Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

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シューベルトの生家
 いま、シューベルトの録音のライナーノーツを書いている。こうした原稿を書くうちに、私の脳裏には、シューベルトの家が浮かんできた。 
 昨秋、ウィーンに出張した際、シューベルトの生家を訪ねたときのことがまざまざと蘇ってきたのである。
 ウィーン第9区ヌスドルファー通り54番地に現存する家は、1797年にシューベルトが生まれたところ。1801年秋までの4年半を過ごしたと伝えられている。
 ここは現在シューベルト博物館となっており、見学することが可能である。シューベルトが使用した日常品や楽譜、楽器、肖像画、胸像などの遺品が展示されていて、とても興味深い。
 シューベルトは幅広いジャンルの創作を手がけたが、特に「歌曲の王」と呼ばれるように、この分野で豊かな表現力に富む作品を数多く残した。31歳の短い生涯の間に書かれたドイツ・リート(歌曲)は、630曲にもおよぶ。
 シューベルトは詩を大切にした人で、リートに用いた作詞者は100名をくだらない。もっとも多いのはドイツの文豪ヨハン・ウォルフガング・ゲーテ。シューベルトは作曲したものをゲーテに送ったが、これに対して文豪は冷ややかな反応しか示さなかった。作品には「糸を紡ぐグレートヒェン」「ミニョンに」「さすらい人の夜の歌」「野ばら」「魔王」「はるかなる恋人に」などがある。
 シューベルトは詩を読みながら、それをどんな音楽に結びつけるかを考えているときが一番幸せだった。どんなに貧しくても、体調が思わしくなくても、ウィーンの音楽界が真の実力を認めてくれなくても、ピアノに向かって作曲していれば、何もかも忘れることができたという。
 そんなシューベルトの真摯でおだやかで自然体の性格が、この生家で育まれたのだろう。
 家は、当時の馬車が入れるようにと高い門があり、それをくぐると広い中庭が見えてくる。その庭は当時の様子をいまに伝えるように、豊かな緑に覆われ、ひっそりと静かだ。
 家の内部も、シンプルで素朴な雰囲気。こうした作曲家ゆかりの場に足を踏み入れると、そこには遠い存在ではなく、実際に生きて活動していた作曲家の息吹をリアルに感じることができる。
 今日の写真は、シューベルトの使用していたメガネ、胸像、弾いていたギター、生家の外観。







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