Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

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クリスチャン・ツィメルマン
 いまは、ワルシャワで第17回ショパン国際ピアノ・コンクールが開催されている真っ最中。今日は、第3次予選が行われている。
 現在、国際舞台で活躍しているピアニストの多くがこのコンクールの優勝者、入賞者だが、インタビュー・アーカイヴの第65回は、1975年の第9回の覇者、クリスチャン・ツィメルマンを取り上げたい。彼は当時18歳、史上最年少優勝者となった。

[SIGNATURE 2008年6月号]

孤高のピアニズム

 1975年にショパン国際ピアノ・コンクールで優勝の栄冠に輝いて以来、30年以上に及ぶ演奏活動において常に第一線で活躍を続けているトップクラスのピアニスト、クリスチャン・ツィメルマンは、自身の楽器を世界各地にもち運んで演奏するこだわりの音楽家。最良の演奏を聴衆に提供するために、楽器の構造から調律などの専門知識も習得し、ホールの音響などすべてに心を配る。そこから生まれ出る音楽は、完璧なる美に貫かれている。

 ツィメルマンのこだわりは、1999年に自身のオーケストラを結成したことにも見てとれる。長年、ショパンのピアノ協奏曲をさまざまなオーケストラと共演してきたが、常に完全な満足が得られず、ついに自分でオーケストラを作ることになった。
「ソロではなくコンチェルトとなると、指揮者やオーケストラとの音の対話が非常に重要。自分の目指す音楽を奏でたいと願うと、どうしても私の音楽を完全に理解してくれるオーケストラとの弾き振り(ピアノ演奏をしながら指揮も担当)が理想的です」
 ショパンは2曲のピアノ協奏曲を残した。それをツィメルマンは理想的な美しさをもって表現したいと考えている。そのためにポーランドの若手演奏家を集めてオーディションを行い、ポーランド祝祭管弦楽団を結成し、各地で演奏して回った。
「自分の音楽を完全に納得のいく形で演奏し、聴いてもらいたいのです。少しでも不満の残ることがあったら、それはステージに乗せるべきではありません。音楽は神聖なもの。演奏家は完璧な準備をして本番に臨むべきです。そうでないと人々の心を真に打つ音楽は生まれない。私は演奏家が前面に出るのではなく、作品のすばらしさ、作曲家の意図したことをピアノで伝えたい。それが私の使命ですから」
 ツィメルマンは1956年ポーランドのシュレジア地方に生まれた。両親は工場で働いていたが、ともに音楽を愛していた。父はいつも仕事が終わると工場の仲間たちを連れて帰宅し、みんなでピアノやさまざまな楽器を演奏していた。
 5歳の誕生日にピアニカのような楽器を与えられたツィメルマンは次第にその仲間に加わり、楽譜を読むことを学び、徐々にアンサンブルの能力を磨いていった。
「毎日音楽漬けでした。シュレジア地方は環境汚染のひどい土地で、窓も開けられないほどでしたが、家にはいつも音楽があった。父の仲間は食事をするのも忘れていろんな楽器を演奏しては楽しんでいた。彼らは音楽家になりたくても、機会もなくお金もなく、なれなかったんです。でも、音楽に対する渇望が渦巻いていた。やがて私はピアノを習うようになり、音楽家になることができましたが、いまでも常に音楽に対する渇望は人一倍強い。この気持ちを生涯忘れてはならないと思っています」
 小学校に入ったとき、ツィメルマンにはひとりの友人ができた。あるとき、その子がツィメルマンを自宅に呼んでくれた。立派な家で、部屋にはすばらしい家具が並んでいた。でも、何かが足りない。
「ねえ、ピアノはどこにあるの?」
 その家にはピアノはなく、楽器もまったくなかった。音楽を演奏する人はひとりもいなかった。
「大きなショックを受けました。当時の私は、音楽を演奏しない人がいるということが信じられなかったのです。音楽がなくても、生きていくことができる。その事実を知り、驚愕しました。それまで信じていた世界が一瞬にして崩れていくのを感じました。私は食べたり寝たりするのと同じくらい演奏するのは自然なことでした。人間には自分と違う生きかたがある、とそのとき知ったのです。そのショックからいまだに回復していない(笑)。これが私のマイルストーンだったのでしょうね」
 ツィメルマンの最高のものを求める姿勢には多くの作曲家も賛同し、作品を献呈、初演の依頼も多い。祖国の偉大な作曲家ヴィトルド・ルトスワフスキ(1913〜1994)とも交流が深く、彼のピアノ協奏曲を1988年のザルツブルク音楽祭で初演。指揮はルトスワフスキが担当し、翌年には録音も行われた。
「作曲家の指揮で新作を初演するのは大変名誉なことですが、だれも聴いたことのない作品を演奏することにはどれほど多くの困難が伴うかということも思い知らされました。ルトスワフスキには多くの質問をしたのですが、演奏するのはきみだよ、とはぐらかされた。私の自由を重んじてくれたのです。でも、テンポなどは絶対に守ってくれと頑ななまでにいわれました。ルトスワフスキの作曲技法は確固たるフォルムに貫かれ、ひとつの完成した世界がある。それを守りながらどこまで自由な解釈をプラスしていいのか、本当に悩みました。彼は指揮をしながら大いなる寛容の精神で私の演奏に耳を傾けてくれた。そして成功に導いてくれたのです」
 ツィメルマンに捧げられたピアノ協奏曲が初演20周年を迎えた今秋、日本で演奏される。磨き抜かれた究極のピアニズムが披露されるに違いない。
 
 ツィメルマンには初来日のころから取材を続けているが、かなり気難しい面と、ジョークを連発する面とが共存し、インタビューでは結構とまどうことも多い。だが、彼は日本をこよなく愛し、とりわけ東京の六本木を好む。ひとりで真夜中にフラフラ歩いていても、だれも気に留めないところが気に入っているとか。日本の秩序を重んじるところ、礼儀正しさ、治安のよさ、知的欲求が強いところも魅力を感じるそうだ。
 今日の写真は、その雑誌の一部。本当に整っている顔をしているよね。近くで見ると、まさに彫刻のようだワ、と思って見とれてしまう。
 以前、インタビューのときに「バーゼルに住んでいるんですよね。テニスのロジャー・フェデラーの家の近くですか」と聞いたら、「ええっ、きみ、フェデラーのファンなの? そうだよ、フェデラーの家はよく知っているよ。本当にファンなの?」と何度も聞かれ、それ以上はいえなかった(笑)。

| インタビュー・アーカイヴ | 21:25 | - | -
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