Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

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佐藤久成
 先月22日、個性派ヴァイオリニストの佐藤久成のリサイタルが東京文化会館小ホールで行われた。この日はちょうど日田の講演とぶつかり、演奏を聴くことができなかった。
 私はこのリサイタルのチラシに原稿を寄せている。佐藤久成は音楽評論家の宇野功芳氏が大絶賛しているヴァイオリニストで、このおふたりからチラシの原稿を依頼されたのである。もちろんマネージャーを通して。
 その文章が宇野さんの目に留まり、彼からお手紙を頂戴してしまった。「ここまで書くか、と驚くとともに感動した!」と書いてあり、熱い文章を書くことで知られる先生にそういわれて、恥ずかしいやら恐縮するやら…。その文を以下に紹介します。

[佐藤久成のヴァイオリンは魂の叫びである]

「1音聴いたら、すぐにその人の名前が浮かぶような演奏をしたい」
 多くのアーティストがこう語る。「自分の音」を奏でたいと。声楽家はそれが可能だが、器楽奏者の場合は非常に困難である。
 しかし、ここに冒頭の音を聴いただけですぐにその人だとわかるヴァイオリニストがいる。佐藤久成である。彼の生み出す音は、胸の奥から絞り出すような、からだを震わせるような、すべての感情を音楽に託すような、まさに魂の叫びである。知られざる作品を披露するときも、名曲と称される小品と対峙するときも、その姿勢はいっさい変わらない。
 佐藤久成のヴァイオリンは、聴き手を瞬時に異次元の世界へと運び去る。日常から離脱し、天上の音楽に酔い、身も心も新たに生まれ変わるような思いにとらわれる。そこでは、喜怒哀楽の感情がほとばしり、慟哭、嗚咽、苦悩、歓喜、至福などさまざまな感情が渦巻く。自分がこんなにも豊かな感情の持ち主だったことに驚くことになる。それはすべて久成節を全身に浴びたことにほかならない。
 彼のヴァイオリンは平常心で聴くことはできない。胸がざわつき、涙腺がゆるみ、目を閉じると自分の人生のひとこまが浮かんでくる。音楽がなつかしい感情を引き起こすからだ。 
こんなにも人の感情に強く訴えるヴァイオリンは珍しい。しかもこよなく官能的で立体的。独創的なルバート、テンポ、主題のうたわせ方など、いずれも癖になる。一度演奏にはまると抜けられなくなる。罪深い音楽家だ!!

 とまあ、こんなことを書きました。
 その佐藤久成に、今日インタビューをすることになった。「intoxicate」の次号に掲載されるインタビューである。
 新譜の「HISAYA 魔界のヴァイオリン供廖淵ングインターナショナル)のこと、子ども時代の音楽とのかかわり方、留学中のこと、海外で秘曲に出合い、それを捜し歩いたこと、ヴァイオリニストとしての生き方、楽器のこと、今後の視点まで、多岐にわたる話を聞き、有意義な時間を過ごすことができた。
 彼はあんなにヴァイオリンでは雄弁に語るのに、話すのはちょっと苦手のようで、とてもシャイで朴訥で、ことばを選びながらゆったりと話す。
 よく、自分の音楽のことをことばで話すよりも演奏で伝える方が楽だという人がいるが、彼もそのタイプのようだ。
 それでも私はどんどん質問し、いろんな切り口を探し、相手の話を少しでも多く引き出していくよう努力する。時間は限られているから、さまざまなことを聞いておかないと、いい記事は書けないからである。
 新譜はエルガーの「愛のあいさつ」から始まり、名曲がずらりと登場し、ラフマニノフの「ヴォカリーズ」でフィナーレとなるが、まさに饒舌で官能的で情熱的な演奏が全開。濃密な時間が流れる。
 また次回、時間があるときにゆっくりいろんな話を聞きたい、と思わせるヴァイオリニストである。秘曲の話も興味深いし…。
 今日の写真は、インタビュー後のワンショット。「ブログ用にお写真1枚いいですか」といったら、ハンカチを出して顔をごしごし拭きだした。笑っちゃいけないけど、その仕草、いいよねえ。朴訥で率直でほほえましいです。


 
| アーティスト・クローズアップ | 23:06 | - | -
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