Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

ブログ

<< エマールのインタビュー | main | 旅の味覚 >>
コンスタンチン・リフシッツ
 ホールを揺るがすような大音響から、ささやくような弱音まで、自由自在なピアニズム。これぞ「ロシア・ピアニズム」である。
 今日は、紀尾井ホールにコンスタンチン・リフシッツのリサイタルを聴きにいった。
 プログラムはオール・ラフマニノフで、「24の前奏曲」。「前奏曲」嬰ハ短調作品3-2「鐘」からスタート。
 モスクワ音楽院を卒業した翌年に作曲され、クレムリン宮殿の鐘の音からインスピレーションを受けたといわれる作品で、冒頭から深々とした鐘の音が響く。それが次第に壮大な音楽へと変容していく。若きラフマニノフのロマンと情熱があふれる音楽で、広く人々に愛されている。
 リフシッツは、最初から深い打鍵と劇的でダイナミックな演奏を聴かせ、前奏曲への扉をゆっくりと開いていく。
 ラフマニノフは敬愛するJ.S.バッハの「平均律クラヴィーア曲集」やショパンの「24の前奏曲」にならって、「24の前奏曲」を長短すべての調を使ってまとめたわけだが、3つの時期に分けて作曲が行われたため、体系的な配列にはなっていない。
 より自由に、よりさまざまなスタイルが用いられ、いずれも独創的で詩的で力強さがみなぎっている。
 次いで、前半には「10の前奏曲」作品23が演奏され、後半には「13の前奏曲」作品32が演奏された。
 リフシッツの演奏は、樫本大進とのデュオのときとは別人のよう。ヴァイオリンと合わせるときは、かなり神経をこまかく遣い、弦との融合に配慮し、音量も抑制し、あくまでもヴァイオリンとの対話に徹している。
 ところが、今日のリフシッツは、ロシア・ピアニズムの継承者たる奏法を遺憾なく発揮。ときにピアノの弦が切れるのではないかと心配してしまうような強靭なタッチとダイナミズムを聴かせ、猛烈なスピードで野原を駆け抜けたり、森のなかを疾走したかと思うと、ふと立ち止まり、ひっそりと咲く野の花に目を向ける。
 すべてがピアノと一体化した、見事なまでの構築感に貫かれた音楽で、大進がよく「コンスタンチンは本当の天才だよ」といっていることばが思い出される。
 リフシッツは、曲の終わりはペダルをずっと踏み続け、音の余韻を楽しみながら、そこに次なる音をかぶせるようにして曲を進めていく。
 ひとつの前奏曲がノクターンのようであり、トッカータやエチュードのようでもあり、それぞれのドラマが浮き彫りになって、その余韻に浸っていると、すぐに次なる世界へと運ばれる。
 作品32の第13番「グラーヴェ」では、重厚で深遠な鐘の響きがホール全体に鳴り響き、ロシアの雄大さを描き出した。
 それはまさに、フィナーレならではの大きな絵巻物を繰り広げているようで、非常に視覚的な演奏だった。
 この後に、またもやリフシッツの底力を知る曲が登場した。アンコールにそっと弾き出したショパンの「雨だれ」である。
 甘さや優雅さや流麗さや華やかさとは、まったく無縁の深い悲しみと苦悩が横たわっているような、まるで慟哭するような「雨だれ」。なんと個性的な表現だろうか。ショパンの作曲時の心情が映し出されているよう。
 ああ、リフシッツのショパンをもっと聴きたくなった。
 彼はJ.S.バッハを得意としているが、次回はぜひ、ショパンをしっくりと聴かせてほしい。
 今日の写真は、終演後の楽屋でのリフシッツのユニークな表情。
 人に呼ばれたため、ふと横を向いたときにパチリ。壮絶なる演奏とはまったく逆の、お茶目な顔。
 彼は曲の説明をするときは、比喩やさまざまな本からの引用などを挟み込むタイプで、ジョークも得意。その一面が表れているでしょ(笑)。



 
 
| クラシックを愛す | 23:56 | - | -
CALENDAR
S M T W T F S
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 
<< March 2017 >>
CATEGORIES
ARCHIVES
LINKS
PROFILE