Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

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完熟トマトソースのパスタ
 夏になると、八百屋さんの店先に真っ赤な露地物の完熟トマトが並ぶ。それを大量に買ってきて、トマトソースを作る。大きさや形や色がふぞろいでもかまわない。
 先ず、トマト(約1キロ)の皮を湯むきしてとる。深めの鍋にたっぷりのエキストラ・ヴァージン・オリーブオイル(50CCほど)を入れ、タマネギ(2個)のみじん切りを炒め、ニンニク(2個)のみじん切りも加えてこげないようにじっくり炒め、ここにトマトを全部加えて塩少々とローリエ1枚を入れて、20分ほどつぶしながら煮込む。
 フライパンにオリーブオイル大さじ2を熱し、ベーコン100グラムの薄切りとニンニク(1個)のみじん切りとナス(2本)とズッキーニ(小半分)を食べやすい大きさに切ったものを加えてじっくりと油を吸うように炒めていく。
 ここにトマトソースを加え、アンチョビ少々を隠し味に加えてできあがり。パスタの上にかけ、イタリアンパセリとおろしたてのパルミジャーノ・レッジャーノをトッピングすれば、夏にピッタリのさわやかパスタが完成!!
 このトマトソースは、トマトが安い時期に大量に作っておいて瓶詰めにして保存しておくと、肉料理や魚料理にも使えて、忙しいときに便利。
 今日の写真はできたてのパスタ。具はいろいろ変えられるからそのときに冷蔵庫にあるものでOK。ぜひ、おためしを。

| 美味なるダイアリー | 14:52 | - | -
萩原麻未
 昨年11月、スイスのジュネーヴ国際コンクールのピアノ部門で日本人として初優勝を果たした萩原麻未は、とてもユニークな性格の持ち主である。
 もちろん音楽に関して、コンクールに関して、自身のこれまでの歩みに関しては、ゆったりとした口調で真摯に答えてくれるが、そこかしこにえもいわれぬ不思議な雰囲気がただよっているのである。
 それが何かは、こんな会話で判明した。
「私、すごく運動が苦手で、特に球技がダメなんです。バドミントンをすると羽とラケットの位置関係がつかめない。バレーやドッジボールはボールがどこに飛んでいくのかわかっていない。バスケットでは走りながらドリブルをしてといわれても、ただドリブルしているだけ。同時に走っていくことはできない」
 もう、これを聞いて爆笑してしまった。
 彼女の演奏は、本能で弾いていると思える自然さと情感の豊かさ、情熱的で野性的ですらある、ある種の動物的なカンの鋭さを感じさせるものだが、それが大の運動オンチとは…。
 それを話すときの表情もまた真面目だから、こちらが大笑いするのもはばかれたが、私のバカ笑いにつられてか、一緒にケラケラ笑い出した。
 このときのインタビューは、本日の日経新聞の夕刊に掲載されている。もちろん、ここでは経歴やパリ留学で師事しているジャック・ルヴィエ先生のレッスンについて、また、コンクールのときのエピソードなど、真面目な内容で綴っている。
 萩原麻未は、正直な人でもある。その率直さが音楽に表れている。昔は古典派の作品が苦手で、あまり演奏しなかったが、やはりそれらの大切さを痛感し、最近ではハイドン、モーツァルトを演奏するようになったそうだ。
もっとも得意なのはドビュッシーのプレリュードと、ラヴェルのピアノ協奏曲。これから弾きたいのはシューベルトのピアノ・ソナタ。そしてラフマニノフのチェロ・ソナタ。
「私は自分の演奏を客観的に聴くということができていませんでした。バリでルヴィエ先生の初めてのレッスンを受けたとき、それを指摘されました。もっと第3者として聴くことができるような演奏をといわれたのですが、最初はまったくそれを理解することができませんでした」
 彼女は昔から自由に、自分の気持ちの赴くまま演奏してきた。ピアノを弾くことが大好きで、ひとりで弾いて楽しんでいた。
 だが、ルヴィエにいわれ、演奏を見直すようになる。
「先生は精神統一のために、自分を見つめ直すために、ヨガを勧めてくださったのですが、ここでも3日坊主で、すぐにやめてしまいました。私、結構飽きっぽいんです。特に運動は続きませんね。それでは、と考えてジョギングしてみたんですが、またまた1日でダメ。だって、5分走ったら、もう疲れちゃって。泳ぎですか。うーん、幼稚園のころは少しは泳げたんですけど、小学校のときは5メートルで、もうおぼれそうになって(笑)」
 なんというおかしさ。これは文にするとあまりおかしくないかもしれないが、彼女がゆったりとしたテンポで大真面目な顔で話すと、私は自然に笑いがこみあげてくる。
 こんな人間的な味わいを持った若手ピアニスト、久しぶりに会った感じだ。そのピアノが聴き手の心をつかんで離さないのは、本能で生き、本音で語り、心の感じるままに演奏するからではないだろうか。
 ちなみに、コンクールの優勝が決まった直後のインタビューが日本のテレビで紹介され、そのときはなんだか夢見心地のような、あいまいな答えをしている姿が映し出され、周囲から非難ごうごうだったそうだが、これは本人いわく「それまで眠れなかったので、すごく眠くて、何を聞かれているのかわからなかった」のだそうだ。なるほどね。私もあれを見て、「はて、この人は時差ボケなのかな」と思ったほどだったが、真実は寝不足だったのね。
 今後は、まず室内楽とコンチェルトを中心に活動をスタートし、ゆっくりマイペースで進んでいくという。ぜひ、自由で情熱的な演奏、ナマで聴いてみて。
 今日の写真はインタビュー時の1枚。キュートに撮れているでしょ。

| アーティスト・クローズアップ | 22:03 | - | -
マイペースの難しさ
 久しぶりに体調を崩し、あちこちに迷惑をかけてしまった。
 いつも夏はシーズンオフのため来日アーティストも少なく、そんなに仕事が立て込むことはないが、今年はなぜかオーバーワークになってしまい、つい無理を重ねたのがよくなかった。
 ふだん健康なときは考えないのだが、体調がよくなくなると、健康のありがたさが身にしみる。私はふだんほとんど薬を飲まないため、かかりつけのお医者さまからもらった薬もからだに合わない。これで余計に体調がよくなくなるから、困ったものだ。
 ようやくいまは治りかけてきて、たまっていた原稿と格闘している。でも、なんだか頭はボーっとしているし、からだはだるいし、集中力に欠ける。そのため、いつもの3倍も4倍もひとつの原稿に時間がかかる。なんたることか…。
 こういうときは、きまって「少し休みなさい」という声がどこかから聞えてくる。そうなんだよね。少し、仕事の方法を考えないといけないな。
 本来、私はのんびり屋。ゆったりとした時間のなかでじっくりひとつの原稿と向き合いたいタイプ。でも、いまはそれができない状況に陥っている。
 私の仕事はアーティストをはじめ、編集部やマネージメントやレコード会社など相手のスケジュールに合わせなくてはならないため、マイペースで進めることができない。これが一番難しいところ。
 体調を崩すと、とかくネガティブなほうに考えがち。だけど、友だちから「ネアカのよっちゃん」と呼ばれている私。そろそろ元気出さなくちゃ。
 とはいえ、いまいちからだに力が入らない。しばらくはカメのように進んでいきますか。  
| ああ愉しき(?)、締切り地獄 | 22:27 | - | -
クリストファー・ホグウッド
 インタビュー・アーカイヴの第18回は1941年イギリスのノッティンガム生まれの指揮者、クリストファー・ホグウッド。彼は指揮者としてだけでなく、古楽に関する著作も多数あり、音楽学者としても知られる。
 1973年にエンシェント室内管弦楽団を設立、その生き生きとした躍動感あふれる演奏には定評がある。
 インタビューでは音楽について真摯に雄弁に語っていた彼だったが、インタビューが終了した途端、「また、会おうねえ」と両手を高々と上げてにこやかに去って行った。その姿がなんともユーモラスで、印象に残っている。

[レコパル 1991年11月25日〜12月8日 No.25]

モーツァルトが聴いていた音が蘇る! 新発見満載のオペラ

 今年はモーツァルト没後200年を記念し、数多くのディスクがリリースされているが、ここにまたモーツァルトのオペラの代表作「後宮からの逃走」(ユニバーサル)の新録音が登場した。
 しかし、この「後宮」、ちょっと従来の演奏と趣が異なっている。なにしろ指揮は、いまや古楽演奏の大家となった学究肌のホグウッドである。聴く前から「これは何か新しい発見があるな」と胸躍らせたのは事実。そして、やはりありました、大発見が。
 ホグウッドは第1幕の兵士の合唱の前にいままでなかった行進曲を持ってきているのです。これはまったく新しい試み。彼は今回新モーツァルト全集の楽譜をもとに録音しているが、最近発見されたこの行進曲は新鮮な響きをもたらすばかりではなく、ストーリーの展開上、合唱が突然出てくるよりもこのほうがごく自然な感じを受ける。セリム・パシャをたたえる合唱がスッと耳に入ってくるのである。今回はまずこの新解釈に対する質問からインタビューに入った。
「『後宮』はもともと小さな劇場用に書かれた作品です。ですからこの行進曲もいままではふつうの録音には必要とされず、長い間取り上げられずに阻害されていました。この行進曲が記されている楽譜は新モーツァルト全集だけなのです」
 彼はこの楽譜に1978年に初めて出合った。もちろん楽譜の研究は充分なされていたが、これを初めてオリジナルの形で録音するのは自分が最初になるだろうとこのときに思ったそうだ。

随所に新しい試みが見られ、新鮮な感覚が全体を覆う

 エンシェント室内管弦楽団の演奏はオリジナル楽器によるため、モーツァルト時代の響きそのものが味わえる。それはかろやかではつらつとしたリズムを刻む序曲からはっきりと楽器の違いを感じ取ることができ、特に各打楽器の連打が小気味よい。
 トルコ風の異国情緒に満ちた旋律がシンバルやトライアングル、大太鼓のアクセントに乗ってぐんぐん進んでいくさまは、これだけでもうオペラ全体の楽しさを予感させるのに充分だ。
「後宮」は、トルコの太守に捕えられたスペインの高貴な家の娘コンスタンツェを故郷の恋人ベルモンテが救い出すという話。ここに従僕のペドリッロと小間使いのブロントヒェン、そして太守邸の番人のオスミンらがからむ。
 最後は懐の大きな太守の計らいで、ハッピーエンドとなる。
 ここでは歌手陣も若手が起用され、みずみずしい歌声を披露している。特に主役のコンスタンツェ役のイギリス出身のリン・ドーソンと、ベルモンテ役のドイツのウヴェ・ハイルマンは、ホグウッドが絶賛しているだけあって声のみならずこまかい表現力が秀逸である。
 ホグウッドは常に新しい有能な歌手を探すことに努めているという。
 もう一箇所、従来と違っているのは、第3幕18番の「ロマンス」。ここでホグウッドは、ふつうはC管が使われているのだがG管ピッコロを使っている。さらに全体の通奏低音にはチェンバロだけではなく、フォルテピアノを使用。
「みんなモーツァルトが書いたとおりにやっているだけ。別に私の考えでも何でもない、偉いのは作曲家なんだよ」
 と、ホグウッドはあくまでも謙虚な姿勢を崩さないが、これによってモーツァルト時代の音に、さらに一歩近づいている。
 最近ハイドンの交響曲全集の録音に取り組んだり、ヘンデルのオペラに意欲を燃やしたりとエネルギッシュな活動が目立つが、素顔の彼は「自分のしたいことをしているだけ」とあっさり。
「あまり世界中がモーツァルト、モーツァルトって騒ぐんでちょっと危険だと思い、音楽的バランスを取るためにも私はハイドンに目を向けているんだけどね」
 ホグウッドはこのように次々と新しい音楽をわれわれの耳に届けてくれる。
 つい最近のヘンデルのオペラ「オルランド」も世界初録音だったが、今度はヘンデルの「エツィオ」にも挑戦したいとのこと。今回の来日でもなかなか演奏されないモーツァルトのオペラ・セリア(正歌劇)「皇帝ティートの慈悲」全曲を演奏会形式でじっくりと聴かせてくれた。
 実は、ホグウッドは大変なオーディオ好きということが今回の取材で判明。家ではB&Wのスピーカーを使っているのだが、先日訪れた友人宅のポーズのスピーカーに魅せられてしまった。
「ボーズはサイズが気に入ったんです。すごくコンパクトでしょ。パワーのある低音もすばらしいし。もちろんB&Wのクオリティーは、デッカが録音に使っているくらいですから保証尽きですけど、なにしろ場所を取られてしまうので…」
 彼はボーズで「室内楽を聴いたら、きっと最高だ」と力説していた。

 今日の写真はそのときの雑誌の一部。偉大なマエストロなのに撮影のときも結構ジョークを飛ばしていた。

| インタビュー・アーカイヴ | 22:09 | - | -
クラシック界の今後
 昨夜は付き合いの長いレコード会社のディレクターと、渋谷のおいしいイタリアンを食べに行った。
 ここはお魚料理がメインで、メニューにはよだれの出そうな(笑)、おいしそうな料理名がズラリ。しばし悩み、ワイン選びも悩んだが、結局あれこれ異なるお魚を選び、白ワインではなく、私の好きな赤ワインにした。銘柄は彼が選び、それがなかなか渋く深い味わいのワインで、お魚にもよく合った。
 彼とは本音で話せる仲。仕事の話、家族の話、これからの自分の方向性など、話は夜中まで尽きなかった。
 なかでも盛り上がったのが、クラシック界の今後のこと。ふたりともいつもこの話題になると止まらなくなり、お互いの仕事の将来性に関して丁々発止のことばの応酬となる。
 こうして話せる仲間がいることは、とても幸せだと思う。ひとりであれこれ悩んでいても結論が出ないことが多いが、実際に似た考えを持つ人と話すと頭が整理され、自分の考えが明確になっていくからだ。
 結論としては、「新しいことをしよう」「新たな試みにチャレンジしよう」ということになった。そうはいっても、すぐにはなかなか実行できないことが多い。一歩一歩、ゆっくり地固めして夢に向かって進んでいくしかないな。「なでしこジャパン」を見習って…。
 
 
 
| 親しき友との語らい | 22:09 | - | -
ピアノデュオ・クトロヴァッツ
 兄のヨハネス、弟のエドワードのピアノデュオ・クトロヴァッツは、リストの生誕地、オーストリアのブルゲンランド州のライディングからすぐそばの小さな村で生まれた。
 彼らはそれぞれソリストを目指してピアノを勉強していたが、ウィーン国立音楽大学で師事したプライゼンハマー女史に「兄弟ふたりでデュオをやるのもいいんじゃない」と勧められ、これがきっかけとなってピアノデュオを結成。1986年にイタリアのストレサ国際コンクール(ピアノデュオ部門)で第1位を獲得、以来、世界中で4手連弾や2台ピアノの演奏を行い、高い評価を得ている。
「兄弟だからといって、いつもうまくいくとは限らないんだよ。最初のころはどちらがリードするかでずいぶんもめたものですよ」
 こういうのは兄のヨハネス。
「でもね、徐々に自分の役割が見えてきて、曲によってリードする側を決めるようになったんです」
 と、弟のエドワードが続ける。
 彼らはいまや仕事の分担もはっきりし、ヨハネスはすべての仕事のオーガナイズを一手に引き受け、エドワードはこれをしっかりサポートし、演奏面では即興を得意としてそれを前面に出していくそうだ。
 ピアノデュオ・クトロヴァッツは、この分野の演奏の楽しさを目いっぱい堪能させてくれる。ふたりはまさにエンターテイナー。動きもはげしく、クライマックスに向けて一気に加速し、最後は両手を掲げてフィニッシュ。まるで踊っているようだ。
「今年のリスト・イヤーにはいろんなところでリストの作品を演奏します。子どものころからごく身近に存在した作曲家ですからね。リスト音楽祭も行っていますし、日本でも11月にツアーを行ってリストを中心にいろんな作品を弾きますよ。ぜひ楽しみにいらしてください」
 このインタビューは、「ムジカノーヴァ」の現在発売されている号に掲載されている。
 今年は震災で中止となったが、ヨハネスは毎夏開催される山中湖国際音楽祭の音楽監督を務めている。ともにウィーン国立音楽大学の教授も務め、多くの弟子を持つ。
「ピアノデュオは民主的な考えではうまくいきません。リーダーをはっきりさせ、もうひとりはそれに合わせる。曲によってそれを変えればいいのです。日本の生徒は割におとなしくて、相手に遠慮したり、自分を押し殺したりする人が多いようですが、リードする立場になったら自由に自分の演奏を発揮し、支える人はそれを全面的にバックアップしていく。徹することが大切です。音楽に遠慮や気遣いは無用です。だってそんな気を遣った演奏、聴いていてだれも楽しくないでしょ。感情爆発、自由自在、大いに楽しむ。ピアノデュオはこれですよ(笑)」
 まさに彼らのデュオは、聴き手の心も解放、喜びをバクハツさせてくれる。今日の写真はそんな話で盛り上がるふたり(左が弟のエドワード、右が兄のヨハネス)。性格が異なり、演奏も異なるように、容姿も異なる。これが個性なんですね。

| アーティスト・クローズアップ | 22:51 | - | -
なでしこジャパン
 なでしこジャパン、やりました!! いまだ感動が冷めやらず、何をやっていても彼女たちの雄姿が目の前に浮かんでくる。 
 第6回サッカー女子ワールドカップ(W杯)のドイツ大会で初優勝を果たしたなでしこジャパンは、世界に日本女性の力強さと勇気を示してくれた。苦境にあっても最後まであきらめず、チームが一丸となって夢に向かって突き進んでいくその技術と精神力と結束力は、見ていてほれぼれする。
 しかし、どんなにパワーとエネルギーを全開にして闘っていても、どこか清涼感があふれ、自然体で素直さが感じられ、心が温まる。
 この清々しさに、世界が魅了され、自然に祝福のことばが出たのではないだろうか。彼女たちの内に秘めた闘志はものすごいものがあるだろうが、それを超えた、サッカーを心から愛する率直な気持ちが全面に出ていたからである。
「絶対に優勝を目指す」
「金メダルをとってきます」
「被災地のかたたちに少しでも元気になってもらえるよう、精一杯闘い、優勝して戻ってきます」
 出発前、なでしこジャパンのメンバーはこう明言した。それを実行してしまうのだから、すごい。これが本物の力なのだろう。日本が点をとるたびに、追いつくたびに、多くの男性も涙を流して感激を露わにした。こんなことが他にあるだろうか。大の男性がひと目もはばからずに泣く。なでしこたちは、世界中の男性を泣かしてしまったのである。
 女子サッカーは以前から状況がとてもきびしく、経済的にも体力的にも精神的にも乗り越えなければならない壁がたくさんあったと思う。それを彼女たちはひとつひとつ乗り越え、監督やスタッフ全員が心をひとつにして前向きに考え、ついに世界一の座を獲得した。
 ここにはとてつもなく大きなドラマが存在している。私は この前も書いたが、沢穂希のファンで、ずっと応援してきた。だが、今回はなでしこの全員のファンになった。もちろんサッカーは目立つ人と影にまわる人がどうしても出てきてしまう。テレビでも、ある一部の人しかスポットはあたらない。私は今回参加した全員にスポットをあててほしいと思う。
 なでしこジャパンにかかわった全員の人たちに「おめでとう!」といいたい。自分たちのサッカーを最後まで貫き通した、その気持ちが私の心を熱くし、前に進む力を与えてくれた。
 ぜひ、ナマで試合を見たい。近いうちにスタジアムに行くからねっ。

| 日々つづれ織り | 20:24 | - | -
クラシックを広めるために
 今日は、新たな連載記事の打ち合わせにすみだトリフォニーホールに行った。今秋から、新日本フィルハーモニー交響楽団のプログラムのページをひとつ担当することになったからである。
 そのときに担当のかたたちとさまざまな話をするなかで、「コアなクラシックファンはもちろんのこと、もっと新たなクラシックファンがオーケストラの演奏会に足を運んでくれるためにはどうしたらいいか」という話題がもっとも長く話し合われた。これは選曲の問題、時間の長さ、作品の知名度、演奏者、開催される日の曜日など、あらゆる要素が関係してくる。
 新日本フィルは2011年から2012年のシーズンにかけて「トリフォニー・シリーズ」「サントリーホール・シリーズ」とともに、「新・クラシックへの扉」と題した全8回の公演を予定し、これらは金曜日と土曜日の午後2時開演の名曲コンサートとなっている。
 この名曲コンサートが、私の記事のメインとなりそうだ。まだこれからいろいろと担当者と知恵を出し合い、内容を詰めていく必要がある。原稿の文字数にも限りがあるため、短いなかで興味を持って読んでもらえるよう最大限の工夫を凝らさなければならない。
 だが、こうした新たな仕事は心がわくわくする感じにとらわれる。よしっ、ひとりでも多くの人にホールに足を運んでもらえるよう、頑張るぞ!!
 そして今日は、午後になったらもうひとつクラシックを広めるために書いた原稿のリアクションがあった。以前、「週刊新潮」の「掲示板」に書いた記事の返事が読者から届いたと、編集部のかたがそれを送ってくださったのである。
 封書と手紙が何通が入っていて、それらは愛知県、岐阜県、埼玉県、神奈川県と多岐に渡っている。内容もとてもていねいに書かれていて、ぜひひとりひとりに返事を出さなくてはと思った。
 それぞれの手紙にはその人がなぜクラシックを好きになったか、どんな音楽人生を送ってきたか、いま何を求めているか、今後はこんなことをしてほしいということがたくさん記されていて、とても心温まる思いになった。
 私は独立以来ずっと「クラシックを広めたい」と願って仕事をしているが、今日はふたつのことでその思いを新たにした。こういう日は、大好きなベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」の第2楽章が無性に聴きたくなる。さて、だれの演奏にしようかな…。
 
| クラシックを愛す | 22:05 | - | -
フランチェスコ・トリスターノ
 昨年に引き続き、フランチェスコ・トリスターノが6月から7月にかけて来日を果たした。今回は、直前に「bachCage」(ユニバーサル)のアルバムがリリースされ、それと連動した作品がリサイタルでも演奏された。
 実は、このドイツ・グラモフォンでのデビュー・アルバムのライナーノーツを書いたため、トリスターノの音はじっくり聴いてあった。だが、実際にナマで聴くJ.S.パッハとジョン・ケージの演奏は録音とはまたひと味異なる臨場感と即興性に満ち、心が高揚するものだった。
 今回もインタビューでさまざまなことを話してくれたが、彼は東日本大震災の被災者のことをとても心配していて、「自分にできることは何でもやりたい」と真顔で語った。
 フランチェスコはルクセンブルクの出身だが、フランスの国境近くに住んでいて、15キロほどのところにフランスの原発があるのだそうだ。それゆえ、小学生のころから避難訓練を定期的に行ってきたそうだ。
 だからこそ、日本の被害が人ごとではなく、身近に思えるのだという。
 トリスターノは大の日本びいきになったことは以前の記事にも書いたが、今回は約1カ月滞在したため、より日本に詳しくなった。日本語にも興味があり、日本語習得の本を片時も離さず持っていて勉強に余念がない。通訳のかたから日本料理の作りかたを英語で書いた本をプレゼントされ、それも大切に持ち歩いている。
 今回のインタビューはもうすぐ出る「フィガロ・ジャポン」に掲載される予定だ。
 もっとも愉快だったのは、名前の話。彼は以前、フランチェスコ・トリスターノ・シュリメと名乗っていたが、グラモフォン・デビューを機に「フランチェスコ・トリスターノ」に改めた。そこで「どうしてシュリメを削ったの。友だちには何て呼ばれている?」と聞いたところ、彼はシュリメという名は各地で正確に発音や表記されず、誤解を招くので外したといった。さらにフランチェスコの親しい呼びかたは「チチョ」だそうだ。
「でもね、一番気に入っているのは日本のマネージャーが呼んでいる“フラくん“。これ、最高じゃない。こんな呼びかたされたの初めてだよ。すごくユニークで親しみやすくて、ぼくに合うでしょう」
 そうか。これからは私も「フラくん」と呼ぼう。
 次なるアルバムもすでに構想ができているそうで、着々と準備に励んでいるそうだ。ライナーノーツにも書いたが、グラモフォンの歴史始まって以来のジャンルを超えたピアニスト。容姿端麗なのにすっごく気さくで、まったく気どりというものが感じられない。自作を作るのは「空気を吸うようなもので、ごく自然に曲想が湧いてくる」そうだ。
 今日の写真はそんなフラくんのごくリラックスしたポーズ。ピアノに向かうときとはまったく異なるやわらかな表情をしている。


 
| 親しき友との語らい | 14:30 | - | -
レイ・チェン
 幕別町の「チロット音楽祭」に出かけたのはたった4日間だが、その前はほとんど半徹夜状態で締切りをこなし、戻ってからも原稿に追われる日々が続いている。
 こういうときに限ってすばらしい試合が行われていて、夜中に起き出しては応援している。サッカーの女子ワールドカップの「なでしこジャパン」の活躍である。
 私は昔から沢穂希のファン。彼女は努力型で、ガッツと責任感がある。沢にボールが渡ると、何かしてくれるのではないかと期待が高まる。
 いよいよ決勝戦まで来た。このチームは結束が固く、しかもおもしろくて創造力に満ちたサッカーをし、夢と希望を与えてくれる。
 女子サッカーはあまりイエローカードが出ないし、フェアプレイが多い。からだの大きなドイツ人やスウェーデン人に真っ向勝負を挑む姿は、ほれぼれしてしまう。決勝も声を嗄らして応援するからね!!
 さて、今日は最近私がその才能に惚れている若きヴァイオリニスト、レイ・チェンの話題。1989年台湾生まれの彼は、2009年のエリザベート王妃国際音楽コンクールで優勝の栄冠に輝き、一躍その名が世界に知られるところとなった。
 その前年にはユーディ・メニューイン国際コンクールで優勝を果たしているが、そこからカーティス音楽院に戻ったところ、仲のいい友人が「メニューインはそんなに大きなコンクールではないから、もっと大きなエリザベートを一緒に受けに行こうぜ」と誘われたそうだ。レイ・チェンはようやく優勝を果たして戻ったばかりだったため、またすぐに翌年の準備をするのは大変だと考えたが、友人が熱心に誘うため、準備にとりかかることにした。
 ところが、翌年いよいよ参加するための書類を提出する時期になり、友人が「ぼく、やめたよ」とあっさり宣言。
「ものすごくショックを受けた。だって、エリザベートを受けるために日に9時間も練習して準備していたのに、最初にいい出した友だちがやめたんだもの。自分は室内楽のほうに道を変えたといって。本当はぼくもやめようかと思ったけど、せっかく身も心も削って(笑)必死に練習したんだから、やはり受けようと思って参加することにしたんだ」
 母親は食事を作ったり、さまざまなサポートをしてくれたが、「メニューインの優勝者なんだから、せめて第2次予選までは進んでね」といいながら送り出してくれたという。
 その心配をよそに、彼は見事に優勝を勝ち取った。以後、国際舞台で幅広く活躍するようになった。メニューイン・コンクールのときに審査員を務めていたマキシム・ヴェンゲーロフに認められ、彼が指揮をしている各地のオーケストラのソリストとして招かれ、ときにはともにヴァイオリンを弾くという。
「マキシムはようやく肩が治りつつあり、ぼくと2台のヴァイオリンのための作品などで共演してくれる。いつもガンガン弾きながら教えてくれるし、ぼくにとっては大切なメンターともいうべき存在。特にJ.S.バッハの作品に関することを教えてもらっている」
 レイ・チェンのデビューCD「ヴィルトゥオーゾ」(ソニー)はそんな彼のあらゆる魅力が凝縮したディスク。このインタビューはもうすぐ発売される「婦人公論」に掲載される予定。
 演奏は集中力に富み、野太く情熱的な音が印象的だが、素顔は明るく率直で自然体。来日中に覚えた「ジョーダンです!!」という日本語を連発し、みんなを笑わせて喜んでいる。
 もう次なるアルバムが決まっていて、メンデルスゾーンとチャイコフスキーという2大コンチェルトを録音するそうだ。
「こんなに有名な作品を録音するのって、結構怖くない? みんなが知っている曲だから」
 といったら、急に「アーッ」と叫んで両手で顔を覆った。
「なんでそういうこと、早くいってくれないの。もう決まっちゃったんだよ。そうか、やっぱり怖いよなあ。ああ、どうしよう。この録音、リリースしないほうがいいかも」
 そういってディレクターを見ながら、本当に困惑顔をしていたが、「まっ、仕方ないよね。やるっきゃないから」と素早い立ち直り。
 レイ・チェンは日本のペットボトルのウーロン茶が気に入り、大きなボトルを何本も飲み干し、何度も席を立った。
「またちょっと席はずすよ、ごめんね。飲みすぎちゃって…」
 そして戻るやいなや、またがぶ飲み。憎めない人です(笑)。天才的な音と表現力の持ち主なのに、なんとおかしいことか。
 今日の写真は「演奏がすばらしいんだから、それ相応のシリアスな表情してみて」といったところ、このポーズで決まった。ちょっと気どりすぎかも…。



 
| ああ愉しき(?)、締切り地獄 | 22:22 | - | -
ギドン・クレーメル
 ギドン・クレーメルは今春トリオの演奏で来日し、彼ならではの集中力に富んだ鬼気迫る演奏を披露した。
 私はどんなに偉大なアーティストのインタビューでもアガったり、緊張しすぎるということはないが、クレーメルの場合は周囲の関係者がみなピリピリして緊迫感がただよっていたため、それがこちらにも伝わり、妙に緊張してしまったことを覚えている。
「インタビュー・アーカイヴ」第17回は、そのクレーメルの登場。このときはピアソラの音楽について熱く語った。

[FM fan 1998年10月20日〜11月2日号 No.23]

ぼくはピアソラに恋し、ピアソラのエネルギーが伝染し、その音楽に過去へのあこがれを見た

ピアソラとシューベルトには共通項があるんだ。…ふたりともハッピーな曲がないだろう?

「ぼくはいまのタンゴ・ブームというものにまったく興味を抱いてはいない。ぼくは自分のピアソラを奏でるだけ。自分なりに感じたピアソラの音楽を演奏しているだけさ。ピアソラを初めて自分の楽器で演奏したときから、アントニオ・アグリやフェルナンド・スアレス・パスの弾きかたをまねしようとは思わなかったし、タンゴのエンターテイナーになりたいとも思わなかった。自分の心に忠実に、感じたままを弦に託す。それがぼくのピアソラであり、自分の音楽の方向性なんだよ」
 待ちに待ったクレーメルがピアソラを携えて来日した。9月のカレンダーをめくったときから、私はクレーメルのピアソラが聴ける、そのことだけで9月というこの月が、他とは異なった輝きに満ちているように感じられた。「ピアソラへのオマージュ」と題されたコンサートの1時間半は、至福のときを与えてくれた。ピアノのヴァディム・サハロフ、ダブルベースのアイロス・ポッシュ、バンドネオンのペル・アルネ・グロルヴィゲン。いずれ劣らぬ名手ぞろい。4人が奏でるピアソラはあいまいのかけらもなく、隠しごとや飾りや体裁もまったくなく、ナマの感情をストレートにぶつけてくるものだった。
「ピアソラは喜びと悲しみ、ちょうどその中間を歩いている、ギリギリのところを歩いている作曲家だと思う。このように人間の感情が素直に自然に表せる作曲家というのは数少ないんじゃないだろうか。ぼくは他にはシューベルトしか考えられないね」
 クレーメルのシューベルト好きは昔から有名だ。その音楽に込められたえもいわれぬ悲しみに共鳴するという。
「ピアソラとシューベルトの共通項というのはハッピーな曲がないこと。彼らは喜んだりうれしがったり、そういう感情の曲は書かない。ぼくも多分にそういう面があって、子どものころからよく人生について考えるけど、自分の人生には限界があると思っている。自分の存在そのものについても考えるよ。いまは音楽を通して多くのいい友人に恵まれているけど、昔は本当の友と呼べる人はひとりもいなかった。おかしな子どもだろ。いつも自分は何者だろうと自分に問いかけていたものさ」

ぼくらがどれだけ裏で血のにじむ努力をしているか、少しでもわかってほしい

 そんなクレーメルは日々の問いかけを日記に記すようになった。そしてあるとき、それを1冊の本にまとめた。いまでも文字を記すことは好きで、時間が許す限り書いている。
「音楽と同様、何でもすぐに暗記する癖がついているんだよね。だから日常のちょっとしたことも記憶に残っているけど、それを完璧に忘れないようにするためにいつもノートを持ち歩いていた時期があった。去年も1冊本をまとめたんだ。それとインドに旅行した」
 ただし、いまは物理的に時間がたりなくて、なかなか思うように書けないとか。
「ぼくは実際の人生のなかよりも、音楽を通じて自分のアイデンティティを発見するほうが多い。楽譜というものが自分を発見する大きな手助けとなってくれるから、音楽に関しては作曲家とその作品に忠実でありたいと願っているけど、自分なりのスコアというものも書きたい。それが文という形になるのかな」
 クレーメルは1問1問非常にゆっくりと、ことばを選んで答えるタイプ。そのテンポが静寂とある種の緊張感を生み出す。彼のヴァイオリンに通じるような、そしてときに抽象的な表現が顔をのぞかせる。
「ぼくがいま乗っている電車というのは、まだ目的地に着いていない。非常に速い電車で、力もあるから、電車から飛び降りる勇気はない。自分が求めているのは、その旅行のなかでもっと停車をして、駅に降りて新しい空気を吸う時間を確保すること。そのような休息や新しい空気というものが、音楽を作るにあたってとても大切だと思うから」
 演奏家は音楽を作っていく過程、苦労した場面、練習などの裏側はあまり話したがらないのがふつうだ。だが、クレーメルはその部分こそ聴衆に感じ取ってほしいところだという。
「音楽ファンは演奏家がステージで演奏するときや、できあがった録音で演奏を楽しんでいるよね。でも、アーティストがどうやってそのステージまでたどり着いたか、どうやって録音を作り上げたかには目を向けない。ぼくは太陽と同時に月も大切だと思うんだ。裏側の影の部分だよ。楽譜から読み取ったものをどう実際の音にして聴衆の席に届けるか。どれだけ裏で血のにじむような努力をしているか。それを少しでも知ってほしい。自分の仕事をまっとうするために多くの犠牲を払っていることも。ぼくが自分の仕事である音楽に忠実であろうとすると、莫大なエネルギーが必要となる。だからプライヴェートな時間はまったくなくなってしまう。その状況を聴衆が知ることによって偽物と本物、まねごとと真の解釈との差が理解できるようになると思う。そしたらみんなもっと音楽を楽しめるでしょ」

自分のエネルギーが続く限り、ピアソラは演奏していきたいと思っている

 こういうことを語るときのクレーメルの表情は真面目そのもの。天才と称され、何でも楽々と演奏しているように見える人が、こういうことに熱弁をふるうこと自体興味深い。
「ピアソラの演奏を初めて聴いたとき、彼がタンゴを使ってものずこいエネルギーを発していることに感動を覚えた。感情的なエネルギーが音楽によって引き出されていく。世界の南端からきた音楽がこんなにも自分の魂を揺さぶることにぼくは驚愕した。その音楽は親密にぼくに語りかけてきた。なんだかノスタルジックな感情が湧いてきて、胸がいっぱいになってしまった。残念ながらピアソラとは一度も共演できなかったけど、その後、ブエノスアイレスからフエゴ島まで旅をして、ピアソラを演奏したいと気持ちが固まった。ピアソラの世界に自分の道を開こうと…」
 クレーメルのピアソラ・シリーズは今後も続く。次なるアルバムは小オペラ「ブエノスアイレスのマリア」。これは声楽家と語り手をブエノスアイレスから呼んで録音した。その語り手、オラシオはアルゼンチンの詩人で、ピアソラとともにこの曲を書いた人。そして4枚目の構想もすでにできあがっているという。
「はやりだからとか、売れるからということは関係ない。ピアソラに接点を見出しただけ(このことば、プライドの高さを感じますね)。ぼくはピアソラに恋し、ピアソラのエネルギーが伝染し、ピアソラの音楽に過去へのあこがれを見た。自分のエネルギーが続く限りピアソラは演奏していきたいと思っているし、新しい面をそのつど盛り込んでいきたい。ピアソラに関係ある人や影響を受けた人、さまざまな音楽家との出会いがぼくの音楽の幅を広げてくれるし。少しでも時間ができたら読書をしたり、こういう取材でジャーナリストと話すのではなく友だちとゆっくり話したいけどね。いや、ほんのジョークだよ(笑)」
 気難しい表情がこのジョークで一瞬崩れた。一途で一徹で自己にきびしいクレーメル。その演奏は心の奥に深い感動の泉をもたらす。
 今日の写真はその雑誌の一部。カメラマンも緊張していた。

| インタビュー・アーカイヴ | 14:03 | - | -
チロット音楽祭
 東京が猛暑に見舞われているなか、7月7日から10日まで「第3回 チロット音楽祭」の取材に出かけた。昨年も訪れたが、この時期の北海道帯広エリアに位置する幕別町は気温も湿度が低く快適、加えて食事が美味。しばし、心身が深呼吸をする感じにとらわれた。
「チロット」とは、アイヌ語で「鳥多き沼」または「鳥の下りる沼」を意味し、昔、幕別町内のある地域の名前をこのように呼んでいた。音楽祭はその名に由来している。
「チロット音楽祭」は町の教育委員会や新聞社、放送局などが一丸となって協力し、医療法人社団博愛会、萩原建設工業がスポンサーとして全面的にバックアップ。そのほか多くの賛助企業が地元活性化のために尽力している。
 第3回は音楽祭の顔ともいうべきアドバイザー/指揮者の宮本文昭とオーケストラMAP'S(Miyamoto Artist PartnerS)が中心。ここにソプラノの緑川まり、サクソフォーンの小串俊寿、チェンバロの曽根麻矢子、作曲家・舞台音楽家の宮川彬良、ヴァイオリンの森由利子、マリンバ・パーカッションの中村祐子、ズーラシアンブラスが加わり、多彩なプログラムが展開された。
 なお、地元演奏家の横山美里(ピアノ)、田中光俊(ギター)、野田美佳(マリンバ)、佐藤まさえ(ソプラノ)、角良子(ピアノ)、棚瀬麻実子(ソプラノ)、安川真実(ピアノ)も参加し、祝祭的でにぎやかな雰囲気となった。
 なお、アウトリーチとして学校や病院での演奏もあり、また中学校の吹奏楽部の指導、公開レッスンなども行われた。
 ここは緑豊かな大自然に囲まれたところ。メイン会場の幕別町百年記念ホールは、まるで広大な草原のなかに建っているような雰囲気を備え、地元の中学生による野外コンサートはこのホール前面に広がる広場で催されたが、プラスの音が真っ青な空に吸い込まれていくようだった。
 もっとも出番の多かったオーケストラMAP'Sは、無伴奏作品からさまざまな組み合わせによるアンサンブルまでこなし、ファイナルコンサートではヴィヴァルディの「四季」で結束力の強さを示した。
 このように多種多様なプログラムが組まれている「チロット音楽祭」。都会を抜け出し、しばし心身のリフレッシュを試みるのに最適。音楽とおいしい食事と清涼な空気。温泉あり、牧場あり、パークゴルフ(発祥の地)あり。地酒も野菜もお肉もお魚も豊富。特に私がハマったのは、おいしい長いもと濃厚な牛乳と珍しいワサビ。ウーン、身も心もまさにリフレッシュ…。
 今日の写真は、宮本文昭とオーケストラMAP'Sによる公開つぶやきリハーサル。宮本文昭と写真家の加納典明両氏のおどけたポーズ。白人(チロット)小学校で演奏する戸上眞理、松崎千鶴、三宅依子、大島亮(ピチカート・ポルカ)。中学校のブラスバンドを指導する小串俊寿。野外コンサート。すべてのスケジュール終了後、音楽家と関係者がホール裏手の庭で記念撮影。











| 情報・特急便 | 15:00 | - | -
オリーブの木のすり鉢とすりこぎ
 海外出張に行くと、必ず現地のキッチン用品や食材を求めに走ってしまう。時間が限られているため、あれこれ迷ったり、お店をはしごすることもできず、直感で「コレっ」と思った物をすぐに購入。
 アテネに行ったときは、オリーブの木で作られたさまざまなグッズを売っているお店に直行。すり鉢とすりこぎのセットを買った。
 これはジェノベーゼ(バジルペースト)を作るときにとっても便利。新鮮なバジルの葉、にんにく、松の実、ペコリーノチーズ、カシューナッツなどを適宜入れてつぶし、最後にエキストラ・ヴァージンオリーブオイルを加え、塩とほんの少しの砂糖で調味。もちろん、チーズは好みでいかようにも変えられる。
 ジェノベーゼはパスタやスープ、サラダにまぜるのは定番だが、白身魚のカルパッチョにもよく合う。
 ゆでた野菜を手早くつぶしたり、ソースを作るときにも結構重宝する。オリーブの木の製品はまな板も持っているし、サラダサーバーも手に入れたが、何といってもこのどっしりとしたすり鉢は存在感たっぷり。洗った後は、自然乾燥が最適。使っていると徐々に色が渋くなってきて、いまやベテランシェフが使用しているような色合いになってきた。しめしめ(笑)。
 今日の写真はそのすり鉢とすりこぎ。貫録あるでしょう。

| 美味なるダイアリー | 20:58 | - | -
木村大
 ギタリストの木村大とは、デビュー当時からライナーノーツを書いたりインタビュー記事を書くなど、おつきあいが長い。
 いつも真夏になると、彼の1枚のCDを無性に聴きたくなる。2005年3月にロサンゼルス郊外の高級住宅地パサデナにある「ファイアハウス」と名付けられたスタジオで録音された、「カリフォルニアの風〜アンドリュー・ヨーク作品集〜」(ソニー)というアルバムである。
 このときは現地に録音取材に出向き、3日間ずっと木村大とアンドリュー・ヨークのふたりのギター、ベースのラリー・スティーン、パーカッションのティム・ティマーマンズの演奏を聴き続けた。
 彼らの音楽は真っ青な空にスコーンと抜けていくような爽快さと、鍛え抜かれたテクニック、演奏を心から楽しみながら奏でている心意気が伝わってくるものだったが、集中力がすごく、本番中はスタジオ全体に緊迫感がみなぎっていた。
 ここで興味深かったのが、木村大の音楽を始めるときの掛け声。「よしっ、行こう!」と必ずいってからスタートするのだが、それが「よしこっ」と聞えるため、モニタールームにいたディレクターが私のほうを見てにやり。毎回、「ほらっ、また呼ばれたよ」と笑う。
 このアルバムにはアンドリュー・ヨークのさまざまな側面を映し出す曲が含まれ、アンディを尊敬する木村大は彼との共演でいやが上にも緊張感が増し、うれしさよりも「いい演奏をしなくちゃ」との思いのほうが大きかったようだ。
 すべての録音終了後、彼は本当に安堵した様子で、「デビュー当時からずっと曲を提供してくれたアンディに、何か恩返しをしたかった。今回は、いまの自分が素直に出せたと思う」と振り返った。
 この録音の合間に、アンディの彼女の家におじゃますることができた。クルマで30分ほど走ると、あたりはうっそうとした森のなかに入り、別荘地のような雰囲気の場所に着く。その1軒が彼女の家で、裏側が渓谷のようなところに面している。
 そこにベランダが張り出していて、おしゃれな机といすが置いてあり、実にすばらしい雰囲気。ここでおいしいお茶をいただいた。
「ねえ、Yoshiko、こっちに来て」と声をかけられてベッドルームに入ると、大きなキングサイズのベッドがデンと置かれていた。そこにはアンディと彼女の写真がたくさん飾られている。
「今回レコーディングした曲のいくつかは、彼がこの部屋で仕上げたものなのよ」
 えっ、そんな…。そこまでいうか(笑)。まあ、愛し合っているということをいいたいのだから、いいけどね。こっちがちょっと照れてしまう。
 アンディは、その後この彼女と結婚した。めでたしめでたし。
 私が特に何度も聴いているのが「アルバイシンの丘」。アンディの最新作で、大のために書かれた。フリギア旋法的な部分があり、スペイン好きの私の心をとらえてやまない。
 もうあれから6年目の夏を迎える。だが、あのときにレコーディングで聴いた彼らのまさに「カリフォルニアの風」を思わせる演奏は、いまだ耳の奥に確かな存在感をもっていすわり続けている。
 木村大とは、その後も話をする機会が多いが、いつも本音で語るナイスガイ。そして演奏は全力投球型。もっともっと大きくはばたいてほしい。カリフォルニアの真っ青な空に飛翔していくように。
 今日の写真はそのジャケット写真。ここでひとつとっておきの話。この撮影のとき、日曜日でデパートが休みだったため、彼らは撮影用の洋服が買えず、大変な苦労をした。そんなエピソードもいまはなつかしい(?)

| 親しき友との語らい | 17:45 | - | -
ファン・エイク兄弟「ヘントの祭壇画」
 数年前の真冬、ベルギーのブリュッセルの北西55キロほどに位置するヘント(ゲント)に1枚の祭壇画を見に行った。
 ファン・エイク兄弟が描いた、フランドル絵画の最高傑作と称されるシント・バーフ大聖堂の祭壇画である。
 この冬はとてつもない寒さで、ブリュッセルから電車でヘントに向かう途中、窓の外に見える木々は樹氷の状態で、大聖堂のなかも凍るような寒さだった。頭の芯から足先までバリンバリンの感じ。次第に寒さも感じないほどに凍りついてしまった。
 そのなかで対峙した祭壇画は、生涯忘れられないだろうと思う印象深さ。観音開きになっていて、下段中央に「子羊の礼拝(神秘の子羊)」が描かれている。この子羊はキリストを表しているそうで、こちらをじっと見ている目が胸に鋭く突き刺さってくる。なんというリアルな表情だろうか。絵や写真では何度も目にしていたが、実際に見る子羊の表情は、しばらくその場を動けなくなるほどに強烈な光を放っていた。
 上段には聖母マリア、キリスト、アダムとイヴ、聖ヨハネが描かれ、裏側には「受胎告知」や預言者たちの絵が見られる。
 音声ガイドに従って1枚ずつ絵をたどっていくと、24枚の絵に描かれた登場人物248人が存在感をもって迫ってくる。
 極寒の大聖堂のなかで対面した、ファン・エイク兄弟による1432年完成の巨大な作品。自ら犠牲となる子羊の神秘的で荘厳な表情。金色の後光も美しく、とりまく天使たちの祈りの表情もやすらぎに満ちたものだった。その頭上には真っ白な鳩が描かれ、これは精霊を意味しているという。
 帰りに、大聖堂の出入り口にあるショップでミニチュアの祭壇画を購入した。これがとてもよくできていて、細部までていねいに描かれている。もちろん扉を閉じたときに見える外側の絵も忠実に再現されている。
 私はフランドル音楽も大好きで、以前チェンバロを弾いていたときにはずいぶん楽譜を集めたものだが、この祭壇画を見て、改めてフランドルの芸術の伝統と歴史の奥深さを思い知らされた。
 今日の写真はそのミニチュアの祭壇画。20数枚のパネルが見事なまでの調和を保ち、すべてが凛々しい表情を放っている。

| 麗しき旅の記憶 | 22:14 | - | -
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