Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

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ヴァレリー・アファナシエフ
 今日もヴァレリー・アファナシエフのリサイタルがあった。今度は紀尾井ホールで、先日新譜がリリースされたベートーヴェンのピアノ・ソナタ第8番「悲愴」と、第4番「月光」が前半に組まれていた。
 もちろん録音を聴いているため、テンポや解釈や表現に関してはすでに理解しているつもりだったが、やはりナマで聴くと、アファナシエフの作り出す音楽は聴き手にも緊張感と集中力を要求する。
 彼のベートーヴェンは心の奥の叫びのようで、作曲家の魂を代弁しているかのように強靭な訴えが全編を支配している。
 先日のインタビューでは、彼のベートーヴェンに対する思いのたけを存分に吐露してもらったが、まさに「私のベートーヴェンはこれだ!」という主張の強い音楽だった。
 その強い心の叫びは、後半のショパンのポロネーズ6曲にも現れていた。ショパンが祖国の危機に対して自分が無力だということを嘆きながらピアノに向かった、その痛いほどの思いがアファナシエフの深く強い響きから伝わってきた。
 いつしか、私の脳裏にはワルシャワのワジェンキ公園が浮かんできた。音楽を聴いてある風景が浮かぶということはよくあるが、なぜか今日はワジェンキの広大な自然が目の前に現れた。
 アファナシエフのショパンは、ルバートと音符と音符の間(ま)の取り方が実に個性的で、演奏が終わってもその間が頭のなかにずっと居座る。
 このリサイタルの公演評は、「公明新聞」に書くことになっている。
 今日の写真はワジェンキ公園。いつもショパン・コンクール開催時の10月に訪れるため、もうかなり寒く、ここを散策するとリラックスするというよりは、ショパンの望郷の念を強く感じる。なんとも不思議な気持ちに駆られる場所である。それがアファナシエフの慟哭のような演奏から呼び覚まされたのだろうか…。


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