Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

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樫本大進&コンスタンチン・リフシッツ
 昨夜は、東京オペラシティコンサートホールに樫本大進とコンスタンチン・リフシッツのデュオ・リサイタルを聴きにいった。
 ふたりは2010年12月、出会いから10数年を経て念願のベートーヴェン・チクルスを開始し、全曲録音も行っている(ワーナー)。
 そのときのベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全曲演奏は、いまだ心に焼き付いているほど両者の息がピタリと合い、しかも即興性に満ちたものだったが、今回は第7番が冒頭に置かれた。
 あのチクルスから数年が経過し、大進はベルリン・フィルのコンサートマスターとして、またソリストとして、日本での音楽祭の主催者としてさらなる進化を遂げ、コンスタンチンはロンドンの王立音楽アカデミーのフェロー(研究職)、ルツェルン音楽大学の教授を務めながらソリストとしてさらに深化している。
 私は、演奏家というのはステージに登場したときからその音楽が始まっていると思うのだが、昨日の大進はドスドスと力強い足音を立てて現れた。一方、コンスタンチンは、ほとんど足音がせず、静かに流れるように登場する。
 ところが、デュオが始まると、コンスタンチンのピアノはベートーヴェンの作品の奥深く迫りながら、エネルギッシュで、感情をリアルに表現するような存在感のあるピアノを披露。
 一方、大進のヴァイオリンは、あくまでも繊細でのびやかで歌心たっぷり。コンスタンチンの打鍵の深いがっしりしたピアノにおおらかな歌を乗せていく。
 このふたりの個性の違い、音楽のコントラストが刺激的なベートーヴェンを生み出した。
 とりわけ、終楽章のフィナーレに突っ走っていくふたつの楽器の濃密な音の対話が、両者の共演の歴史を物語っているようだった。
 次いで、ブラームスのヴァイオリン・ソナタ第2番が演奏されたが、こちらは作曲者の当時の心情を映し出すような、恋心と自然の美しさが横溢。これを聴き、次はこのふたりのブラームス・チクルスを聴きたくなった。
 後半は、大進が「コンスタンチンの狂気を表すような天才的なピアノと合わせるのが楽しみ」と語っていたプロコフィエフのヴァイオリン・ソナタ第1番が演奏された。
 まさに、ロシア・ピアニズムの神髄を表現するコンスタンチンのアグレッシブで壮大なピアノと、大進の瞑想的で幻想性にあふれた美音が和し、プロコフィエフがスターリン政権下で苦労して作り上げた名曲が朗々とホール全体に響き渡った。
 このソナタは、ダヴィド・オイストラフとレフ・オボーリンという、歴史に名を残すロシアの名手によって初演されている。初演から70年、その間にどれだけのヴァイオリニストとピアニストによって演奏されてきたのだろう。
 作品のもつ永劫の歴史に思いを馳せながら聴いた。
 終演後、楽屋でふたりに会うと、いつもながらの汗びっしょりの笑顔で迎えてくれた。
 大きな作品を演奏した後は、本当にいい表情をしている。
 私が「大進の足音がすごくて、ああ、貫禄出たなあと思ったわよ」というと、ギャハーっと笑い、「演奏も貫禄が出るといいんだけどね」といっていた。
 今日の写真は、安堵の表情を浮かべるふたり。23日には、紀尾井ホールでコンスタンチンのリサイタルが予定されている。
 ラフマニノフの「24の前奏曲(全曲)」というプログラムだ。ラフマニノフの傑作にどう対峙するか、興味は尽きない。




 
 
 
 
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