Yoshiko Ikuma - クラシックはおいしい -Blog

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アルド・チッコリーニ
 今夜すみだトリフォニーホールで聴いたアルド・チッコリーニのリサイタルは、決して忘れることはないだろう。私の心に強い印象として刻まれ、大きな財産を得た感じがしたからである。
 チッコリーニはゆっくりとステージに現れ、ピアノに向かうとすぐにクレメンティのピアノ・ソナタ ト短調を弾き始めた。カンタービレな主題、劇的な表現、自由な再現部、悲しみを込めた情熱など、さまざまな表情をクリアな音で弾き進めていく。
 なんとみずみずしい音楽だろうか。時折のぞく力強さは中期のベートーヴェンを思わせ、クレメンティのソナタのなかでも傑作と称されることがよく理解できる。
 次いで登場したのはベートーヴェンのピアノ・ソナタ第31番。この冒頭の美しさといったらない。チッコリーニはゆったりしたテンポをとり、第1楽章の柔和で清らかな主題を天上の美しさで奏でる。ああ、マ、マ、マズイ。胸が熱くなってきて涙腺がゆるんできた。涙がこぼれそうだ、どうしよう…。
 曲が進むにつれ、ソプラノが夢見るような歌を歌い上げるように主旋律を朗々と歌わせ、和声の動きやレガートの美しさを際立たせ、特有のアーティキュレーションで曲に躍動感を与えていく。これまで聴いたどのベートーヴェンとも異なる特有の滋味豊かなソナタである。
 後半はオール・リスト。まずオペラの編曲版が2曲。ヴェルディの「アイーダ」による「神前の踊りと終幕の二重唱」と、ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」の「イゾルデの愛と死」。ピアノは1台でオーケストラ、とよくいわれるが、まさにこの2曲でチッコリーニはリストが曲に託したオーケストラと歌手と合唱のすべての役割を鮮やかに表現しきった。
 最後は「詩的で宗教的な調べ」より「眠りから覚めた御子への賛歌」「パレストリーナによるミゼレーレ」「祈り」。チッコリーニはこれらの作品でピアノを聴く真の喜びを与えてくれた。
 鳴り止まない拍手に応えて、アンコールは3曲。リストの「メフィスト・ポルカ」、エルガーの「愛のあいさつ」、グラナドスの「スペイン舞曲集」より第5曲「アンダルーサ(祈り)」。曲想のまったく異なる作品をこまやかなニュアンスを駆使して弾き分け、とりわけ「愛のあいさつ」ではまたもや目がウルウルになりそうなほどの美しさを披露し、会場はシーンと静まり返った。そして曲が終わると一斉に立ち上がった聴衆の前で、時計を見るようなしぐさをし、あと1曲ね、という感じでグラナドスを弾き始めた。ああ、もうノックアウトだ。スペイン好きの私に最後にこんなプレゼントを贈ってくれるとは…。
 なんて幸せなひとときなのだろう、こんなすばらしい演奏を聴くことができるなんて、本当にこの仕事をしてきてよかった、と思わせてくれた。この公演評は次号の「モーストリー・クラシック」に書く予定である。
 チッコリーニは1925年8月15日ナポリ生まれ。のちにパリに移り、フランス国籍を取得している。
 彼はインタビューは受けないと思っていたが、今日会場で会った「モーストリー・クラシック」のYさんによると、今回インタビューできたそうで、「私は年齢による体力の衰えを感じたことはない」と明言したという。
 すばらしい!! ああ、少しでもあやかりたいものだ(笑)。来年も来日が決まっているそうだから、今度こそインタビューを申し込もう。
 チッコリーニは演奏を通して人生を考えさせてくれた。生きる意味や年齢を重ねることの大切さ、自分が目指すことや夢の実現へのひたむきな姿勢を音楽で示してくれた。
 演奏を聴いて泣きたくなる、生きる喜びを感じる、自分の人生を見直すということはそうそうあることではない。チッコリーニはそんな思いを抱かせてくれる希有なピアニストである。
 おそらくこの深い感動は、何日たっても胸の奥にいすわり続けるに違いない。
| クラシックを愛す | 23:18 | - | -
あったかポトフ
 急に寒くなってきたので、今日はいろんな野菜を入れたポトフを作ってみた。
 まず、鍋に水400CC、ブイヨン1個を溶き、にんじん小2本、じゃがいも中2個、タマネギ小2個、カブ2個、荒挽きウインナ小8本、ブラウンマッシュルーム8個を適宜な大きさに切って入れる。
 いつもはペコロスを使うけど、今日はふつうのタマネギで代用。ウインナはこだわりの無添加のものを準備した。
 鍋に堅い野菜から順に入れ、最後にカブの葉のざく切りを乗せ、ローリエを1枚置き、コショウ少々を振る。
 オープンで30分加熱して(その家のオープンの特徴があるため、自由に調節してください)、そのまま20分ほど余熱を利用して内部に置き、取り出す。
 ソースはマヨネーズ大さじ1にシークワーサーの絞り汁少々をたらし、マスタード小さじ1を混ぜる。私はフランスのマイユのマスタードの大ファン。パリのマドレーヌ寺院のすぐそばにあるブティック・マイユに行くと、日本未発売のものなどがあり、狂喜乱舞してあれこれ瓶詰めを買い込んでしまい、あとで重さに泣くことになる(笑)。
 ただし、今日は先ごろ手に入れた、同じフランスのテメレールの粒入りマスタードを使ってみた。
 じっくりオープンで仕上げたポトフは、野菜が芯まであったまっていて、食べるほどにからだがほかほかしてくる。マスタードもおだやかな味わい。
 これに近所のパン屋さん(ご主人がフランスで修業してきて開いたベーカリーで、絵を勉強していた奥さまと一緒にやっているこぢんまりとしたアットホームなお店。その日に焼いたパンはその日に売り切るモットーゆえ、いつも新鮮なパンが用意されている)のパンを添えたら、シンプルながらおいしい休日のランチができあがった。
 明日からまた新しい1週間が始まる。月曜日は朝一番で私の大好きなマレイ・ペライアのインタビューがあり、夜はアルド・チッコリーニのリサイタルがある。内田光子、ペライアのリサイタルもあるし、その間に月末と月始めの締切りをこなさなくてはならない。
 さてと、ポトフをもうひと皿食べて、体力をつけなくちゃな。
 今日の写真はオープンから出したばかりのポトフ。にぎやかでしょう。このお鍋をテーブルの真ん中にデンと置いて、各自好きなものを好きなだけ自分のお皿に取り分け、ソースをつけて食べる。
 ああ、昼間からワインが欲しくなってきたあ(笑)。

| 美味なるダイアリー | 15:05 | - | -
菊地裕介
 ピアニストの菊地裕介は、歯に衣着せぬストレートな話かたをする人である。幼稚園のころからそれは始まり、友だちの間でも浮いていたとか。
 先日、インタビューで会った彼は、まさにこの性格全開。ただし、高校までは「浮いていた」が、ヨーロッパに留学してからは自己主張することがプラスになり、のびのびと過ごすことができたそうだ。こういう人は、やはり海外で勉強することが大きく成長することにつながり、人生観も変わるのだろう。
 彼は清水和音を尊敬していて、ふたりで録音も行っている。
「清水さんは、すごく男らしくて潔い。あこがれの存在です」
 彼は、清水和音の前に行くとあまりしゃべらず、おとなしく聞いているというので、つい私は大笑いしてしまった(失礼)。
 やはりあの年季の入った毒舌(またまた失礼)の域に達するには、まだまだ時間が必要だということだろうか。
 菊地裕介はジャック・ルヴィエとアリエ・ヴァルディに師事しているが、ルヴィエは非常にきびしいレッスンで、かっちりした演奏を好んだという。楽譜の読みもとてもこまかいものを要求されたそうだ。コンクールで優勝し、喜んで報告に行くと、「いい思い出ができたね。さあ、次も頑張ろう」といわれたという。
 一方、ヴァルディはステージに立つプロの演奏家としての心構えを伝授してくれた。「トップヴォイス」の大切さを説き、旋律の一番上のソプラノにあたる部分を意識し、よく通る声で歌わせる重要性を指摘した。
 このインタビューは、「ムジカノーヴァ」の来月発売号に掲載される予定になっている。
 よく、日本の演奏家はおとなしくて自己主張がたりないとか、自信がないとか、自分をアピールする力が弱いなどといわれるが、彼にはこのことばはあてはまらない。
 昔は結構生意気だと思われたようだが、最近は自分を大分抑えるようになったとか。でも、そういいながらも「いまは無用な衝突を避けているだけ。力を貯めておいて、いざとなったらしっかり主張する」といいきるあたり、うーん、なかなかたのもしいではないですか(笑)。
 演奏も個性的で自発性に富み、迷いがないから、きっともっともっと大きく羽ばたいてくれるでしょうね。
 ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲録音(オクタヴィア)でも底力を発揮しているから、期待大だ。
 今日の写真はインタビュー後の1枚。本当は「シェーっ」のポーズが好きだそうだが、それは全身が映らないと意味がないといって、Vサインになった。やっぱり、写真1枚でも自己主張がはっきりしているのね(笑)。


 
| アーティスト・クローズアップ | 23:34 | - | -
パスカル・ドゥヴァイヨン
 パスカル・ドゥヴァイヨンには何度かインタビューを行っている。6月6日のブログにも詳しく書いたが、彼はピアニストの村田理夏子と組んで、11月17日に東京文化会館小ホールで、リストの「ファウスト交響曲」をメインに据えたコンサートを行う。
 先ごろ、再びインタビューを行ったが、そのリストの作品に関する思い、幼いころからのピアノとのかかわり、自身の人生観などを語ってもらった。
 このインタビューは、ヤマハのWEB「ピアニスト・ラウンジ」に掲載されている。ここではドゥヴァイヨンの思いもよらぬ悩みや、それを乗り越えたときのことを聞き、それに深い感動を覚えたため、その詳細を綴っている。かなり長く書いているので、ぜひサイトをのぞいてみてほしい。
 今日の写真はそのインタビュー時のひとこま。ヤマハの読者のために色紙にサインをしているところ。



 
| 情報・特急便 | 22:36 | - | -
しばし休養を
 昨日から体調を崩したため、仕事に大幅な変更が生じている。人と会うのはすべてキャンセル、コンサートは行かれず、原稿は担当者にお願いして締切りを伸ばしてもらっている。
 単に過労になっただけだから、少し休養すれば回復すると思うのだが、こういう場合は多くの人に多大な迷惑をかけてしまう。
 今回も、いろんな人たちにあやまりまくり。みなさま、本当にごめんなさい。なんとか、早くもとに戻るよう努力します。
 こうして心身が疲弊すると、いろんなことを考えてしまう。仕事の方法がまちがっていたのではないか、時間の使いかたが下手なのではないか、もっと納得のいく形がとれないのか、何かが合わないのではないか等々。ウーン、どんどんネガティブになって、まずいなあ。
 でも、今日はからだの倦怠感と目の奥の鈍痛、頭のモヤモヤが少しとれたので、たまっていた原稿を書くことができた。
 でも、このからだの不調はここ数年間ずっと続いていて、抜本的な対策をとらないと、まずいことになりそうだ。
 親しい友人や家族からは「休め、休め」の休養コールがしきり。充分、わかっていますって。牡羊座って、カラヤンもそうだったけど(おこがましいかな)、ワーカホリック的で、自分のやっていることに満足できない人が多いんだよね。だから、もっともっととひたすら前に進んでしまう。
 でも、ちょっと立ち止まって、本当に自分がしたいことが何かをじっくり考えてみることにします。
 
| 日々つづれ織り | 17:51 | - | -
第5回仙台国際音楽コンクール
 今日は、2013年に行われる「第5回仙台国際音楽コンクール」の開催記者会見が開かれた。
 同コンクールは協奏曲を主体とした課題曲による、非常に特色のある内容を持つ。ヴァイオリンとピアノの2部門からなり、予選で独奏が課題となるほかは、セミファイナルもファイナルもすべてオーケストラとの共演。もちろん入賞者記念ガラコンサートもオーケストラとの共演が組まれている。
 本日の出席者は、奥山恵美子(仙台市長・仙台国際音楽コンクール組織委員会会長)、海老澤敏(運営委員長)、宗倫匡(ヴァイオリン部門審査委員長)、野島稔(ピアノ部門審査委員長)の各氏。
 まず、スケジュールが発表されたが、それによると出場申し込みが2012年1月から始まり、締切りは11月15日。予備審査が2013年1月に行われ、その結果発送が2月15日まで。そして課題曲変更期限は3月15日となっている。
 今回から予備審査は出場希望者から送られてきたDVDで行われることになり、この課題曲は現在検討中だそうだ。
 開催はヴァイオリン部門が5月25日から6月9日まで。ピアノ部門が6月16日から6月30日までとなっている。
 このコンクールは出場者に対するホスピタリティがすばらしいことで知られており、ホームステイやボランティア活動が盛んなことが大きな特色のひとつとなっている。それが3月11日の震災の影響でどう変化するかという質問が相次いだが、市民の協力はより一層強まり、みんながこういう時期だからこそコンクールを盛り上げていこうという気持ちで団結しているそうだ。
 これまで何度かこのコンクールの取材を行ってきたが、入賞者たちが異口同音に「すばらしいケアに感謝している」「多くの人たちが温かい気持ちで見守ってくれ、さまざまな支援をしてくれたため、音楽に集中できた」と語る。
 もう来年からコンクールに向かってスタートが切られるわけだが、ぜひ第5回もすばらしい才能を持ったヴァイオリニスト、ピアニストが誕生してほしい。
 審査委員長の宗氏と野島氏が語ったことだが、協奏曲を演奏すると、その音楽家の個性が明確に現れるという。オーケストラとの共演により、自分がどう弾きたいかというコンセプト、合わせものによる室内楽のセンス、独奏者としての説得力などがはっきり出てくるそうだ。それが審査の対象となり、個性豊かな音楽家が優勝の栄冠を手にすることになるわけだ。
 今日の写真は記者会見に参加した4氏。左から野島稔、海老澤敏、奥山恵美子、宗倫匡の各氏。


 
 
| 情報・特急便 | 23:06 | - | -
宮田大
 先日、21世紀のチェロ界を担うひとり、確固たる自分の音を持った宮田大に会い、話を聞くことができた。
 彼の名は、2009年のロストロポーヴィチ国際チェロ・コンクールで日本人として初優勝に輝いたことで、一躍広く知られるところとなった。
「実は、優勝者として名前が呼ばれたとき、第1位というフランス語ではなく、グランプリといわれたのでピンとこなかったんですよ」
 このことばのように、宮田大はとても率直な性格。コンクールでは最初はあまり納得のいく演奏ができなかったが、パリでパティシエをしている日本人の友人のケーキを食べに行ってから、思い新たに演奏できたという。
「そのオペラと名付けられたケーキがとても自然で押し付けがましくなく、心がこもった味だったため、自分もそういう演奏をしたいと目が覚めるような思いがしたのです」
 そして優勝に輝いたわけだが、以後もドイツで勉強を続け、より高い頂を目指して研鑽を積んでいる。彼が現在学んでいるのは、クロンベルク・アカデミー。この土地は裕福な人々が別荘を構える土地だそうで、豊かな自然に囲まれ、時間の流れがとてもゆったりとしているとか。
「のんびり散歩するのに適しています。物を静かに考えられるところがいいですね。家の前が教会なんですが、いつかそこで演奏してみたいと思っています」
 このインタビューは、来週木曜日にアップされるヤマハWEB「音楽ジャーナリスト&ライターの眼」に掲載される予定になっている。
 彼はスポーツ大好き人間で、バレーボールなどの球技からスキューバダイビングまでさまざまなことに挑戦しているが、やはり指のケガなどを考慮して、最近は抑え気味だそうだ。
 子どものころになりたかったのはパイロット、獣医、海洋生物学者。でも、3歳から父親に就いて習ったチェロが生涯の職業となった。
「最初は遊びのような気持ちで弾いていました。やがて弾く喜びに目覚め、楽器から多彩な音を引き出すことが楽しくなりました。チェロに息を吹きかけて生命を与えるというか、命を蘇らせることがとても興味深い。毎日ぼくの感情が異なるように、チェロもそのときどきで違う音で答えてくれるんです。チェロは人間の声に近い音色を持っていて、豊かに歌うことができる。ぼくはひとりの音楽家として、チェロを通して歌いたいんです」
 そんな彼のデビューCD「宮田大First」(12月5日発売)も歌心あふれる作品が収録されている。その前に、10月31日から11月9日まで各地でリサイタルが組まれている。ピアノは録音でも共演者を務めているカナダ生まれで現在はアメリカ在住の柳谷良輔。とりわけR.シュトラウスのチェロ・ソナタが聴きものだ。
 今日の写真はインタビュー時の宮田大。女性の好みを聞くと、年上が好きで、目にチカラがあり、さりげなく気配りができる人に惹かれるとか。こんなこと、バラしてしまっていいのかな(笑)。
 もちろん、音楽的なこともたくさん聞いているから、ぜひヤマハのサイト、のぞいてみてくださいね。


 
| 情報・特急便 | 23:08 | - | -
内田光子
 今夜はサントリーホールのブルーローズ(小ホール)に、ツアー直前のスペシャルステージ特別企画「内田光子 シューベルトを語る」を聞きに行った。
 まず、ピアノを始めたきっかけ、子どものころのピアノとのかかわり、12歳でウィーンに移ってからの勉強の仕方などから話がスタート。やがてハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、メンデルスゾーンら作曲家の人生や作品の解釈などに移り、とりわけシューベルトに関してのとり組みかた、いかに彼の作品を愛しているかという話に時間が割かれた。
 内田光子は子どものころからシューベルトの雰囲気の暗い作品が好きだったそうだ。それを先生に弾かせてほしいと申し出たそうだが、「まだ早い」といって弾かせてもらえなかったとか。「私は変わっている子だったの」と本人が語っていたが、子ども時代にシューベルトのそうした深い内容を持つ作品に惹かれていたとは、やはり普通の子どもではなかったようだ。
 彼女はシューベルトの作品を語るとき、何度も「明るい作品でもその奥におそろしさが潜んでいる」「狂気の世界」「死に直面したおそろしさ」「死と手をつないでいる」ということばを繰り返した。そして31歳で夭逝したシューベルトが晩年に書いたピアノ・ソナタは非常に難しいといった。
 そんな彼女は10月28日と29日にハーゲン・クァルテットと室内楽を演奏する。そして11月4日と7日にはリサイタルを行う(すべてサントリーホール)。シューベルトのほかにはシューマンやベートーヴェン、ブラームスの作品が組まれている。
 内田光子は、昨日日本に着いたばかりで時差ボケがひどいといいながらも、2時間半近く話を続けた。最後には会場からの質問にも答え、ユーモアを交え、雄弁に語った。
「私はとにかくピアノが好きなの。ピアノに命を賭けているといってもいいくらい。その話をしたらとまらなくなるから、今日はここまでね」といって長時間に渡るトークに幕を下ろした。
 以前、インタビューをしたときも感じたことだが、好きなことに関してはいくらでも話せるというエネルギッシュな姿勢を見せる。そのエネルギーはもちろん演奏に集約している。コンサートが楽しみだ。
| 情報・特急便 | 22:38 | - | -
アンヌ・ガスティネル
 今日はフランスのチェリスト、アンヌ・ガスティネルのインタビューに行った。
 彼女はヨーヨー・マ、ヤーノシュ・シュタルケル、ポール・トルトゥリエに出会い、ロストロポーヴィチ・コンクールで彼から絶賛されたという、恵まれた才能と機会と運の強さを備えている。
 バッハの無伴奏チェロ組曲(全曲)、シューベルトの「アルペジョーネ・ソナタ」、ベートーヴェンのチェロ・ソナタ、「イベリカ〜ファリャ、カサド、グラナドス」、フランク、ドビュッシー、プーランクのソナタ(キングインターナショナル)などの録音があり、いずれも透明感に満ちた、えもいわれぬ清涼で自然で流麗な音を聴かせている。
 実際に会ってみると、その性格もとてもナチュラルで率直ですてきな人。出会った多くの偉大なチェリストが非常によく面倒を見てくれ、才能を伸ばしてくれたということがわかる気がした。みんなに愛される人なのだろう。
 現在は1690年製のテスト―レの楽器を使用しているが、それを「私のイタリアの恋人」と笑いながら表現するところが、またキュート。
 このインタビューは、次号の「CDジャーナル」に掲載される予定になっている。
 もっとも大きな笑いが起きたのは、ヨーヨー・マのことを話しているとき、「彼ってすごくステキ。何でも弾けてしまうし、不可能はないでしょう。性格もすばらしいし、ああ、私の神様なのー」と叫んだとき。
 居合わせた全員が彼女につられて笑顔になり、大爆笑。いいですねえ、素直な表現で(笑)。
ガスティネルのチェロは、ほかのだれとも違う個性的で美しい音色が特徴。バッハが特に印象的。もっとひんぱんに来日してほしい。
 今日の写真はインタビュー時のやわらかな表情。ショートカットがよく似合う、粋でボーイッシュな人でした。



| アーティスト・クローズアップ | 23:27 | - | -
優れたピアニストとは?の鼎談
 いま発売されている「モーストリー・クラシック」12月号は、ピアニストの特集である。音楽評論家、音楽ジャーナリスト46人が投票した「最新格付け! 世界の名ピアニスト」では、ウラディーミル・ホロビッツが第1位に選出された。第2位はアルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ、第3位はスヴャトスラフ・リヒテル。現役ピアニストの分野では、マルタ・アルゲリッチがダントツ第1位。第2位はマウリツィオ・ポリーニ、第3位はクリスティアン・ツィメルマンだった。
 その結果を踏まえ、「優れたピアニスト」とは? という鼎談に参加した。出席者は仕事仲間である音楽評論家の青澤唯夫さんと、音楽ジャーナリストの片桐卓也さん。
 ページは7ページに渡るものになったが、実は当初1時間と思われていたのが、延々と話が続き、2時間以上も話し込んでしまった。記事をまとめてくださったオヤマダアツシさんはさぞ苦労なさったことだろう。3人でいいたい放題、いろんなところに脱線して本当にごめんなさいね。3人を代表してオヤマダさんにあやまってしまおう(笑)。
 このときは、いろんなピアニストの話題が出ると同時に、それぞれが自分の好きなピアニスト、演奏などについて語り、さらにいまのピアノの世界についても話がはずみ、まだまだ話たりない感じだった。
 日本では、こうしたランキングを掲載すると、読者が増えるそうだ。以前は指揮者ランキングを行ったから、次は弦楽器かしら…。
 希望としては、将来を担う若手音楽家のランキングもやってほしい。これこそ、ありとあらゆる方向に人選が広がっておもしろいと思うけど。でも、収集がつかなくなるかもしれないな。あまり来日していない人や、実力はあるけど、まだひのき舞台に登場してこない人、録音のない人などがいて、混戦模様になるかも。でも、それこそ読者にとっては貴重な情報源になると思うけどな。
 編集長、ぜひ未来の巨匠たちの特集をやりましょうよ。
 
| クラシックを愛す | 18:49 | - | -
末っ子トリオの会
 昨日は、友人のOさんとUさんの3人で久しぶりにおいしい和食を食べに行った。
 私たちは同じクラシックの世界で仕事をしているが、それぞれ仕事の内容は異なる。だが、ツーといえばカーの間柄なので、話し出すと止まらない。
 3人とも兄や姉がいる末っ子なので、「末っ子トリオの会」と名付けた。仕事の話、家族の話、これからの人生に関してなど、一瞬たりとも黙っている時間はなく、いつもだれかが話していて、密度濃い時間が流れていく。
 昨日は結構シビアな話題が多く、私もこれからの自分のことなど胸の内を明かし、ふたりに意見を求めた。
 この3人でいつか旅に出たいと話しているのだが、みんな忙しいため、なかなか実現できない。旅というのは、本当に気の合う人、趣味の合う人と一緒でないと、楽しく過ごすことができない。その点、「末っ子トリオ」のメンバーは見事なまでにやりたいこと、見たい物、行きたい場所が一致している。あとはスケジュールの調整だけということになる。
 いつも3人で会うと、終電ギリギリまで話していて、ワーッと解散。翌日は結構からだはキツイが、心はスッキリ軽い。
 ああ、いつになったら旅に出られるのだろうか…。待ち遠しいなあ。でも、結局はおしゃべりが目的だから、場所はどこでもいいんだよね(笑)。

 
 
| 親しき友との語らい | 17:55 | - | -
比石妃佐子
 先日、スペイン在住のピアニスト、比石妃佐子に電話インタビューを行った。
彼女はマリア・カナルス国際コンクールに参加したことがきっかけでスペイン作品に魅せられ、このときにガウディのサグラダ・ファミリア聖堂の主任彫刻家である外尾悦郎氏と知り合い、のちに結婚してバルセロナに住むようになった。
 スペイン好きの私は彼女の話を聞いているうちに、電話口の向こうからスペインの空気が流れてくるように感じ、いたく感動してしまった。このインタビューは、「CDジャーナル」の今月発売号に掲載されることになっている。
 比石妃佐子は、ドイツ、オーストリア、スイスなどで学んでいたときは王道をいくレパートリーを主体としていたが、やがてスペイン作品に集中するようになったそうだ。アリシア・デ・ラローチャのマスタークラスを受け、彼女からスペイン作品の奥に宿るさまざまな要素を伝授されたからである。
 そんな彼女は、グラナドスの「12のスペイン舞曲集」「ゴイエスカス」とアルベニスの「イベリア、スペイン組曲」を録音している。いずれも特有のリズムに彩られ、この土地特有の空気が全編にただよっている作品だが、それを彼女は鍛えられた技巧を駆使し、実際にその土地に身を置いている強みからか、生き生きと演奏している。
 以前ラローチャにインタビューしたときに彼女が語っていたが、スペイン作品は実際にその土地を知らなければ自然には弾けないという。土の香り、空の青さ、乾いた空気、哀愁ただようロマ地区の風情、浮き立つリズム、光と影のコントラスト、情熱的な人々の気質など、すべてが音楽に込められているからと。
 比石妃佐子もインタビューでそのことを熱く語っていた。
「イベリア」も「ゴイエスカス」もテクニック的にとても難しく、躍動するリズムや奥に秘められた感情を自然に表現するのは至難の技だと考え、演奏したくても躊躇するピアニストが多い。それゆえ、実際のリサイタルでは全曲を聴くことは稀である。
 私はもちろんこれらのスペイン作品には目がないから、ここに登場したCDはまさに宝物である。
 比石妃佐子は11月17日に浜離宮朝日ホールで、グラナドス、ファリャ、モンサルヴァチェというプログラムでリサイタルを行う。きっとホールはスペインの熱き空気で満たされるに違いない。
 彼女はこうした作品をひとりでも多くのピアニストが演奏できるよう、楽譜の解説を行ったり、さらなる研究を続けている。遠い日本から「フレー、フレー、頑張ってー」とエールを送りたくなるくらいだ。
 今日の写真は3枚のCD。以前、グラナダで購入した、この土地の名産である寄せ木細工のトレーの上に乗せてみた。ほら、どこからかスペインの風が吹いてくるでしょう(笑)。

| 情報・特急便 | 21:32 | - | -
クリストフ・エッシェンバッハ
 昨夜は、サントリーホールにウィーン・フィルのコンサートを聴きに行った。指揮はクリストフ・エッシェンバッハ、ピアノ・ソロはラン・ラン。
 ラン・ランのリストのピアノ協奏曲第1番は、音のダイナミズムの幅広い躍動感あふれるもので、先日NHKホールで聴いたアントニオ・パッパーノ指揮ローマ聖チェチーリア音楽院管弦楽団との共演によるボリス・ベレゾフスキーの圧倒的なスケールを誇る同曲とは、まったく解釈も奏法も異なる演奏だった。
 今年のリスト・イヤーには数多くのリストの作品を聴くことができるが、こうした同じ作品を聴きくらべることができるのも、メモリアルイヤーならではの楽しみだ。
 そんなラン・ランは、アンコールのときにエッシェンバッハと手をつないで現れ、ふたりは連弾を始めた。ドビュッシーの「小組曲」より「小舟にて」「バレエ」である。
 エッシェンバッハのピアノは、何年ぶりに聴いただろうか。
 コンサートの後半はシューマンの交響曲第2番、そして最後にJ.シュトラウス兇痢峭陳覬濾餠福廚演奏されたが、私の脳裏には何十年も前のエッシェンバッハとの初めての出会いがフラッシュバックのように現れては消え、また現れ、胸がいっぱいになってしまった。
 あれは私がレコード会社に入ったばかりのころで、上司からエッシェンバッハのレコード店でのサイン会の打ち合わせに行くよう指示された。
 宿泊先のホテルに着いた私は、ホテル内の電話でエッシェンバッハに連絡をとった。だが、すごくあわてている様子で、何度もいいわけをしている。だが、まだ若かった私はそのいいわけの意味が十分に理解できず、とにかく「お部屋に行きます」といってしまった。
 部屋に着いたとき、顔をのぞかせたエッシェンバッハは、あたふたと浴衣をはおったようで、私は一瞬にしてその状況を把握した。彼はシャワーを浴びていたのである。
 私はまともに顔を上げられず、用件だけいって色紙を何枚か押し付け、ずっと下を向いたまま退散した。
 その一部始終を上司に報告したところ、彼は大爆笑し、このニュースは何分もしないうちに会社中に知れ渡るところとなった。
「今度クラシックに入った新人の女の子は、エッシェンバッハのほとんど何も着ていない姿を見たんだってよ」
 話は尾ひれがつき、とんでもないうわさとなって広がっていった。以後、私はどこに行ってもその詳細を聞かれ、うわさを否定するのに躍起になったものだ。
 当のエッシェンバッハは、翌日のサイン会のときに隅に立っている私を見て、ニヤリと笑い、ウインクをした。これを見て、れいのうわさにまた尾ひれがついたのはいうまでもない。ヤレヤレ…。
 あれからかなりの年月が経過し、いまやエッシェンバッハは実力と人気を誇るマエストロになった。私は過去はあまり振りかえらないタチだが、久しぶりにエッシェンバッハのピアノを聴き、ウィーン・フィルからすばらしい演奏を引き出す指揮法を間近にしているうちに、昔の自分にタイムスリップしてしまった。これも音楽の持つ力なのかもしれない。
 これまで失態は何度も演じてきたが、昨夜はそのときの上司や仲間の顔までが鮮明に浮かんできて、失敗を笑い飛ばしてくれた上司が妙になつかしくなった。
 
| 終わりよければ…取材奮闘記 | 13:48 | - | -
関孝弘
 長年にわたり、イタリア作品を積極的に演奏会で取り上げ、音楽用語辞典や楽譜の研究・校訂でイタリアの音楽を日本にわかりやすく紹介してきたピアニストの関孝弘が、この7月にイタリア政府から「イタリア連帯の星勲章・コメンダトーレ賞」を授与された。
 それを記念し、11月26日には東京文化会館大ホールで特別コンサートが開催される(14時開演)。このコンサートではいま世界が注目するイタリア生まれのピアノ、ファツィオーリが使用され、イタリア作品が数多く演奏される予定だが、イタリア・ワインなどもふるまわれるという。まさにイタリア色満載のひとときとなりそうだ。
 この話を聞くため、先日ご自宅にインタビューに伺った。
 関孝弘は、10歳のときにナマを聴いたミケランジェリの演奏に魅了され、イタリアに行きたいと考えるようになり、のちにピアニストの留学先としては珍しいイタリアを選んだという。
 彼の話は、まるでイタリアの絵画や彫刻や建物を連想させる視覚的な雰囲気に満ち、雄弁でおおらかでひたむき。どこからかイタリアの風が吹き込んでくるような感覚を抱いた。
 このインタビューは今月発売の「ムジカノーヴァ」に掲載されることになっている。彼のイタリアに対する深い愛と、作品を紹介したいという熱意が感じられるから、ぜひご一読を。
 このときに奥さまが入れてくださったエスプレッソの美味なることといったら…。すぐに入れかたをお聞きしたら、イタリアのコーヒー豆を使ったエスプレッソにアイスクリームをトッピングするとか。私も早速まねして家で作ってみたら、もうやみつき(笑)。最近は、この飲みかたしかしないほど。
 夫人のラーゴ・マリアンジェラさんはイタリア人。彼女は膨大な資料を読み、必要な箇所にアンダーラインを引き、それを関孝弘がじっくりと研究し、書籍や楽譜に生かしていく。できあがった物はすべて二人三脚による成果だ。
 今日の写真は、そんな仲睦まじいおふたり。すごくいい感じに撮れているでしょう。私の自慢のツーショットになりそう。

 

 
 
| 情報・特急便 | 14:56 | - | -
青柳晋
 ピアニストの青柳晋は、「リストの演奏はライフワーク」と語る。彼はリストを弾いていると一番自分がリラックスできるそうで、ピアニスティックな作品は手になじみやすいという。
 そんな彼が2005年5月から続けている「リストのいる部屋」が今年第6回を迎え、12月26日に浜離宮朝日ホールで開催されることになった。
 そのインタビューで自宅を訪れたのだが、彼と話しているといつも話がどんどんそれていって雑談の域を超え、とんでもない方向に飛んで行ってしまう。
 今回も編集担当者とマネージャーがカメラマンの駐車スペースを探している間に、雑談で盛り上がってしまった。
 なんでも、沖縄に演奏に行ったときに宿泊したホテルのベッドと枕がとても快適で、大いに気に入ってしまったため、それと同じ物を特注したのだそうだ。
「すごくぐっすり眠れるんです。伊熊さん、あとでちょっとベッド見て」
 いやいや、そうはいかないでしょう。男性の寝室に入るなど、いくらいいベッドを見るだけでも、私はやっぱり躊躇しますよ。
 そのベッドの話でキャッキャッと盛り上がっているところへみんなが戻ってきたため、一時中断。真面目にインタビューとなりました(笑)。このインタビューは次号の「ぶらあぼ」に掲載されることになっている。
 青柳晋は以前にも書いたが、貴公子のような風貌をしている割には冒険好きで、スポーツ大好き。この意外性がひとつの大きな魅力かもしれない。
 リストのこのシリーズは毎回リストをホスト役にし、さまざまな作曲家がゲスト席にすわるという趣向。そのリストの話になると、彼の口調は熱を帯び、早口になり、リストが本当に好きなのだということがひしひしと伝わってくる。
 彼は芸大の教授を務めているが、大学まで40分かけて自転車通勤をしている。そのおかげで下半身の筋肉が鍛えられ、それに連動して上半身も筋肉がついたそうで、ピアノを弾くときにしっかり腰がすわるようになったという。
 それに加え、快適なベッドでの安眠か。ピアニストはからだが資本だから、熟睡できるのは一番大切なことでしょうね。
 実は、私も寝具には結構凝っていて、低反発のベッドマットとイタリアのメディカル枕を使用している。人間、睡眠は大事な要素。みんないろいろ工夫をしているんだろうなあ。
 今日の写真は自宅のピアノ前で撮影した青柳晋。彼はドクターに、「からだの大きさの割にももが発達している」と驚かれたとか。そりゃそうよね、自転車パワー全開だもの(笑)。
 12月26日のシューマンとリストのリサイタルでは、きっとその腰のすわった姿勢から紡ぎ出される、美しい音楽を聴くことができるに違いない。

| 親しき友との語らい | 21:55 | - | -
エフゲニー・キーシン
 たったいま、エフゲニー・キーシンの40歳のバースデー・コンサートとパーティから戻った。
 10月10日はキーシンのお誕生日。この記念すべきコンサートにピアノのマルタ・アルゲリッチとチェロのアレクサンドル・クニャーゼフが参加して室内楽が演奏される予定だったが、アルゲリッチが体調不良のために来日中止となり、クニャーゼフとのデュオとキーシンのソロ・リサイタルに変更になった。
 思えば、25年前に初めて来日し、15歳の誕生日を迎えたのも日本公演のときだった。そのときにショパンのピアノ・ソナタ第3番を演奏したのだが、今回の変更になったプログラムでも同曲を演奏した。
 私はソナタを聴きながら25年前の演奏を思い出し、あまりにも演奏本来の質、奥に宿るものが変わっていないことに驚きを覚えた。あのころ、すでにキーシンの演奏は確固たる方向性を持ち、自分の演奏というものが確立していたわけだ。
 さらに弱音の美しさが際立ち、内省的になり、これによりスケールの大きさも加わった。この公演評は東京新聞に書くことになっている。
 クニャーゼフとのデュオでは、キーシンは室内楽を心から楽しんでいる様子が伝わってきた。以前はソロに集中していたが、アルゲリッチやマイスキーらとともに音楽祭で演奏を重ねるうちに、キーシンは室内楽を多く演奏するようになってきた。
 すべてのプログラムが終了後、ジャパン・アーツ会長の中藤氏が大きな花束をキーシンに渡すと、そのうしろから私服に着替えたクニャーゼフが現れ、ピアノで「ハッピー・バースデー」を弾き出した。これに和し、サントリーホールには聴衆の大きな合唱が響き渡った。
 キーシンは花束を抱えながらうれしそうな笑顔を見せ、聴衆に向かってちょっとはにかみながらおじぎを繰り返していた。
 彼のこういう真摯な態度と純粋な性格はまったく変わっていない。
 パーティの席であいさつに行ったとき、「私はあなたの演奏が25年前と本質がまったく変わっていないと思いました。これはいい意味ですけど」というと、キーシンからは「ありがとう。長く聴き続けてくれた人からそういうことばを聴くと、本当に心が温まります」という答えが戻ったきた。
 今日の写真はスポンサーから提供された法被を着て、鏡開きをしているところ。キーシンの左隣がクニャーゼフ。
 もう1枚はこの鏡開きで使われた記念の升。ヒノキの芳香がする。
 最後はピアノの形をしたとても素敵なパースデーケーキ。女性のパティシエがあいさつに見えた。拍手! とってもおいしかったです。(ライトが消されたので、ちょっとボケボケ。キーシンはケーキが四角で大きいためローソクが一度に消せず、何度も苦笑しながら挑戦していた)
 ジェーニャ、お誕生日おめでとう!! ますます演奏に磨きをかけて、真の巨匠になってね。









| クラシックを愛す | 00:50 | - | -
ブルーノ=レオナルド・ゲルバー
 9月29日、ブルーノ=レオナルド・ゲルバーのリサイタルを聴きに行った。
 彼は長年ベートーヴェンをメインに据えたプログラムを披露しているが、今回の前半もベートーヴェンのピアノ・ソナタ第14番「月光」と第23番「熱情」だった。
 いつもながらゲルバーのベートーヴェンは打鍵が深く、肉厚な音色で、構成力が堅固、圧倒的な存在感を示す。
 ただし、今回は後半にムソルグスキーの組曲「展覧会の絵」が組まれていた。これがまたすさまじい迫力と熱気を帯びた演奏で、冒頭のプロムナードからパワー全開。とりわけ最後の「キエフの大門」が印象深く、まさに壮大なフィナーレとなった。
 インタビュー・アーカイヴ第26回はそのゲルバー。何度かインタビューをしているが、いつも肌の美しさに感動してしまう。
 実は、あるとき肌のお手入れ方法を聞いたら、あまりに率直に単刀直入に聞いたため、ゲルバーは笑い出してしまった。「きみ、はっきり聞くねえ」といい、いつも使っているという高級クリームを見せてくれた。とても私の手が出せるような栄養クリームではなかったが、香りをかがせてもらったら、とても気品のある自然な芳香だった。いまでもその香りは記憶に残っている。

[レコパル 1994年8月号]


演奏家というのは作品を映し出す鏡。その鏡を毎日磨いておかなければ。


 ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲録音に挑んでいるゲルバーが、突如ブラームスのピアノ・ソナタ第3番をリリース(コロムビア)。なぜここで急にブラームスに寄り道をしたのかと不思議に思っていたところ、来日公演でもベートーヴェンとブラームスを組み合わせたプログラムを披露し、圧倒的な感動を聴き手にもたらした。
 そのブラームスはベートーヴェンの延長戦上にあるといおうか、ベートーヴェンの精神に非常に近いもので、強さのなかに祈りにも似た静けさを感じさせるものだった。
「だって私はミスター・ベートーヴェンではないんですよ。ベートーヴェンがいくら好きでも、そればかり弾いているわけではなく、幅広く演奏しています。たまたまレパートリーに入っていたブラームスを入れた。実にシンプルな理由です」
 いや、決してそうではないはずだ。ゲルバーはベートーヴェンを半分録音したところで、きっと新たなる地平線が見え、そこにブラームスのソナタ第3番に通じるものを感じたのだと思う。
「けっこうこだわりますねえ、きみ。物事をそんなに複雑に考えてもしょうがないんじゃない。私はごく単純にブラームスが弾きたい、そう感じたから録音しただけなんですよ。でも、そうか。そういわれるてみると、確かに心の奥底にベートーヴェンとブラームスが寄り添っているのが見えるような気がするよ。うん、私には彼らふたりはごくそばにいる感じがする。それぞれ離して考えられない存在だね」
 このふたりの作曲家についてしつこく食いさがっていたら、ゲルバーはベートーヴェンがいかに好きかを、滝から水が流れ落ちるに雄弁に語り出した。
 それによると、彼は一生ベートーヴェンだけでも暮らせるという。ベートーヴェンさえ許してくれるなら一生を捧げたいと。そこまで入れ込む理由はいったい何だろうか。
「私はベートーヴェンの作品と人間性の両面を深く愛しているからですよ。彼はいつも上昇志向があり、神に近づこうとした。それが作品を神聖なものにしている。でも、日常的にはとても闘争心の強い人だった。このふたつが同居している。そんなすべてが強い力になって現れている」
 その力とは決して叩きつける強い力ではなく、生命の躍動を意味するという。それがブラームスにも宿っていると。ゲルバーはそんな話をしながらも、練習したくてたまらないという素振りをした。通常、アーティストのインタビューは、撮影込みで1時間である。その1時間がアーティストにとっては惜しいのだ。だからといってゲルバーは、おざなりな受け応えをする人ではない。誠心誠意、相手が納得いくまで話し、こまやかな神経を遣う。
 だが、取材が終わり、カメラマンが機材を片づけるころになると、しきりに楽器のそばに行って鍵盤をなで始めた。指をすべらせ、旋律を歌っている。ホテルではピアノは夜9時までしか弾けないから、それ以後はヘッドホンをつけてデジタルピアノで指の練習を夜中までするといった。
 こういう一途な姿勢に触れると、私はいつもその演奏と同様に心を打たれる。よく大家になると、日々あくせくと練習などしなくても何でも弾けてしまうんじゃないかと思う人がいるようだが、決してそうではない。一流の演奏家ほど練習し、1日のスケジュールは練習を中心に組み立てられていく。それほどたゆまぬ研鑽が必要とされるわけだ。
「演奏家というのは作曲家が精魂込めて書いた作品を映し出す鏡ですからね。その鏡を毎日磨いて、いつでもきれいに映る状態にしておかなくてはならない。同時に感受性も磨かなくてはね。美しい物を見たり聴いたりしたときに本当に感動して、涙を流すほど。こういう心がなくてはいい演奏なんてできっこありません。自分が感動しなくて人を感動させることなんてできるわけがありません」
 ゲルバーは常に美しい物だけに囲まれて暮らしたいと考えている。美しい花、美しい自然、美しい環境、そして美しい音楽。それには自分がだらしない恰好をしていてはいけない。だからいつも人に会うときはビジッとスーツで決めている。
「だらしない恰好をしていると、精神までだらしなくなってしまうんです。それでは偉大な作曲家に申し訳ない。きちんとするということは大変なエネルギーを要しますが、日々の過ごしかたが演奏に全面反映してきますからね。自分の鏡が曇らないようにしているわけですよ」

 今日の写真はその雑誌の一部。肌を磨くのも、美しくありたいためなのでしょうね。その精神にあやからなくては…。

| インタビュー・アーカイヴ | 22:20 | - | -
おしゃれの秋
 今日は、自由が丘にフレンチのランチを食べに行った。
 その帰りに素敵なセレクトショップを見つけ、立ち寄ったらこれがハマってしまった。お店の人が世界各地で買付したものを並べているのだが、どれも吟味された一点もの。
 そのなかで、グリーン好きの私が離れられなくなってしまったのが薄いウールのショール。花や草や木がプリントされたもので、縁取りにシックな淡いピンクが使われている。
 よく見ると、北欧のデザインでパリで作られた製品。デザイナーはデンマークのベス・ニールセンとヤン・マッケンハウアーと記されている。
 ちょっと値段が高かったため、躊躇していると、お店の人に「鏡の前で合わせてみたらいかがですか」といわれ、肩にかけたら、もういけません。「これ、本当にステキ。欲しい!!」という気持ちがムラムラ。
 もう今日から10月。秋はおしゃれのシーズンだ。先日買った黒のワイドパンツとジャケットに合わせたら、映えるだろうなあ。今月はコンサートがずっと続いているし…。などと考えているうちに「エーイッ、いっちまえー」という気になった。
 というわけで、今日の写真はその美しい色合いのショール。仕事ばかりしてパソコンに向かっていると、心がすさんでくるから、そろそろおしゃれをしなくちゃね。
 と、勝手に理由をつけ、ショールをながめてにんまり。さあっ、これを肩にかけて疲れを吹き飛ばし、元気にコンサートに通いますか(笑)。

| 日々つづれ織り | 15:52 | - | -
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