
 そのことば通り、ダン・タイ・ソンのラヴェルはリズムも旋律のうたわせ方も実にナチュラルで、作品の世界へと一気にいざなわれていく魔力に富んでいた。
 ラヴェルが大好きな私としては、後半すべてがラヴェルで構成され、大胆な和声、緻密な構成、前衛と古典が融合した曲想などにたっぷり浸ることができ、至福の時間を過ごした。
 それにしても、ダン・タイ・ソンの響きは特有だ。透明感に満ち、クリアでデリケート。その奥に自由な精神が宿り、開放感が感じられる。
 長年演奏を聴き続けているが、年々彼のピアノは開放感に満ちていく。以前はひたすら内面に向かっていた音楽が、いまは外に向かい、ときに天に飛翔していくように感じられる。
 きっと現在は心身が充実しているのだろう。
 ああ、またノクターンの旋律が蘇ってきた。すぐに録音を聴きたくなる。こりゃ、多分に中毒症状を起こしているな。何度も繰り返して聴きたくなるから(笑)。
 今日の写真は演奏を終えたばかりのダン・タイ・ソン。楽屋のライトでおでこが光ってしまった、ソンさん、ごめんね。



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