Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

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レジス・パスキエ
 ヴァイオリンは名器と呼ばれるものがいくつか存在するが、フランスのヴァイオリニスト、レジス・パスキエが使用している1734年製グァルネリ・デル・ジェス「クレモナ」もそのひとつ。
 今日はトッパンホールにそのパスキエのリサイタルを聴きにいった。
 プログラムの前半はルクレールのヴァイオリン・ソナタ ニ長調とプロコフィエフのヴァイオリン・ソナタ第1番。
 ルクレールの宮廷舞踊を用いた荘重で気品あふれるゆったりとした3拍子の旋律が、グァルネリ・デル・ジェスで奏されると、あたかも18世紀当時の宮廷にいざなわれるよう。ルクレールはオランダのオラニエ公妃に仕えており、この作品は名チェンパリストとして知られた公妃に献呈されている。
 パスキエの演奏は伝統を重視し、楽譜に忠実で、古典的な色合いが濃厚だ。ここに若いフィリップ・チュウの躍動感あふれるピアノが加わると、音楽が何層かの複雑な重なりを見せ、両楽器の音の対話が肉厚になっていく。
 次いで演奏されたプロコフィエフは、緩・急・緩・急というバロック風の4楽章で構成されている。ここでは両楽器がときに荒々しく叫び、またあるときはおおらかな歌をうたい、とりわけヴァイオリンの重音が印象に残る。
 このソナタはダヴィッド・オイストラフに捧げられ、初演は彼のヴァイオリンとレフ・オボーリンのピアノで行われた。
 この作品になると、パスキエの表現は一変。楽器をはげしく熱く深く鳴らし、その奥にノーブルな趣とパッションが秘められ、ヴァイオリンの多様性が浮き彫りになった。
 後半はラヴェルのヴァイオリン・ソナタとサン=サーンスのヴァイオリン・ソナタ第1番。こうしたフランス作品こそ、パスキエの真骨頂である。両作品とも、オペラティックであり、シンフォニックでもあり、素材は簡潔で素朴で様式もシンプルだが、内容と構成はふたりの作曲家の傑作とされるだけに、華やかで情熱的でフランス趣味が横溢している。
 パスキエの古きよきフランスの上質な響きにピタリとピアノが寄り添い、そこに自由闊達さも加わり、フィリップ・チュウの演奏はとても印象深いものだった。
 終演後、招聘元のマネージャー、Kさんに会ったら、こんなことをいっていた。
「パスキエがある国際コンクールの審査員をしていたとき、伴奏ピアニストとして参加していたチュウがとてもすばらしく、共演をすることになったんだって」
 ああ、そうなんだ。でも、今日はフィリップは風邪をひいていたようで、時折咳き込んでいた。演奏中はがまんにがまんを重ねていたらしく、終わると一気に咳が…。辛かっただろうなあ。でも、明るい笑顔の人だった。。
 本当に、心に響くヴァイオリンを聴いた一夜となった。
 レジス・パスキエは1958年わずか12歳でパリ国立高等音楽院のヴァイオリン科と室内楽科を一等賞で卒業。その2年後にニューヨークにデビューしている。以来、今日まで世界各地で活発な演奏活動を行い、パリ音楽院の教授も務め、録音も積極的に行っている。
 2012年10月にトッパンホールでリサイタルを行い、「円熟の極み」と称された演奏を披露し、今回は2度目の登場となった。
 今日の写真は、終演後のサイン会におけるパスキエとチュウ。今夜は冬に逆戻りしたような寒い気候だったが、心は温かくなった。パスキエの熟成した上質なワインのような音がからだ全体に沁み渡り、寒さを吹き飛ばしてくれたのである。



 なお、心が温まったのは、予想もしていなかったアンコールのおかげもある。クロード・ボリングの「ヴァイオリンとジャズピアノ・トリオのための組曲よりラグタイム」が奏され、それが実に味わい深く、雄々しくたくましくエネルギッシュで、遊び心に満ちあふれていたからだ。
 もう1枚の写真は、公演チラシ。パスキエは、フランコ・ベルギー楽派の伝統をいまに伝えるパスキエ一族の末裔だそうだ。ヴァイオリニストになるべくしてなったという存在なんですねえ。


| クラシックを愛す | 23:37 | - | -
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